第697話 獣人殺し
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彩烈穫式天穹《さいれっかくしきてんきゅう》の一矢を受ける名誉は、式神:星を最も倒した者に与えられる。今まではリーレイアが受けて蘇生されるパターンであったが、今回の向き先はコリナとなった。
コリナが目打ちしたとはいえ止めを刺したのは自分扱いになるのではないかと危惧していたクロアは、露骨にホッとした顔で大槌をマジックバッグに仕舞いメイスに切り替える。
元々強力無比な上に春と秋の力も籠った弓とはいえ、スキルは使われずその矢も平凡そのもの。式神:星を最も倒すことが想定されるアタッカーでも防げるよう気遣われているともいえる射撃。
「むっ」
頭を射抜かんと迫ったその矢を自身の身体から湧き出た靄で事前に予測していたコリナは、スキルを口にする間もなく星球で打ち払った。現状でその矢を退けたのはディニエルのみであるため、コリナは二人目の事例となった。
『ブルルッ』
主人の一撃を防いだ不届き者に対して不快げに嘶いた赤兎馬は、そのスキル詠唱で爆発を生み出しながら固まっている探索者共に向かって突進する。
「キングベール!」
「コンバットクライ」
そんな赤兎馬の前に躍り出たゼノは王の盾で爆発を封じ込め、式神:星が落ちている間にフルアーマー装備へと着替えていたダリルは四季将軍:天のヘイトを取る。
『――――』
彩烈穫式天穹を背に収めた四季将軍:天は上腕に秋将軍:穫の薙刀、下腕で春将軍:彩から受け継いだ千代桜と銘のある刀を抜いた。中央の腕は座して待つように組まれ、三面ある顔の後方二つがスキルを詠唱し今回はバフの春風をかけた。
「ディフェンシブ」
重騎士であるダリルは装備重量に応じてVITボーナスが付き、その鈍重さも幾分か軽減される。更にAGIを低下させる代わりにVITを更に引き上げ、万全の体制で四季将軍:天と相対した。
「っ!」
上腕から鞭のようにしなりをつけて振り下ろされた薙刀での斬撃。ダリルはその衝撃に備えてタワーシールドを構えていたにもかかわらず、そのまま押し潰されるように身体が沈み地面に叩きつけられた。春風のバフによる推進力がその結果に拍車をかけた。
「サラマンダーブレス」
「グッドモーニング」
追撃に放たれた桜嵐は巨大化した火精霊のブレスで焼き尽くされ、ダリルとスイッチする形でコリナが四季将軍:天の横腹に向けて星球を叩き込む。彼は中央で組んでいた腕を解いてその一撃を逸らしたものの、挨拶代わりの一撃は腰の付け根を打った。
「パワースイング!」
『――――』
その隙にクロアが背後から上腕を狙いに行ったが、四季将軍:天の後頭部に付いている双面により死角は存在しない。その不意打ちに対して双面は秋将軍:穫のスキルである彼岸の響を口にし、鈴の音波を飛ばして彼女の平衡感覚を狂わせた。
「タウントスイングっ」
「シッ!!」
「むぅん!」
よりにもよって聴覚の鋭い獣人特攻のスキルを食らい空中制御もままならなくなったクロアを、地上から復帰したダリルが身体をねじ込んでカバーする。リーレイアはシルフの風と共に刺突を繰り出し、コリナは星球による殴打を繰り出して彼女の死期を伸ばした。
集結した探索者を一網打尽にするために抜かれたのは、四季将軍:天の下腕に握られた紅枝垂。怪しく光る赤き刀身は瞬く間に枝分かれし、探索者たちを串刺しにせんと迫る。
「ちいっ!!」
リーレイアは舌打ちを漏らしながらそれらを高速の剣技で捌こうとするも、全てを落とし切ることはできず腕と足を切り裂かれ鮮血が流れる。彼女の死期を見たコリナも加勢し成長する刀身をかち割ってから退避することで、二人は血濡れになったが九死に一生を得た。
「わか? あぞうえみ」
ダリルは彼岸の響を受けたことで混乱状態となり要領の得ない言葉を羅列しているクロアを抱き止めてその刺々しい刀身から守っていたが、その隙に四季将軍:天の中央腕によるボディブローをもらい大きく吹き飛ばされた。
その鎧兜からはどす黒い血がぼたぼたと漏れ、鎧には拳の型が残されていた。内臓が爆破されたような衝撃にダリルの意識も飛びかけたものの、気合いで飛行を制御し不時着する。
紅枝垂の抜刀で一気に窮地へと陥ったPTメンバーたちを見上げたゼノは、迷うことなく進化ジョブを切った。
「エクスヒーーール!!」
仲間たちの頭上から降った神の一滴。それはPTメンバー全員を全回復させ状態異常を治す白魔導士の極地といえるスキルであり、文字通り全ての仲間を癒した。
「キングベール!」
その現象を起こした男に目を剥いた赤兎馬は嘶きを上げて襲い掛かったが、すぐに進化ジョブを解除したゼノは再び王の盾を纏い爆発を無効化しつつ体当たりは敢えて受けた。
既に何度も爆発を起こしている赤兎馬は本来その反動を受けているはずだが、冬将軍:式の能力を受け継いだことで熱された体を冷却することが可能になっている。その無尽蔵のスタミナから繰り出される体当たりと爆発を前に、ゼノは時間を稼ぐことしか出来ない。
「紅枝垂、半分くらいしか壊せてません! 前より復帰は早いですよ!」
春将軍:彩の刀である紅枝垂は四季将軍:天が抜刀した際、刀身を瞬時に成長させ周囲の敵を貫きHPを吸収する。ただそれには長いクールタイムがあり、それは刀身を破壊された量でより長引く。
リーレイアとコリナが砕いたのでしばらくは紅枝垂の抜刀は警戒しなくてもよくなったが、ダリルでも真正面からは受けたくない切れ味の赤い刀身は健在である。それにゼノの進化ジョブを切ってのエクスヒールは、四季将軍:天のヘイトの兼ね合いもあり連続では使えない。
本来ならばゼノの進化ジョブをここで切る手筈ではなかった。まずはダリル、リーレイア、クロアの三人で四季将軍:天を相手にしつつ、コリナは本分であるヒーラーとして立ち回る予定だった。
ただ不運にもクロアが神台でしか見たことのない珍しいスキルを食らってしまったことで、紅枝垂の破壊手順が狂ってしまった。まだ序盤であるにもかかわらずゼノの切り札を切らせてしまったことに、混乱状態から復帰したクロアが唇を噛む。
「切り替えたまえ!! 紅枝垂を切らせたまでは問題ない! 三人で続行! コリナ君はヒーラーを頼む!!」
赤兎馬の体当たりを受けてヘイトを減衰させながら指示出しをするゼノのやけに通る声に、クロアはメイスを握る力を強めた。そして些か短くなった紅枝垂を納刀した四季将軍:天の前に舞い戻る。
四季将軍:天は中央腕を広げて復帰してきた探索者たちを出迎えた。その手に彩烈穫式天穹は握られず、頭上から見下ろす式神:月は夕暮れに照らされ顔も出していなかった。
絵が変わったw