第687話 神目線

「私たちが昨日ロストした刻印装備は誰が作った物だ? そして今日、それを補填するのは誰だ?」


 そんなガルムの物言いにリーレイアは親の小言かよと目を細めた。


「……ガルムがそこまで恩着せがましく言えるものなのですかね。ツトム、貴方も同意見ですか?」
「メンバーの装備管理もクランリーダーの仕事のうちだし、出来る限り用意はするよ」
「だそうですが?」
「厚顔無恥とはまさにこのことだな。ゼノ、実際に工房を持つ貴様も同意見か?」


 飼い主に問いかけてきたリーレイアへの意趣返しとして話題を振られたゼノは、困り顔で首を捻る。


「刻印装備の融通については先ほどツトム君と話し合って合意に至った。ツトム君は刻印を、私たちは帝階層産の装備と油の調達と、刻印するための加工を担うことになっている。ただ、それでも些かこちらが貰いすぎているという認識ではあるね。ツトム君以外の刻印ではどうしても一段性能が落ちる。次点でユニス君、その次にようやくゼノ工房の職人たちといったところだ」
「そんな代物をクランメンバーだから支給されて当然だと、よく恥ずかしげもなく口に出来るものだな? ダリル、まさかお前もそう思っているのか?」


 努が考えて作り込んだフルアーマーとタワーシールドによって重騎士としての特異的な立場を確保していたダリルは、垂れた犬耳をぴこぴこ動かす。


「まぁ、僕の装備はツトムさんの趣味も入っていると思いますが……貰っている自覚はしているつもりです」


 そんなダリルが話す途中で努は兜をきゅっきゅと被る動作の後に凛々しい顔をした。それに彼は安心して言葉を続ける。


「それに自分で孤児団体を運営してみて身に染みましたが、無限の輪の共益費は破格だと思います。いくら少数精鋭とはいえ、こんなに取らないでよく運営が回っているなと思います。刻印装備のロスト費用とかも別で取ってるわけでもありませんし……」
「スポンサー契約なんて差し引き一割だもんね~。ゼノの話しぶりからして、探索利益の配分も大して変わってないんでしょ?」


 エイミーの指摘にゼノは頭の中で計算しつつ答える。


「それはこれから起こる刻印装備のロストによる損失を見て変える判断もあるだろうが、今のところ二割から変えるつもりはないと聞いているよ」
「え、あたしは確か半分取られてるっすけど?」
「てめぇの場合は借金返済と先取り貯金が差し引かれてんだろ」
「でもあたしスポンサーとかいないっす! みんなずるい!」
「じゃあハンナも企業がスポンサーしても安心できるような立ち回りしよっか。無理か」
「……先ほどから当のクランリーダーはだんまりですが、何か言ったらどうですか?」


 ハンナたちがあーだこーだ言っている間にリーレイアから水を向けられた努は、ゆっくりと首を振った。


「皆の意見が出揃うまでは黙っとくよ」
「飼い犬に好きなだけ吠えさせて結構なことですね」
「甘えて絡んでくる毒蛇よりはマシでしょ。怖いったらないよ」
「全くだ。甘えるにしても限度がある」


 今日はいつにも増して尤もらしく言い返してくるガルムを前に、リーレイアは騎士の兄でも思い出したのかぱきぱきと指の骨を鳴らしている。それから努は他に意見があるか確認するようにクランメンバーを見回すと、アーミラが珍しく気まずそうな顔で声を上げた。


「確かに魔貨はちっとばかし怪しいけどよ、ババァは権力に溺れるようなタマじゃねぇ。ギルドはあれだけデカい分しがらみも多い。あんま虐めねぇでやってくれよ」
「難しい立場なのは理解してるけど、にしたって刻印装備の制限についてはアルドレット工房にしてやられすぎだしギルドも黙認してたでしょ? 探索者がいなきゃ商売が成り立たないんだし、上が煮詰まってる中でまともな装備も作れない中堅探索者たちにギルドが何のフォローもないのは不味いよ。そんな有様じゃ新規も入ってこないし、その先は過疎化の一途だよ」
「それはそうなんだけどよ、てめーの目線も高すぎやしねぇか? 確かにあのままの状態を放置して新規と中間層が減ったら不味そうなのはわかるけどよ、あんまり手厚くしすぎるのもどうかと思うぜ? それに探索者の俺たちがそこまで考えて動くってのも余計な世話っつうか、なぁ?」


