第694話 あの時の青春は
クランリーダーとしての雑務をこなした努は、ガルムたちが探索から帰ってくるまで暇だったのでギルドの練習場で基礎的な支援回復スキルとマジックロッドの練習を始めた。
努が『ライブダンジョン!』で用いていたヒールやプロテク、ヘイストなどの効果を持てる精神力消費の規格統一。それを基準にして自分の視界外でもスキルを想像通りに動かせるよう徹底する。
三色の気体が自由自在に彼の周囲を描くように移動したと思えば、地面から六つのマークが浮かんでは消えた。そんなイルミネーションじみた彼の練習風景にはちらほらと見学者がおり、まだ新参者である白魔導士はそれを真似しようとしているが流暢にはいかない。
こういったスキルの練習難度は大小あれど、努の弟子であった者たちは行っている。その中ではステファニーが最も彼に忠実であり、今となっては師よりもスキル操作に関しては長けているといっていいだろう。
ユニスは元々撃つスキルや置くスキルの習得自体は早く、お団子レイズを開発したりと器用である。ロレーナはその中で最もスキル操作が下手であるものの、そこらの白魔導士よりは上手く操れる。それに触れるヒールなどの回復量はピカイチであり、走るヒーラーとしても名高い。
最後に弾丸のように撃った支援回復スキルがマークをいくつか通り過ぎたところで努は基礎練を終え、進化ジョブの新スキルであるマジックロッドの調整に入る。
白魔導士のスキルの中でも屈指のクセ強であるマジックロッドは、とにかく操作難易度が高い。杖ごとに操作難易度も異なるうえ、努が扱う砕いた岩をそのまま杖にしたような武器であるクラグロッドの操作難易度は計り知れない。
(調整した上でこれか。先が思いやられるね)
流石に無加工ではどうしようもないのでゼノ工房で重心が少しはマシになるよう削ってもらっているが、それでも扱うのは困難を極める。今日も制御不能でぐわんぐわんであるクラグロッドを前に匙を投げた努は、そろそろガルムたちも帰還しただろうと練習場を出た。
すると食堂の席に座っているPTメンバーたちを見つけたので、努は思わず湧き出る笑顔を抑えてから手を挙げる。
「お疲れー。探索の成果はどうよ」
「ぼちぼちだねー。にしてもなんかにこにこじゃんツトム。何か良いことでもあった?」
そんな表情にすぐ気付いたエイミーからの指摘に、努はギクりとして視線を逸らした。
「180階層探索できるじゃんって噛み締めてただけだよ。ようやく僕の一日が始まるぜって感じ」
「……すまないな。リーダーのツトムに雑務を押し付ける形になって」
「いや、これはこれで楽しいもんだから気にしないでいいよ。おかげで考える時間も増えた」
大学生の頃には自由に時間割を設定しあの授業は単位取得が緩いなどの情報も得られたため、一日中『ライブダンジョン!』をプレイすることは珍しくなかった。プロゲーマー時代はむしろゲームをする方が日常だった。
こういった体験は高校生の頃『ライブダンジョン!』にドハマりしたものの、学校には行かなければならなかったあの日々を思い出す。あの時も授業中から昼休みまで『ライブダンジョン!』のことを考えっぱなしのまま、学校が終わるや否や爆速で帰宅しPCの前に腰を落ち着かせてからが本当の始まりだった。
そんな懐かしい気持ちを思い出したからか表情の明るい努は、神妙な面持ちのガルムにそう返して成果物の書類をひらひらとさせた。
「はいこれ、迷宮マニアの意見も纏めつつ作った180階層主の情報ね。皆も神台見てある程度は理解してると思うけど、前提知識は揃えておこう」
180階層主は四季将軍:天とその愛馬である赤兎馬。そしてその背後に佇む式神:月の存在は努PTしか知らない貴重な情報である。ゼノPTにもいずれは共有することになるだろうが、今は秘匿の情報としてにぎにぎしている。
書類をPTメンバーに配ってから席に着いた努は給仕を呼んで適当なつまみとオレンジジュースを頼むと、これ幸いと注文を追加したハンナに生暖かい視線を向けた後に説明を始める。
