第718話 余り者たち
精霊祭を翌日に控えた朝。今日は王都で古くから行われている魂宴という風習が重なり、迷宮都市にいる者たちも休暇を取り地元に帰ってお墓参りをすることが通例である。
王都出身のゼノとコリナもそれに習って倣って帰省するため、無限の輪は五日の休暇を設けた。王都までは四年前の探索者が夜通し走れば着くぐらいの距離であったが、進化ジョブによりAGIが上がりフライ関連の刻印装備を持った者たちならば半日ほどの飛行で到着する。
数年前に王都でスタンピードが起きた時から迷宮都市への移住者は増え、それに伴い往来の需要も高まった。それからは王都と迷宮都市が共同出資をして魔導列車の開通に向けて勤しみ一部区間で運用されているが、全線の完成まで数年を要する見込みだ。
なので一般の人々は馬車で中継駅まで移動し、そこから魔導列車に乗り継ぐのが一般的である。ただしフライによる緊急着陸が可能な探索者であれば、召喚士に依頼してプライベート竜種で移動することも可能である。
まだ一般の人々が乗れるほど安全面が確保されておらず費用も高額であるが、コリナはそれを利用していくらしい。ゼノは家族の万が一も考えて馬車での移動を選び、何処か羨ましげに彼女を見ていた。とはいえコリナもコリナで家族団欒で馬車の旅な彼を羨ましがっていたが。
「じゃっ、また五日後！」
「村長によろしく」
「……何をよろしくするっすか？」
「ハンナに算術を教えた逸材でしょ？ 教育係として引き抜きたいったらないよ」
「ぜぇーったい嫌っす！！」
そう言って努にあっかんべーしたハンナもお土産をしこたま買い込んで村に帰り、エイミーは王都寄りの地方に住んでいる両親に会いに行ってくるそうだ、クランハウスを管理する気満々だったオーリにも半強制的に休暇を取らせ、巻き込まれかけたマリベルは露骨にホッとしていた。
「で、余り物がこれか」
「…………」
異世界出身なのでお盆休みも何もない努のぼやきに、アーミラはあからさまに不機嫌な顔をしている。彼女は現在母でもあるギルド長と会いたくないため、普段と違い実家に帰れないでいた。
「それなら一緒にどうですか、精霊祭でも」
「一人で行ってろ。俺はギルドにでも顔出すわ」
弱ったところに付け込もうとしてきた緑蛇に対し、アーミラは素気無く返した。リーレイアは王都出身であるが騎士家系の親族と絶縁状態にあるため、普段通り迷宮都市に残り精霊祭に参加するようだ。
「今年も行きますよね？」
「あぁ」
元々孤児であるダリルとガルムは育った孤児院に顔は出すが、特に泊まり込むこともなく日帰りで帰ってくるらしい。なので現在の無限の輪のクランハウスにはその五人しかおらず、精霊祭が終わる頃までそれは続く。
「余り物にしてはPTバランス悪くないし、中日には即興PTでも組まない？」
「おっ、いいですね！」
同じようなことを口には出せず誘われ待ちをしていたダリルはすぐに食いつき、ガルムも静かに頷いた。アーミラはマジかよといった目をしていたものの、拒否はしなかった。
「何なら四日組んでも構いませんが。アルドレットクロウは魂宴も関係なく一日休みですよ？」
「ディニエルが帰ってきたら休日の多さに咽び泣きそうだね」
「どうだかなァ。最前線のバカンス無くしたてめぇを諸悪の根源とでも思ってるんじゃねぇか？」
「純粋な休日の数で言えば週休二日制の方が多そうだけど、まぁそこは人によるか」
週の休みを増やしたいか、夏休みのようにがっつり期間を設けて休みたいかは人それぞれだろう。ただ努は毎日プレイしないとゲームの腕の錆び付きを感じたため、丸一日何もせずに過ごすことはほぼない。
「オーリさんいないから洗濯とか掃除は各自でやってね。炊事は丁度五人いるし一人ずつ夜飯担当よろしく。今日は僕。明日はガルムで、明後日ダリル。明々後日リーレイアかな。いけそう？」
「別に構わねぇが、ギルドで食えばいいんじゃね？ 準備すんの面倒くせぇだろ」
「たまには裏方の苦労を知ってオーリさんに感謝しなきゃね。それに全部手作りしろってわけでもないし、僕もいくつか出来合いの物になると思うよ」
「……実家帰った方がよっぽど休めそうだな」
「迷宮都市に引き籠ってるんだからクランのために少しは働いてくださーい。それじゃ、二日後よろしく！ 解散！」
オーリがいない間の当番を決めた努は神台市場で予約席を取っていたこともあり、ちゃきちゃきと支度を済ませてクランハウスを出た。
過ごしやすいぽかぽかとした日差しを浴びながら早足で神台市場に向かい、整備された歩道を歩く。今日から帰省する者が多いからか馬車の往来が目立ち、その中にはモンスターが引いている車もあった。
（今日はシルバービースト多めか。あっちもちゃんと休んでるしな）
神台市場に到着し予約席の手続きを済ませ、今日放映されるスケジュール表を見る。アルドレットクロウは今日も180階層に潜る予定のため、動画機を用いた録画の放映はシルバービーストが多めである。
ちなみに無限の輪は有料の神台ドームで流されることが多く、ギルドや神台市場でもあまり見られない。動画機の実権を握っているギルド第二支部の地味な嫌がらせだろう。
