第676話 夏烈秋穫
「ホーリーレイ」
こういった階層主に対して不用意な戦闘の長期化は不利と判断した努は、春将軍:彩をハンナに任せて冬将軍:式に火力を集中させた。持ち替えた杖に刻まれた刻印が薄く光り、強化された聖なる光線が青い鎧を打って怯ませる。
「おらぁぁ!!」
その隙にアーミラは炎を纏った大剣を横振っての一撃で冬将軍:式の鎧をひしゃげさせ、光の粒子が漏れるほどの威力をもって振り抜いた。その追撃にエイミーが低い姿勢で駆け、よろめいた将軍の足を付け狙い切り裂く。
冬将軍:式は雪原階層主と似通っているため、PTメンバーたちはその動きにある程度の予測がつく。それに雪原階層の唾も凍りつく気温に、雪が降り積もり足まで埋まる地面。その対策をするために普段と違う防寒装備で近接戦闘を行わなければならない環境こそが、冬将軍を冬将軍たらしめた。
だが180階層の環境は秋の寺に近しいものである。吐く息は白くもなく、足場も土と石畳で軽やか。それでは冬将軍:式の持ち味が殺されているといっても過言ではない。
「兜割りぃ!!」
冬将軍:式はアーミラのスキルによって文字通り兜を割られ、その身体は半透明に変化し地面に膝を付いて崩れ落ちる。彼女がその死体から大剣を引っこ抜いて振り回すと、纏っていた炎が弧を描き背中に収まる頃には消えた。
(攻撃と防御は据え置きだけど、HPだけ下方されてる感じか?)
「にょわーー!?」
努も加わった火力三人によりあっけなく倒された冬将軍:式であったが、そんな戦場にハンナの素っ頓狂な声が響いた。努がその方向を確認すると春将軍:彩の右脇腹から枯れ木のような手がめきめきと飛び出し、対面しているハンナを驚愕させていた。
そしてアーミラの足元で消えかかっていた冬将軍:式から一つの刀が飛び出し、春将軍:彩から新たに生えた手に収まる。その刀に追従するように光の粒子も集まっていき、春将軍:彩は仕切り直すように強い寒風を吹かせた。
三本腕となった春将軍:彩が巨大な扇子で操っていた桜吹雪はみるみるうちに凍り付き、その色が抜けて氷色になった。初めは末期の老人のような細さだった新たな腕も生気を取り戻し、その刀は冷気を振り撒いている。
「ガルム、冷気対策」
「あぁ」
「あの桜吹雪はハンナに任せて受けないように。ガルムとは相性が悪い。あとあの腕、百羽鶴と同じでヘイト別かもしれないから警戒で」
死んだ冬将軍:式の特性を受け継いだであろう春将軍:彩を前に、努はそう警告しながら寒さ軽減のバンダナを彼の首にきゅっと巻いた。そして冬将軍:式への攻撃で条件を満たし進化ジョブを解除した努は、ヒーラーに戻り支援回復をかけ直す。
「どっかーん!」
「コンバットクライ」
そこまで機敏ではない氷吹雪をハンナは魔正拳で散らして調子を確かめ、ガルムは春将軍:彩のヘイトを取りにいく。あの氷吹雪は春将軍:彩のヘイト基準なのでガルムが狙われることになるが、ハンナの魔流の拳によって散らせるので問題ない。
「エンチャント・フレイム」
「わざわざ消さなくて良かったのにー」
「うるせぇ。節約するに越したこたぁねぇんだよ」
華麗に消したもののまた付与する羽目になっていたアーミラはエイミーから文句を言われつつ、彼女の双剣にも炎を付与した。
(あの吸収繰り返して最終形態って感じか。時間経過か体力減ったら追加の将軍が出てくるパターンかな。……合体数が少ない序盤戦が楽と考えれば納得だけど、不気味ではある。不完全体とはいえどうも不格好だ)
