第689話 神の子気取り

 無限の輪のクランメンバーたちとの長い面談を終えた努たちは、次は実技だとギルド第二支部に向かった。そして早速受付列へと並ぼうとした最中、黒の門番を務めるギルド職員数人から呼び止められる。


「ギルド長からお伝えすることがあります。暫しお待ちを」
「……わかりました」


 どちらにせよカミーユには話を通す方向だったので都合は良かったが、努は何処か違和感を覚えていた。わざわざ黒の門番まで出てきて視線が合わないことに、ガルムも警戒するように周囲を見回す。

 目の前の門番たちだけではない。その他の武闘派であるギルド職員から警備団までがギルド第二支部のいたるところに配置されている。エイミーもその包囲網に気付いたのか胡乱げな目をした。

 そんな二人の雰囲気を察知したダリルとクロアは垂れた犬耳を更にぺたんとさせ、コリナも目をしばたたかせる。


「……ツトム、絶対、謝って下さい。絶対にですよ。とんでもないですあれは」


 そしてギルド第二支部の二階から降りてきたカミーユを遠目から目にしたリーレイアは、脇目も振らず努の腕を掴んで進言した。

 普段のカミーユは笑ったりおどけてみせたりと、その立場を感じさせない朗らかな表情を常にしていた。だが今こちらに歩いてきている彼女は表情が抜け落ちており、神竜人という種族柄自然と発してしまう圧力も一切隠していない。

 そんな彼女が一階に現れてからギルド第二支部にいた竜人たちは軒並み震え上がり、獣人たちも種として勝てないことを本能的に理解させられてしまうようなオーラに立ち竦んでいた。

 それは無限の輪のメンバーも同様であり、リーレイアは努に振動が伝わるほど震え上がっている。アーミラは戦場に来たような母の立ち振る舞いに当惑し、ガルムとエイミーは眉間のしわを深めた。

 種族的な理解は出来ないゼノやコリナでもギルド長がブチ切れていることだけはわかり、鳥人のハンナは能天気に神台を眺めている。努もカミーユが大剣まで背負っている姿に驚きはしたが、すぐに察しがついて切り替えた。


「ツ、ツトム。何をする気ですっ。謝るんです、いいからっ……」
「いやー、あれが謝って済むと思う?」
「それでもっ、謝るしかないでしょうっ」


 それで済むなら努も土下座なりなんなりしたい気持ちであるが、こうなってしまったものは仕方がない。カミーユを前にそこらの町娘みたいになっているリーレイアの手を振り払い、彼はクランメンバーたちと視線を合わせて苦笑いした後に歩みを進めた。


「ツトム、何か私に言うべきことはあるか?」
「何でそんなに迫力満点なんで――」


 そう軽口を飛ばした努にカミーユは背の大剣を恐ろしい速さで抜き、彼の首元に添えた。その行動にはガルムも思わず目を見開いて反射的に動いたが、黒の門番たちが囲んで阻止した。

 犯罪者にでもするような対処を前にコリナは竦み上がり、エイミーはじろりと周囲を見回し抜け道がないか模索する。努はまた脅しかよと食傷気味な顔をした。


「二度と舐めた口をきけなくしてやろうか?」
「随分なご挨拶ですね。ギルドを馬鹿にされたのがそんなに効いちゃったんですか?」
「公衆の面前で馬鹿にされて、笑って済ませるように見えるか? 立場を弁え、発言を撤回しろ」
「刻印装備を制限して最前線以外の探索者を停滞させてまでやったことが、独自通貨の発行だろ? ギルドだって営利組織だ。金稼ぎをするなとまでは言わないけど、神のダンジョンに潜る大多数を犠牲にしてまでやることじゃない。そりゃあみんなチャンスが見えない探索者なんて辞めて、民間なり迷宮都市外なり行くに決まってる。そんな状況が続けば神のダンジョンは寂れる一方だ」


 召喚士や冒険者など神のダンジョン外で有効なスキルを持つジョブの者たちは、探索者でなく民間企業や個人事業主として出稼ぎに行くのは珍しくなかった。だがここ数年はそれ以外のジョブも者たちも軒並み出稼ぎに行く傾向が強まっていた。

 そんな努の言葉にカミーユは下らなそうに鼻を鳴らす。


「流石は神の子と巷で言われているだけはあるな。ご高説痛み入るよ。だが、お前は所詮神の子気取りだ。そのことを私は、私だけは知っているぞ? なぁ?」
「…………」


 カミーユは幸運者騒動が起きた時に臨時のアタッカーとしてPTに加入してくれて、共に火竜を討伐し偏向報道を跳ね除けてくれた。

 それからもギルド長としての立場は監守しつつ、外のダンジョンの間引きで世話を焼いてくれたり娘のアーミラをクランメンバーに推薦したりしてもらった。それらの積み上げもあり信頼していたからこそ、自分の出自も明かした。