そのまま努はシルバービーストが先日潜った180階層戦が流れるのを待ちつつ、屋台でホットサンドとオレンジジュースを頼む。今日は祝日ということもあり開いている屋台数が少なく、普段の休日よりかは人の数もまばらだった。
屋台での待ち時間中に一番台での放映が始まる。動画機の場合はカット機能もあるため、四季将軍：天が出てから見られるので努としても助かる。出来れば倍速モードも欲しいところである。
（ミシル、絶対ユニスと相性良いんだよな。多分宝具に刻印できるし、そうすれば属性のメリハリも付けられる。クラフトキットもサブジョブの補正が乗るはずだし、薬師教わってレベリングすればあのポーションぶっ壊れそう）
『ライブダンジョン！』で構築されていた冒険者ビルドを思い返しながらミシルとユニスのシナジーは感じつつも、それを内心に留めている努はホットサンドとデカめのコップに入ったオレンジジュースを受け取った。
そのまま予約席に戻って香ばしい焼き目の付いたパンの縁をかじる。じゅわっと広がるチーズの塩気とホロホロとした肉のうまみが口の中に広がる。それをオレンジジュースで洗い流してから更に一口。
（現状じゃタンクが渋いと勝負にならないなー。それに赤兎馬冬継承させると長期戦で不利になるし、一家に一台ガルムが欲しいところ。冬継承させるにしてもビットマンかホムラくらいは欲しい）
その点で言うとアルドレットクロウの二軍である騎士のセレンは、刻印眼鏡によるパリィ猶予の増加もあり将来性がある。ただ現状ではその目にまだ手足が追いつかずパリィ精度はガルムより低く、ホムラのような無茶も効かない。
帝階層の式神を扱えるルークがタンク寄りになることで補完は出来ているが、二軍のマネージャーやヒーラーのカムラがセレンを信じ切れていないことは神台を見ていても窺える。
場数を踏めばいずれガルム並のパリィ精度になることが見込める彼女であれば、秋冬を継承させる選択肢も考えるべきだ。だが現在は共同戦線を組んでいる一軍と同じく春秋継承のため、パリィに寄せているセレンの強みが薄い。
それからシルバービーストの戦闘場面が赤兎馬に移り、爆破を避けながら突進もケアして避けタンクをしているララが神台に映る。
（こっちは春夏だから前提条件が違うとはいえ、他のPT見てるとハンナのおかしさが際立つね。避けタンクしつつ火力出して赤兎馬削るんじゃねぇってな。スペックだけなら頭一つ抜けてる。まぁ、その頭がないんですけど）
ララ含め赤兎馬のヘイトを買っているタンクはVIT無視の爆破を凌ぐのに精一杯であり、反撃する余裕などない。だがハンナは単身でヘイトを持ちつつ魔流の拳を用いて火力も出しているので、四季将軍：天と同時並行で赤兎馬も削ることが可能となっている。
その代わりララのように自分で状況判断して進化ジョブを切り、ダンス支援を振り撒いてヒーラーの負担を軽減したりすることは出来ない。PT全体だけでなくハンナのIGLまで任されている努からすれば、指示役しなきゃもっとバリュー出せるのにと泣き言の一つも言いたくなる。
（ロレーナもゴリナタイプか。でもあぁやって攻撃捌いてヘイト減らすのはこの世界のヒーラーならではだよなー。ヘイトが少しでも溢れたら時間も稼げずゲームオーバーじゃ厳しい。僕も今から鍛えて十年後には拳法でモンスターの攻撃を受け流したりとか……無理か）
とはいえマジックロッドにより四季将軍：天でも斬れない岩杖を操ることが出来るようになったので、やりようによって時間稼ぎくらいは出来るかもしれない。それでPTの首の皮一枚繋がる場面があれば儲けものだ。
現にロレーナはPTが崩壊してヒーラーが狙われる場面になっても、如意棒片手に四季将軍：天と真っ向から対峙してもまだ死んでいない。彼女はその生まれもあってかヘイトを敏感に察知し、走るヒーラーとして前線も張ってきたので進化ジョブさえ使えれば活躍できる余地がある。
そんな彼女の足掻きを見届けて一息ついた努は、暇つぶしに三番台に視線を移す。そこには同じくシルバービーストのPTとして活動するユニスの姿があった。
（……PTメンバーが同じ目線でいるかって大事だよね）
元々ソニアは最前線であり帝階層に初めて訪れた経験もあり、あのPTの中では別格だ。ユニスもステファニー主催の共同戦線に呼ばれなかったこともあってか、探索者としての努力が垣間見える。
ただその他三人はそんなユニスの背中に付いていくだけだ。何ならハーレムクランのレオンと同じような空気すら感じた。タンクはユニスを守るために無理を重ね、アタッカーも何処か空回り気味な張り切りようだ。
彼女たちは180階層を攻略するために動いていない。ユニスに褒めてもらうために動いている。
（ユニスが肩を叩けるかどうかだね）
そう結論付けた努はアルドレットクロウが映る一番台に視線を戻し、迷宮マニアから仕入れた情報を見ながらそのまま深夜まで神台を観戦し続けた。
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