第733話 指かにかに
それからギルドで昼食を食べながら帰省話を聞き終わった後、エイミーとハンナの二人は時折神台を見てそわそわしていた。そしてクランハウスに帰ろうとする努を前にエイミーは思わず尋ねる。
「ねー、潜んなくていいの?」
「無限の輪は明日まで休みって話なんだし、ここで僕たちが本腰入れて潜ったら不味いでしょ」
「でもツトムたちは潜って式神:月まで行ったんでしょ……」
「臨時PTで昨日二回潜っただけだし、そこでたまたま噛み合っただけだよ」
そんな努の謙遜にハンナがぶーたれた顔で机にほっぺたをつけている。
「でもなーんかあれっすよねー。嫌な感じっすよねぇー」
「ねぇー? 私たちよりリーレイアとダリルがいいって言ってるようなもんだしねぇー?」
「まぁ、見るからに安定はしそうなPTメンバーでしょ。ダリルとリーレイアはユニークスキル持ちのアーミラを一つまみするのに打ってつけすぎる」
「アーミラ、支えちゃいました」
「うざ。……うざぁ!」
澄ましたどや顔でこれ見よがしに指をかにかにしているリーレイアを前に、エイミーはイカ耳になって視線を尖らせた。そして努にその視線を滑らせる。
「リーちゃんまだ調子に乗ってるんじゃないですか! ツトムの叱りが足りてないんじゃないですかっ!」
「そう言われましても」
「すみません。臨時PTなのに思わずアルドレットクロウの一軍と並ぶ結果となってしまいまして。これもひとえにツトムが優秀なおかげといいますか」
「それならわたしもアーミラと龍化結び解禁するからねっ」
「ご自由にどうぞ」
「ダリル……ダリルはどこっすか……。これやられたら流石のあたしでもキレるっすよ……」
緑蛇と白猫がキャットファイトしている横では、僕の方がタンク上手いぴーすぴーすされているところを勝手に被害妄想しているハンナが指の関節を鳴らしている。
「ダリルはフルアーマーロストしたから今もドーレン工房で下働きしてるよ」
「え。……ロストはよっぽどじゃなきゃ責任問われないんじゃないっすか?」
「そうなんだけど、責任は取りたいって言って聞かないからね。形式的にやらせてるだけだよ」
「っすよねー」
その言葉で露骨にホッとした様子を見せたハンナに、努は小首を傾げて尋ねる。
「でもハンナって意外とロスト率低いよね? 死んでるけど装備は最低限守ってるパターンが多いというか」
「まーそこはアルドレットクロウで死ぬほど叩き込まれたっすからね。アタッカーしてた時は命よりも装備優先っすから」
「なるほどね。今となっては経費で落ちそうだけど、立ち上げ初期は大変だったってルークも言ってたよ」
「っすねー。ポーションとかも余程じゃないと飲んじゃいけなかったし、飲むにしてもちまちま飲んでたっす。今となっては青ポーションの方が貴重なの、まだ違和感があるっすよ。そもそも最近は緑ポーションあんまり飲まないっすけど」
「最近じゃポーションはあくまで白魔導士がいない時の緊急用って位置付けだしね。シェルクラブとかもはや黒歴史だろ」
「なついっすねー。今じゃ高級食材扱いっすけど」
重機代わりに働かせてよし、寿命が尽きれば食べてよしであるシェルクラブは未だに根強い人気があり、今もその魔石は高止まりしており初級の探索者たちの貴重な収入源として機能している。
そんな昔話に花を咲かせていると猫耳を立てたエイミーがにゅっと乱入してきた。
「ツトムはあの時から珍しく怪我は治せ派閥だったよねー。わたしもシェルクラブと戦ってた時、大丈夫って言ったのに緑ポーション渡されたし」
「僕がエイミーに色目使ってポーション渡してると勘違いされてたやつね」
「……そういうことはよく覚えてるもんだね」
「そういう男ですから」
