第680話 置き土産
「ヘビーレギオン」
「バリア、バリア」
空から降る全方位攻撃を凌ぐためにアーミラは古ぼけた大剣を地に刺して砦化し、周囲のダメージを二割軽減させる領域を張る。努は今のうちにバリアをPTメンバーの身体に張り付けて少しでも生存率を上げつつ、氷魔石を手にしていたハンナに指示を出す。
「ハンナ、ここで一回踊っとけ」
「……おっ? いいっすか?」
「ブレイキングパラダイスはどうせ間に合わないから止めろよ。ウインドステ、ブレビ、キッキーの順で三つまで。キッキーは間に合わなそうなら進化解除で」
エイミーにストレッチしてもらい翼を温め直していたハンナは、早速進化ジョブを解放し秋将軍:穫と同じように舞を披露する。それによりAGI、STR、LUKの三つを上げた後、再び氷翼を展開させても遅くはないだろう。
「エンチャント・アース」
ガルムは努が広げたマジックバッグからタワーシールドを引っ張り出して地属性の付与を済ませ、身体全体を使い無理やり持ち上げて二つ地に突き刺した。ダリルのような重量補正はないのでガルムはその巨大盾を持ち上げて戦うことは不可能だが、騎士であれば一応装備はできるので両手に持てばVITを乗せることは出来る。
「鑑定」
ハンナの冷えた翼ストレッチを終えたエイミーは偵察がてらフライで浮かび、神の眼を操りながら空から落ちてくる星々を見つめる。そして四季将軍:天を鑑定した後に周りを見て怪しそうに目を細めると、慌てて地上に帰ってきた。
「ツトム。あの降ってきてるやつ、式神:星だって。お星様じゃなくて全部モンスターだあれ」
「なるほど。じゃあ派手に壊しても破片で二次被害とかは恐れずに済みそうだね」
「あと、四季将軍より上に出るのは不味そう。上がっただけ殺意がガンガン来てたし」
「……フライで遥か上空にまで逃げられなくするためかな? 多分この場で耐えるか、お団子レイズで凌ぐしかなさそうだね」
「師匠、大丈夫っす! あたしが全部ぶっ壊してやるっすよー♪」
まだ月には気付いていない様子のエイミーに努がそう返すと、ご機嫌にずんちゃずんちゃ踊っているハンナが勇ましく宣言した。それにアーミラも笑みを深めて同意する。
「このPTでてめぇに死なれて不死伝説とやらが途切れるのも癪だからなァ」
「バリア。そんなしょうもない伝説守るためにビビって神龍化使うなよ?」
「……誰がどの口でビビりだぁコラ?」
「私たちで守れば問題あるまい。そうだろう?」
この機会に大分傷んでいた刻印鎧を総入れ替えしたガルムは、アーミラの肩を叩いて落ち着かせ努と目を合わせる。すると彼は参りましたと目を逸らす。
「僕も進んで死にたくはないからね。期待してるよ、お二人さん」
「あぁ」
「初めからそう言えや」
「わたしはー?」
「エイミーは僕と初めからお留守番だよ」
「だよねぇー。その後はツトムが立て直して、わたしは四季将軍の時間稼げばいいかな?」
たははと自虐的に笑ったものの自身の役割は理解している様子のエイミーに、努は任せたと頷いてバリアを張り付けた。
「……まぁ、あのハンナちゃんなら式神:星を凌いでも元気そうだけどね」
三つ目の舞踏スキルであるラッキッキーを踊っているハンナを見やってぼやいたエイミーに、努は腕を組んで顔を上向かせた後に視線を彼女に戻す。
「流石に息切れするんじゃないかと僕は読んでるけど。魔流の拳も無限に使えるわけじゃないし。でも上振れたらあるかもね」
「本当にありそうなのが悩みどころだよねー」
そうこう言いながらハンナが進化ジョブを解除し氷の翼で魔力を練り始めたところで、いち早く遠くの場所で式神:星が地に降り注いだ。燃え盛る隕石のようなそれは地面に着弾すると発光し、大きな爆発を引き起こした。
その余波による強風と瓦礫をアーミラの大剣とガルムのタワーシールド二つで作り上げたシェルターで凌ぎ、一人空にいたハンナはその風に乗って四季将軍を越えない高度を保つ。
すると空の様子を見て安全を確認した努は神の眼を引き連れフライでハンナの下に飛び、最後の指示を告げた。
