第681話 180階層観戦:ギルド第二支部
神台市場は帝階層の階層主初お披露目ということもあり盛況を博しているが、それに負けない勢いでギルド第二支部にも多くの探索者が集まっていた。
化け物揃いの最前線PTでも攻略に半年近くかかった160階層のウルフォディアであったが、170階層の骸骨船長はあっさりと初見突破された。であれば180階層はどうなのか、200階層が区切りになるかもしれない探索者からすれば見逃せない情報である。
最前線に近い探索者PTは自分たちも近いうちにと各将軍の動きを目に焼き付け、まだ百階層も突破していない初級者PTは憧れの目線を一番台に向けていた。一階層で行う林間合宿のためにギルド第二支部に訪れていた学生たちも、先生の列に並びながらきゃいきゃいはしゃいでいる。
だがそんな者たちを寄せ付けず一番台の特等席に君臨しているのが、アルドレットクロウの一軍であるステファニーPT。その両隣には無限の輪のゼノPTとシルバービーストのユニスPTが陣取っている。
「秋将軍の武器を破壊しなかったのは何故でしょう? 余裕はあったと思いますが」
秋将軍:穫から受け継いだ薙刀を用いた舞で他の将軍を蘇生させている冬将軍:式に不満げな顔をしているステファニーに、ディニエルは野菜スティックをつまんで一番台に視線を戻す。
「武器破壊でまたハンナがやらかすのが怖いんじゃない。アーミラは荒削り、エイミーもくすねる止まり」
「それでもあの薙刀がある方が余程厄介だと思いますが」
「蘇生までしてくるのは想定外だったんじゃない」
「いいなぁガルム。どうせ終わったら脳ヒールしてもらうんでしょ? いいなぁ……いいなぁ」
「…………」
知らんけどとぽりぽりスティック状の人参を食べているディニエルと、死線を潜ったガルムを羨ましそうに見てはちらちらと視線をよこしてくるホムラ。そんな二人をステファニーは剣呑な目つきで一瞥した後、努から神の眼が外れた後も白魔導士のスキルを追って彼の立ち回りを想像で補う。
一方ゼノたちは三体吸収し完全体になったであろう冬将軍:式とツトムPTの戦いぶりに舌を巻いていた。中でも前回のPTでハンナのムラっ気には手を焼いていたコリナは感心したように頷いている。
「PTがピンチの時に踊っている時はどうなることかと思いましたが、取り返してきましたねぇ」
「氷魔石を選ばせたのも幸いしたかな? 難しすぎず、易しすぎずといったところか」
「ですね。雷魔石なら持ってなさそうです」
「何ですか、空絶って。それにあの氷翼での魔力増強、あれではツトムが魔石を制限している意味がないのでは?」
「それでもツトムさんの想定通りに魔流の拳使ってるみたいですし、ハンナが上手く運用したが故の判断じゃないですかね?」
あの氷翼による魔力増強があるなら魔石制限の意味がないとリーレイアは毒づき、ダリルはハンナの躾が既に終わったことを素知らぬ顔で示唆した。それに彼女はちらりと横目を向けた後、緑色の髪を不快げに払う。
そして冬将軍:式も倒され観衆たちが騒いだ中、四季将軍:天が月夜の前に君臨する。更にその大弓で星々を落としたことで探索者たちは色めきだち、ユニスも思わず立ち上がった。それから大きな尾を揺らめかせ座り直し祈るように手を組む。
「エイミー、ガルム。ツトムを守るですよ……」
「へ? 別にお団子レイズあるからいいんじゃない?」
「ツトムは死ぬのが嫌いなのですよ。それに一応不死伝説もあるのです」
「あーね。じゃあもし死んで帰ってきたらチャンス? 精神的に弱ってそうじゃない?」
「……滅多なことは言うもんじゃねぇですよ。死なずに初見突破するのが本人からしても一番いいのです。人の不幸を狙って近づくことを寄り添うと言わないですよ」
「でもギルド長とか、まさにそんなことしそうだけど。強かだよー神竜人は」
書類仕事をしながら一番台を見ているカミーユを指差したPTメンバーとあれこれ問答しながらも、ユニスは防衛準備を進めていく努たちPTを見守った。そして式神:星が落ち始め、努たちが身を固める中ハンナが単身で迎撃を始めた。
「あれは全員装備を仕舞ってレイズ復帰が無難ですわね。刻印装備のロストは万が一にも避けたいでしょうし」
「あれはモンスター。贅沢な矢を使っていいなら迎撃できる」
「あの後の状況によりますわね。見るところ四季将軍とやらは将軍たちのヘイトを引き継いでいないご様子。それならば五人レイズしたところでさして問題ありませんわ」
