第686話 狂犬の嘆き

「170階層はもう突破されてるかなーとは思いましたけど、180階層まで行ってるのは攻略速度おかしくないですか?」
「まさにうさぎとかめだね」
「……朝から下ネタですかー?」
「童話だよ童話。うさぎとかめが競争するやつ」


 169階層付近まで到達したのを見届けて帝都の遠征に向かい本日帰還したロレーナのしらーっとした目に、努も同じような目線で突っ込んだ。

 タンクもヒーラーも知らずに駆け回る野兔を努は追い越して100階層にゴールし、彼もまたうさぎとなり三年間休んだ。それを教訓としてかめとなった探索者たちは100階層の先へと進み160階層まで進むことができたが、その頃には再びうさぎに変貌した。そして再びそのかめは迷宮都市にやってきた。

 そんな童話の説明を聞いたゼノは似たような話は聞いたことがあると頷く。


「ハーピィとゴーレムのような童話だね。あちらはまさにダンジョン攻略の話であるが」
「ゴーレムツトムじゃん」
「どっちかって言えばハーピィじゃねぇかこいつ? あの小憎らしさがそっくりだぜ」
「いーやゴーレムツトムだね」
「のっしのっし」
「のしのし」
「……何事ですか?」


 朝の訓練を終えた汗を流して風呂上がりのリーレイアは、アーミラの意見も聞かず四足歩行でのしのし歩いているエイミーとハンナを見下ろしている。そして主張の激しい兎耳を見た彼女は軽く目を見開く。


「ロレーナ。帰ってきていたのですか」
「ただいまー。先遣隊として帰還しましたっ」
「先遣隊?」
「帝都で色々とごたごたがあってねー。今頃ミシルとか、バーベンの長男とかが貴族に報告してると思うけど、大変そうだよー」


 第二のミナとも言える蠅の王を引き受けることを引き換えに、帝都との友好条約と貿易面で有利な取引を取り纏めたバーベンベルク家長男のスミス。それと帝都の神のダンジョンを視察と新たな魔道具の捜索をしていたロイド。

 そしてアルドレットクロウと紅魔団のいざこざを第三者視点で見ていたシルバービーストのミシル。その三名と他十数名は先んじて迷宮都市に帰還し、バーベンベルク家へと報告に上がっていた。

 蠅の王については彼の抑止力である虫モンスターの群れが地下と上空に潜んでいるため一先ず迷宮都市から離し、ミナとヴァイスが警護と監視に当たっている。

 ミナに恨みを持つアルドレットクロウの者たちはその時を狙い彼女を襲撃したが、ヴァイスに返り討ちとなり四肢を切断されて捕縛されていた。

 特に守秘義務というわけでもない内容をロレーナはクランハウスのリビングで話した後、本題に入ろうと新聞記事を手に努へずいと迫る。


「で、ツトムのこれは何なのさ! 元最前線組はだらしないったらない。ていうか全員僕より弱くね? 悔しかったらかかってこいよ、雑魚共~???」
「似たようなことは確かに言ったけど、脚色が凄いんだよね」


 クソガキに読み聞かせでもするように記事へ指を這わせて問いかけてくるロレーナに、努はちらりとコリナを見やる。


「ロレーナ、帝都で何があったか真っ先に知らせてくれてありがとう。元気に帰還したのも何より」
「ふふーん。なんなら頭を撫でてくれてもいいよ!」
「ヒール。でも今は無限の輪もごたついていてね。これから込み入った話をするから一旦シルバービーストに帰ってもらえる?」


 恐らく朝日を拝みながら迷宮都市に早飛びしてきたであろうロレーナに脳ヒールをかけながら、努はそう説得した。するとメタルシャワーでもやられているような顔を晒していたロレーナがその表情を何とか固まらせる。


「一応、私たち同盟クランなんですけどぉ? 相談してくれてもいいんですけどぉ?」
「……まぁ、それは後で相談するよ」


 ここでユニスのことやらシルバービーストとの今後について言及すると帰ってくれなさそうだったので、努は含みを持たせた物言いに留めてロレーナにお帰り頂いた。


「朝食、先に食べといて。僕はクロア呼んでくる。その後ちょっと無限の輪の会議をするから、クランハウスに残っといてね」


 そう告げた努はシルバービーストのクランハウスに住み込みしているクロアを呼びに行った。そんな彼の言葉にコリナは異様に目を泳がせ、ゼノは顎に手を当てて思考を深める。エイミーとゴーレムごっこをしていたハンナはきょとんとしており、リーレイアは嫌そうに腕の鱗を掻いた。


