第745話 180階層戦:神台市場 2
設定を弄っていた努の手から離れた神の眼は、土煙の中からでも正確無比な射撃を行った四季将軍:天にフォーカスした。そして氷魔石を織り交ぜたカウントフルバスターによる致命の凍傷を、薙刀を振り緑の気を内側から発生させて癒す姿を神台に映す。
「あの薙刀ずりぃよなー。一人でスマイリーするなっての」
「まぁ、実質秋将軍:穫がいるみたいなもんだから」
「一撃必殺は何が何でもさせない意思を感じるよな。デカめの攻撃すると大体あれでチャラ。アーミラとハンナがぶっ放しても無理だったし。ホムラディニエルでも無理だろありゃ」
秋将軍:穫から引き継いだ薙刀による回復は制限があるとはいえ、モンスターが回復するという行為が弱いわけがない。それは160階層で出現した回復スキル持ちのスマイリーというモンスターが証明済みである。
「ツトムPT、いい感じじゃね!?」
「押せ押せーーー!! ハンナいけーーー」
「エ・イ・ミー!! エ・イ・ミー!!」
進化ジョブを制限する立ち回りに切り替えてからようやく二度目の式神:月フェーズということもあり、観衆は一番台に期待を寄せている。それに今回はエイミーがメインアタッカーとして四季将軍:天と対面していることもあり、応援団にも気合いが入っていた。
「ま、ツトムPTの方針と状況から見たら最悪の部類なんだけどね」
「進化ジョブ制限して中盤で苦戦する代わりに、式神:月フェーズで楽をするってプランだからなー。なのにエイミーだけしか残せてないし、それならアルドレットクロウの下位互換でしかない」
「……フォルカス、暗視装備もう出来てたりとかしないの?」
PT方針が崩壊している以上、何か他の手がなければこのまま火力で押し切れず暗闇に呑まれるのみだ。その闇を打開する手立てがなければ希望すらなくなる。
「ユニスが研究に途中参加してからはペースも上がったとは聞いてるが、それでもまだ試作品段階だ。最悪なりふり構わず出すかもしれねぇけど……ツトムはやらない気がするなぁ。情報を秘匿している方が勝率は高い」
「それでもユニスがツトムのためを思って実は徹夜で完成させてましたとかあるかもよ」
「んぅ~~~~ユニスパワーーーーー!!!」
「愛で暗視装備が生えてくるかっての」
「出来るのは子供や」
「くたばれ」
「じゃあ無理だな。エイミーじゃ役不足だよ」
「だよね~~~」
ゼノ工房で研究開発されている暗視装備もないとのことで、迷宮マニアの面々は勝機が薄いであろうことを察した。そんな中、女性の迷宮マニアが異議を唱えた。
「自分じゃ勝機が薄いなんてこと、あんたらに言われなくてもエイミー自身が一番理解してるでしょ。でも、エイミーはそれでも諦めずに全力を尽くしてる」
彼女の言葉を追従するように一番台にはエイミーがフォーカスされた。彼女が放った龍化結びによるブレスはすぐに対応されて四季将軍:天に届かず、麻痺も一秒と経たない内に回復された。
式神:月に対して進化ジョブを一つしか隠せていなかったことから、メタ読みの処理速度が速い。その対応速度を前にエイミーはくしゃりと表情を歪ませた。
『ポイズンパラダイス』
だがそれでも全てをメタ読みされているわけではない。自分の持つ全てのスキルを持って四季将軍:天を削る。スキルも全て対応されたのなら迷宮都市で培った双剣士として、それも対応されれば帝都で磨き上げた立ち回りを、それも対応されたのなら今までのものを複合してぶつける。
そんな彼女が全てを出し切れるよう、ガルムはフェイントを織り交ぜてくる四季将軍:天に致命傷だけは避けて傷だらけになりながらも喰らいつく。自分がヘイトを外したせいで全力を出し切れなかった、などという彼女の言い訳を聞かされたくはない。
その背後から努も式神:月を前に見せてはいなかった遠距離スキルを用いて、二人を後方から援護する。確かに想定よりも状況は悪いが、式神:月フェーズではエイミーを主軸に火力を出す方針自体は変わらない。彼女が100%を出し切れるように努は様々な支援を惜しまず場を整える。
そんな三人に追従してその後を控えているアーミラとハンナも出来る限りの火力を出し、エースアタッカーに添えられているエイミーを援護する。
『っ……!』
