第669話 武人の価値観
「死屍累々って感じ」
PT対抗戦による訓練も終わり人も装備も含めてボロボロで横たわっている者がほとんどの中、努はそれらをひょいひょい飛び越えて刻印装備を回収していた。気分は死体漁りの漁夫の利だと現実逃避をしつつ、鍛冶師のドーレンでも修繕が出来るか怪しい装備をマジックバッグに入れていく。
(万札システムっぽいし何とかなるとは思うけど、ドーレンさんには叱られそうだな。モンスター相手よりボロボロになってるし)
基本的にはその装備がドロップした階層以上の素材を用いれば効果を失うことなく修繕ができるが、面積の半分以上を喪失している場合は難しい。お札を毀損した際に銀行で交換出来るか否かの基準と同じようなものである。
ただそれでも腕の良い鍛冶師ならば三割でも残っていれば復元可能であり、サブジョブという概念が出来てからはレベルによって成功する確率は引き上げられる。なので無限の輪の裏方に鍛冶師レベル60のドーレンがいることの安心感は計り知れない。
(ヤンキーごっこ、まだかかりそう)
戦い疲れて今も地面に身を投げているクランメンバーたちであるが、ゴミ拾いが出来るくらいの回復は既に済んでいる。ただクランメンバーたちは河原の芝生で顔面ボコボコのまま寝転がるヤンキーごっこを続けたそうだったので、努は敢えて完全に回復させることはしなかった。
(僕は通報を受けて駆け付けた担任か何かか? クランリーダーは辛いぜ)
全力を出して殴り合ったヤンキーたちはさぞ気持ちが良いだろうが、通報を受けて現場に駆け付けた親や教師はその後の後始末でてんてこ舞いだろう。だがクランメンバー同士の口喧嘩を仲裁したりオフ会の幹事をしたりなど、こういった雑用がクランリーダーに投げられるのは常である。
それに努としてもあんなボロ雑巾のようにはなりたくなかったので、喜んで装備の回収をさせて頂いていた。大人は好き放題暴れて怪我まみれの身体を引きずって帰るより、そんな餓鬼共の後始末を済ませた後の晩酌を楽しみにするくらいが丁度良い。
「ひっ、ひーる……」
「寝てろ、ひよっこ共め」
ただそんな餓鬼になりきれない若者もいる。努はダリルやクロアに対しては身体を治して痛みこそ無くしたものの、起き上がれる体力までは回復させない状態で放置していた。それは気遣い半分、一戦目で降参せず装備をボロボロにした報い半分である。
それから十分ほど経つと一部のクランメンバーたちが重い腰を上げ、ぽつぽつと起き上がってきた。泥と血に塗れた修道服のような刻印装備を着ているコリナは、お恥ずかしいといった表情のまま近づいてくる。
「すみません、後始末押し付けてしまいまして……」
「いいよ。それに、いつにも増して本気出せたみたいで何より。刻印装備を気にしなくていい環境だと変わるもんだね」
「それはまぁ……はい」
PT対抗戦の結果としては努PTの二勝一敗という結果に終わったが、コリナが叩き出したバリューは全体で見ても一、二を争うだろう。死神の目とヒーラーの相性は言わずもがなだが、それをアタッカーとしても利用することで彼女の戦闘判断は神懸かり的だった。
それに普段の模擬戦ではお互いに刻印装備の破損を気にしてか、無意識的にクリティカル判定狙いによる短期決戦になりがちである。その狙いについてはお互いにわかってはいながらその隙を突こうとはせず、頭をすっ飛ばしたりすっ飛ばされたりしていた。
だが今回はそういった模擬戦のセオリーを一切無視した真剣勝負だったため、ガルムとの打ち合いも普段と違う読み合いが幾度にも繰り返された。その勝負に心躍ったのはコリナだけでなく、ほぼ全員がそうだったといえる。
今回のPT対抗戦でお互いの全力がぶつかったことで探索者としての実力は勿論だが、無限の輪の結束力はより深まったと断言できる。仮に階層主が人型でなくともこの訓練で得られた実は大きかっただろう。
ただそんな刻印装備破損率ナンバーワンである彼女は、少し納得がいかなそうに眉をつんと上げた。
「でもツトムさんは終ぞ攻撃スキル、撃ちませんでしたよね」
