第695話 偶然の連鎖を掴む
それから努PTが180階層に挑んでから10日経過したが、どのPTも依然として式神:月が動くまでもなく全滅を繰り返していた。
「180階層、気合い入りすぎだろ」
「つ、強い……強いよぉ」
そろそろ着慣れてきた敗者の服を着たまま神台を見てぼやく努と、続いて黒門から吐き出されて転がり死にかけの声を漏らすエイミー。その後も続々と出てきたPTメンバーを引き連れてギルドの食堂で反省会をする努のは、もはや日常に溶け込んでいた。
式神:星の対処としては大剣士の進化ジョブスキルであるヘビーレギオンで周囲のダメージを20%カットし、更に戦陣の加護という刻印を刻んだ装備をアーミラが着込めば追加で5%。計25%のダメージカットを実現し、他のメンバーもVIT重視の装備に切り替えることでハンナに頼らずとも流星群を耐えられるようになった。
その分アーミラの負担が上がり努とエイミーも式神:星を迎撃するために駆り出されることになるが、その後四季将軍:天と赤兎馬のヘイトを取るタンク陣の予後がいい。
それにその後はタンクの頑張りどころであるため、努たちは消耗しても少し休むことが出来る。なので一時的に負担をしたメンバーが後方で休んでいた者と交代する、俗にいうスイッチは機能した。
ただ問題なのは四季将軍:天の対処である。将軍に受け継がせる武器は秋冬の方がマシなのではないかと仮定して挑んだが、結果としてはどっちもどっちで地獄という結論に達した。
確かに春将軍:彩の武器である受けタンク殺しの桜ミキサーと、紅枝垂の枝分かれする奇抜な刺突は厄介極まりない。ただ冬将軍:式は他三種の将軍を受け継ぎ最後に討伐されるため、その分武具も強化されている。
特筆すべきは冬将軍:式の持つ二振りの刀には、それぞれ二種のスキルが割り振られていたことだ。それまではそれらのスキルが発動される前に全滅していたので判明していなかったが、この10日で攻略が進み戦闘時間が増えたからこそ、その行動も明かされた。
一歩進んで二歩下がるような事態を前に他PTのタンク陣は萎えた様子だったが、ガルムはその仕様に活路を見出していた。
「スキルであればいずれはパリィ出来る。冬の方がマシだな」
抜刀と同時に幾多もの冷刃を発生させ、納刀し空間ごと凍り付かせる冬将軍:式のスキルである刹那零閃。ただそのモーションと攻撃感覚は固定であるため、慣れてしまえば絶好のパリィチャンスである。
そんなガルムの物言いに努は少々引いた顔で天を仰ぐ。
「スキルは全部パリィできるとか、他の騎士が聞いたら発狂しそう」
「逆にそれ以外はどうしてもその時々にもよるからな。運が絡まないだけありがたい」
「理論上は全部パリィすればどんな相手にも勝てるからな。騎士最強!」
「ガルム様様っす!」
「それが出来ねぇから騎士共は苦労してるわけなんだがな?」
「また半年かけるんじゃないよ」
その他の騎士からブーイングを受けそうではあるが、努PTはガルムの案を採用し四季将軍:天を秋冬バージョンで攻略する方向性で固まった。ただ10日経っても初見で挑んだ180階層戦の進行度まで至っているとは言えず、努が死を受容したせいでPTの気が抜けてしまったと断ずる迷宮マニアもいた。
「まぁ実際それもありそうだけど、初見の方が何故か上手くいっちゃうのはあるあるでしょ。あっ、アルドレットクロウとシルバービーストさんはそうでもないみたいですけどぉー。これは強いPTに限る話なんですけどぉー」
「やめなさい」
「むぐむぐ」
うるせぇ口だなとエイミーにサラダを突っ込まれた努はそれから先の言葉が出なかった。そんな師匠を前にハンナはきらきらと目を迸らせた。
「あたしが雷魔石使えば先にはいけるっすよ!! たぶん!!」
「あの時は赤兎馬に夏のみだったからね。それにアーミラの神龍化が噛み合って腕を落とせたけど、四季将軍の動きも三種武器があるにしては甘かった。たまたまスキル使われなかったのがデカいから、今やり直しても普通に負けそう」
「だな。俺も一発限りの勝負を何度も決められる気はしねぇし」
初見の階層主相手で何もわからない状態だからこそ無闇に突っ込め、それが逆に噛み合って上手い具合に事が運ぶことは『ライブダンジョン!』でもままある。それに味を占めた二戦目では普通にその無謀を咎められて敗北を喫し、それから戦闘を重ねていくにつれて相手の怖い攻撃を理解し始め動きも固くなっていく。
氷魔石を用いた魔流の拳による魔力増強を完全にコントロールしたハンナに、三種の武器を受け継いだ四季将軍:天を相手に冴え渡る動きで時間を稼いだエイミーとガルム、その腕を一刀両断してみせたアーミラ。
それに加えて四季将軍:天がスキルをほとんど使わなかったデレ行動もなければ、あの流れを再現することは出来ない。そのため迷宮マニアの指摘も気持ちはわからなくもないが、階層主戦などそんなものである。
