第696話 釘打ちの目利き
(毎回初めからなの面倒臭いなぁ……)
今日も今日とて180階層で正座している冬将軍:式を前にしたクロアは、スキップ機能実装はよと独り言ちる努と同じような感想を抱いたまま片手に持つメイスをくるくると回す。
槌士といえば常人では持ち上げることもままならない巨大槌を振り回し、その圧倒的な質量でモンスターを薙ぎ倒していくのがメジャーである。クロアもその例に漏れない武器と立ち回りであったが、ゼノPTに配属されてからは片手で扱えるメイスやモーニングスターを試している。
「むぅん!」
クロアがゼノPTでその立ち回りを試す価値があると確信したのは、独特な掛け声と共に冬将軍:式を鈍器でぶん殴った祈祷師が同じPTメンバーとして存在しているからである。
槌士はその巨大な槌を自分ごとぐるぐると振り回し遠心力を込めた一撃をミートさせたり、粒子化し始めたモンスターの死体をノックしてぶつけることに快感を覚える者が多い。
クロアもパワースイングを乗せた大槌の芯でモンスターを捉えると、道端の小石をすこーんと蹴って飛ばせたような爽快さを感じる。
ただ祈禱師の進化ジョブにより槌士に似た特性を持ったコリナからは、そういった拘りが見られない。その殴打でいかに相手を壊し、殺すに至るか。相手の死期がわかる死神の目で見える黒い靄に従い、効率的な殺戮を用いる彼女にクロアは魅入られていた。
「コンバットォ……クライ!!」
そんなコリナが活躍するにはもはや欠かせない存在となっている聖騎士のゼノは、やけに溜めた銀色のコンバットクライで春将軍:彩のヘイトを取っている。進化ジョブによりヒーラーにもなれる彼がPTを指揮するからこそ、祈禱師のコリナはアタッカーとして十全に動けた。
「ヴァルカンラプチャー」
『ビャッ!!』
『♪』
リーレイアの呼びかけに応じたサラマンダーの鳴き声と共に、春将軍:彩の足元が赤く光り火柱が上がる。それから両隣からも噴火した赤々とした溶岩はシルフの風操作で春将軍:彩の頭上に降りかかり、水が蒸発するような音を立てた。
「パワースイング」
「グッドモーニング」
ヴァルカンラプチャーにより集熱地帯となったその場所は、PTメンバーには火属性の威力上昇バフを与え、モンスターには継続ダメージを与える。そこから離脱しようとした春将軍:彩を逃がさぬよう、鈍器を持ったクロアとコリナが畳み掛けた。
そのまま春将軍:彩の武器である大扇子を破壊しないよう気は遣いつつ、コリナがモーニングスローで横腹を穿ち怯んだところをクロアが頭への一撃で仕留めた。
気が抜けるような鳥の声。爆発音と共に夏将軍:烈が出現し、春の意思を継いだ冬将軍:式の手に大扇子が渡る。
「ウォーリアーハウル! キングベェェェルゥゥ!!」
ヘイトを取るために盾を打ち鳴らしながら巻き舌で言い放ったゼノの背後から大きな半透明の盾が具現化し、アタッカー陣を守るように配置された。聖騎士が扱えるキングベールは魔法系統の攻撃を相殺し無効化するため、夏将軍:烈の爆発に対して非常に有効である。
「コンバットクライ、タウントスイング」
今はフルアーマー装備を辞めて女性ファン待望の顔を晒しているダリルは、ゼノ工房から支給された対夏将軍:烈を想定した鎧を着てヘイトを取る。
VIT無視の爆発に対して直接的な対策こそないが、その攻撃を前提とするならばタンク装備のテンプレであるVIT上昇系の刻印を抜き、代わりにその他の刻印を盛り込むことは出来る。
なのでVIT系統の刻印が一切ない風変わりな刻印装備を身に纏っているダリルは、夏将軍:烈のヘイトを取って前に出た。ゼノはそんな彼をキングベールで守りつつ、強化された冬将軍:式を相手取る。