「将軍に秋、赤兎馬に夏の武器を使わせるまでは確定。あとの二つの割り振りで賛否が分かれてるね」
「赤兎馬に冬を継承させてしまえば爆発の反動を抑える効果、春は厄介な桜吹雪。どちらも嫌な選択肢であるが、四季将軍と対面している私からすれば冬を貰いたいところだな。春将軍の武器はどちらも厄介極まりない」
「あたしはどっちでもいいっすよ!」
冬将軍;式の武器も同様に二種存在するが、刻印装備によって防寒対策は可能なのでその分ガルムの負担は減る。ただ赤兎馬を引き付けるハンナは爆破の他に桜吹雪にも対処しなくてはならなくなり、長期戦での生存率は低下するだろう。
「一先ず四季将軍の春秋、秋冬の二つを試す形になるかな。夏将軍の武器壊さずに進めたら赤兎馬がどうなるのかは気になるところだけど、一日潜れて数回の僕たちが試すことでもないね」
「ユニスかステファニーがどーせ試すでしょ。何ならゼノたちに頼んでもいいし」
「にしてもあいつらには拍子抜けしたけどな。もう少し差でもつけられそうなもんだと思っていたが」
そんなアーミラの物言いに努は金が浮かせられる機会を逃さないハンナを見て軽く拍手した。
「そこはあの式神:星を突破できるハンナに感謝だね。どこのPTもあそこが鬼門になってる」
春夏秋冬将軍を正規の順番で倒すことで現れる四季将軍:天の出現演出である、式神:星を用いた流星群。それを越えられないPTがほとんどであり、努から表彰されたハンナはでへへと頭を掻いた。
「唯一ステファニーPTは安定して突破できてるけど、あっちもディニエルが好き放題あの矢が打てるわけじゃない。裏方は今頃採算が合わなくて大慌てだろうね」
式神:星に対しては弓術士最強であると共に、アルドレットクロウの潤沢な資金により強力な魔矢を扱えるディニエルも同様の活躍を見せた。そんな努の評価にハンナは張り合うように青翼を広げる。
「ディニエルには負けないっすよー!」
「あっちに比べれば加工が少ない分費用は抑えられてるけど、出来ればハンナに頼り切りな式神:星の凌ぎ方は避けたい。別の方法は模索する必要があるだろうね」
「えー? あたしがどうにかすればよくないっすか?」
「あそこでハンナにバテてもらっちゃ困るんだよ。本番は赤兎馬なんだし」
「だねー。あそこで消耗しなかったら長持ちするでしょ」
「しかしどうすんだ? 俺とガルムで盾になったら多少は防げるだろうが、他のPTを見るに無理じゃねぇか? 多分、迎撃して落とすのが無難だろありゃ」
今のところハンナやディニエルのようなユニークスキルじみた者たちが遠くから迎撃して壊した以外に、式神:星を凌ぐ手立てはない。まだ試していない方法としてお団子レイズもあるが、蘇生された初めの一人が四季将軍:天に矢を向けられるためヒーラーがそれを凌ぐ手立てはない。
「大剣士の進化ジョブにあるヘビーレギオンは結構刺さってそうなんだよね。それに60の刻印で戦陣の加護ってやつとシナジーあるから、それと皆の装備もVIT寄りにしたら式神:星も凌げるかも」
「ほーん。今んところアタッカーが腐ってるのが否めねぇから、俺らに負担散らせるなら悪かねぇな」
「わたしも進化ジョブで赤兎馬にデバフ通るかは試したいね。将軍は無理だったけど動物系には刺さるかも?」
「私はとにかく四季将軍:天との実戦経験を積みたい。今は不甲斐ない姿を晒しているが、ウルフォディアの時も初めはこうだった。もう何戦か実戦を積めばツトムのタンクとして恥じない仕事は出来るだろう」
「じゃあなんっすか。あたしは何もしなくていいっすか?」
「今日は式神:星の対処と、四季将軍の武器を秋冬で試してみよう。その先は現地で」
赤兎馬を完全に倒してあの理不尽即死を防いだ先に、果たして式神:月は動くのか。そのまだ見ぬ先を知るために努たちは意見を纏めて席を立った。ハンナはそれから少しの間立たなかったが、誰も振り返らないことに慌ててPT契約の列に入った。
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