 そう言って周囲にも意見を求めたアーミラの指摘に、サービス終了した『ライブダンジョン!』の悲惨な過疎具合を体感している努は咄嗟に反論が口から出かけた。ただその事情を知らないクロアがいる手前それを一度飲み込み、クランメンバーたちの様子を窺う。

 ガルムはもう完全に忠犬の目付きであるが、エイミーはどっちつかずな態度で口をもにょつかせていた。リーレイアは思わぬ助太刀に目を爛々と輝かせ、ゼノやコリナたちも各々考え込んでいる。ハンナは未だに自分だけ五割取られていることに納得できず、ぶすっとしていた。


「……まぁ、それはそうかもね。実際に問題が起きて痛い目を見なきゃ、人間はそれが悪手だったと学べもしないか」
「すっげぇ言い草。だから神の子って言われるんじゃねぇか?」
「その疑惑も180階層で死に戻って多少は晴れたでしょ。……だからそんなに睨んでやるなよ、ガルム」
「……別に、睨んではないが」


 そうは言いつつも目が据わっているガルムに努は含み笑いを漏らす。


「いや、傍から見るとめちゃくちゃ睨んでるよ。それとコリナも許してやりな。僕はコリナの意見は聞くに値すると思ったし、武力の脅しについても別に腕とか折られたわけじゃない。僕がこのまま外でも舐めた口聞いて、頭に血が昇った最前線組にぶん殴られないようむしろ忠言してくれたんだ。僕にそんなことやってもコリナには大して得もないんだし、ありがたいことだよ」
「それなら、わざわざ人目の少ない早朝に限る必要はなかった」
「す、すみませんでしたぁ……。皆の前でクランリーダーに物申すのもどうかと思って」
「もしコリナが目の前でやったら、それこそ今のガルムなら吠えるどころか噛みついてたでしょ。クランハウスで流血沙汰なんてもう御免だよ」
「…………」


 そうして努に待てと申し付けられたガルムは腕を組んで押し黙る。そんな彼を見てコリナは改めて頭を下げ、エイミーは大袈裟にため息をついた。


「リーちゃんも大概だけど、ガルムはガルムでいきすぎて気色悪いよねー。目指すべきはその中間じゃない?」
「リーレイア君の懸念は一理あるが、探索者がギルドのご機嫌を窺う必要もない。流石に全面戦争は避けたいがね」
「ババァも争いごとの塩梅には理解がある。これ以上表立って楯突かなきゃ、裏で謝りゃ済む話だ。ちょっとした落とし前があるくらいか? てか、相手が神竜人だからってビビりすぎなんよ、リーレイア」


 そんなアーミラの物言いに彼女は苦々しく視線を逸らす。


「……それで済むなら私は構いませんが」
「だ、そうだ。クランリーダー様」
「仲裁どうも。後でカミーユには謝っとくよ」
「そうしてくれや。また実家でてめーのことで愚痴られても面倒だしよ」


 努としてはリーレイアは最悪、新精霊との契約でも持ち出して彼女が望む被害者ポジションに落ち着けようと思っていた。ただそれに似た役割を担ってくれたアーミラに努は礼を言うと、エイミーにも言い返さずに腕を組んでいたガルムに向き直る。


「僕としても自分の苦労を多少は理解してくれてる人がいるのは助かったよ。ありがとね」
「…………」
「うざ。わたしだって理解してます~。脳ヒールあるからって三時間睡眠で刻印作業こなすなんて普通は出来ないんだから、あんまり無茶しないでよねっ」
「ありがと」


 ガルムはエイミーに何も言い返さなかったが、努の言葉を聞いた途端にしたり顔となった。それに彼女はイラっとしながら努の見えづらい苦労に理解を示し、労わるように頭を撫で繰り回した。