春将軍:彩の氷吹雪はVITがSのガルムですら耐えられない剛力ミキサーであるが、その一枚一枚は脆いので範囲系魔法スキルがあればある程度無力化できる。それに新たに生えた腕の扱いも持て余しているように見受けられた。
「タウントスイング」
「岩割刃」
「一刀波」
春将軍:彩は三本腕の異形になったとはいえガルムを真正面から切り伏せることは出来ず、手数で言えばエイミーとアーミラを前に押されている始末。進化ジョブを解除したものの目立って回復が必要な場面もなく、氷吹雪を吹き飛ばしているハンナも死ぬ気配がない。
「ヘイスト、プロテク。メディック」
だが白魔導士の進化条件が緩い部類とはいえ、序盤で無駄遣いするのもよろしくない。努は三人を相手にするのがやっとな様子である春将軍:彩を任せ、盤石の盤面を整えることに務めた。
「代わるっすよー!」
それから氷吹雪の対処を龍化のブレスが吐けるアーミラに交代してハンナを前線に出してあげたり、エイミーに春将軍:彩が腰に差している刀を盗れるかなど指示出しも行った。
何も防具が付けられていない三本目の腕をエイミーの双剣でほじくられ、春将軍:彩は目に見えて怯んだ。そこに魔力を循環させその青翼を逆立てているハンナが右拳を左手で包んで飛び、懐に潜り込み練り込んだ力を解放する。
「どーん! ……あれっ?」
そしてハンナが脇を締めて放った魔正拳を受けた春将軍:彩はたたらを踏み、力尽きるように項垂れて光の粒子を漏らし始めた。
「鑑定。ツトム! 本当に死んでる!」
「おっ! あたしが強すぎたっすかね~」
それにエイミーは意外そうに目を見開いて鑑定を済ませた後に周囲を警戒し、思いがけず止めを刺したハンナは進化ジョブを解放して小躍りし始めた。
(……あ? 何かの将軍が出てきて吸収されないのか?)
努からしても将軍の乱入もなしに倒すことは予想外の結末であり、エモート煽りでもしているようなハンナを止める間もなく思考を巡らせる。ガルムは奇襲に備えて尾を地面につけ、アーミラも表情を曇らせながら春将軍:彩から距離を取った。
ほーほけきょっ。
「……?」
そんな不可思議な状況下で突如として響き渡った何かの鳴き声に、ガルムとエイミーは獣耳を立てて辺りを見回した。二人からすればその透き通るような鳴き声は何処かから聞こえたわけではなく、まるで空全体から発されたような違和感があった。
日本三鳴鳥の一つであるウグイスの鳴き声は、努からすれば聞き覚えのあるものである。だが今まで鳥の鳴き声一つ聞こえなかったこの場所で突然起きたことに意味はあるはず。
その直後。春将軍:彩の近くにあった建造物が爆発し、周囲に陶器や木の破片を散らばらせた。警戒していたガルムとエイミーは尾を逆立てて飛び退き、ブレイキングパラダイスを披露していたハンナは吹っ飛ばされた。
橙色の鎧を着た将軍は燃え盛る建物の中を歩き、鎧仮面から蒸気でも吐くような音を立てている。夏将軍:烈。その手には漆黒の槍が握られ、柄の不自然に空いている隙間から火花を散らせていた。
「コンバットクライ」
そんな新手のヘイトをガルムが受け持つと、夏将軍:烈は黒槍を回転させながら後ろに構えた。すると円を追うように爆発が発生し、その推進力を以てガルムに異様な速度で接近した。
『――――』
「ぐっ」
三メートルの巨体から振り下ろされる槍での刺突。それを正面から受け止めたガルムと夏将軍:烈の間に光が生じ、その煌めきは彼の胴体を包み込んだと同時に爆発。高いVITの加護により爆散することはなかったものの、鎧の内部に煌めきが入り込み爆発させられたガルムは内臓に深刻な傷を負った。
その爆発を夏将軍:烈も受けてはいたが、攻撃の直前に詠唱していたスキルによりその影響を軽減し大したダメージは負っていなかった。