「……うわー」
「はい、座って座ってー」


 それから朝の身支度を終えてすぐ努に連れられてきたクロアがクランハウスのリビングに入ると、何やら修羅場に近い空気を感じた。ゼノPTの面々は重苦しい顔つきであり、アーミラも先公に説教される前みたいな顔をしている。

 やはり昨日努が発した暴言関連だろうかと、クロアは戦々恐々といったまま席につく。


「……そういえば椅子、一つ足りなくないですか?」
「コリナが食べちゃったからね。僕が立ってるよ」
「すっ、すみません……」


 出揃ったメンバーを見回したリーレイアの疑問に努が笑顔で返すと、コリナは恐縮したように謝る。その発言をアーミラは飲み込めずにフリーズしたまま呟く。


「うっそだろお前……」
「きゃ、脚色ですよぉ!」
「皆が来る前、ゼノとコリナに昨日のことについて直談判されてね。椅子はコリナが舐めた口聞いてるとこうだぞ? っていう主張をするための犠牲になった形だね」
「…………」


 そんな努の言葉にガルムの仏頂面は迫力を増し、剣呑な視線がコリナに突き刺さる。その番犬を宥めるように彼は手を前に掲げた。


「まぁ待ちなよ。あのコリナが身を挺して忠言してくれたんだ。それに無限の輪の席を三年間空けた当人が好き放題のたまってるのを不快に思う気持ちもわからなくはない」
「だが、無限の輪はツトムが設立したクランだろう。ツトムが不在の間は私が力不足ながらもクランリーダーを請け負い、完全な形とはいかなかったが残すことが出来た。勿論、ゼノやコリナたちの協力がなければ成し得なかったことだ。それについては感謝しているが……ツトムに食ってかかるのは感心せん」


 飼い主がいない間に世話を焼いていたのは自分たちなのに、いざ帰ってきたら牙を剥かれたような心境。コリナはそれを身勝手な想いだったと恥じたが、リーレイアは所詮犬畜生かと鼻を鳴らす。


「飼い主の名を夜鳴きして寝込んでいた犬が言えることですか? 実務面ではゼノと私がいなければクランとして成立するかも怪しかったというのに、それに事欠いてやることはご主人様の擁護とは」
「リーレイア君、口が過ぎるぞ」
「私の口が過ぎるのであれば、ツトムの発言は暴走していると言わざるを得ませんね。自分がいない間に活動していた探索者たちと、無限の輪に世話を焼いてくれたドーレン工房を小馬鹿にし、ギルド長に面と向かってギルドを貶める発言をして敵対を示した。それも死酔による失言だったと言うなら笑って許しますが、未だに撤回するどころかむしろ開き直ったご様子」


 手前こそこの三年もの間、何をしていた? 山登りに興じ、よく知らん遊戯にうつつを抜かしていただけではないのか。その真意を尋ねるようにリーレイアは努をねめつける。


「これが無限の輪のクランリーダーとしてあるべき姿ですか? 貴方が発言を撤回しないのであれば、その意見に同調しているとメンバーの私たちまで疑われてもおかしくはない状況ですよ。当然、それを理解して開き直っていらっしゃるのですよね?」
「……それが何だと言うのだ?」


 努に規範を求める彼女にそう返したのは刺々しいまでに藍色の犬耳を立てたガルムだった。そんな彼にリーレイアは少し声を落として返す。


「ツトム個人が誰の喧嘩を買おうが結構ですが、その立ち振る舞いによっては無限の輪全員の評価も落ちることになります。それもよりにもよってギルドと対立するなど……それがどれほど不味いのかは元ギルド職員のガルムが一番理解していることでは?」


 するとガルムは席につく皆の顔を見回した後、憤りを吐き出すように口を開く。


「……そもそも、ツトムが帰ってくるまでの私たちはどうだった? ウルフォディアを突破する見立ては建てられず、それでも今ある立場を守ることに終始していた。だが、ツトムが帰ってきてからはどうだ? ウルフォディアの対策装備が作られてあの160階層をあっさりと突破し、今となっては180階層だ。こんなことが他の者に出来るのか?」