「さて、それじゃあ皆さん落ち着いたところで、無限の輪のこれからの方針を改めて固めようか」


 そしてある程度クランメンバーの膿を出させてすっきりさせたところで、努は改めてクランメンバーたちの注目を集めた。


「まず目下でやることはディニエルが無限の輪に帰ってくる下地を整えること。ディニエルが頭を下げて帰ってくるか、舐めた様子で帰ってくるかは180階層をどちらが早く突破できるかで決まる。これについては多分、みんな異論はないでしょう。ここまで来たらもう一度全員で再結集といきたいところだ」
「はーい!」
「そうですね。あのエルフにも一泡吹いて頂かないと……」
「無限の輪の長期方針としてはこのまま十数人くらいの少数精鋭でクランを維持しつつ、アルドレットクロウの一軍に引けを取らないPTにそれぞれ仕上げるようなメンバーになってほしい。少なくともゴールデンタイムに一番台を狙える位置は維持したいと僕は考えてる。一先ずこの方針を軸にして、メンバーの意見も欲しいかな」
「はい!! あたしも二割にしてほしいっす!」
「だめでーす」
「……え、クロアも意見していいんですか?」
「いいんじゃない? ディニちゃん代理」
「に、荷が重い……」


 それから無限の輪の今後の方針について改めてクランメンバーを交えての会議が始まり、それは昼過ぎまで続いた。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:33 PM

    階層更新が完全にストップして、探索者が適当な階層で資源採掘したり、レベル上げしたりするだけになったら、撮れ高がゼロになって神運営がキレて本当にサ終になる可能性もあるだろうね。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:35 PM

    サ終ってアプデとか追加コンテンツがなくなったり、重課金求めたりしてきた場合じゃないの?
    トップが技量的に頭打ちになってたんなら、むしろ新規が追いつくチャンスに感じる
    課金量で追いつかない差が出てるならまだしも、トップも無課金縛りしてるし

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:37 PM

    > 12/12(木) 6:07 PM
    ギルドって組合みたいなもので農協とか漁協みたいなイメージをすると良いかも
    なので探索者放ったらかして利権に走り出すのは割と危険

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:37 PM

    リアルじゃなくてダンジョン攻略が主題の小説なんだよなぁ
    ダンジョンを攻略するが解になって当然でしょうに
    そんな無駄なリアリティで揚げ足取っても……

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:38 PM

    クラン予定十数人くらいっていう発言ははじめてだよねぇ
    追加メンバーはホムラは確定ぽいけど、他はどうなんだろう
    本命 ホムラ 
    対抗 ソニア クロア
    大穴 ユニス ステフ バーベンベルグ家 氷狼姫 Avid
    他にどんな人がいたっけ・・・
    大穴は入りたいと思ってる人たちと妄想枠で

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:38 PM

    出すべき膿は出して、しかし割れない程度には抑えてコントロールして、って、努ちゃんとリーダーしててえらいな
    ガルムとリーレイアが二人だけで話してたらそれこそリーレイア脱退までいきそうだったけど、程々の所で落とし所着けた感じ

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:39 PM

    180階が片付いてから帝都組帰還になるかな?
    クラン内はまとまったしここからが楽しみね

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:41 PM

    > 12/12(木) 6:37 PM
    書こうとしたら先に書かれてたw
    周りが本気で攻略気にして無いならここまだ荒れてないんだよね

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:45 PM

    >6:37 PM
    え、もしかしてツトム批判じゃなくて作品批判だと思ってた?