「四季将軍の上には飛ばない高度で、出来るだけあの星を近距離で破壊してくれ。恐らく数十は降るから遠距離は分が悪い」
「了解っす」
「魔力が切れそうになったら戻ってこいよ。別に全部壊さなきゃいけないわけじゃない」
「……いーや、魔力切れるまでやって皆を守ってやるっすよ。汚名挽回のチャンスっすから!」
「…………」
これちょっと憧れてたやつだと努のお見送りにうきうきで答えたハンナに、彼は野暮な突っ込みをせず任せたと頷くに留めた。そして努が中に入るとアーミラが大剣を片手に持ちながら身体を張って蓋をし、迫りくる式神:星の星群を見上げた。
「魔正拳!」
式神:星は自由落下よりも遅い速度で接近し、地面に近づくにつれてその赤みを増していく。そんな式神:星をハンナは真正面から殴りつけ、魔力を貫通させて粒子化させた。続く第二、第三の星も順調に砕き、陣を固めるガルムたちの真上を守り抜く。
「……ふぅー」
だがその数が十を超えた辺りから氷の翼が割れ始め、その透明な羽根がポロポロと抜け落ちていく。更に周辺に落ちて爆発した式神:星の余波を受けたハンナはきりもみ状態となり、ガルムたちは吹き飛ばされないよう地面に踏ん張る。
「だぁぁぁぁぁ!!」
何とか態勢を立て直したハンナはガルムたちの頭上に迫っていた式神:星を横合いから蹴り付け、そのまま魔力を貫通させて粒子化させる。しかし周りに次々と落ちてくる式神:星の爆発による熱波と瓦礫は、大きく広げられた彼女の氷翼を砕いて溶かす。
「ガルムの方角から強いの来るよ!」
「エリアヒール」
「あっちぃなぁ! 龍化!」
そして迎撃範囲を狭めざるを得なくなったことで、先ほどより近い爆発の余波を隙間から様子を窺っていたエイミーが予告した。その声にガルムはタワーシールドを持つ両手の力を強め、努は回復陣を張る。
「あっ、つっ」
先ほどよりも近い熱波によりハンナが張っていた防塵膜も所々破れ、その肌に火傷を負わせ始める。自分の活動限界を察した彼女は更に魔力を巡らせ式神:星の破壊を早めた。
「バリア、ヒール」
努は瓦礫の飛来で割れたバリアを補填することでバリケードを張る四人は守れたが、外にいるハンナには回復スキルで応急措置を施すことしか出来ない。だがそれはただの延命措置であり、彼女だけは地獄の窯の中にいた。
そしてとうとう氷翼が全て溶け落ち、ハンナは身体の至る所に火傷を負って地に落ちた。決死の特攻を見せても尚、頭上にはまだ式神:星が二つ残っている。
「ハイヒール」
「しなせ、てぇ……」
そんなハンナの声が聞こえてしまったエイミーは、それを伝えるべきか迷い努に視線だけを送る。だが彼はその物悲しい視線に構わずハンナに回復スキルを送り続け、ガルムは同じタンク職だからかそれが言葉通りの意味ではないことに気付いていた。
「たまるかぁぁぁぁ!!」
最後の力を振り絞ったハンナは両手に魔力を集めて地面から飛び上がり、そのまま両拳を掲げ頭上の式神:星を二つ丸ごと貫いた。そして最後の余波を受けたところでエイミーがバリケードを抜けて空を見ると、光の粒子が拡散し晴れやかな夜空が広がっていた。
「…………」
もう顔を上げるのもままならないハンナは両腕をだらんとさせ、続いて地上から出てきた努を見つけると僅かに口角を上げた。そして背後から飛来した矢に上半身を射抜かれ、光の粒子を漏らしながら落ちて絶命する。
雑魚を散らす露払いとして式神:星を用いた四季将軍:天は、それを見事単身で打ち破って見せた鳥人に敬意を表し彩烈穫式天穹で葬った。
「警戒っ!!」
『ブルルッ』
「ぐっ!?」
「うぉあ!?」
努が叫ぶと同時に式神:星の爆発に乗じて地上に降り立っていた赤兎馬は口を震わせて爆発を引き起こし、ガルムをタワーシールドもろとも轢き飛ばした。アーミラもその誘爆に巻き込まれて吹き飛び、二人に比べて万全だったエイミーは双剣を両手に四季将軍:天の下へ躍り出た。
四季将軍:天は中央の腕で扱っていた穹を背中に収め、春夏秋冬から吸収した上下腕四本を広げ双剣の猫人を出迎えた。上腕には背後で円を描いていた薙刀が持たれ、下腕は腰に差した刀の柄に手がかかっている。
