第710話 計画通り

 その会食から二日後。丸眼鏡をかけた迷宮マニアの新聞記事で式神:月の存在が示唆された。更に彼の鑑定によって浮かび上がったという文面も存在したことが明かされた。


『かつての色折り神が生涯の集大成として創り上げた、最も美しく、最も不可解な式神。
 設計者ですら想定していない機構と意味を持たない精密さは、奇跡の果てに宿ったものである。
 その目は固く閉ざされている。
 ただし月が満ちる時、その瞳は虚空に映る“真実”を見つめ返すだろう。
 願いの果てに生まれた式神は、封じられし夜を渡る者。
 輝きはなく、力も持たず、ただ見ることのみを宿命とされた。
 世界が知らぬ綻びが、その瞬きによって暴かれる』


「あの野郎……」


 そんな式神:月の新情報を前に努は新聞をくしゃりと握り潰すも、その顔は獰猛な笑みを浮かべていた。

 43レベルのエイミーが180階層で直接鑑定しても、式神:月という名前しか出なかった。神台越しの鑑定では精度が一段階下がるため、52レベルの彼でも得られる情報は同じのはず。


(あの眼鏡か? 鑑定に効果をもたらす秘匿にされた、刻印以外のもの。……いや、もう刻印は迷宮マニアも馬鹿にできないレベルになってきたし、僕が見つけていない何かを見つけてた可能性もある。パッと見鑑定に関わりそうな刻印はなかったけどな……)


 現状でも刻印士としてのトップは努であり、ユニスが60レベルに踏み込みとうとう並んだくらいである。迷宮マニアは40レベルで停滞しているはずなので、あるとすれば50レベルまでの刻印で鑑定に作用する効果があるということ。

 現状判明している刻印一覧を纏めた用紙を見て努は少し考えてみたが、それで見つかるならとっくに見つかっている。元々眼鏡などのレンズを通して鑑定を行うと精度は上がるので、その特性を組み合わせでもしたのかと努が考察を深めているうちに朝食へと呼ばれる。

 そして眠気眼で寝ぐせが爆発しているエイミーの隣に座った努は、早速話を持ち掛けた。


「それじゃ、エイミー。鑑定士レベル50まで上げよっか」
「……にゃんで?」
「この新聞記事にある通り、鑑定士50レベルになったらモンスターに関するテキストまでわかることが判明したからね。それで各将軍なり四季将軍なりを鑑定すれば攻略のヒントが得られるかもしれないから、探索者が上げない手はない」
「…………やだ。ギルド職員の時に、もう一生分鑑定したもん」
「二度目の人生、頑張ろう!」
「やだーーーーー」


 悲痛な叫び声と共に机へ突っ伏したエイミーは、そのまま顔を努の方に向けてカッと目を見開く。


「てかさ、私がギルド職員の時に鑑定士がこの仕様なら絶対60レベルはいってたよ? なのになんで30レベルで固定されてんのっ」
「初めからそんなに差がついてたら新規がやる気なくすじゃないですか。だからこそ迷宮マニアも密かに52までいってたわけだし」
「古参の意見はいらないってかーーー」
「どうせ古参は文句言いながらもやるしね。レベル上げなら尚更」
「ふざけんにゃーーーっ」


 運営面でにっこりした努にエイミーは頭をごろごろして抗議した。そしてコリナに料理が乗った机を揺らすんじゃねぇと圧をかけられ、彼女は静止して泣き真似しだした。そんな彼女を置いて朝食が出揃い各自手をつけ始めたところで、話題はガルムが目を通していた記事にある式神:月に移る。


「この文章から察するに、四季将軍:天を倒した後に連戦というわけではなさそうだな」
「何の力も持っていないとは書かれてるしね。多分、四季将軍:天のバッファー役かな」
「真実が何かにもよるな。単に私たちの動きが上空からも共有される、というわけでもないだろう」
「……何だろうね。神の眼が乗っ取られたり?」
「もしそうなったら神台市場もパニックだな。ババァにはいい薬だ」
「確かに、神の眼と神台に何か起こるかもですね。それこそ骸骨船長みたいに四季将軍もこちらを認識するようになるとか?」


 少し膠着していた180階層の新情報。それに努PTは四季将軍:天を倒した後の不安要素として認識していただけに、その存在があくまでバッファーのようなものであることに安堵していた。

 そこでダリルはふと気付いたように努を見つめた。


「そういえばツトムさんは、式神:月の存在をこの前から知ってたんですか?」
「偶然鑑定したら名前は出てきたからね」
「あぁ、だから少し先を見据えてるような立ち回りしてたんですね。納得です」
「一杯奢ったから許してくれよ」
「……えー? 買い叩かれてませんこれー?」
「…………」


