第725話 上下の期待値

 180階層の序盤戦である将軍のボスラッシュにおいて、この臨時PTでは夏将軍:烈が鬼門となる。騎士と重騎士はVITが高いジョブであるため、VIT無視の爆発を受け続ければ回復でヘイトを稼ぎすぎてヒーラーが狙われることになる。


「マジックロッド」
『ギィーーー』


 そのため努はテクトナイトを操り夏将軍:烈にぶつけて怯ませつつ、雷鳥による強烈無比の雷撃を合わせての速攻を仕掛けた。

 次の秋将軍:穫は弱い部類であり、春と夏を受け継いだ冬将軍:式も手数が増えたことでVIT無視の爆発を起こす頻度は高くない。そのため努は最低限の支援回復を行いながらアタッカーとして火力を出し切り厄介な夏将軍:烈を倒すことに注力する。

 杖の中でも最重量を誇るテクトナイトの飛来を横合いから受けた夏将軍:烈の鎧は軋み、その鋭い嘴に雷を帯電させた雷鳥の突貫を受け止めきれずに吹き飛ぶ。


「フェアリーブレス」
「パワースラッシュ!」


 それに追撃したリーレイアとアーミラ。そしてVIT以外のステータスを上げるマイナーチェンジの全身鎧を着ているダリルも加わり、冬将軍:式のヘイトはガルムが取って手慣らしにパリィしている。

 三人が前線に立つフルアタッカー編成の手数を前にしては、夏将軍:烈の小規模な爆発では倒しきれない。かといって大技を打とうと溜め動作をした途端にテクトナイトが飛んでくるため、強制的に吹き飛ばされて身動きが取れない。

 次いで黒槍で触れ続けた秒数に比例して爆発の威力を増す厄介な特性もあるが、努以外の三人が前線に立つことで的を絞らせない。誰かが黒槍を受けた途端に後の二人が弾きにかかるため、三秒触れての即死も打たせなかった。

 そのまま為す術もなくハメ殺された夏将軍:烈が蝉の声が響く中で散っていくと、努は精神力の燃費がとても悪い雷鳥との契約を解除させた。ある意味ではエレメンタルフォースの奴隷側に近い状態であったリーレイアは、そこでようやく息をついた。

 冬将軍:式は春、夏の特性も引き継いだが、それらを同時に扱うことは出来ない。そのためVIT無視の爆発を使うのは三分の一になり、夏将軍:烈より苛烈な爆発は仕掛けてこない。


「あっ、冬将軍の武器破壊しなくていいんですね」
「あぁ」


 最後にガルムが今まで受け持っていた、春夏秋を継いだ冬将軍:式と対面した際にダリルは思い出したようにぼやいた。普段であればここで少し時間を取られ無理に破壊しようとすれば死も見える相手であるが、このPTにおいては既に武器破壊は終わっている。

 そして冬将軍:式も倒して除夜の鐘が鳴り響く最中に、ダリルはずっと岩杖を操っていた努に振り向く。


「ツトムさん、ずっとアタッカーやってません?」
「プロテクとヘイストを維持するだけの簡単なお仕事です。ここだけなら沼階層行ってる白魔導士でもできそう」
「僕だったら多分お腹痛くなりますけどね。ゼノさんも言ってましたけど」
「進行が違うだけで意外と新鮮ですね。今後も階層主戦で詰まっている時は気分転換にいいかもしれません」


 普段は夏冬の武器破壊をしているリーレイアの言葉にダリルもこくこくと頷いている。四季将軍:天が顕現し赤兎馬と合流している姿はもはや誰も見ていない。


「さて、ではウォーミングアップも終わったことですし、行きましょうか。契約――ノーム、ウンディーネ」


 これから始まる式神:星降らせと、それを最も破壊した者に打たれる四季将軍:天の矢。その役目はリーレイアが担うので努もエレメンタルフォースの準備に入り、テクトナイトを地面にばたんと降ろす。


「手でいいですよ」
「あぁ、悪いね」


 エレメンタルフォースをする際に精霊を結晶化させるには、契約主が接触していなければならない。そのため普段は細剣と杖を重ねていたが、岩からそのまま引き抜いたような形状をしているテクトナイトは持ち上げるのも一苦労である。

 差し出されたリーレイアの手を努が取ると、背後に控えていた精霊たちが結晶化し彼女の背後で円環を為す。すると努は絡みつかれたしなやかな指を見下ろして一言。


「いや、何で恋人繋ぎ?」
「……はっ、はぁ? これは蛇繋ぎですが?」


 指の間に指を入れる手の繋ぎ方をしてきたリーレイアに努が思わず突っ込むと、彼女としてもその単語は予想外だったのか慌てて手を振り払った。そして文化が違うとぶつくさ文句を言いながら空に飛び立っていく。