「レイズ。ヒール、リジェネーション」
エイミーが四季将軍:天と斬り合った瞬間を狙い努はハンナを蘇生し、マジックバッグから予備の拳闘士装備を引き出す。そして夏将軍:烈と同じ爆発を生み出す赤兎馬を相手にしているガルムに回復スキルを送る。
「岩割刃」
エイミーは四季将軍:天の抜刀による二閃を双剣で受け流し、追撃に振られた薙刀を蛇の如くすり抜けて避けた。そのまま宙返りして頭の上を通り様に刃を突き立てると、三面ある兜が桜色に発光した。
「っ!」
「ホーリーレイ」
途端に湧き出た桜吹雪の刃からエイミーは逃れるもそれは彼女を追尾し続ける。そして四季将軍:天が追撃をしようしたところで、出鼻を挫くように聖なる光線が着弾した。
進化ジョブを解放し聖気を滾らせていた努は火力で援護し、少しでも時間を稼ぐことに務めた。桜吹雪を攻撃スキルで対消滅させ、エイミーの隙を補うように初速の速いホーリーレイで援護する。
エイミーはその支援を活かしつつ、驚異的な動体視力を駆使して四季将軍:天と渡り合った。四季将軍:天の実力をその身で体感して経験を積み、百羽鶴のように三面ある顔全てに視界があることも確認した。
『――――』
だが四季将軍が座して待つように組んでいた中央の腕を解放しスキルを用いた拳法を繰り出されてからは防戦一方となり、最後には刀による振り上げで一刀両断された。
「コンバットクライ!」
「パワースラッシュ!」
そんなエイミーの死体を横切りガルムが飛び出し、龍化したアーミラが殺意の籠った目で大剣を振るう。手数の多い四季将軍:天には人数を割く他ないと努は考え、自身も進化ジョブを維持し戦況を支える。
「コンバットクラーイ!」
『ブルルッ』
その間に蘇生されたハンナはガルムから引き継ぐ形で赤兎馬のヘイトを受け持っていたが、夏将軍:烈よりは動きが直情的で御しやすくはあった。白毛の尾を振るい爆発の元である煌めきを振り撒く赤兎馬を引きつけ、ハンナは空っぽになった魔力を練っていた。
(ガルムでも厳しいか。乱戦の方がマシか? でも赤兎馬とシナジーありそうだからくっつけたくもないんだよな)
エイミーの蘇生するタイミングを見極めつつ努は戦況を見ていたが、四季将軍の強さが群を抜いている。巨躯から振り下ろされる薙刀に、恐らくスキルを用いて繰り出されている拳圧による牽制、クリティカル判定であればガルムを貫通しうる二振りの刀。
アーミラが上段の薙刀を押さえることで何とか勝負になっているが、拳法と刀の乱撃を前にガルムはどんどんと削られ既に限界の境地に入った。だがそれでも尚押されていることに変わりはない。
(これでも恐らく状況はマシな方。もし秋将軍:穫の武器破壊して、赤兎馬が走り回って回復撒いてたかと思うと笑うしかない。薙刀は四季将軍に持たせ得かな)
上腕による薙刀も確かに脅威ではあるが、回復持ちの馬が戦場を駆け回るよりはマシだろう。それに回復の舞をするために薙刀を振り回すモーションはわかりやすい隙であり、アーミラが妨害することで防げている。
(ただ四季将軍に武器三本持たせたのは不味かったな、エイミー蘇生しても手が足りるか? 僕の火力支援合わせてもギリギリな気がする。あ、アーミラ死んだ)
今の四季将軍:天には桜吹雪による受けタンク殺しがあるため、あれは遠距離スキルで無効化しなければ話にならない。そのため努はガルムを中心的に回復させて前線を維持してPTメンバーにヘイストを維持しつつ、進化ジョブを解放し桜吹雪にも対処しなければならない。
(心労がエグいね。そろそろUberでも呼びたい)
春夏秋冬は一度ループし秋将軍:穫の時に調整もしたので、探索時間は既に三時間を超えている。椅子に座ってヒーラーなら一日耐久配信も可能だが、階層主戦となると慣れないプレッシャーもあるので勘弁願いたい。
「レイズ、レイズ」
その間にガルムが四季将軍:天のヘイトは大分稼いでくれたので、努は落ちた装備を回収しエイミーとアーミラを同時に蘇生した。終盤戦で攻撃スキルをぶん回しヘイトをたんまり貯めたアタッカーに死なれると暴言を吐きたくなるが、今の二人はそこまで稼いでいるわけではないので問題ない。