「今回の階層主はヒーラーがもてはやされそうだねー。レイズし放題じゃん。お兄ちゃんは嫌がりそー」
それこそろくにヘイトも稼げず即死したタンクであれば、そのヘイトをヒーラーが肩代わりしたところでたかが知れている。観衆からすれば五人蘇生による立て直しはロマンの塊であるが、蘇生に時間のかかる祈禱師からすれば面倒なことこの上ない。
それについては同じく祈禱師であるコリナも同意見だったのか、むむむと目を凝らしていた。
「うちはどう対処しますかね、あれ」
「粒子化しているところを見るに近接戦を仕掛けても潰されることはなさそうですし、エレメンタルフォースも選択肢の一つに入るかと」
「クロア君なら撃ち返せるのではないかね?」
「冗談キツいですよ……」
「でもモンスターなら割といけるんじゃないですか? 僕も進化ジョブ切りどころな気もします」
「何度も攻略することを考えれば、ハンナ君のように単騎でどうにかするのも安定性に欠けるからね。複数の選択肢は持っておきたい!」
ハンナの見せ場に関して身内はあまり気にしていなかったが、特等席から少し離れた場所にいる観衆たちは彼女の活躍で大騒ぎしていた。
「ハンナあっつ!!」
「本当に一人でどうにかなるんじゃね!?」
「ハンナが強すぎるマジで。あれを拳闘士と分類しないでほしい」
「その分ハンナは踊れないから……」
ハンナと同じ拳闘士である探索者はそうぼやくものの、魔流の拳を用いて式神:星を砕いていく彼女から目を離せなかった。そして最後の力を振り絞るように激昂し二つ纏めて魔力を貫通させて空を晴らした彼女に、ギルド第二支部を揺るがすほどの歓声と拍手が巻き起こった。
「さて……どう立て直しますか?」
「うわ、グロー。速攻来るじゃん」
だが式神:星を下し満身創痍のハンナは四季将軍の大弓で射抜かれ、赤兎馬がPTに突っ込み戦線を乱す。そんな事態を前にステファニーは桃色の瞳を一際輝かせ、ホムラはうげーっとした。
エイミーが単身で躍り出て四季将軍:天を足止めし、努は即座にハンナを蘇生し相性の悪い赤兎馬のヘイトを取らざるを得ないガルムのケアを行った。そして四季将軍に仕留めかけられていたエイミーを進化ジョブで援護し、蘇生したハンナに赤兎馬のヘイトを取るよう指示した。
「素晴らしい」
進化ジョブを獲得した白魔導士の武器を活かしつつ、ヒーラーとしての本分も忘れていない努の立ち回りにステファニーの口角が突き上がる。初見の相手に乱されても尚、PTの要を担う努によって崩壊には至らない。
ただそれでも四季将軍:天の強さは群を抜いていた。その圧倒的な手数で押してエイミーを一刀両断し、薙刀を器用に振り回し視界外からの一撃でアーミラを葬った。残ったガルムは全身全霊で望んでいるものの、六本腕から繰り出される攻撃は捌き切れず削られていく。
「いやあれ……一人でヘイト持つの絶対無理じゃない? ガルムであれでしょ?」
「ガルムさん、限界の境地に入ってるのに……。相手の手数が違いすぎる」
「私とダリル君二人でも止められるか怪しいね! リーレイア君の手も欲しいかな? ……いや、ツトム君が支援してもあの有様か。そもそもあの馬のヘイトも取らなければ話にならない。……どうしたものかね?」
古参ということもあり初見の相手にも何かしらの経験則を当てはめて戦えるガルムですら耐えられない四季将軍:天の猛攻に、アルドレットクロウと無限の輪のタンク陣は末恐ろしいと感想を漏らす。
「ここで神龍化ですか。時期尚早だと思いますが……あのまま四季将軍を放置するのも不味いですかね」
「ですねぇ。切り札を容赦なく切れる判断、真似したいものです」
リーレイアの意見にコリナも同意しつつ、努の淀みない判断の速さに思わずうなった。そして神龍化を切ったアーミラは見事四季将軍:天の二腕を両断してみせ、ガルムたちを追い詰めていた手数を物理的に減らすことに成功した。
「…………」
師のいない三年間も修行を欠かさず最前線を維持し続けた模範的な弟子を蔑ろにし、駄狐の色目をも拒絶しない有様は以前と違い堕落したとも言える。だがそんな師でもヒーラーとしての資質と実力にはやはり目が見張るものがある。
「……ん?」
流石は私の師。成長した弟子の実力をも疑い勝負をけしかけるだけはあると見直していたステファニーだったが、彼の赤兎馬を殺し切る判断には少し性急さを感じた。
