第693話 アプデ明け待機
努がギルド第二支部出禁となった翌日。朝刊では神からの追放と誤認するような見出しもあってか、努の進退に関して様々な声が上がった。
「見た? ツトム出禁」
「見た見た。でも流石にギルド長やりすぎじゃね?」
「いくら第二支部だけとはいえ、出禁は相当厳しい処置だよ。前例も犯罪クランくらいじゃない?」
「たった一人で犯罪クランになる男」
「でもツトム、亡き夫がどうとかギルド長に言ったんだろ? それはまさに龍の逆鱗だろ」
「とはいえ私怨でやるほどカミーユも落ちぶれてないだろ。カミーユというより、ギルド第二支部の後ろに取り巻く奴らのご意向かね」
初の180階層主相手に激戦を魅せて潔く散った努の勇姿は観衆からの評価も高かった。なのでギルド第二支部出禁という異例の処置に関して迷宮マニアは懐疑的であり、観衆たちも流石にやりすぎではないかと声を漏らす者も多い。
「何やってるのです、あいつは……」
「うち、上手いところだけかじってすり抜けた感」
「つと、つとつとつと、ツトムンムンー!!」
シルバービーストのクランハウスで新聞を読み終わったユニスは呆れた目で努がギルドに活動場所を移したことを知り、ソニアは冷や冷やした顔でネズミ耳をひらりひらりとさせている。ロレーナは再びなんじゃこりゃーと憤っていた。
「竜の巣に入る冒険者、夢と散る」
「……止めを刺してあげますわ」
アルドレットクロウのクランハウスでそんな努の記事に目を通したディニエルは無情な詩を読み、ステファニーはギルドにまで見捨てられた憐れな師にさっさと引導を渡さねばと暗い目を輝かせた。
そんな師はアルドレットクロウのクランメンバーであるステファニーと違い、探索資金の確保や備品を揃えたりなどは自前で行わなければならない。そのため彼女の言う通り今日も朝から取引先に足を運んでいた。
「それじゃ、魔石はこっちに全部持ってきなよ。ギルドの代わりに捌いてやっから」
「お世話になりまーす。それじゃ、いつものようにオーリに渡しとくよ」
「深夜の神台市場うろつく暇あるんだし、お前が直接来いよ」
「そろそろ僕、鑑定レベル40いきそうだけど?」
「ならいらない。帰れ帰れっ」
その新聞記事と独自の人脈から努とギルドの現状を把握した魔石売買所のリリスは、無限の輪との取引を継続する意向を示した。そんな彼女にのけものにされた努はその後も薬草摘みから帰ってきた森の薬屋のお婆さんに事の顛末を報告したり、帰ってきた帝都遠征組の探索者などの周辺を踏み固めに回っていた。
「ツトムさ~~~ん。刻印装備、また作ってくださいよーーー」
「まずは手足を治してからでしょ。その様子じゃ精霊祭も無理そうだね」
「大丈夫! あと三日で治るはず!」
「手足の修復も早くなったもんだな……」
王都のスタンピードで死んだ兄の仇を討つためミナに闇討ちを仕掛けたものの返り討ちにされた、氷狼姫でお馴染みのフェーデは病室で棒切れみたいな両手を元気に振っていた。
部位欠損など初めは一ヶ月かけても修復できたかどうか怪しいものだったが、半月、一週間と治療期間は狭まっていき今となっては数日で治ることも珍しくないそうだ。単純に部位欠損を何百事例も治してきた医者の技術向上に、刻印装備による回復ブーストも寄与しているようだった。
患者を助けるために寝る間も惜しんでいる医者や看護師が在籍している病院側も、努が自由に作ってくれる刻印装備を医療器具として購入することはやぶさかではない。医者は出来る限り命を救いたいし、患者も自分の命がかかっているなら金を出さない選択肢がない。
それにヴァイスに四肢を切られ無力化させられたフェーデたちは浦島太郎状態なので、早く帝階層まで追いつくためにも有用な刻印装備に金の糸目はつけない。
そんな者たちがいる病院で刻印装備の受注を大量に取り付けた努は、ゼノ工房の一室を借りて刻印装備の製作に勤しんだ。