「はぁ!? 何で死んだ俺!?」
「薙刀の柄で頭ぶん殴られてたね。将軍さんは技術も高いようで。すぐ準備して。ガルムが死ぬとほぼ詰みだよ」
「くそがーーーっ」
武器だけを持ち亜麻色の服を着させられて蘇生したアーミラは、子供のように脱ぎ散らかしてインナー姿になり刻印の革鎧を装備する。エイミーは亜麻色の服を着たままもぞもぞと早着替えし、すぐに前線へ復帰した。
「上の腕一本、神龍化で取ってこい。このままだと手数で押し負ける」
「おう!」
努から切り札を切れと明示されたアーミラは途端に目を輝かせ、マジックバッグを広げながら飛び出した。
「神龍化ぁ!!」
そしてガルムを殺さんと六本腕を集中させている四季将軍:天の頭上を抜け、空中に広げたマジックバッグに龍手を入れて巨大剣を引き出て上段に構えた。その異様さには四季将軍の後頭部に付いている鎧仮面も目を剥き、桜色の発光を強めた。
「パワースラッシュ!!」
このまま後頭部をかち割れば一撃で倒せるのではないか。そんな希望的観測を押し殺し、アーミラは薙刀を盾にするよう上に構えた四季将軍:天の上腕を狙い横薙ぎを繰り出す。狙いを外された将軍は咄嗟に薙刀を持ち替え柄で受けたが、巨大剣は全てを破壊した。
薙刀を真っ二つにへし折り、それを持つ上腕二本が地に落ちていく。アーミラは桜吹雪が四季将軍:天の頭を守るように展開されていたことに血の気が引いた顔をしながら、鎧仮面の一つが粒子化していく様を見送った。
すると遠くで鳥を追っていた赤兎馬が悲痛の鳴き声を上げ、主人の下へ駆けた。
「逃がさないっすよぉ!!」
主人の腕が落ちるや否や反転した赤兎馬の横腹にハンナは魔正拳を見舞うが、暴走したように爆発を撒き散らし止まらない。そんな愛馬を一瞥した四季将軍:天は背にある彩烈穫式天穹を中央の腕で手に取った。
「一旦離れて! 赤兎馬来るよ!」
「いや、赤兎馬を迎え撃って何としてでも殺せ! また打たれたら不味い!」
前線にいながらも戦況を把握していたエイミーの声に被せて努は拡声器で指示を出し、アタッカーの火力を赤兎馬に集中させた。人馬一体にさせれば再び広範囲攻撃もあり得るし、単に距離を離されてあの天穹を撃たれるのも不味い。
「双波斬」
「凍り付けっ!」
PTリーダーの指示に従いエイミーは斬撃を飛ばし、ハンナは手を広げて氷の魔力を射出し特定の空間ごと凍り付かせた。途端に赤兎馬の体が固まってその動きを止め、苦しそうに口から泡を吹く。
「パワースラッシュ!」
既に龍の手は失ったアーミラが赤兎馬の首に大剣を振り下ろすが、神龍化を使った影響でまだ完全に力が戻っていないからか傷が浅い。そして自身の体が傷付くのも構わず爆発を起こして氷の牢獄から抜け出した赤兎馬は、そのまま爆発を続け誰も近づけさせずに傷付いた主の下へと馳せ参じた。
赤兎馬は避けタンクのハンナによって多少は痛めつけられていたとはいえ、ここまで無理に戻ろうとしなければ致命傷を負うことはなかっただろう。もはや満身創痍である愚かな赤兎馬に飛び乗り頭を撫でた四季将軍:天は、その大弓に矢を番えてフライで浮かぶガルムに狙いをつけた。
「オーバーヒール」
「ブースト」
『――――』
努はガルムを完全回復させて備え、エイミーは四季将軍:天に矢を撃たせないよう近接戦を仕掛ける。だが四季将軍:天は猫人に目もくれず、詠唱を重ねて大弓を引く手を強めた。途端に矢へ宿る強烈な光。
そして空中に浮かぶ赤兎馬が地面を蹴るように足を動かすと、その姿がかき消えた。その大弓を壊そうとしたエイミーの双剣は空振り、光源はガルムの背後に去来した。
『――――』
「ハイヒール!」
赤兎馬の足を吹き飛ばすほどの爆発を利用した瞬間移動からの、彩烈穫式天穹による必殺の一撃。ガルムは振り向き様に何とかそれを盾で捉えたものの、態勢が悪く受け切れない。
緑の気が援護するようにガルムを支えたが、そのまま盾を維持することが叶わず逸れたことで彼の頭は消し飛び空中制御を失った身体が落ちていく。続いて赤兎馬が空を蹴り、狙われたのはアーミラ。彼女は咄嗟に進化ジョブを切ったものの頭を矢で射抜かれて即死した。