澄ました顔でリーレイアが補足すると、エイミーはがばっと顔を上げて金色の目を輝かせた。
「じゃあわたしが釈放されて落ち込んでたところをよしよししたのも覚えてるよね!? ねっ!?」
「記憶にございませーん」
「……師匠。クランメンバーに手、出してないっすか?」
「手は出してないし、その時にはまだ無限の輪もなかったよ」
「いい加減本命を決めたらどうっすか。もういい歳なんだし」
「そうだね。ハンナも婚期逃さないようにね」
その返す刀で斬られたハンナは一瞬顔を顰めた後、ジトッとした目で努を見つめ返した。
「……そういえば帰省した時、ツトムに借金あるの村の中でいつの間にか知れ渡ってたっすけど? そのせいで村の男たちから全然声がかからなくなってたっすけど?」
「いや、知らんけど。……オーリさんにお歳暮とかは送らせてるけど、あの人がそれ経由でハンナの評判落とさせるとも思えないしな。自分で口滑らせたりしてない?」
「…………」
「心当たりがありそうだね。それにハンナの村って迷宮都市に上京してきてる人も多いでしょ? ならハンナの巨額詐欺事件について知れ渡っててもおかしくなさそうだけど」
「で、でも、それは師匠も許してくれたじゃないっすか」
そう言いながらもちゃぶ台を引っくり返されないか冷や冷やした様子で努をチラ見しているハンナを前に、エイミーは呆れたようにため息をつく。
「当人同士では解決してるんだろうけど、それを周りがどう思うかは別でしょ。それに大魔石使いまくってまたツトムにお金は借りてる状態でしょ? そりゃあ、そんな金銭感覚の人に言い寄る男性は少なくなるよ」
「……ってことはー? 師匠がー? 責任をー?」
「取るわけがなーい。でも探索者婚期逃す問題はこれから勃発しそうだね。少なくとも金銭面で結婚する理由がなくなったわけだし、自分より甲斐性ある男性とか早々見つからなくない?」
「だからこそ探索者同士で結婚するんじゃなーい?」
なのでクラン内恋愛もありにしようと言う気満々であるエイミーに、努はとんでもないと首を振った。
「役割被ってるのは微妙そうだけどね。アタッカーとアタッカーでPT組みたくないよ」
「パートナーすらPTの括りで考えるのもどうかと思いますが」
「せーきーにん! せーきーにん!」
プラカードみたいに青翼を掲げながら抗議するハンナを横目に、努たちは食器を片して帰る準備を始める。そしていよいよ帰る間際に彼女は抗議を止めて即行で食器を片してばびゅんと追いついた。
それから翌日も無限の輪は180階層には潜らず、ゼノとコリナが帰ってくるまではのんびりとした時間を過ごした。
「えぇ……? 普通に回らないんですけど……」
そして自分のやらかしで後回しになり最終日の晩飯当番だった努は、食品の新鮮さにうるさいエイミーと作り置きのカレーを派手にこぼしたハンナが増えたことで単純に準備の量が増えた。
「手伝うっすよ!」
「黙って席についてろ。これ以上被害が出たらマジで詰むから」
「あたしがやらかしたんだからあたしが償うっす! これでも村の花嫁修業抜けてきたっすから!」
「エイミー、つまみだせ」
「ほら、いくよ間抜けー」
「足手纏いだなんで酷いっすーーーー」
汚名挽回してやるぜと肩をこれでもかと回していたハンナはエイミーに連れ出され、努は単身で気合いを入れてキッチンに臨んだ。
それからドーレン工房で過酷な肉体労働をしてきたダリルとアーミラは馬鹿みたいな量を食い、リーレイアから努のやらかしを口添えされたエイミーは姑の如くソースの散らばりを指摘して楽しんでいる。
それに努はひぃひぃ言いながら戦場のようだったキッチン作業を乗り越えた。オーリの作り置きとリーレイアのヘルプがなければ即死だった。
ここから急カーブしてハーレム物に!(ならない)