「だって僕、ヒーラーが上手すぎるし。コリナならわかってくれるでしょ? 死にそうな奴らを僕が何度窮地から救ったか。いつもなら殺し切れるはずなのに殺せなくてやりづらかったでしょー」
「……それはそうなんですけどぉ。何で目も持ってないのに私と同じような認識を持てているんですかねぇ?」
「鑑定でHPも見られるようになったしね。……まぁ、あれもあくまで判断基準の一つに過ぎなくて、結局のところは勘になっちゃうんだけど」
「ですよね。ツトムさん、鑑定ほぼ使ってないですし」
「回復の感覚が普段と違う時に実数値で確認できるのは便利だよ。HP上の方とかは当てにならないけど、HP下の方は結構正確っぽい」
HPは人間の感情を排した命の残量を示すものであるため、片腕が折れて武器が持てなくともHPは80と表記される。それにHP20を下回ると限界の境地で動きが冴え渡るガルムや、攻撃が当たれば致命傷か即死のハンナに対して鑑定はほとんど必要ない。
「でも鑑定士のレベルが上がっていけばそれも正確になって、ゆくゆくは死神の目も必要ではなくなるかもしれませんね!」
「動いてる対象物に対しての鑑定は視線切れたら数秒で消えるし、常時発動できて切り替えも出来る死神の目はズルだぞ~。それに今後派生も出るんだし甘えるなよ~」
「……ほら、金色の加護は派生ないですし?」
「ないって確定してるわけでもないし、他のユニークスキルの傾向からして派生あるのが普通でしょ。アーミラなんて今後は神龍化結びも控えてるぞ」
「何でこんな目になっちゃったんだか」
「贅沢な悩みだね」
「あげられる物ならあげますよ」
「そんな、アクセサリーじゃあるまいし、大事にしなよ」
コリナが自嘲するようにぼやきながら自分の眼球を瞼越しに指でぐにぐにしている様に、努は軽く身を引いた。それから彼女の眼球押し売りをいなしていると、すっきりした面持ちでひしゃげている兜を脱いだゼノが近寄ってきた。
「ド派手な花火を打ち上げたような体験だったね! 採算度外視とはまさにこのこと!」
「後始末をオーリに丸投げしたら頭痛で寝込みそうだね」
「ツトムさん、一日で数億消し飛んだら普通は人の一人二人かは余裕で死にますよ」
「死神の目なら自殺しそうな人もお見通しってわけか。ならオーリとマリベルに一回丸投げしてみて、死にそうじゃなかったら押し付けちゃおうかな」
「冗談が過ぎますよぉ……」
「全く持ってその通り! 誰もがツトム君のようにGを湯水のように溶かすことは出来ないのだよ! それこそハンナ君くらいのものさ!」
「あれと一緒に分類されるの辛いね。最近されがちだけど」
三戦目では魔流の拳を前面に押し出して全てを出し切り未だに横たわっているハンナに目をやりながら、努は嫌そうに呟く。そんな彼をコリナは気を取り直したように見つめ直す。
「ツトムさんは、満足しましたか? この対抗戦」
「うん……? うん、概ね満足だけど」
「…………」
「今回はツトム君に裏方を任せてしまったからね。もし次回があるのだとしたら、このゼノも力を貸そうではないかっ」
「そうじゃないです。ツトムさんも、あんな感じになりたかったんじゃないかなと」
そう言ってコリナが指を指す先にはボロボロになりながらも何処か満足気に倒れているガルムやダリルがいた。神のダンジョンを出入りして本日三回目の神龍化を果たしたアーミラは半ば気絶し、ハンナは晴れやかな顔で仰向けに倒れている。
努から見れば死屍累々にしか見えないその光景に混ざりたかったのではないかとのたまうコリナに、彼は乾いた笑みを浮かべた。
「僕があぁなりたいと思う? ゼノさんや」
「少々認識にズレが見られるね。私とて今日は普段の探索以上の地獄を見たぞ?」
「武人、怖いね……」
「……?」
根っからの武人か貴様はと努は優しく突っ込んでみたが、コリナはわけもわからず首を傾げるだけだった。
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