第704話 本祭の準備
今日も今日とて179階層での千羽鶴周回を終え、宝箱を二つ確保してほくほく顔でギルドに帰還した努は、すっかり手足が治って探索者稼業に復帰していた銀髪の精霊術士を見つけた。
「お、フェーデさんだ。珍しい」
「どーもー。ちょーっと精霊祭のことで相談があるんですけど、少しお時間よろしいですかね? 無理なら全然いいんですけどっ」
氷狼姫という異名を持つフェーデは普段なら平然と振る舞うものの、今は召使いのように腰が低い。そんな彼女に努は首を傾げながらも答える。
「全然大丈夫だよ。それじゃあエイミー、鑑定と買い取り交渉よろしく。その後は昼休憩入って、また14辺りに集合で」
既出ではあるが値段には期待できる帝階層産の装備売買をエイミーたちに任せ、努はPTから離脱する。そして何やら恐縮しきりな様子のフェーデを気遣い、一先ずギルドを出るよう促した。すると彼女は気まずそうに視線を泳がせ、自身の耳たぶをつまみながら話し始めた。
「えーっと、本祭の日にやるフェンリルふれあい会についてなんですけど。ツトムさんはあくまで補助参加だから申請は私だけでいいはずなんですけど、やっぱりいるって警備団から言われちゃいまして」
「あぁ、そういうのがいるんだ。本祭ともなると」
「本祭は一般開放が基本ですからねー。全員が雷鳥にビリビリされて喜ぶ変態共ってわけじゃないし、規制は強めです」
「14までに終わりそう?」
「……何とか終わらせます」
「いや、別に暇だから全然いいよ。そもそも精霊祭案内しろって誘ったのも僕からなんだし」
神台に映る時間を見てフェーデは苦しげな顔で計算した。そんな彼女を前に、努はガルムたちにやっぱ16集合でと伝えてからギルドを出た。そして先ほどから謎に恐縮した様子の彼女に尋ねる。
「さっきからその妙に畏まった態度は何なの? 入院してる時は普通だったと思うけど」
「あの時はツトムさんの状況もあまり知りませんでしたからね……。私たちが帝都に行っている間に180階層まで進んで一番台争いしてるわ、ステファニー含めた有名人たちに喧嘩売るわ、それでギルド第二支部出禁になるとかデンジャラスすぎません?」
「最近は退屈しなくて助かるね」
「私たちも紅魔団に仇討ちかまして返り討ちで四肢切断されたわけですけど、話題にも上がらなくて嬉しいやら悲しいやらですよ」
「それも姫の醜聞を打ち消すために仕方なくってやつよ?」
「……いやー、その言い分はちょっと微妙です。何ですかね、姫を守るために王子の座まで捨てたイタい奴に見えます。守ってくれるのはいいんですけど、自分の立場を投げ打たれてもといった感じです」
「世知辛いもんだ」
「というか、ツトムさんはこんな状況で精霊祭になんて出てもいいんですか?」
そんな彼女の問いに努は荷が重いと言わんばかりに肩をすくめる。
「それこそ最後の追い込みかける時なら別だけど、少なくとも今はまだ休日返上するような段階じゃないよ」
「でもステファニーたちはもう共同戦線組んでますよ? で、ツトムはそれを無視したわけじゃないですか」
「だってまだ僕の後追いしかしてないじゃん。そんなPTと共同戦線とやらを組んでも意味ないよ」
そもそも180階層における努の目的としては、最たる弟子が研いでいた牙を存分に振るってもらうことにある。そんな弟子と共同戦線を組んではそれこそ意味がない。
だからといって努は孤立無援なわけではなく、無限の輪で地盤を固めた他に数多もの迷宮マニアたちと直接交流を持ち情報交換を行っている。
探索者としての視点は自分や他のクランメンバーも持っているからこそ、神台を熱心に見る迷宮マニアの視点は存外役に立つ。その中でも努が見出した者たちには迷宮マニアの知見を集めて集合知にしてもらい、それを聞くことで180階層の情報を集め攻略の糸口を探す手がかりとしていた。
ただそんな集合知を持ってしても式神:月の情報すら出ていないので、仮に騎馬状態の四季将軍:天を倒してもまだ続きがあると努たちだけは予測できている。その情報アドバンテージがあるからこそ長期戦を見据えて立ち回ることも出来ていた。
ちなみにこの情報アドもいずれハンナのやらかしで消えると思っていたが、彼女はその存在をすっかり忘れているようで滑る口がなかった。良くも悪くも馬鹿であり、今回は良い方に傾いた。
「……そんな問題児に精霊祭のことで話しかけなきゃいけなかった私の気苦労、少しは察してくれます?」
努はギルド第二支部を出禁にされ、ステファニーからの最後の機会も突き放した。そんなこともあり現状は彼を中心としたドーナツ化現象が起きており、相当触れづらい状態になっていた。