 同じクランメンバーである私たちにも情報を秘匿していたとは許せませんね。そんな嫌味を飛ばしそうなリーレイアは口を閉ざしたままだった。

 リーレイアが努に向けている視線は普段通り冷めたものだったが、以前と何かが変わっていることは確かだった。そんな彼女に話を振ったものの無視される形となったダリルは、誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべるに留めた。


『ビッ』


 そんな途切れた会話の間にリーレイアの肩に乗っていたサラマンダーは仕方なさげに床へと降り立ち、そのままバタバタと足音を立てて努に近づき飛び乗る。そして左の中指に嵌められた指輪をじっと見つめた後、ぱくぱくと甘嚙みして歯を軽く当てた。

 そんな光景を隣の席から見ていたハンナも椅子を寄せ、努がはめている指輪を覗き込む。


「何っすか? その指輪」
「お洒落でしょ」


 そう言って努が見せつけた特徴的な指輪にリーレイアは一瞬視線を滑らせ、その精霊輪にも似た輝きに目を細めたが、特に何かを尋ねることはなかった。

 サラマンダーが指輪をいじり終えると、努は苦笑まじりに手を引っ込めた。その動作にリーレイアと視線が一瞬重なる。そんな二人の独特な空気を全く察していないハンナが、その指輪に顔を寄せた。


「まー悪くはないっすけどね。それより、あのお月様が関係ないならあたしがあの将軍に全力出しても大丈夫っすね! ぶっ放してやるっす!」
「お前はまず踊りのレッスンを活かすことからだね。はい、ラッキッキーからー、クイックシークエンスー」


 近頃のハンナは進化ジョブを活かすため、拳闘士のコミュニティでダンスレッスンを行わせている。スキルに従い操り人形のように踊るより、自ら振付を覚えて所々アレンジしてダンスする方が時間短縮を見込めるからである。

 そんな理由もあり週に一度はダンスレッスンを受ける羽目になっていたハンナは、青翼で身を庇うように自分を抱きすくめた。


「それ、単に師匠が見たいだけっすよね……」
「だったら初期のハレンチ装備で躍らせてやろうか? 刻印刻んでやるよ」
「さいてーっす!!」
「魔流の拳以外は劣化してるんだから気張れよ。カウントバスターも早く体感で覚えろ。でもフルバスター打ちたさに無茶はするな。そのラインはそろそろわかってきただろ」
「いつの間に拳闘士は踊りも出来なきゃいけないようになったっすか……」


 ただハンナは底抜けた馬鹿であるが、身体で覚えるタイプの彼女にとって踊りは得意分野だった。現に拳闘士の基本であるウインドステップとブレイジングビートを組み合わせたダンスは一人でもこなせるようになり、バッファーとしてのスタート地点には立っていた。


「資金も目途がついたし、今日から180階層一回多めにしようか。結局のところ四季将軍:天をどうにかしなきゃいけないのは変わらないし、更に詰めていこう」
「あぁ」
「あい……」
「おーっす!」


 努の掛け声にはちみつが沁みたトースト片手に真顔で返すガルムに、これからの鑑定士レベル上げに鬱々としているエイミー。そしてようやく式神:月を見越した魔石の制限もなくなるとハンナが小躍りしている中、努は何処か上の空なアーミラの様子を静かに窺っていた。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 2:30 AM

    まあ耳までの部分を太くしているデザインの眼鏡なら何とかなるかね。それでも複雑な刻印を刻むなら、高レベルの細工師のスキルも必要そうだけど
    元々レンズ越しなら精度が上がるのなら、次の攻略時にはエイミーの眼鏡姿がお披露目されそうだな

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:44 AM

    画面越し鑑定が高難易度行為だから経験地多く入るんじゃね?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:57 AM

    1PTで冒険しながらの鑑定回数と画面越しに複数のPT鑑定をすると考えたら回数は後者が圧倒的だと思うから回数でごり押し上げかな?w
    猫の43が高さは結構なものと考えると経験値の獲得量は実際>画面越しって感じで差が有るのかもね

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 7:26 AM

    しかし結果としてはツトムが情報隠してた意味無くなったな
    他が知らないうちにクリアできてるわけでもないから
    ツトムスゲーにもならんし

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 8:03 AM

    そういや刻印て身体にも刻めるんだっけ?
    某錬金術士のスカーみたいに刺青にして何らかの方法で鑑定能力上げてるとか。
    もしくは義眼に刻んでるとか。
    単純に眼鏡に仕掛けがあるとすれば、刻印関係なく眼鏡自体が何らかのマジックアイテムである場合かね。

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 8:31 AM

    テキストから読み取ると
    普通に読み取るなら”月食”の状態にしろ、って事なんだろうな

    月が満ちる=満月
    虚空に映る真実=実際はあるのに見えない
    願い~封じられし夜を渡る=特定条件化で起こる
    輝きはなく~=月明かりがない時力(バフ)もなくなり、見る事しかできない(影響がなくなる)
    ここまではほぼ
    満月時に起こりうる”月食”の状態になるとバフ効果が消える、までは確定じゃなかろうか

