第683話 運営への呪詛
手持ちの魔石も尽き翼の状態的にも魔流の拳を扱えなくなったハンナが四季将軍:天の大弓による乱れ撃ちで倒れ、その後アーミラは慣れないタンクで戦況を維持しようと努めたもののクリティカル判定を受けてしまい即死した。
「ぐえっ」
そしてギルド第二支部の黒門からいち早く吐き出され潰れたような声を上げたハンナを、一番台を一人で見ていた努は迎えに行った。
「お疲れ様。よく――」
「しっ、師匠――!! なんで魔石もろとも死んじゃったっすかー!?」
顔を見るや否や目を見開いて詰め寄ってきたハンナに、努は魔流の拳の副作用を起こしていない青翼を見てから苦笑いで答える。
「僕が持っていかなかったら絶対好き放題使ってまた副作用起こしてただろ? そこは織り込み済みだよ」
「……でも! 魔石あったら倒せたかもしれないじゃないっすか!!」
「僕が戦犯かどうかは後できっちり検証するから、取り敢えず着替えてきな」
そう言って更衣室のロッカーキーを渡してきた努に対する妙な違和感。ただハンナは久々に着せられた敗者の服を一刻も早く脱ぎたかったのか、軽く首を傾げつつも更衣室へと小走りで向かった。
そんな彼女に続くようにアーミラも黒門から吐き出され、ごろりと転がった後に重いため息をついて立ち上がる。
「お疲れさん。悪いね、届かなくて」
「……ほーん?」
努は二度目の死を恐れてお団子レイズを消したのだろうと思っていたアーミラは、彼の顔つきと周囲の異様な雰囲気から見てそれが勘違いであることに気付いた。そして試すような視線をくれた後にロッカーキーを受け取りハンナに続いた。
「なんか、申し訳ないね」
そして二人が着替えを済ませて帰ってくるまでの間も努は神台を見ていたが、エイミーは野生を取り戻した飼い猫のように四季将軍:天を一人で削っていた。対するガルムは主人を失った忠犬ハチ公のようにタンクとして留まり続け、狂犬の影すら見えない。
そんな二人を神台で見つめて何やら儚げな顔で呟く努は様になっているが、どうも周囲の様子がおかしいのはアーミラたちからすれば明白である。
「にしたってよ、一体どうなってやがるんだ? しょっぺぇ戦い見せたわけでもねぇのにこの白けた空気は」
「詳しくはガルムたちが帰ってきてから説明するよ。翌日の朝刊とかで初耳になると流石に怒られそうだし」
「えー? なに言ったっすか?」
「あ、死んだ」
何とか粘っていたガルムもとうとう首を飛ばされ、エイミーは片腕になっても食らいついたものの四季将軍:天に殺され一番台の幕は閉じた。そして黒門から吐き出されて受け身を取ったガルムに努は近寄る。
「お疲れ様。よく粘ったね」
「……あぁ」
自分がタンクとしてヒーラーを守れず、死を恐れる努に生を諦めさせてしまったこと。そして万が一の可能性として努が蘇生されないのではと考えてしまっていたガルムは、彼の差し出した手を取って顔を綻ばせた。
「エイミーもお疲れ様」
「んにゃー。全然届かなかったー」
努の残した遺言と実際に殺されたことで思いのほかショックを受けて完全にキレていたエイミーは、彼の問題なさそうな様子を見て安心の声を漏らす。ただ何やら周囲の空気がおかしいことに彼女は早速気付き、不思議そうに首を傾げていた。
「あれー? ディニちゃんはまだしも、コリナとかクロアちゃんは待っててくれそうなもんだけど」
「まぁ、その辺りは後で説明するよ。着替えてきてー」
「久しぶりの敗者なんだしこの服のまま語るのも悪くはないんだけど……」
「これから嫌というほどこの服着せられて語ることになるよ」
「それもそっかー」