その指示に従いPTメンバーたちは全力で赤兎馬を狩りにいったが、止めを刺し切ることは出来なかった。そして赤兎馬に乗った四季将軍:天による瞬間移動射撃により、ガルムとアーミラが即死した。
「何故……何故勝負を急いだのです! ツトム様!! あんな馬は放置してヘイトを分散させるべきでした! わざわざ死人に回復を施すなど! 何故、血迷ったようなことを!」
ガルムに対して即時全回復のオーバーヒールを使った判断と、その後も支援回復し続けた手腕こそ評価できるが、死んでしまえば精神力とヘイトの無駄でしかない。何よりその前判断は性急が過ぎた。
散々ヒールヘイトをかけたにもかかわらずこうなってしまえば、もうガルムを生き返らせることは叶わない。アーミラですら怪しい始末だろう。そのことをすぐに理解したステファニーはわなわなと震えて立ち上がり、コリナやユニスも目を見張った。
「…………」
ディニエルも努の勝負を急ぐような判断に疑問を覚えていたものの、その後もハンナに指示を叫びPTを立て直そうとした彼を見て少なくとも勝負を投げてはいないと判断した。だが隣のステファニーが騒いでいる通り、このままではヘイトが零れることは彼女にもわかった。
頼みの綱であるハンナも式神:星に全力を尽くしたことで切れかかっている。エイミーと努の援護は見事なものだが、それでも彩烈穫式天穹を持つ四季将軍:天を抑えきることは出来なかった。
「あぁ……。死ぬ。死んでしまう……! 本当にこのまま死ぬのですか! 百階層で見せたというあの奇跡を! 私に見せてくれるとでも言うのですか!?」
「ツトムぅぅーーー!! 死ぬんじゃねぇです! まだお団子レイズだってあるのですよぉ!」
そして努がレイズを放ち二人を生き返らせ、自己犠牲ヒーラーのようにスキルをばら撒き始めたところで弟子二人は涙ぐんで声を上げた。ダリルとリーレイアも思わず腰を浮かせて前のめりになり、ゼノとコリナも食い入るように一番台を見つめる。
「張った」
最期に努が探索者らしく足掻いて死を受け入れた様子を見届けたディニエルは、彼が今度こそ迷宮都市に根を張ったと感じ取った。折れたとしても根をしっかりと張っていれば再び成長し、最後には花を咲かせる。彼が咲く日はそう遠くないだろう。
四季将軍:天が数本しか持っていない退魔の矢に光を込めて放った攻撃により、努の頭は吹き飛びその身体が光の粒子となって消えていく。
「……何で、何でお団子レイズが発動しないのです?」
「……まさか? いやしかし、あのツトム様が自分で勝利の芽を消すなど……」
努の背中には確かにお団子レイズが存在していた。本来ならばそれは彼が死んでスキルが消えていく最中でも撃ち上がり、本来よりも効果が薄くなるものの蘇生は叶う。そういったお団子レイズの事例は既に検証されており、それが消えるのは白魔導士がスキルをキャンセルした時のみ。
なのでお団子レイズは努がキャンセルしたのではないかとヒーラーたちは考え至り、ざわざわと考察が飛び交う。
だがその真実として正しくは四季将軍:天がヘイトを一手に引き受けた彼を確実に殺すために、退魔の矢を用いて閉じ込められていた光の流星ごと打ち抜いたからである。スキルを無効化する退魔の光を込めた矢により、お団子レイズは消え失せていた。
『あああぁぁぁぁぁ!!』
『……よくも』
蘇生された直後に努の死を見上げることしか出来なかったガルムは、レイズが撃ち上がらなかったことで状況を察し悲痛な叫び声を上げて地面に這い蹲った。完全に目が据わったエイミーは進化ジョブを解放して四季将軍:天に襲い掛かる。
そんな一番台の様子はその他の観衆たちも唖然と見ていた。特に古参の探索者たちはあの努が死んだことが未だに信じられない様子であり、言葉も失い立ち尽くしている。
「あいたぁ!?」
そんなお通夜状態なギルド第二支部にある帰還の黒門から、素っ頓狂で聞き覚えのある声が響く。亜麻色の服を着せられヘッドスライディングの態勢で黒門から吐き出されていた努は、鼻を擦りながら辺りを見回す。
「あれ、僕のお団子レイズは?」
楽しみにとっておいたプリンの行方を捜すように尋ねた努の問いに、一番台を見ていた黒の門番は答えない。そんな彼の声を察知したユニスは一目散に駆け出し、ばっと振り返ったステファニーも続く。
「…………」
お団子レイズによる蘇生も叶わないことを理解し黒門から出てくるであろう努の着替えを準備していち早く待機していたダリルは、空気を読んでその場から数歩距離を取った。
祈祷師なら遅延蘇生だから邪魔されずに済むかな?