第690話 打ち合わせと違う
「なんでなんでなんでなんでなんで」
「少しは落ち着きなよ」
努がギルド第二支部出禁を言い渡され出ていった後に重い足を引きずって付いてくる羽目となったリーレイアは、壊れたスピーカーのように呟きながら彼の肩を揺すっている。ただ努としても今日カミーユとここまで決別する形になるとは思っていなかったので、今後どう動くかを考えていて上の空だった。
「…………」
ダリルはその犬耳でアーミラの母に対する嘆きを聞いてしまったからかひっそりと涙を流し、その他獣人組もまだ帰ってこない彼女を待つようにギルド第二支部の入り口へと目をやっている。
「コリナ、アーミラ迎えにいってもらえる?」
「……それはクランリーダーの仕事じゃないですか?」
「ほら僕、出入り禁止だから」
そんな言い草にコリナは微妙な顔のまま黙り込んだので、努は弁明の言葉を続ける。
「僕がさっさと来い来い呼んでたって伝えてくるだけでいいよ。それでも頑なに拒否でもされたら帰ってきて」
先ほどクランハウスで大人な対応力を見せたアーミラは一人残りギルド長もとい母を説得でもしているのだろうが、カミーユの様子からしてそれが成就するとは思えない。こちらからの助け舟は必要だろうと判断した努に対してコリナは視線を彷徨わせた。
「こうなってしまった以上は、アーミラに選ばせてあげる方がいいんじゃないですか?」
「仕事と母親どっちを取るのか、アーミラに選ばせるのも酷でしょ。どっちつかずな態度なら僕を建前にして無理やり連れてきちゃっていいよ。僕としても今アーミラをおめおめと手放すつもりもないし」
「……わかりました」
理不尽な選択肢を提示された上で、選んだのは本人なんだからと責任まで背負わせるのは忍びない。コリナもそんな努の気遣いには理解を示したのか、沈痛な面持ちのままアーミラを迎えにいった。
「え、さっきのあれって打ち合わせ通りっすよね? 表で喧嘩して、裏で仲直りっすよね?」
そんな中で鳩が豆鉄砲を食らったような顔で今更不安を覚えたハンナに、ゼノは盛大な苦笑いで答える。
「確かにそういう手筈であったが、初めからあの厳かな雰囲気を纏わせていたギルド長を相手にそれが叶ったように見えたかな?」
「あれも演技じゃないんっすか?」
「演技なら派手に竜人たちを竦み上がらせる必要もないし、ツトムに神の子気取りって言う必要もなかったねぇ……」
「あれでわからないって本当に……?」
「ねー」
努が残した手紙の中で無限の輪以外に出自を明かしたのはカミーユだけであり、それは彼がこの世界に転移した直後から関わり積み上がった信頼の上でのことだ。だが彼女がそれを表で引き合いに出したことで努の目が切り捨ての方向に変わったのは、経験済みのエイミーにはよくわかった。
「僕としても茶番の予定だったけど、カミーユがあれじゃ無理だね。多分だけど、今日帰ってきたロイドから話を通されて立ち位置を明確にせざるを得なかったんじゃないかな」
「かもねー。……ギルド第二支部の神台作る魔道具、でも揺らがなそうだし。けどギルド長があそこまで徹底するならもっと大きいこと、かな?」
「えっ、じゃあ師匠は本当にギルド出禁っすか!? じゃあもうダンジョンも潜れないじゃないっすか!!」
お先真っ暗じゃんといった目で努を見つめたハンナを、ガルムは残念そうな顔で見下ろす。
「ギルド長とて、神から追放を受けていない者にダンジョンを潜る権利を剝奪するような真似は出来ない。第二支部こそ出禁だが、ギルドで神のダンジョンに潜る分には問題ないだろう」
「えー!? やだやだ! こっちの方が何かと快適っすよぉ!! 師匠、謝ってくるっす!」
「そうです。しんりゅーじんを敵に回すなど、これほど愚かしいことはありません。あやまるべきです」
「おい、ハンナと同レベルにまで腑抜ける奴があるか。あそこで逃げた以上もう後戻りは出来ん。しゃんとしろ」
魂が抜けたような顔つきのリーレイアにそう言い含めているガルムを横目に、ゼノは今後の動きを考え努に提案する。
「確かに神のダンジョンに関することであればギルド長とて制限しないだろうが、ギルドに付随している銀行や買い取りに関しては拒否される可能性が高い。ギルド長から伝達されない内に資金は引き上げた方がいいのではないか?」
「元々分散はさせてるけど、メインはギルド銀行にならざるを得ないから厳しいね。流石に資産凍結まではしないと思うけど、確かにギルドでの買い取りとかは拒否でもされそう」
「それに更衣室やら食堂やらも嫌がらせのように制限されると想定しておいた方がいいね。神台の観戦ならば問題はないかな?」
「それに各方面の圧力もアルドレット工房の比じゃないだろうし、取引先が減って資金面で悩むことは増えそうだね。今の取引先には先に話通しておいた方が良いか」
「では私はゼノ工房の者たちに話を通してこよう。……お互い忙しくなりそうだね?」
クランリーダーである努がギルド長と明確に敵対したことで、無限の輪はこれから苦難の道を歩むことになるだろう。だがそれでもこの舟から降りる選択肢は無くして考え行動を決めたゼノの言葉に、努は頼もしそうに笑った。
「苦労をかけるね、よろしく」
「まったくだね! ちょっと良い感じに纏まった途端にこれさ! もしかしてこれも見越していたのではあるまいね?」
「僕もカミーユとは仲良くしたかったよ」
「……少し邪推が過ぎたよ。大丈夫、いつか和解できる日も来るさ」
もう道は違えた。だが彼にとってカミーユはガルムやエイミーに次ぐ古い付き合いであり、失いたくない繋がりではあった。その未練がありありと感じられる努の顔を見たゼノは、彼の肩を抱いて慰めるようにポンポンした。
出自を引き合いに出された努があんな目をしたからにはもうカミーユのことは完全に切り捨てるだろうと、クランメンバーの大多数は思い込んでいた。だがそんな努のこぼれた弱音にガルムはやり切れないため息を吐き、ハンナも流石に忍びなくなったのかゼノと同じように青翼を腰に回してあげた。
「まぁ、終わったことは仕方がない。切り替えよう。ゼノ、工房に話を通しておいてくれ。僕も森の薬屋とかドーレン工房に協力を頼んでみるよ」
「任せたまえ!」
「エイミーも悪いけどスポンサーに話は通しておいて」
「あいあいさー」
「あたしもお金かき集めてくるっす!」
「……お前は僕の傍にいておきな」
ハンナに資金面なぞ期待するわけもなく、むしろ下手に動いて傷口を広げることになりかねない。そういう意味合いを込めて努は言ったが、ハンナは照れたように青翼をばたつかせた。
「あ、あたしをギルド長の穴埋めにでもする気っすか!? あまりにも手が早すぎっす! ユニスにもこういうことしてるっすか!!」
「借金返してから人の心配しろボケが」
「……これも強がりっすか。まったく、素直じゃないっすね。ほら、ぎゅーしてあげるっす」
「…………」
そうしてスポンサーの多いエイミーやダリルも動く中、コリナに連れられてギルド第二支部から出てきたアーミラは、青翼を広げてハグしようとしているハンナと努をねめつけていた。
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カクヨムネクストというサブスクで新連載始めました。現代ダンジョン配信モノ。主人公はシーフのゴリゴリ前衛職で、財閥お嬢様がヒロインです。良ければこちらもよろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16818093085907672530
シルバービーストに飛び火しないかだけが心配だ