だが彼女のスキルは次々と対応されていき、その立ち回りを式神:月は看破する。そこからエイミーの双剣は薙刀や大弓の周りに浮かぶ式符によってほとんどを防がれ、DPSが急激に落ち始めた。
エルフの中でも生粋の才を持ち数十年の修練を積んだディニエルなら。ギルド長の娘であり様々なユニークスキルを持つ神竜人のアーミラなら。騎士の家系に生まれ幼少期から剣を学び、遠近こなせる精霊術士のリーレイアなら。
何なら魔流の拳の継承者であるハンナや、祈禱師であるにもかかわらず圧倒的な武の才に目覚めていたコリナでも、この絶望的な状況を覆せたかもしれない。
だが、自分には何もない。
エイミーは商家の次女として生まれ、歳が離れた四人目の末っ子ということもあってか兄妹からも猫可愛がりされて育った。代々エルフとの商談をしてきた家柄ということもあり幼少期からディニエルと会ってはいたものの、お遊びで狩りに付いていっていたくらいだ。
それに花嫁修業をサボって外に出かけるわんぱくささも相まって箱入り娘にはならなかったことと、神のダンジョンが発見された当初から迷宮都市に身を置いていたこと。そのアドバンテージもあってアタッカーとしては優秀な部類だったが、当時は大きな壁であったシェルクラブで限界が来た。
アタッカーとしてはここが限界点。クランを巡るトラブルもありエイミーはそこで自分に見切りをつけた。なのでこれからはアイドル活動をしながらギルド職員として探索者たちをサポートし、二十歳になったら親に勧められた伴侶にでも連れ添って迷宮都市を出るのだろうと思っていた。
ただひょんなことから金の宝箱を引き当てた幸運者と臨時PTを組むことになり、色々トラブルはありながらなんとシェルクラブを突破することが出来た。それで息つく間もなく火竜を倒すと息巻いた彼には度肝を抜かれたものの、心の中では久しく忘れていた高揚が芽生えていた。
だがそれも自分のやらかしでおじゃんとなり、代わりにギルド長のカミーユがアタッカーとしてPTに入って火竜討伐を成し遂げた。ただ仮に自分がアタッカーだったなら無理だっただろうという思いもあり、これで良かったんだと言い聞かせて身を引いた。
――それでも。
それでも彼だけはエイミーでも火竜を倒せるんだと言って諦めずに手を取ってくれた。
そして実際に初期の三人PTで本当に火竜を討伐し、60階層を突破してみせた。そんな彼の信頼とそれに伴う結果があるからこそ、エイミーは今もここに立っている。
自分では式神:月を宿した四季将軍:天に通用しない。そんなことは自分が一番よくわかってる。迷宮マニアの評価を見ずともわかってる。無限の輪の中では冴えないアタッカーであることなんて、嫌というほどわかってる。
『メディック、ヘイスト』
だけどツトムはまだわたしを諦めていない。九十階層で選ばれずに悔しい思いをした時も、双剣士の新たな立ち回りを一緒になって模索してくれた。
だからわたしは諦めない。どんな無様を晒したって、どんなに傷付いたって! わたしが諦めるわけにはいかないんだ!!
『うぐぐぐぅぅぅ……!!』
四季将軍:天の薙刀が頭に掠り、白い猫耳が削がれて鮮血が散る。彩烈穫式天穹の余波を受けたその身は焼き焦げ、呼吸は乱れ視界が滲む。
それに構わずエイミーは双剣を振っていたが、その頭上から薙刀が煌めく。先ほどと奇しくも同じく、彼女の瞳に死が映る。そしてそれは誰に邪魔されることもなく振り下ろされた。
神台市場から悲鳴にも似た声が漏れ、思わず視線を逸らした者もいる。だがエイミーのこれまでを語っていた迷宮マニアは一番台を真っすぐ見据えていた。
「それでも私は信じてる。少なくともツトムと同じくらいには」
その死を間近にしてガルムと同じく限界の境地に足を踏み入れたエイミーの世界が、彩りを増して全ての音を遠ざける。その避け切れない薙刀に対してエイミーは前に踏み込み蛇のように絡みつき、そのままするりと這い寄り四季将軍:天の手の甲を双剣でズタズタに引き裂いた。
突如として変化した彼女の動きに、遥か頭上に佇む式神:月はその瞳を僅かに見開いてそれを観察する。それに呼応し神台市場から爆発的な歓声が上がる。
「腐して観戦するなんて小賢しいだけ。それなら馬鹿みたいに騒いでる方がよっぽどマシ」
「……はっ」
そんな女性迷宮マニアの言葉に対し、男は冷笑して鼻を鳴らす。ただその頬には一筋の涙が伝っていた。
「背景知識を語り出すのはズルじゃん……!!」