「――神の子神の子、うるさいな」


 何があまつさえ脅しをかけるほど落ちぶれていないだ。ロイドに与した裏切り者が。

 その怒りを体現するように努の周囲に聖気が満ちてステータスが変化し、カミーユも彼の口先一つで死が有り得る状況になった。それを斜め後ろから見ていたエイミーはそんな彼の目がトラウマだったのか身震いした。

 進化ジョブの切り替えに職員たちは目の色を変えて彼を拘束しようとしたが、カミーユがそれを手で制した。狂犬を始め、後ろに控えているクランメンバーも一部の者たちを除き臨戦態勢に入っていたからだ。


「キョウタニツトム。貴殿がギルド第二支部に立ち入ることを今後許可しない。今すぐ出ていきたまえ」
「ギルドに異議を唱えただけで出禁かよ」
「貴殿の影響力を鑑みてのことだ。新聞でもギルドの醜聞とやらが回っているが、それも貴殿の発言が切っ掛けで作られている。ギルドを陥れる張本人に対してならば妥当な判断だ」
「はぁ。元々は単に魔方陣をたまたま見つけただけの幸運者だったろうに、縄張りを固めて随分と偉くなったもんだ。今は亡きギルド長も泣いてるねこりゃ」
「…………」


 その皮肉は鉄面皮を貫通したのか、カミーユのこめかみが怒りで震えた。そして努は立派なギルド第二支部を改めて見納めた後、踵を返して歩き出した。

 それにガルムとエイミーが続き、ダリルとクロアもおずおずと付いていく。ゼノとコリナは一本取られたと言わんばかりに顔を見合わせ、リーレイアはハメられた……ハメられたと泣く泣く付いていく。ハンナはよくわからないまま雛鳥のように付いていった。

 そしてその場に残ったアーミラは苦虫を噛み潰したような顔でカミーユを睨みつけた。


「……おい、ババァ」
「アーミラ。お前はどうするんだ? またギルド職員として迎える手もあるが」
「……んだよそれ。何なんだよこれは。もっと上手い手はいくらでもあっただろうが」
「ない。選べ、ツトムに付いていくか、私に付いてくるか」
「…………」


 無情な選択肢を突き付けられたアーミラはギルド第二支部を去っていく努を一瞥した後、少し緊張を解いた様子のカミーユを見上げる。そしてその二つを拒否するように下を向いて唇を噛みしめ、大粒の涙をポロポロと落とす。

 そんな娘に対してカミーユは神竜人としての圧力を強めて見下げた。


「そうやって選択を先延ばしにしても、いずれ審判の時は来る。それでも動かないのならそうして一生縮こまっていろ」


 そう言い残したカミーユもまた踵を返して歩いていく。それを涙でぼやけた目で捉えたアーミラは思わず呟く。


「……母さん」


 振り返りもしないカミーユを求めるようにアーミラは再度叫ぶ。


「母さんっ!!」


 それでもカミーユは表情一つ変えずに振り返らず、アーミラは一人そこに残された。

 コメント
  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:13 PM

    これでどっちのギルドからダンジョン入るかでどちらの派閥かわかれちゃうね

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:13 PM

    努じゃなくてリーレイアが正しかったんじゃん
    神竜人じゃなくて無限の輪を当たり前のように選ぶリーレイアかわいい、かわいくない?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:14 PM

    ツトムはカラスのように人にやられたことはずっと覚えているからね。今後最低限のことは話せるくらいの修復はできるだろうけどそれ以上は無理だろうね

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:15 PM

    普通に事情を話すんじゃダメなん?って思ったけどまぁ努が第2ギルドに入らないようにする理由は必要か
    神関係ない部分で大問題になってるのはよろしくないけど

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:17 PM

    ギルド駄目だわこりゃ

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:18 PM

    根拠付き批判されてカミーユがこれやるとは思えないからなんかありそうではある
     
    でも終わりだなー
    残念。ヒロインレースはカミーユ推してたんだけど

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:19 PM

    更新お疲れ様です。

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:20 PM

    ツトムの出自を知っていて神の子を気取っているとか考えないだろうし、無限の輪のメンバーも説明されていると把握していてだろうに私だけ知っているアピールも変だし、キレてるフリしてツトムの事情を知らない者(ロイド・神華)の干渉があると伝えてるんじゃ?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:22 PM