「ハイヒール」
「おらぁ!!」
吐血しながら何とか体勢を立て直そうとしているガルムに夏将軍:烈が止めを刺そうとした直後、努の回復が間に合い彼は精彩な動きを取り戻して離脱した。そしてアーミラも咄嗟に大剣を滑り込ませ、その爆風から彼を守って事なきを得る。
「骨は!」
あの爆発によって骨まで粉砕骨折していた場合は直接診ての回復が必要だが、ガルムは軽く手を上げて問題ないこと告げた。そんな最中で不意に努のAGIが向上した感覚がした。
「…………」
「…………」
不意打ちだった爆発の余波は事前にかけてもらっていたバリアによって防がれ無事だったハンナは、AGIを上昇させるウインドステップの他、STRを上昇させるブレイジングビートをずんちゃずんちゃと気まずそうな顔で踊っていた。
拳闘士の進化ジョブは一分ほど舞踏スキルを使わなければ解除できない。そんな馬鹿のやらかしを努はじろりと見下げた。
「アーミラ! 進化ジョブいつでも切れるように!」
「あの馬鹿、本当に進化ジョブ切ってんのかよ! 躾がなってねぇんじゃねぇかぁ!?」
「ヒール!」
努はそう指示出ししながら、幾多もの爆炎を轟かせ夏将軍:烈を抑えているガルムへの回復を欠かさない。だが鑑定で見る限りガルムのHP消耗が思いのほか早い。華麗な槍捌きを凌いで致命傷を避けているにもかかわらずだ。
ガルムの周囲に爆発が次々と起こることでアタッカー陣も不用意な手出しが出来ず、まずは遠距離スキルでの火力支援に徹しざるを得なかった。だが彼女らの斬撃は爆風により相殺されているのか、夏将軍:烈の勢いは留まることはない。
(あの爆発、VIT無視ダメージか? ヒールの回し甲斐はあるけど、この調子じゃガルムが消耗しすぎる。あの馬鹿も少しは使い倒さないとな)
舐めプダンスしたツケを払ってもらわなければ気が済まないと努は内心で愚痴りつつ、ガルムに手厚い回復スキルを合わせる。ここで一度限界の境地を使わせるのもアリではあったが、一先ずハンナが復帰するまでは安定策を取った。
そのことにより感覚を研ぎ澄ませるまでには至らなかったガルムは、片方の建造物から飛び出てきた薙刀を避けることが出来なかった。背中から一突き入れられて貫通こそしなかったが、彼は夏将軍:烈を前にして致命的な隙を晒すことになった。
「アーミラ!」
「あぁ!」
「――――」
努の声掛けでアーミラは進化ジョブを解放し、地に屈したガルムは夏将軍:烈に槍を数秒置かれ多数の煌めきを配置されて爆殺された。努は自身の前に張ってあるバリアによってその爆風を防ぎつつ、不意打ちに滅法強い獣人の背後をも取った者を鑑定する。
秋将軍:穫。それは今までの将軍と違い鎧を着用しておらず、枯葉のような色の袈裟を着ていた。その顔は天蓋と呼ばれる藁の編み笠ですっぽりと隠され、手にはガルムに不意打ちを食らわせた薙刀が握られている。
(秋将軍、絶対回復してきそうじゃん。あっちから倒したいけど、春将軍を倒した時に聞こえたウグイス。それに春将軍が夏に受け継がれなかったことからして、嫌な予感がする)
セオリー通りにヒーラーから殺させてくれるわけがなさそうだと努はメタ読みをしつつ、恐る恐る飛び出て赤い闘気を放ったハンナの頭に撃つメディックを数発見舞った。
春夏秋冬の順ってコメントが多いけど、
読者やツトムはわかるかもしれんが、迷宮都市の住人にわかるか?
それにウグイスが失敗の合図とするなら、最初に冬を倒したのは正解ってことだし、もう崩れてるよね。
単純に次の将軍が出た後に倒す、じゃないかね。