「何? 蛇繋ぎって」
「……一般的には友好の握手みてぇなもんだ。子供の頃に竜人同士でやってる奴ごろごろいたぞ」


 同じ竜人であるアーミラに努が尋ねると、彼女は呆れた顔でそう言及するに留めた。すると彼は懐かしそうに視線を上向かせた。


「指切りげんまん的なやつか」
「んだよ、指切りげんまんって」
「子供同士の約束事で使う握手だね。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲―ます♪ 指切った! ってやつ」
「なんちゅー物騒な地域で育ったんだ? お前。ヘビーレギオン」


 小指を突き出しながら物騒な歌を歌った努にアーミラはそう返しながら、範囲内のダメージを二割カットする砦を作り上げる。それを聞きながらにこにこしているダリルも、全身鎧をガシャガシャと着替えてタンク用に切り替えていた。


「ツトムさん、晩飯当番忘れないように指切りげんまんしますか?」
「よーしダリル。式神:星に突っ込んで来い。回復できなきゃ進化ジョブ回せないからな」
「えぇ……」
「それなら全員で向かうか?」


 その言葉を真に受けたガルムの言葉に、努は首を振った。


「ここなら時間計算しやすいし、事前にアンチテーゼで四人削っとけば問題ない。そろそろやっておくよ」
「別に式神:星に突っ込んで死に体になっても構わねぇがな」
「いざとなったらやってもらうけど、それは今じゃないね。アンチテーゼ」


 最低でも五分間は回復スキルの効果が反転してしまう諸刃の剣であるスキルだが、この星降らしフェーズであればそのデメリット時間も計算しやすい。赤い気で自分ごとPTメンバーを包むと、じんわり日焼けでもしているような感覚と共にHPが削られていく。

 そうして進化ジョブの条件を満たすための条件を整えたところで、四季将軍:天が月に矢を放ち式神:星を降らせ始める。

 それからエレメンタルフォース状態となったリーレイアは落ちてくる式神:星を次々と撃破し、努はアンチテーゼでHPを削ったガルムとダリルを回復しながら進化ジョブを回して彼女に精神力を供給する。

 その後四季将軍:天から最上の洗礼を放たれたリーレイアは、エレメンタルブーストの無敵時間を利用しそれを躱した。

 続いてスキル無効化の効力を持つ退魔の矢も放たれたが、先ほどの強烈無比な一射に比べれば迫力に欠ける。彼女はそれを軽やかに細剣で打ち払ってみせた。

 無限の輪ではコリナが生粋の武を持つが、そんな彼女と最前線で切磋琢磨しウルフォディア戦にも選抜されていたリーレイアも肩を並べられるくらいの実力がある。

 その二射を凌いだ彼女を前に四季将軍:天は愉快気に膝を手で打ち、彩烈穫式天穹を背に仕舞い赤兎馬のたてがみを撫でた。それに赤兎馬もふてぶてしくいなないた後、主を乗せて滑空し地に足をつけた。


「コンバットクライ、タウントスイング」
「コンバットクライ」
「パワースラッシュ!」


 四季将軍:天の前にガルムが躍り出てランス型の闘気を放ちヘイトを取る。その後ろを付いていったダリルも傍に控える形で前線に立ち、最後にアーミラが開戦の狼煙を上げた。

 その間に努が頭上の精霊輪を掴もうとしたところで、彼女の方からエレメンタルフォースが解除された。そして赤兎馬のヘイトを取って離れていくリーレイアに努は目をぱちくりさせた後、隣に現れたフェンリルの前足を撫でる。


「お陰様で随分と理性的になったみたいだよ」
『…………』


 そう努がリーレイアを評価するとフェンリルはどうだかと鼻を鳴らす。そして騎乗用具を付けている間も急かすように首をぶるぶると振り、準備が整うや否や努を背に乗せてフライを使用し飛び上がる。

 浮島階層では無様な犬かきを見せたが、今となってはフライの空中制御にも慣れたフェンリルは滑るように空を上がっていく。


「今日も冴えてるね。フライ、ヒール、プロテク、ヘイスト」


 地上で四季将軍:天を相手取っているガルムは通常攻撃を鎧と盾で受けつつ、スキル動作に入った時はパリィを決めて痛快な音を響かせる。それにより四季将軍:天の態勢が少し崩れたところにアーミラが飛び込み削っていき、ダリルは上腕の薙刀を防ぎ二人を守っている。

 遠目に見えるリーレイアは赤兎馬の対処には手馴れたものだが、春将軍の特性で初見殺しされることもあり得る。そのため努は自身の稼ぐヘイトを節約するため、進化ジョブによる火力支援を行わずに立ち回っていた。


「あぁ、そういえばバテるんでしたね。楽なものです」


 ただシルフとウンディーネと契約しているリーレイアはその風と粘体を操ることで爆発を防ぎ、桜嵐はスキルで相殺することでさして痛手を負うこともなかった。それに普段と違い冬を継承していないため、爆発を引き起こし続けると赤兎馬の動きが少し鈍くなる。

