第714話 ドブネズミ故の
努PTが180階層の攻略を続けていた間。実力の釣り合いが取れず崩壊寸前だったユニスPTであったが、リーダーである彼女のブレない姿勢もあってかPTメンバー三人は徐々に持ち直して探索に復帰した。
基本的に努が考案してきた立ち回りをパクっているそのPTは、彼の弟子である白魔導士のユニス、パリィ騎士とフルアーマー重騎士のタンク二名。それとエレメンタルフォースを使用する精霊術士の猫人であるネビアに、灰魔導士のソニアといった構成である。
ただ180階層戦においてはアタッカーの内、一人は進化ジョブがタンク系でなければ厳しいという仮定がアルドレットクロウによって導き出されている。
灰魔導士のソニア、精霊術士のネビアの両名はその仮定に当てはまらず、実際にタンクが耐えられずに負けるパターンは多かった。やっぱり駄目なんだぁ……と熊耳なり猫耳なりをへにゃらせているPTメンバーを前に、ユニスはこのPT編成での180階層戦を模索した。
「ちょっと安定性に欠けるですが、ネビアに赤兎馬を持ってもらうのです」
「……エレメンタルフォースは?」
「ねーですよ。四季将軍にはまともな四人いなきゃ無理なのです。エレメンタルフォースはその後にやらせてやるです」
兎にも角にも四季将軍:天と多少は渡り合えるようにならなければ、実戦の経験が積みようもない。特にパリィ騎士である竜人はそれが顕著であるため、ネビアに不慣れなタンク役をやらせるのもやむを得なかった。
ユニスPTはその方針に沿って180階層に挑みつつ、帝階層の社や桜の横道などの探索と検証も同時に行った。またウルフォディアの時のように特効のギミックや装備が見つかるのを考慮してのことだ。
そうしている内にアルドレットクロウの一軍が主体となり、共同戦線が組まれた。そこにはアルドレットクロウの一、二軍と、無限の輪のゼノPT。シルバービーストからはロレーナのPTが選ばれていた。
(……共同戦線とやらには呼ばれなかったですか。まぁ、一週間ぐだぐだして纏まりのないPTなんて私でも呼ぶか怪しいのですが。の、ですが……)
どうせならツトムの弟子三人を集めるのが筋ではないかと思いもしたが、実力不足と言われるのも理解できるPTの有様である。ようやく四季将軍:天まで到達するまでの道中も安定するようになったが、その後の進行度は180階層を先行していた割に遅い。
「ユニス~ご飯いこ、ご飯」
「はいはい、私も行く」
「今日は刻印油の仕入れも行くんだよね? この後も付き合うよ」
「仕入れといってもゼノ工房でそのまま刻印作業するだけです。わざわざ付いてこなくていいのですよ」
「とは言われましてもどうせ暇だし、行くよ。私も刻印士になっちゃおうかなー」
「付いてきてもゼノ工房には入れないですよ」
実力不足がどうこう管を巻きつつ、クランリーダーのミシルにPT変更の直訴まではしなかったネビアを筆頭とした三人。ただそれでも見限らずに待ち続けてくれたユニスには感謝しているのか、あれからは一転してべたべたしてくるようになった。
それからも付いていくとやかましい彼女らを一蹴したユニスは、子育てに気疲れした親のような面持ちでゼノ工房に入った。流石に仕事場にまでは押しかけられなかった彼女らが肩を落として帰っていく中、薬の調合をしていたソニアはそれを窓からひっそりと眺める。
「ガルムの次はユニスかー。うちも罪なドブネズミになったもんだね」
「……そう言われてるのです?」
「元々付き合いもあるし冗談交じりだけど、いわゆるガチってやつだね。独り占めするなってさ。もう立派なお母さん代わりみたいだね」
「何でこうなったのです」
親には捨てられたが、ユニスは捨てなかった。それはシルバービーストに在籍しているネビアたちにとっては、母が持っているという無償の愛とやらに見えたのかもしれない。
「ま、勝手に幻想を持ってるのはネビアたちなんだし。今みたいな距離感が丁度いいかもね。変に応えて期待させちゃうと後が怖いよー。愛を求めて一生噛みついてくるかも」
「気を付けるのです」
「うちも立場が違えばユニスの母性にやられてたかもしれないねー。良かった、うちはお母さん生きてて」
「ひでぇ言い草なのです。じゃあガルムがお父さん代わりですか」
「鼠人《ねずみびと》はあんなにデカくはなかったなぁー。匂いはバッチリだけども」
利益のためというよりはユニスに褒められたい、認めてもらいたい一心で刻印士になろうとしていたネビアたちと違い、ソニアは嗅ぎ慣れないハーブや薬の匂いを嗅ぎたい私利私欲のために薬師の弟子入りを希望した。
なのでユニスも気兼ねなく教えられているが、もしソニアも中立的でなければユニスは確実にPTを変えていただろう。彼女たちのお母さんごっこをするために立ち回りを矯正させたわけではない。180階層を突破し、努に何でも言うことを聞いてもらう権利を得るためだ。
(……やるだけやるのです)
だが、彼女らを待つ選択が正しかったのか答えはまだ出ない。ネビアたちのPT辞退を了承し、ソニアを連れて他のPTメンバーを探す選択肢は考慮した。ただネビアたちが一度折れてから再起すれば、しばらくは結束も固まり安定するだろうという目測もあった。
結果としてはユニスママ率いるPTとして謎の安定感を見せるようになったが、どこかボタンを掛け違えているような引っかかりも消えない。こういうPTは以前のクランでも見たことはあったが、それは今も最前線にいるのか。
そんな違和感が芽吹かないようユニスはこのPTに全力を注いでいた。刻印装備で稼いだ私財を投じ、PTメンバーの相談にも熱心に耳を傾けている。その熱に浮かされる形でネビアたちもまた異様な頑張りを見せ、そんなユニスに親愛を寄せている。
その中では一線を引いている形であるソニアであるが、自分では到底持ちえないユニスの熱量と行動量には驚かされていた。脳ヒールぶん回して深夜も働くツトムも相当だったが、その弟子であるユニスのバイタリティもまたイカれている。
不遇な灰魔導士でも最前線にいたソニアも頑張っていないわけはないが、ユニスの方が試行錯誤の量が多いのは明白だった。なのでいつかは手を出してみたいと考えていた薬師に手を出すくらいには影響されていた。
「大分お疲れみたいだし、ツトムに脳ヒールでもしてもらえば?」
「180階層突破までは臨時休業らしいのです。これって詐欺じゃないのです?」
脳ヒール回数券を紙切れのようにひらひらさせたユニスに、ソニアは苦笑いしながら宥める。
「まー、臨時ならマシなんじゃない? それにほら、代わりの服もあることだし」
「……バレてたですか」
「ドブネズミは見逃さないんだよね、そういうの」
ギルドでいざこざが起きた時にちゃっかり努から投げられた亜麻色の服を持ち帰っていたユニスは、何てことなさげにそっぽを向いたがその耳は赤く染まっていた。
更新お疲れ様でした
頼りになるおかみさん属性のユニス…薬屋のエルフおばあちゃんの爪の垢でも飲んだのかなw
「特大ミミックに毒」みたいにはいかないだろうけど、ユニスは毒が得意だし何か攻略の糸口つかんでほしい
認められたい・褒められたいネビア達がこのまま「自分の理想のユニス像」ばかり追って、第二のステファニーになりそうな気もする
ハーブキメたいから薬師に足踏み入れたソニア、ユニスはユニスで努が脱ぎ捨てた敗者の服ゲッツで今回オチまで天晴