第722話 ノームと古民家暮らし
「はい、四色丼とウンディーネ水です。あとサラマンポップもありますよ!」
「そっか……」
フェーデが買ってきた四大精霊の色をモチーフにした丼物と飲み物を手渡された努は、食欲がそそられない青色が目立つそれを前に呟く。
鮮やかな赤と緑の野菜に茶色の肉まではいいが、青い水羊羹を米に乗せているのは店のセンスを疑う。それをフォークで突き刺して持ち上げると、底は肉のタレで変色しご飯粒もべっとりと付いてきた。
一先ずそれを端に避けて肉野菜炒め丼として楽しんだ後、最後に残ったそれをデザートとして頂く。何もかかっていない上部分はまだいいが、味が喧嘩している底は努からすれば存在意義がわからない。
まさしく水商売であるウンディーネ水でその後味を流した努は、旨塩味の定番なポップコーンにホッとした。そんな彼のころころと変わる顔色を眺めながら四色丼を平らげていたフェーデは、精神力も回復したところでスキルを唱える。
「契約――サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム」
精霊祭の出し物においては契約することのない四大精霊たちは契約を受け入れ、二人の前に現れる。努と契約したウンディーネとノームは我先にと彼に迫り、その指を手に取ろうとして争っている。
そんな姦《かしま》しい精霊たちを前に、フェーデと契約したサラマンダーとシルフは一歩引いた目をしていた。
それから努が仲裁しじゃんけんで勝ったノームがまず守精指輪に触れてその構造に感心し、続いたウンディーネは粘体を指に沈みこませて汚れを洗い流すようにした。
「あの、公衆の面前でそれは止めてもらえません?」
「だってさ」
粘体の手の平で指をずっぷりされていた努の言葉に、ウンディーネはにこにことしたまま体を動かしてフェーデへの視線を遮った。
「……何で私が恨まれなきゃいけないんですかね。というか、本当に何なんですかその指輪は」
「知らなーい」
「今度迷宮マニアに神台越しで鑑定してもらうからね……」
「ついでにシルフもよろしく。ウンディーネ、またねー」
基本的にシルフはリーレイアが契約するので枠が空くことは稀だが、先ほど発動した守精指輪を触らせておくに越したことはない。そのついでに手を捕らえて離す気のないウンディーネの肩を軽く叩くと、彼女は出店で売られている土器を遠目で眺めているノームを指差した。
「明日にはまた契約できるから、その時によろしく」
『…………』
それにウンディーネは不承不承といった表情を浮かべた後、精霊術士の契約解除に従い地面に染み込むように消えていった。先ほどの四色丼の影響か冷めた対応を見せた努を前に、フェーデは半目でサラマンダーを抱え込む。
「何をよろしくするんですかねぇ……」
「ウンディーネと人間がよろしくした事例、ないでしょ?」
「あるにはありますよ。表立っては言われませんけど」
「あれ? そうなの?」
ウンディーネは男が勘違いするようなことこそするが、いざ乗り気になった途端に冷めた対応をする蛙化ムーブをやることは有名である。それで幾人の精霊術士が涙を流していたことは努も聞き及んでいたので、フェーデの言葉に目を丸くした。
「関係を持った後、嫉妬で狂ったウンディーネに溺死させられたであろう精霊術士は何人か見つかってますからね」
「それじゃあ実質ないってことじゃん」
「契約――シルフ。水精霊に一途であればいいんですよ。まぁ、それが難しいからタブーとされているんですが。ウンディーネは嫉妬深いですから、異性の存在を一切許しません」
「おーこわ。やっぱシルフとノームってわけ」
フェーデに契約してもらった小さな妖精のような見た目をしたシルフは、そんな努の雑な物言いにジトっとした目で睨みながらも守精指輪に触れた。それが終わると努は両指をくっつけて籠を作り、そこに褐色肌のシルフを収めてそのまま浅く閉じた。
(そういえば子供の頃はこうやって蝶々でも捕まえてた気がする)
手の平の中で暴れ回っているシルフの抵抗がくすぐったい。そのままヒールを流してやるとシルフの動きは鈍くなり、最後には動かなくなった。フェーデは指の隙間から覗いてシルフがくつろいでいるのを確認した後、ため息をつく。
「その辺の男が同じことやったら指バラバラにされそうですね」
「ありそうで困る。ハンナとかフェンリルに思いっきり手噛まれて穴空いてたし」
「私も金の宝箱狙いますか……」
「でも最近は精霊相性上げる場所とかも増えてきたから、少しは縮まったんじゃない?」
浮島階層の祭壇で光魔石を捧げた後にはアスモとのスキルが開放されたり、深海階層で24時間留まることで現れる鯨に飲み込まれた後に探索することで、レヴァンテとの相性を上げる仕様は順次発見され始めている。
「とはいえビジネスライクなのは変わりませんけどね。上げられるのは最低限といったところです。私も四大精霊だとサラマンダーとシルフだけで、ウンディーネとノームはさっぱりですよ」
「最低二体は保障されてる感じあるよね。でもそれなら当たりの方じゃない? 精霊術士でVIT上げても仕方ないし、ノームさんは……」
「ノームと相性が良ければ精霊祭の出し物で土器出せるので、副業としては馬鹿にならない利益出ますよ?」
「……もし刻印で成果出なかったら出店してたかもね」
ノームと一緒にろくろを回すパラレルワールドを想像した努に、フェーデもまたぼんやりと妄想を広げる。
「知り合いに探索者引退して西の安い一軒家買ってノームと土器作ってる人いるんですけど、なれるんだったら将来あれになりたかったですね……」
「精霊祭にフェンリル出してるだけでも結構稼げるでしょ?」
「お陰様で今日は最高売上になりそうですけど、またそれとは違くて……。こう、精霊と共に作り上げた作品で食っていくという浪漫がですね……」
それから探索者引退したら何する話で多少盛り上がりつつ、二人は午後に向けて氷魔石と光魔石の在庫確認を済ませた。
精霊で稼ぐんじゃなくて精霊と稼ぎたいんだな