 そしてガルムはクロアに強い視線を向けた。正直なところ無限の輪の部外者感は拭えない彼女は思わずギョッとして、え? 私が何か答えるのですか? と震え上がる。


「それに最前線の者たちが優雅に間引きをこなしている間に、ツトムは刻印装備を作り数年経っても神台に映れなかった中堅探索者たちの目に光を宿させた。その熱は迷宮都市に広がり伝播し、震撼させた」
「……あぁ。私たち中堅探索者は、それこそ一山いくらの雑兵みたいなものでした。私はアイドル売りしてどうにか食い繋いでましたけど、ツトムが目をかけて配ってくれた刻印装備で探索者生命を繋いだ人は多かったです。勿論私も、その一人です」


 101階層から解放されていたはずの刻印装備が縛られた状態での階層更新は、進むにつれて探索者の質を凝縮させていった。だが150階層からその厳選は明らかに過ぎたるものとなり、誰もが入るのを躊躇うような蠱毒と化した。


「もしあの熱が無ければ神のダンジョンを取り巻いていた終末感はより強まり、探索者の新規もこれほど戻ることはなかった。それによって探索者の外部流失も目に見えて止まった事実は、ギルド職員の友人からいくつも聞いている。だが本来これはギルドが主体となって行うべきことであり、事もあろうにツトムが刻印装備を広めて中堅たちを救い上げたことを糾弾するのは恥ずべき行為だ」
「……そりゃあ、突然仕事を脅かされることになった職人さんたちの言い分も理解はできますけどね。でも私たちを努力不足だ、才能がないだとか野次ってきたのは職人も含まれます。始めて数ヶ月のツトムさんが手入れした装備の方が強いんですから、廃業して当然じゃないですか? それこそ努力不足なんじゃないかとしか返す言葉が思いつきませんね」


 クロアに発言を促して当事者意識を目覚めさせたガルムは、改めて席に座るクランメンバーたちを見回す。


「それにダリルとアーミラも戻り、ディニエルも帰ってくるのが既定路線となった。確かにツトムは無限の輪から突然三年も離れ、その言動には責められるべき点もある。だが、その欠点を除いて余りあるほどの成果をツトムは見せてきただろう! ギルドから目を付けられる? そんなものが怖いのなら辞めてしまえ! 痴れ者がっ!!」
「ガルム、言い過ぎだよ」
「いいやっ! 言わせてもらうぞっ。私の気が済まん!!」


 努の静止も振り切るほどの激昂を見せたガルムは、じろりとクランメンバーを見回した。狂犬の嘆きは依然と続く。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:19 PM

    >「170階層はもう突破されてるかなーとは思いましたけど、180階層まで行ってるのは攻略速度おかしくないですか?」

    誰かさんが帰ってきてからみんなやる気が上がったからねー

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:23 PM

    そういやガルムこんなキャラだったわ
    努LOVEし過ぎで可愛い犬と思ってたけど何してもついてくるぐらいの理解者だったわ

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:30 PM

    それぞれの視点が凄すぎるんよなぁ。
    ライダン読んでて幸せを感じるよ。
    作品に感謝だよ

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:31 PM

    探索者の脳筋化に関しては、サブジョブを鍛える素質のあるエイミー(鑑定)とユニス(雑食)が帝都に行ったのも大きいと思う

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:33 PM

    ツトム(この後予定もあるし早く話し進めたいなぁ)

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:33 PM

    自己犠牲ヒーラーが人間扱いされないのは当時の最前線攻略の場面だけだし、ツトムは探索者ジョブとしてのヒーラーやタンクを救ったけど個々人の命を救ったわけではないからな。そもそもコリナ達は対応に言い合えるべき仲間だし

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:35 PM

    努相手に過去の恩を持ち出し合戦したら大抵のメンバーが富士山と砂場の山を比較する羽目になるって忘れちゃってるんだな

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:36 PM

    ガルムが熱く語る横で180対策の刻印をしだすツトム

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:39 PM

    3年前ツトムが黒杖持ってきてなかったら黒魔団ですら火竜突破できていないので、迫りくる竜の宴と暴食龍にどれほど被害出てたか想像するのも恐ろしいよ
    間接的にツトムの存在がかなりの多くの人の命を救ってる、その貢献を見て見ぬふりするのはだめよ

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:40 PM

    3年間イナカッタクセニーは言うけど3年前以前のことはきれいさっぱりと忘れた探索者達(クリーンインストール済み)

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:43 PM

    ディニエルも辟易してたけど
    同じフレーズ無限に擦るよねこの子達…

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:45 PM

    紅魔団が黒杖で火龍突破したくらいじゃ何も変わらんでしょ。ツトムは暴食竜の情報提供や作戦立案、指揮ともっと直接的に命

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:46 PM

    紅魔団が黒杖で火龍突破したくらいじゃ何も変わらんでしょ。ツトムは暴食竜の情報提供や作戦立案、指揮ともっと直接的に命救っとるよ。別にツトム一人の功績ってわけじゃないけど、実際に命救われたディニエルとかはもちっと態度ってもんがあってもいいと思うけど

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:47 PM

    更新乙です。
    のっしのっしエイミーとハンナ可愛いよエイミーとハンナ!