「腫れ物扱いってやつだね。翌日には氷狼姫があのツトムに声かけてたって話題になって、ステファニー派閥から睨まれるよ」
「それでも約束は守る健気な後輩というやつです。感謝して下さいね?」
「これで精霊相性が良くなかったら見向きもしてなかったでしょ? 精霊術士も難儀なもんだね」
「私はまだ軽い方だと思いますがね……」
確かに今の努はまるで呪茸のように避けられていたが、そんな物でも欲しがる者は一定数いる。その代表例が精霊術士たちである。既に知れ渡った努の異常な精霊相性の良さに目をつけ、それにあやかり精霊タソとhshsしたい者はごまんといる。
「でもフェンリル含めたエレメンタルフォースはしたいんでしょ」
そう言って流し目を向けた努に、フェーデはじっと足元を見つめ微妙に手を握りしめていた。
「……したぁい!! えっえっ、そちらから話題に出したってことは、やる気ありってことですよね!? 聞きましたよ! リーレイアとフェンリル込みでエレメンタルフォースしたって!」
「とはいえフェーデくらい相性良いなら僕抜きでも出来るでしょ?」
「あれは奴隷側の精霊相性が基準で、契約側は最低限あればって感じです! 私も何度か試しましたが上手くいきませんでした!」
「精霊術士だと進化ジョブ回せないから、フェーデじゃ役不足。つまり僕が最強の奴隷ってわけか。不名誉すぎない?」
「そりゃリーレイアも手放したくないですよねぇ……。新精霊がエレメンタルフォースに組み込めることが判明してからは精霊術士たちも血眼で検証してますけど、再現できたのは三組くらいですよ? それも実用性でいえば皆無です。新精霊との精霊相性が良くて、上位の神台に映れるくらいの高レベルで、尚且つ精神力回せる人ってなると中々いなくて……」
「そうなんだー」
二人はそうこう話しながら迷宮都市の東側にある職人街へと足を踏み入れた。そこは筋肉達磨のようなドワーフたちがよく見受けられる場所であり、それに混じって革なめしの魚人や力仕事に定評のある熊人なども多い。
本祭が一週間前ということもあり既に精霊をモチーフにした飾り付けが各所でされており、サラマンダーの木彫りやノームの彫像など幅広い。それに新年を祝してウンディーネたちが協力して作り上げる浄化の門など、その他の精霊祭で行われていた各精霊の行事も準備が進められていた。
そんな職人街を進んでいくと氷精霊のフェンリルコーナーが見えてきた。新精霊の中では誰でも契約は可能であり、それでいて子犬のような見た目から凛々しい狼まで幅が広いフェンリルは観衆からも需要が高い。
そこの一角が今回の本祭でフェーデが割り当てられた場所であり、そこでフェンリルに触れたり氷魔石の餌やり体験をするのが彼女の出し物である。そこには既に話を通していたのか警備団が二人おり、努たちが前に来ると敬礼した。
「恐らくツトムさんは全ての精霊と契約はすると思うので、それをしても問題ないかの確認ですね」
「了解。それじゃよろしく」
「契約――サラマンダー」
それから警備団員が念のためバリアを張り、周囲で足を止めていた者たちに危険性を説明して散らした後に精霊契約が始まった。
サラマンダーなどの四大精霊は、ウンディーネとノームが契約解除に駄々をこねたくらいで無事に終わった。そして本題であるフェンリルとも契約すると、氷の竜巻と共に氷狼が舞い降りた。
「これは……」
最近はクランハウスに収まるサイズで契約していたフェンリルは、久々に本来の姿で呼び出されたことを喜ぶように努の頬を舐めた。精霊契約が問題ないか何百体とフェンリルを見てきた警備団員は、そのデレデレな氷狼を前に口をあんぐりと開けた。
それからフェンリルは努の指示通り大人しく佇む中、警備団員が慎重に手を伸ばした。その眼光すら柔らかく、爪や牙が剥かれることもない。唸りすらしないフェンリルの様子に警備団員は頷き合い、努の補助参加を承認した。
「雷鳥は危ないんで止めておきましょう。アスモとレヴァンテは問題ないですよ」
それから白い繭のような見た目をした光精霊のアスモと、シャチの見た目をした闇精霊レヴァンテとも契約した。その異様な見た目をした二体と相まみえるのは初めてであったので、思わず感激しつつも本当に問題なかったので承認した。
「雷鳥、これくらいの大きさなら出力の上限からして問題ないのですが」
「ダンジョン内で何度か試しましたが、フェンリルとかと違って大きさの指定できないんですよねー。そこまでリスク取って雷鳥出したくもないので、やめておくのが無難ですね」
「そうですか……」
出来ることなら雷鳥もこの目で拝みたかった警備団員たちは何処となく残念そうな顔をしつつ、確認ご苦労様でしたと頭を下げてからその場を去っていった。
メルタンじゃないんだから