努が行う作業としては依頼を受けた探索者に合うような刻印装備の模索。とはいえ『ライブダンジョン!』の知識がある努からすれば頭の中にある装備テンプレを基に構築し、現実世界との差分があれば適宜修正するだけである。
ステータスカードに表示される刻印の紋様を見ながら下書きを済ませた後は、ゼノ工房の職人たちにその紙を提出して実際に加工してもらう。素材が布ならば刺繍、鉄ならたがねを用いてカンカン彫っていく。
自分や身内のPTメンバー用ならば自分で適当に彫っても構わないが、人から依頼されたものに関してはやはり職人に任せた方が仕上がりも綺麗になる。それにレベル上げの観点からしても分業できるのなら効率も良い。
「ゼノにあんまり心労をかけてやらないで下さいよ」
「あとユニスちゃんとも早く仲直りしてね」
「あとで手首診てくれない? 一ヶ月前から痛いのよ」
「へいへい」
ドワーフのご婦人方からの小言を努は聞き流しつつ、加工の終わった装備を受け取り刻印油を馴染ませて刻印と呟く。すると紋様が輝き黒い油が地面に沁み込むように消え、下書き通りの刻印が成立した。
そんな作業を努は三時間ほど行い依頼された刻印装備の制作を進めた。確かにその時間はステファニーの言う通り無駄なもので、弱小クラン故に発生してしまう責務なのかもしれない。
(夏将軍の爆発ケアはVIT最低限にして、他の刻印積むしかないか。精霊の加護、守護の魂辺りかなー。ホムラみたいに不屈組み込んでもいいんだろうけど、今のガルムには四季将軍との戦闘経験を少しでも長く積ませた方が後に繋がりそう)
だがそんな無駄は昨日の180階層戦を頭の中で振り返り、修正点を探すための時間にもなる。それからも努は180階層主に関することであーでもないこーでもないと頭を悩ませていたが、何処か楽しげでもあった。
「おっ! 手首が突っかからない! 痛くも、ない!!」
「仕事柄手首は酷使するんだろうけど、あまり力を込めすぎないようにね。骨削れてるぞ」
「自分の骨を削ってる覚えはないんだけどねぇ」
「ちょっと、お尻が最近痛くて……」
「それは普通に病院行きなよ。専門外だよ」
そしてゼノ工房から出る最中に身体の不調を訴える職人たちに軽い診療を済ませていると、若手のホープであるドワーフのノルグが見るからにふらふらの様子で近づいてきた。
「ツトムさん、脳ヒールを……」
「僕が来る前提で徹夜してきただろ? そういう輩にはやらないって言ったでしょ」
「そっ、そんな殺生な……もう納期も余裕がなくて」
「脳ヒール前提で納期組む奴が悪い。今日は早めに帰って寝な。彼女も喜ぶだろ」
脳ヒールさえあれば寝なくても大丈夫だという成功体験を積まれてもろくなことにはならないので、努は死にそうな顔をしている彼を捨て置いてゼノ工房を出た。
(今日は夏将軍の武器敢えて抜かしたりしちゃおうかなー? アルドレットクロウもシルバービーストもまだ様子見止まりだし、式神:月の検証は後回しでいい。一見ヤバそうな武器の組み合わせも試してみるか)
夕方からは努もPTに合流して180階層に挑む予定なので、彼は取引先回りと刻印作業をしている内に頭の中で構想した立ち回りを試せるのが楽しみで仕方なかった。
「あたしもスポンサー募集してるっす! よろしくっすよー!」
「どうせ来ないんだから目の前にある魔石を拾いなねー」
「いーーやわからないっすよエイミー!! 見る人は見てるっすから!」
「ちゃんとハンナを見てる人こそスポンサーとして関わらない判断するんだよね」
「てめーは借金のカタにハメられて深夜の神台デビューさせられるのがお似合いだろ」
「はぁーーー!? アーミラこそ竜人とくんずほぐれつでもして稼いでくるっす!! 鱗剥ぐ手伝いくらいはしてやるっすよ!!」
「…………」
そんな努がいない間、他のPTメンバーたちは帝階層産の装備を狙いつつ刻印油を回収していた。そしてギスギスしている女性陣三人を前にガルムは主人の帰りが待ち遠しいと言わんばかりの顔をしていた。
まぁツトムがワクワクしながら攻略してるのがなによりだな