「契約――ウンディーネ、ノーム」
夏将軍:烈を迅速に始末するため、リーレイアはクロアと相性の良い精霊契約を結ばせた。彼女にはノームとシルフが付き、リーレイアには続投のサラマンダーと眠そうな顔をした女性型のウンディーネが現れた。
「エレメンタルフォース」
エレメンタルフォースの際に精霊契約させられた者には頭上に精霊輪が付き、精霊術士と精神力が共有となる。エレメンタルフォース用のスキルは強力な分燃費も激しく、精神力が消費される際は頭に輪を付けられた者から優先して消費される。
「奴隷だ……」
「夏将軍の間だけなんですから、奴隷とまではいかないでしょう。私としては四季将軍:天でも試したいところではありますが」
「嫌だ……精霊奴隷で突破は嫌だ……」
そのため精霊奴隷という俗称も付く役目を持たされたクロアは愚痴り、リーレイアはよいではないかと顔を綻ばせた。そしてレイピアとメイスを重ねると互いに契約していた精霊たちが結晶化し、リーレイアの背後で循環し精霊輪を生み出す。
ちなみに170階層の終盤ではエレメンタルフォースの精霊輪にフェンリルも結晶化して加わり、強力な氷属性が付与されたエレメンタルバーストにより骸骨船長をオーバーキルしている。
ただそれ以降フェンリルがエレメンタルフォースに加わってくれた事例はないので、リーレイアは精霊相性の良い努なりフェーデなりと組んでまた再現できないか画策中である。
そんな彼女はエレメンタルフォースにより二段階上昇したAGIによる速さで夏将軍:烈に肉薄し、レイピアによる刺突で空気を切り裂く音を立てた。
「エレメンタルバースト」
彼女の背にある精霊輪が輝き、空間が静止したように感じられた。四属性を融合させて放たれた光線が夏将軍:烈の体表を穿ち、その衝撃が全身に広がり焼き尽くして尚止まらない。
その奔流を受けたまま吹き飛ばされた夏将軍:烈の先に待ち構えるは、星球を手にしたコリナ。
「グッドモーニング」
対象のモンスターに対して初撃しか発動しないが、その分スキル補正値がとんでもない高さを誇り消費精神力も低いスキルであるグッドモーニング。その条件を満たしたことで小さな星を手にした彼女が一歩踏み込み、夜明けの挨拶を告げた。
星球の衝突と同時に閃光と衝撃波が発生し、周囲の大地が爆発するかのように揺れる。その殴打を受けた橙色《だいだいいろ》の鎧は完全に砕かれ、四属性の光線と拮抗して削り取る。
『―――――』
そんな力の押し合いに対して夏将軍:烈は自身のスキルで自爆することでその方向性を逸らし、その場から吹き飛ぶことで離脱した。
だが二人の切り札が直撃したことで致命的なダメージを負ったことに変わりなく、倒れかけたところで槍を地面に刺して何とか踏み止まった。
「エレメンタルブースト」
三秒間の無敵とAGIを大幅に引き上げたそのスキルで、リーレイアは光の軌跡を残して搔き消えた。まるで対処する間もなく繰り出される連撃に夏将軍:烈は身を縮めて耐えることしか出来ない。
「エレメンタルブラスト」
『―――』
「む、ん!」
その防御も許さない四属性魔法による弾幕を食らい、夏将軍:烈は黒槍を回転させて爆発を起こし相殺させようとするも貫通してその体は焼き焦がされる。そしてコリナが黒槍の中心を狙ってモーニングスターを叩きつけ、武器破壊も済ませる。
「エレメンタルフィスト」
そして最後に細剣を納めたリーレイアの右拳に炎と風が勢い良く渦を巻き、対する左拳には水流と大地の力が収束し重厚感を放つ。
彼女は夏将軍:烈の腹に向けてその両拳を同時に突き出し、対極のエネルギーを混ぜ合わせて終撃とした。何処か物悲しい蝉の鳴き声と共に夏将軍:烈の身体は燃え尽きた炭のように崩れて消えた。