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:46 PM

    ツトム信者にとってはツトム批判=作品批判だぞ

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:47 PM

    十数人の少数精鋭ってことは、正式なクラメンになる新メンバー募集は2〜3人で、10階層毎にゲストメンバーを2〜3人迎え入れる感じになるんじゃないかな。面子が固定されるよりも各パーティーに新顔が1人くらいいる方が新鮮だし、良い試みだと思う。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:52 PM

    まぁ、ギルド側からも努くんに色々してくれてるしね。
    480話あたりの孤高階層の紅白戦みたいのも、確かギルド側から何かしてたはずだし。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 6:54 PM

    実感しなきゃわからないって三年前に実感したはずなんだがなあ
    まぁそれが周りに波及しないと実感としては得られないか

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:06 PM

    サ終ってこの場合資源採掘としてのダンジョンしか残らなくなる&治安がクソ悪化する形じゃねえかな
    映像含め娯楽としてのもんじゃなくなると収入の問題が出てくるから色々縮小される、結果として食いっぱぐれがスキルとステの暴力だけ持って幅利かせるようになる

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:09 PM

    サ終は純粋にダンジョン閉鎖でしょ。神運営は何かあったら比較的すぐに対策していることからして、神運営なりに相応のコストを払って何らかの目的のためにダンジョンを維持しているように見える。完全に停滞したらダンジョン閉鎖するのは十分あり得ると思う。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:13 PM

    タイトルみて神のダンジョンの神様が降臨したのかと思った

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:15 PM

    200階層で終わりならそれがサ終では

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:18 PM

    最も人口が多いであろう中間層が持ち帰る魔石は、数が多い分、価格が下落して、食っていけない探索者も多かったんだよね。
    ギルドはそんな中間層に対して救済措置を執ることもなく、単なる魔石収集装置として扱っていたんだから、別に謝罪する必要は無くないか?
    万が一謝罪したとしても「事実陳列して申し訳ございません」とか?

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:20 PM

    > 12/12(木) 6:30 PM
    行き詰まって別の活路、活用法を見出すのが正解なのに
    刻印という活路を縛って脳死で突き進んでたのが現地冒険者たちで
    それを助長してたのが工房とギルドだったんだよなぁ

    ツトムはその活路を自分で見出して模索してた側で
    それを見下して罵倒するまでで留まらず力ずくで妨害までしてた奴までいたしまつ
    なんならクラン内にすら刻印はやめたほうがいいとか言うやつがいたし

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:22 PM

    やっぱコリナよ
    最近ツトム信者が暴れ散らかしてたがそのツトム様がありがたいってよ

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:24 PM

    探索者って極めて厳しい苦痛を伴う過酷な肉体労働者で、しかも装備ロストで破産する可能性すらあるのに、最前線以外食っていけないって職業としては破綻しつつあったからね

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:25 PM

    ネトゲやソシャゲ的に言うならサービス終了とアプデ終了は別物
    仮に200階で終わりだとしても、ダンジョンが残ったまま変わらず楽しめるならアプデ終了であってもサービス終了ではない
    ダンジョンが消えたり、ダンジョンに入れなくなったり、ダンジョン内にモンスターが湧かなくなったり、ダンジョン内の映像が見れなくなったりしたらサービス終了

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:28 PM

    肩コリナって最近椅子食ったくらいしか目立ってないじゃん
    次は月も食ってくれ 頼む。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:30 PM

    何というか、上手い具合に纏めてきた作者にやられた感ある
    コメ欄であれだけ何やかんやあったのにスーッと纏められてしまって微妙にストレス感じた
    もちろん文句はないんだが・・・・

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:33 PM

    カミーユは政治に秀でた貴族出身とか、交渉が巧みな商人出身とかじゃなくて、武力に優れた探索者出身だからね。ギルド長として武力はあるからカリスマは十分なんだろうけど、政治や交渉で少々失敗することも仕方ないように思う。

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:37 PM

    交渉とかカミーユの補佐役として副ギルド長の出番あると良いなぁ

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:39 PM

    ツト信認定おじももうええて
    そのへんにしとき

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:43 PM

    コメ欄でレスバはやめてくれ。
    感想と感謝書いて想像膨らませて楽しむ場所なんだから

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:45 PM

    椅子を破壊したのはコリナだけど
    腹に収めたのは努(のマジックバッグ)じゃなかったっけ?

  • 匿名 より: 2024/12/12(木) 7:45 PM

    更新ありがとうございます
    たのしい

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