ただビギナーズラックとはいえそれを掴んで最後まで離さなかったことは、180階層戦においては大きなアドバンテージである。10日経った今でも努PTの赤兎馬討伐が180階層の最高到達点であり、偶然が重なったとはいえ一度そこまで行った経験のあるなしは攻略に大きく起因する。
「まぁ、下が追いついてくるまで気楽に行くとしましょうよ。困っちゃうねぇ? 帝都組が来るまで待つつもりはないんだけど」
「コリナにモーニングスターで思いきりぶん殴られても知らんぞ」
「こわぁい……」
なので他のPTの攻略具合も考慮しつつではあるが、未だその全容がわからない式神:月についても努PTは探っていく予定である。
「さっ、今日も行くですよ」
「…………」
「…………」
「…………」
「終わってんだよね、空気」
対するシルバービーストのユニスPTであるが、その戦果は圧倒的な最下位である。そのこともあってか努の予言通り燃え尽きている三人を前に、ソニアは思わず独り言ちた。
ユニスPTも180階層で全滅しているという結果こそ無限の輪やアルドレットクロウと変わりはしないが、その内容は未熟の一言に尽きた。
夏将軍の突破すら出来ずに全滅することもままあり、三将軍の意思を受け継いだ冬将軍:式とも死闘を繰り広げている始末。当然式神:星をまともに越えることは出来ず、ユニスが器用にこねた二つのお団子レイズを駆使して何とか潜り抜けているのが精々である。
三者ともまだ付け焼き刃の域を出ない立ち回り。かといって慣れた立ち回りに戻したところでむしろ後退した。どん詰まりもいいところだったのでいっそのこと四季将軍:天の検証を進めようと、ユニスは各将軍の武器を全て破壊したりしなかったりした。
その検証結果としては、全ての武器を破壊して冬将軍:式を倒した場合は赤兎馬の背から四季将軍:天が生えたケンタウロスのような状態となった。天兎馬:至と名付けられたそれが発した嘶きは世界を揺らがし、ユニスPTはタンクを残して頭が破裂した後に全滅した。
逆に全ての武器を残した場合は四季将軍:天の腕が八本となり、肩上と肩甲骨から生えた四本腕、そして彼自身の両手に彩烈穫式天穹が握られた姿で顕在した。それから即死級の弓矢二本による射撃で悲鳴を上げる間もなく全滅した。
そんなしょぼついた戦果に加え、帝都に遠征していたシルバービーストの本隊が帰ってきたこともあり中堅三人組は完全に牙が折れていた。
自分たちは最前線には到底及ばない存在だった。後はすぐに帝階層まで上がってくるであろう最前線に任せて、PTの再編成を待とう。そんな考えがありありと浮かぶ弱気な三人組をユニスは何とか育てようとしているが、成果は見込めなさそうである。
やはり最前線には敵わないと心が折れた中堅組。ただそんな中堅探索者の中で異彩を放っているのは、一刀破OTPと努から面白がられていたアルドレットクロウのラルケだった。
彼女もシルバービーストの三人組と同じく、最前線のPTメンバーに尻込みしているところは同じである。だが自分が一番足を引っ張っている現実の中でも必死にもがき武器を磨いていた。
元々は努にその特徴的なスキルを見込まれて刻印装備を作ってもらいアルドレットクロウの一軍に上がった彼女であるが、浮島階層で地雷ワードを偶然口にしてしまったばかりに骸骨船長を怒らせてしまった。そしてPTメンバーにBADルートを押し付けてしまう形となったラルケは周囲から追い込まれた。
そんな中でも自分を見下げることもなく救ってくれたステファニーの信者となり、同時に彼女を追い込むツトムの反転アンチとなったラルケであるが、進化による二つのジョブの切り替えが前提であるPTメンバーの実力に食らいつくことでタンクとしての立ち回りを身につけた。
それに一刀破についても努が考案した刻印装備により、更なる発展を遂げた。一刀破による斬撃を発生させる瞬間に直接斬り付けることで二段階の攻撃を浴びせるのが彼女の常套手段であるが、それをタンクとして防御方法にも転身させた。
斬撃を発生させる瞬間を狙ってモンスターからの攻撃を受け止めることで、スキルが成立するまで斬撃を創造し相殺させてからカウンターを見舞う立ち回り。ある種パリィにも近いその防御法を確立したことで、ラルケは一刀破OTPとして更に先を見た。
そんなラルケの覚醒もあってかアルドレットクロウの一軍はポルクのみを入れ替える形となり、家族団欒を希望していたビットマンが涙なみだの一軍復帰となった。優秀なタンクが増えたことでアルドレットクロウの一軍も赤兎馬のヘイト持ちに余裕が生まれ、これからが勝負といったところである。
ちなみにビットマンは息子に顔を忘れられているのではないかと不安がっていたが、奥さんが神台でお父さんの姿を見せてくれていたおかげか息子からヒーローのような扱いを受け、コミュニケーションは上々だった。
やはり高級耳栓か