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:48 PM

    いいなーワイも世界救って可愛い子を好き勝手レ◯プしたい

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:48 PM

    ツトムはそもそも好かれようと思ってないしな
    クラン外でツトムの友人と呼べる探索者はルークくらいじゃないかな

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:49 PM

    ギルドこそが停滞する階層更新に問題提起して中堅探索者を救済すべきだったという見解はその通りだよな。
    そういう意味で努が頑張ったのは間違いない。
    しかも3年ぶりにもどってすぐだもの。愚痴りたくなるよ。

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:52 PM

    更新ありがとう
    こういうお互いの意見がバチバチなの好き
    というか確かにツトムってダンジョン都市の成長?貢献?的に言えば物凄いよね。
    歴史書でも作ったら一番名前出てきそう

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 10:57 PM

    功績云々言い出したら王都はオルビスの勝利で終わって王国自体壊滅してたな

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:03 PM

    > それらの情報を全て信じるのだとすれば、ツトムという人物は迷宮都市の偉人といっても過言ではないだろう。神のダンジョンにおける不遇職を役割理論で救いながらも自ら成果を上げ、迷宮都市での大規模なスタンピードでは一騎当千の活躍をして貴族から表彰されてもいる。そして、前人未到の百階層を初めて攻略した人物。
     その明確な実績の他にも曰く、百階層はただ一人でも攻略は可能だったとか、神のダンジョンにおいて一度も死んだことがないなどといった尾ひれがついたような与太話もあった。だがそれらも迷宮都市で古参の探索者に詳しく聞いてみたところ、解釈の違いこそあれど事実ではあるようだった。(第438話 祈祷師全一より)
    帰還時当時は外からだとこう思われてる

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:05 PM

    そう言えば努って帰還前はクランの運営をほぼ一人で担ってたね。
    オーリさんにも分担きてたけど運営資金調達にスポンサー契約して武器防具のメンテやポーションの補充に情報収集や魔道具の視察やツテ増やしたりptメンバーの育成や相談事を聞いたり、ダンジョンに関わる事とは言え1人で抱え込みすぎだよ

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:06 PM

    オーリさんが来る前は少しの間だけど5人分の料理まで作ってた(笑)

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:10 PM

    そういやダンジョン内でポトフ作ったりもしてたな
    あれは温め直しただけだったか

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:13 PM

    最初は作っていたんだけど、途中で他の人に作ってもらったんだよねポトフ。でもガルムは知らないからいつものように
    「ツトム、美味いぞ」ギルド長「これは本当に君が作ったものか?」「!?」で笑った

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:14 PM

    しかしディニエル戻ってきたらアルドレの火力大幅減で実質無限の輪がワントップになりそうだな

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:18 PM

    蝿クモ根暗お節介おばさん+努の弟子のシルべニマビースト一軍次第だな!

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:22 PM

    もうガルムがヒロインでええんちゃうか?
    忠犬すぎて惚れるわw

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:25 PM

    ガルムさん、やっぱ最高っすわ…

    努さんのお口が最高に悪いから伝わらないけど…

    刻印装備作ってウルフォディア突破してクラン運営立て直して最前線まで押し上げてダンジョンの環境も変えて…
    やってることは全てクランのためになってはいるんですよね。

    お留守番組は、デザインが良いだけの平凡な装備を作ってるタンクに、四大精霊+フェンリルくらいしか契約できず伸び悩んでるショボいアタッカーに、ユニークスキル持ちながら不貞腐れて立ち回りの幅も狭い箱入りに、犯罪者クランを作り上げたわんこにと、個々人でがんばってはいたけど努程クランに貢献してた?って感じ

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:29 PM

    犯罪者クランを作り上げたわんこは草

  • 匿名 より: 2024/12/09(月) 11:31 PM

    椅子の下りでアーミラがコリナに対して『お前、とうとうそこまで』みたいな反応してるの笑う。

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