そして赤兎馬も二度の爆発で遂に力尽き、光の粒子となって消えた。今ガルムを生き返らせれば努はヘイトが溢れる。ハンナのヘイトも赤兎馬に集中せざるを得なかったので足りないだろう。
「ハンナ!」
「…………」
「ハンナ! コンバットクライ! ヘイト取れ!」
「こっ、コンバットクライ」
「将軍もさっきので消耗してる! 気をしっかり持て! エイミー! 援護してやれ!」
「了解!!」
唖然としていたハンナの気を引き戻させて四季将軍:天のヘイトを取らせ、努は散った装備を拾い集める。
(ガルムはもってのほか。アーミラでも蘇生は通らないな。……ハンナも式神:星でもう魔力は出し尽くした。魔流の拳も限界だな。五分持つかも怪しい)
属性は氷だけに限定したものの、ハンナは式神:星の殲滅で既に限界を超えていた。これ以上魔力の変換で翼を酷使すれば副作用が出かねない。確かに四季将軍:天も先ほどより圧力は減ったが、魔流の拳を控えた彼女一人では受け持てない。
(腕二本落としたのは上出来だったけど、式神:月を怖がって勝負を急ぎすぎたな。式神:星の次は月でも落としてきそうって思うじゃん。普通に即死二回も撃ってきやがってよ。絶対に一発で攻略されたくない意思を感じるぞ)
90、100階層でも垣間見えた神運営の殺意。そして多少弱ったとはいえ四本腕に強烈無比な大弓を持ち遠距離攻撃も辞さなくなった四季将軍:天を前に、魔流の拳を扱えないハンナとエイミーでは耐えられない。
「マジックロッド。ホーリーレイ」
努がこれ以上四季将軍:天のヘイトを稼ぐのは不味いが、このままハンナが死んでしまえば勝ちの目は完全に潰える。進化ジョブを解放した努はフライを切って地に降り、ごつごつとした杖に持ち替えて射出し杖の制御に集中した。そして大弓を構える将軍の妨害を遠近合わせて行う。
『――――』
だが四季将軍:天が最も得意とする、彩烈穫式天穹を用いての射撃。それを三人だけで抑え込むことは不可能だった。
レインアローに近いスキル射撃と、空中で狂った蜂のように放つ無差別射撃によりハンナの翼が射抜かれる。エイミーはその隙に近接戦を仕掛けるも、下腕による二振りの刀を前に踏み込めない。
「レイズ、レイズ」
そしていよいよハンナがその弓矢で再び仕留められそうになった時、光の流星が二度撃ち上がり四季将軍:天の手が止まった。今まで一度も狙ったことがなかった人間に視線が向き、その照準が鳥人から入れ替わる。
それだけの動作で死が確定したことを努は悟り、重苦しい感覚で息が詰まった。こんな化け物相手にPTメンバーはよくもまぁ怖気づかずに戦えるものである。死刑台にでも向かうように努はフライで飛び、蘇生した二人が巻き添えにならないよう距離を離す。
「悪い、届かなかったわ。ガルム、エイミー、後は頼む。エクスヒール。エリアヒール、リジェネーション。ヘイスト、プロテク、フライ」
前線にいた二人は驚愕の眼差しで狙われた努に振り返って飛び出し、地面に寝かされた状態で生き返ったガルムとアーミラはやけにすっきりしたような顔でぼやいた努を見上げた。
そんな四人の頭上に緑の雫が落ち、傷付いた身体を全回復させた。その他にも様々なスキルが巡る中、四季将軍:天の弓引く矢に殺意の光が宿る。
(……なーんだ)
自分が死ぬくらいならば他人を蹴落としてでも生き残る。それを大して知らない少女に対して実践した努は罪悪感で精神が死ぬかと思った。だがそれでも自分が死ぬよりはマシな選択だと思っていた。
なので死を前にした時には、また前と同じようにPTメンバーすらも見捨てて逃げ惑うものだと思っていた。人間、そう簡単に性質は変わらない。
だがいざそれを目の前にしても、少女に手をかけた時より随分とマシな気持ちだった。
「意外と僕も、捨てたもんじゃないね」
その言葉を最後に努は四季将軍:天の放った矢で頭を吹き飛ばされ、その身体は光の粒子に包まれて消えた。
自分の偏見だが名前を付けている人のコメント内容を見ると解読不能・不快感になることが多い