    問題は最後の一文
    “月食”の”瞬き”って表現は月食で見えない状態の”まばたき”の事と
    月食の終わり際で端っこから凄く明るく見えるようになる”またたき”の事
    を指す2パターン考えられるんだよね
    月を目に例えてるから”まばたき”とも取れるし
    目を閉じている状態、だから開く時の”またたき”としても取れちゃうんだよね
    月食にすりゃいいのか月食にした上で終わるのを待てばいいのか
    とりま四季から天にかけて満月になる~月食になる条件探しからか

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 8:46 AM

    普段は太陽光が眩しくて閉じてるのが月食になったら開くとか

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 9:37 AM

    これ月の方も探索者を鑑定してるとかなのかな

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 9:40 AM

    最初にツトムがスキル無効の矢でお団子レイズ撃ち抜かれてたし、ステータスと使用スキルのピーピングされてる可能性はありそう

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 9:50 AM

    第2ギルドでやらかした努の立ち回りの原因の1つが月の存在。
    そんな努を追放したカーミラは、これを知ってどういう感情でいるんだろうか、と思うアーミラ。

    と想像してる。

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 9:51 AM

    月の秘匿は破れた。悪夢の赤子を探せ。

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 9:54 AM

    戦闘時間か?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 10:39 AM

    月が敵を弱体化させるギミックなら
    綻びがあるのは四将軍のときで四将軍戦を周回せずに長引かせるのが正解とかかな
    周回すると巻き戻るのは周回するだけでギミックが割れないようにするための仕様でもあるとかで

  • 更新感謝 より: 2025/04/08(火) 10:40 AM

    やだーの文面から逆さマルシルしか頭に浮かばなくなってしまった…良いアニメだったなぁ(色々な意味で)

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 10:43 AM

    ゼノPTは月が満ちる前に戦ってたけど普通に四季将軍強かったよな

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 11:53 AM

    他作品でも月は封印されたり、照射して力を与えたり
    月が原因かと破壊するとか逆利用する方法も

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 1:05 PM

    むぅんの人が活躍するんじゃないかな!

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 1:59 PM

    結局のところ、月を意識して立ち回りセーブしてたツトム達より、月に気付かないで将軍に全力向けてた他のパーティの方が正解引いてたってこと?これからはツトム達も将軍突破に全力出すって話ならアレだけ煽っておいてむしろ立ち回りの後追いはツトムの方だった?ダッサくね?

  • これは、、、 より: 2025/04/08(火) 2:23 PM

    嵐の前の静けさですね。リーレイア、これはメンタル崩壊してなんかやらかしますわ。なるほど、アーミラ関連か?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 2:40 PM

    >2025/04/08(火) 1:59 PM
    どっちかっていうと月がバッファーで常時バフ掛かってるから月を無力化してから攻略するのが正規ルートってことでは?
    今やってるのはギミック無視して脳筋ごり押し攻略状態

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 2:50 PM

    >2025/04/08(火) 2:40 PM
    この情報新聞に載ってて他パとの情報アドバンテージないし、結局将軍全力が正解ならツトム達が後追いなることには違いなくない?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 3:05 PM

    ここで装備階層の隠し刻印が日の目をみるんですね!?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 3:06 PM

    サブジョブの鍛冶とか、なんかでレンズやら加工したら補正かかるとかかねぇ

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 4:06 PM

    太陽万歳Y

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 4:10 PM

    >2025/04/08(火) 2:50 PM
    後追いにはならんでしょ

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:18 PM

    春夏秋冬じゃなくて別の特定順で倒すと夜になってアナザーと戦えるパターンもあり得る

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:32 PM

    月を破壊しようと思っても、将軍より上に行くとヘイト爆上げするみたいだし、遠距離攻撃対策は当然してると思うんだよな
    となると、物理攻撃力は高いがバランス取りの難易度が鬼だという杖をツトムのマジックロッドで月まで届かせた後、ぶん殴る?

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:50 PM

    竜人系の人たちなんか不穏だなあ…

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 5:57 PM

    更新助かる

  • 匿名 より: 2025/04/08(火) 6:02 PM

    何か割と勘違いしている人がいるけれど、月の情報を知ってるツトムたちと他のPTで進行状況は同じなので、後追いとかは特にない
    今後、月の検証が始まって連合が新たな発見をしたときにはじめてツトムPTが後追いの状況になるんだよ
    まぁアルグレがひそかに鑑定レベル上げた諜報員を抱えてて実は月のことをこっそり検証してましたとかだったらまぁわかるけど、まだそんな情報はないので…

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