 何ならハンナと同じように削ることも視野に入っていたが、リーレイアはあくまで努の指示に従い四季将軍:天が削られていくのを待ってセーフティに立ち回った。


(それでいい。それでいいんだ……)


 期待値通りの活躍に留まってくれているリーレイアに、努は内心でそれがどれだけ助かるを噛み締めていた。確かにハンナやアーミラのように期待値を越えた爆発力が必要な時もあるが、同時に期待値を下回らない者もPTには必要である。

 ガルムとダリルの前張りも努の支援回復が合わさって順調な滑り出しだ。普段と違いメインタンク二人の編成なので、回復される側もヒーラーの理解度が高い。そんな前線にはヒールも回し甲斐があるというもの。

 そんなタンクとヒーラーが前線を維持して生み出した過剰な余裕を受け渡す時が来た。


「アーミラ、いつでも切っていいよ」
「神龍化ぁ!!」


 リーレイアが事故らないなら殺し切り以外で神龍化を打たせることも可能と判断し、努はアーミラに許可を出した。すると彼女はすぐさま神龍化を切ってその両腕を龍の手に、マジックバッグから巨大剣を引き出す。

 努が指示を出した直後と、彼女が四季将軍:天のスキル動作を見たタイミングは奇しくも重なった。そして繰り出された刹那零閃をガルムが完璧にパリィした際に生まれた隙を突き、アーミラがその上腕を斬り飛ばした。


「いいね」


 四季将軍:天も狙われたのが上腕であれば背の弓を抜く判断が縛られていた。もし狙いが中央腕であればHPの50%以上が削られると見なされ、彩烈穫式天穹は抜かれていただろう。


「っしー。守れてめぇら!」
「あぁ」
「わかってますよっ」


 手馴れた神龍化ではあったのでアーミラの反動も多少は抑えられたが、前線を張れるほどではない。そんな彼女の声にガルムは冷静に答え、四季将軍:天の上腕を飛ばしてみせた彼女の仕事ぶりに浮かされたダリルも張り切って前に出る。


「リーレイア! 見送っていい! ガルム! ダリル! 合流した後は警戒!」


 努の声が戦場の中を飛んだ。上腕を飛ばされた主の下に赤兎馬が合流しようとしている。その背は隙だらけであり攻撃のチャンスでもあるが、追い込みすぎて死に物狂いの自爆をされてしまえば式神:流星が降ってくる。

 リーレイアは追撃しようとした手を止め、赤兎馬にウンディーネを絡みつかせての走行妨害に留めた。その間に四季将軍:天は自分の上腕を落としてみせたアーミラに狙いをつけ、ガルムたちが死に物狂いで守る。

 中央腕からの振り下ろしをダリルが全力で受け止めるが、その隙に腹へ叩き込まれた殴打で彼の口端から血が漏れ出る。

 ガルムもパリィを捨て身体を張りアーミラを守っている。だがそれも限界に近づき彼の腕を冬刀が通り抜けた。


「ヒール、ハイヒール」


 完全に切断されたその腕が吹き飛ぶ間もなく努の撃つヒールが着弾し、その傷を何とか繋ぐ。そして後追いのヒールによってそれは完全に復元された。


(これなんだよねぇ、ヒーラーの醍醐味!!)


 フェンリルの周りから緑の気が次々と放たれ、タンク陣の死を翻していく。ここを耐えられるかが勝負の分かれ目。青ポーションを戸惑いなく飲んで精神力を回復してスキルを回す努の顔が思わずにやける。

 そしてアーミラの稼いだヘイトをガルムが遂に上回り、戦況の安定化に成功した。息つく暇もなかったヒーラーの仕事が一段落ついたところで、努は空に留まっているアーミラに近づいた。


「少し地上で休んでていいよ。ここからはじっくり削っていくから」
「……随分と楽しそうな顔しやがるなァ」
「神龍化切らせても普通に立て直せる僕が上手すぎてごめんって感じ」
「やかましいわ」
「アーミラもバッチリだったね。狙いがいい」


 神龍化の反動で気怠げな顔をしていたアーミラであったが、そんな努を前に思わず笑みを零した。そして同じく一仕事終えた彼女を努も称えて地上に送り出した後、更なる戦況の安定化を求めて前線に戻った。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/06/25(水) 3:43 PM

    今回の2連ヒールショットによる切断即接合ってどれぐらい凄いことなのかいまいち分からない
    ステファニーは勿論ヒーラー上位勢なら普通にできることなのかな

  • 匿名 より: 2025/06/25(水) 4:48 PM

    努がゼノ入れた構想練ってるからムー封印フラグは立ってる
    押し付けられるであろうハンナ使った方がDPS期待できるのと
    手が足りずにアタッカーまでしてられないってのがデカいが…

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