懐かしさすら覚える亜麻色の服すらも着こなしていたエイミーだったが、既に着替え終わっているアーミラたちを見て残念そうにロッカーキーを指で回し更衣室へと向かっていった。
そしてPTメンバー全員が身支度を整え努が神台を視聴するための席を探していると、ギルド長のカミーユが受付から出て近づいてきた。それにアーミラが嫌そうな顔をしている中、彼女は少々おかしい努を見咎める。
「ツトム、今日はもう休め。典型的な死の陶酔状態に入っているぞ?」
まだ死に慣れていない探索者が全滅することで起こす死生観の乱れや、生存本能を刺激されることで起きる異様な高揚感。そういった状態に陥っているのではと危惧したカミーユだったが、努はきょとんとした顔で彼女を見返した。
「それも無いとは言い切れないですけど、単純に本心を話しただけでもありますよ。虫唾が走るんですよね、探索者をいいように言いくるめて刻印装備を制限してた職人共も、いつの間にか権威側になったつもりで下の努力不足だとかのたまう探索者共も、仮想通貨で一山当てようとしてる浅ましいお上様たちも」
「ほらな? 普段ならば対面でここまでは言うまいよ。ガルム、エイミー、今日は休ませてやれ。ただでさえ全方位に喧嘩を売っているんだ。これ以上は火傷じゃすまんぞ」
『ライブダンジョン!』を集金装置として使い潰しやがった運営への呪詛。それを吐いていた努の価値観からすればこの世界で神のダンジョンを囲む利権やら権威には反吐が出る。それはギルド長も例外ではない。
そして呆れた様子のカミーユから忠告を受けたエイミーは努をまじまじと見つめる。
「確かに、ちょっとハイになってるかも?」
「だな。ババァに噛みつくなんてよっぽどだろ。てか、お前も魔貨の流通には一枚噛んでるだろ?」
「別に嫌儲ってわけじゃない。お金がなきゃ無限の輪が運営できないのも理解できる。ただ、気に入らないね! 最近は何処もかしこも! これって別に死に酔ってるとかではないでしょ?」
「あーヤバいっすね。ほら師匠、帰るっすよー」
「わかったわかった。大人しくするよ。だから神台は見させて。180階層はどうしても見たいんだよ」
ハンナにすらもここまで言われるのは流石に不味い状況だと理解したのか、努は降参するように手を上げてひらひらした。そんな彼をガルムも腕を組んで見定めた後、気が立っていそうなギルド職員たちを見回す。
「それは構わんが、ギルドは出た方が良いだろうな。それと私たちがいない間に何を口走ったのか、後で詳しく聞こう」
「だな。それにてめぇの弟子共はまだしも、コリナたちまであぁなってるのはおかしいだろ。あいつら、ツトムに花を持たせてやるくらいは思ってなかったか?」
アーミラから見ても二番台に映っているゼノPTにいるリーレイアは完全に目が据わっており、コリナもぷりぷり怒っている様子が窺える。そんなPTメンバーを前に努はへいへいと頭を下げた。
「わかったよ。先ほどの発言は謹んで訂正させていただきます。アルドレット工房が職人たちの技術を守るために圧力をかけて回るのは仕方のないことだったし、探索者たちは地獄みたいな環境の中でもめげずによく頑張った。それに外のダンジョンの間引きも積極的に行う利他の精神をお持ちなようで素晴らしい。ギルドも貴族と帝都を上手く取り持って探索者第一をモットーによく行動してくれました。探索者のためにこんなご立派な施設まで作ってくれてありがとね。すごーい」
「……よし、逃げよ!」
「あぁ」
完全に皮肉たっぷりな努の言動を前にカミーユはギルド長という立場として額に青筋を見せ、エイミーとガルムはそれぞれ彼の腕を掴むとギルド第二支部から一目散に逃げだした。
装備整えれば余裕で突破出来る階層での停滞が前提って
それ装備整えないのが前提ってことになるんだが…