    努が蟲を見る目をカミーユに向けてるから終わりやね

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:22 PM

    さすがに突然の豹変で違和感ありすぎた
    まぁ第二支部だから第1支部はいいってことだよな?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:23 PM

    理由あったとしても地雷踏み抜きすぎて元の関係に戻らないのは確定だなぁ

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:24 PM

    確かにカミーユの感情変わり過ぎだから、第2支部にロイドの罠がある説、納得行ったわ

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:24 PM

    カミーユは腹芸できないからただキレてるだけっぽい……?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:25 PM

    次回ツトムがクラメンに言う台詞は「カミーユの演技でしょ」なのか、「無限の輪を抜けてもいいよ」なのか。
    前回の話し合いの前提では謝るって方向だったし、無限の輪がギルドと敵対した以上、クランを抜けて個々人がギルドと和解するのはできるでしょ、という案を提示するくらいのことはしそう。
    結果、メンバーが4人以下になって補充も見込めないため帝都にヤサを移すんだ。

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:25 PM

    貴殿の影響力を鑑みてのことだ。新聞でもギルドの醜聞とやらが回っているが、それも貴殿の発言が切っ掛けで作られている。ギルドを陥れる張本人に対してならば妥当な判断だ」
    逆に広めてくださいって言ってるようなものだよねぇ
    裏はありそう

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:26 PM

    信頼していたから異世界人のことを明かしたのに
    公衆の面前で神の気どり発言はもう無理ですね

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:27 PM

    なんとなく裏があるんだろうなーとは思いつつ、単にBBA特有の思い出しヒスかもしれないのが面白い
    続きが気になる!

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:29 PM

    100階層までの展開だと一番立腹するはずのユニスが
    今だとそれなりに理解を示していて
    今までツトムを擁護する立場だったカミーユが決別してと
    関係性の変化の対比が面白いね
    組織を2つに割ったとしていくつか展開の予想はできるけど
    神の子気取りとわざわざ口にしたのならそこに暗号でもあるのか
    ただカミーユファンには申し訳ないけど
    最初からカミーユってFEのジェイガンポジに見え

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:30 PM

    カミーユには裏で謝る予定なんだから、表では努とカミーユがバチバチに喧嘩するのは既定路線では?
    もともとの予定通りだと思うけど

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:31 PM

    パフォーマンスなんか知らんがこれでカミーユが妥協点を探すために仕方なく、みたいな態度を今後してくるなら本当にギルド運営で目が曇ったんだなという感想
    せめて信念を持ってこの態度であってほしいね

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:32 PM

    黒の門番と視線が合わないって言うのは、仕事的な義務感から来るものなのか、それとも暗示とか洗脳にでもかかっているのか。

    無限の輪を警戒するなら、普通相手を注視するよね?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:32 PM

    刻印という必須級の技術を持つツトム
    刻印の2番手は自称ツトムの嫁のユニス
    この時点で全面戦争になっても勝負にならないな

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:33 PM

    無限の輪を本気で潰すつもりならスポッシャーの時みたいにギルドの口座の即時凍結とか全設備の利用停止とかするだろうし廊下に立ってろとかそういうレベルの罰じゃない?
    ギルドに実害が出てて、元々がソリッド社の権力に負ける規模の組織で独裁者でもないからギルド長としてちゃんと対応するしかないだろうし

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:37 PM

    何か事情があってのことだと信じてるけど
    ヒロインレースからの後退は辛い

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:39 PM

    これは次回を早く読みたいやつ

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:40 PM

    ただでさえ最近立ち回りのミスで思い悩んでたのに、もう関係の修復が危ぶまれるレベルで愛する人と対立しなきゃいけなくなったカミーユの内心のお曇りを想像してとてもニッコリした

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:44 PM

    カミーユと努が仲直りしてもギルド職員とかは消化不良のままで不穏分子になっちゃうでしょ
    だから表向きカミーユは努と対立して、努が180階層の結果で黙らせるのが綺麗な落とし所
    努は死を克服して骨を埋める覚悟もあるんだから、暴力だの出自の秘密だののラインは昔より甘くなってるって判断
    努を理解し、信頼してるカミーユだからできる立ち回り

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:45 PM

    更新乙です。
    ガクガクブルブルリーレイア可愛いよリーレイア!

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:46 PM

    「ロイドに与して」ってあるから、何かしらロイドに与しなければいけない理由があるんだろうかな。それをツトムが察したのかな?

  • 匿名 より: 2024/12/19(木) 6:47 PM

    この顛末知ったらユニスとロレーナはすっ飛んできそう。で、変わらぬ塩対応されるところまで見える。

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