その後ろでは進化ジョブを解放して尚、精神力を持っていかれたクロアが青い顔でポーションを飲んでいる。そしてすぐさま頭上の精霊輪を掴んで壊した。
季節の将軍の中では最強であろう夏将軍:烈さえ撃破してしまえば、後はさして問題はない。特に黒槍を武器破壊したことで冬将軍:式にその爆発が受け継がれないことも大きい。
ゼノPTは努PTと違い四季将軍:天に春秋の武器を受け継がせる予定である。ガルムのようにパリィでスキルをいなせる未来もないので、冬将軍:式の武器を受け継がせるわけにはいかない。
その分キングベールによって爆発を無効化できる長所を活かし、夏冬を受け継ぎ無尽蔵のスタミナを持つ赤兎馬をいなす予定である。
そして秋将軍:穫を倒し春と秋を受け継いでいる冬将軍:式も倒した後、四季将軍:天と赤兎馬が空に顕現する。するとゼノは空を見上げていたコリナに声をかける。
「さて、課題の式神:星だね。コリナ君、いけそうかな?」
「……うん。靄は前より見えるようになりましたねぇ」
四季将軍:天が大弓を用いて空に雷を落とし星を降らせる様子を、コリナは淡く光る死神の目で捉えていた。既に数回経験しあの星々がモンスターであることを認識したコリナは、その死期を絞り弱点を見出していた。
探索者のクリティカル判定は頭、次いで心臓や関節などがあるが、それはモンスターも大体当てはまる。ただスライムなどの不特定生物の場合は核が弱点など、特殊なモンスターに限ってはクリティカル判定の部位は違う。
式神:星の生態はスライムに近く、岩のような体の何処かに核が存在している。大体魔法スキルで中心部を貫くように破壊して広げればどうにかなるが、リーレイアだけでは手に余る。
「私が場所をマークします。クロアはそこを叩いて下さいね」
「了解です」
そのため死神の目でクリティカル判定のある核の場所を特定したコリナは、空に飛び上がりモーニングスターを式神:星の硬い体表にぶっ刺した。大槌に持ち替えたクロアはそこを狙って叩き貫通させることで、核を破壊する算段である。
(これもまた気持ちいいなぁ~~~)
コリナが目安の釘を刺し、クロアがそれをハンマーで打つ。それだけで式神:星の内部が崩壊していく様に、彼女は言い得も知れぬ快感を覚えていた。その様子を現場監督さながら地上から見つめていたゼノは、グレイトと叫ぶ。
「よぉし!! これならリーレイアたちが無茶をする必要もないだろう! これで四季将軍:天により楽な状態で挑めそうだね!」
「私のエレメンタルフォースチャンスが……」
それには第二の奴隷候補であるダリルもほっと胸を撫でおろし、痛快な音を鳴らし突き立てられたモーニングスターを貫通させていく様を横目にフルアーマー装備へと切り替え巨大なタワーシールドをマジックバッグから引き出す。
「まぁ、問題は四季将軍:天なのだが。初期のウルフォディアを思い出す絶望感だね!」
「あれも慣れるしかありませんね。タンクが溶けたら戦いになりませんので、気張って下さい」
「パリィできるガルムさんと比較されるの、胃が痛くなりそう……」
「はっはっはぁ!! 頑張ろう!!」
とはいえ四季将軍:天の経験を積むための時短も含め、ここまでは完璧な流れである。PTリーダーのゼノは作戦通り上手くいったことに感激しつつも、これでタンク陣がさっくりやられたらどうなることやらと冷や汗をかいていた。
更新ありがとうございます(・∀・)
それぞれのパーティのそれぞれの攻略、特徴活かした、色んなバリエーションの攻略は、全部細かく見てみたいですな。
次回も楽しみにしてます!