「古参殺しは止めてほしいんだよね。エイミーには活躍してほしいよそりゃ」
「エ゛イ゛ミ゛ーがんばっでるな゛ぁ゛っ……!!」
「何ならエイミーの想ってないことまで代弁してるだろそれ」
女性迷宮マニアの前語りと最後の最後まで諦めないエイミーの姿を一番台で見聞きしていた者たちは、おもくそ号泣していた。そんな迷宮マニアたちは鼻をずびずび鳴らしながらエイミーを応援し続けた。
「いけるぞーーー!!」
「頑張れエイミーーーー!!」
「エ・イ・ミー!! エ・イ・ミー!!」
その熱は迷宮マニアを通じて観衆たちにも伝播し、エイミーを応援する声はどんどんと増していく。歓声と熱が人を釘付けにし、人が人を呼ぶ。一番台の視聴者は更に膨れ上がり、警備団たちは応援要請を行い気を引き締めた。
その盛り上がりが続き歓声と熱狂が最高潮に到達した刹那、それに冷や水を浴びせたのは階層主でなくPTメンバーからの声だった。
『エイミー、神の眼頼む』
「だけど、それで突破できるなら苦労はしてないよな」
赤くなった目元のままフォルカスもエイミーの勇姿を見届けていたが、努の静かな宣告で現実に引き戻される。式神:月が出現してから三十分きっかりでエイミーを見限った努は、そう指示を出して支援対象をハンナに切り替える。
「なーーにが理想のヒーラーじゃ! あんなに頑張ったエイミーに対して労いの一言もないんですか!! タンクびいきですか!!」
「一生犬人と乳繰り合ってろよばーーーか!!」
「ふざけんじゃねぇぞツトムこらあぁぁぁぁ!! よくもエイミーにあんな顔させたなぁぁぁぁ!?」
「お前ら、乗せられすぎな。ツトムPTの作戦通りですから。既定路線ですから」
「でもエイミー理論値ぜんぜん超えてただろ!! 少しは労わりが必要だろうが!! 見ろ!! あのエイミーの悔しそうなお顔!! 少しは報われてもいいだろうがよ!!」
「迷宮マニアー。戻ってこーい」
先ほどの語り口で完全に乗せられていた迷宮マニアの一部は、努からの指示を聞いて猫耳をへにゃらせたエイミーを前に今度は悔し泣きで抗議をしていた。その怒りが観衆にも伝染し熱狂が怒号に変わる様を見てフォルカスは遠い目をしながらも、一番台に視線を戻す。
「おっ。やっぱりエイミーは神の眼をわかってるな。ツトムとは違くて見やすい」
「ハンナの見どころが遠目からじゃアレだったしな」
「さて、ここから削り切れるか」
神の眼に理解のあるエイミーは設定を弄っている間もアングル調整に淀みはなく、観衆たちもさして違和感なく視聴を続けていた。
「エイミーも凄かったけど、ガルムも普通に凄いよね。メタられた上でパリィできるのズルじゃね?」
「ウルフォディアも慣れれば大体パリィしてたからな」
「ツトムの支援回復も絶妙っぽい。流石にガルムだけじゃ捌き切れてない」
「あそこに初期メンのエイミーも入れてあげるのが人情ってものではないんですか?」
「ツトムめっちゃ評判落としてそうで笑うしかないんだよね」
「あいつに語らせたらツトムでもお涙頂戴で挽回できるでしょ」
先ほどエイミーについて語っていた女性迷宮マニアについて言及しつつ、ハンナがコンボを溜め終わるまで阿吽の呼吸で四季将軍:天を相手にしているガルムたちを彼らは夢中で見つめた。
「お、アーミラここで切らないのか?」
「ハンナに無茶させる方向なんじゃね? その後の駄目押しで使う心積もりか」
「……コリナに殺されるんじゃね?」
「今度はツトムが模擬戦するってわけ。それでツトムのヘイトも解消って算段よ」
「悪魔の脚本だぁ……」
そう話している内にハンナのカウントフルバスターが決まり、吹き飛ばされた先にいたアーミラの一撃で四季将軍:天の和鎧が砕け散った。倒したのではと観衆のどよめきが走るが、どれだけ追い詰めても薙刀の一振りで殺し切れない場面を迷宮マニアは腐るほど見てきている。
「……あ? なんだ?」
「式神:月、なんか全部見えてない?」
神の眼は観衆を配慮して常に一定の明るさを保っているため、設定を弄られない限り探索者視点でそれを見ることは叶わない。ただそれでも式神:月を覆う暗雲が晴れ、四季将軍:天も動揺している様を見てその異常を察知した。
既に式神:月が出現してから四十分が経過しようとしている。普段であればそこから探索者たちの視界不良が明確に現れ始め、観衆からすれば傍からスイカ割りでも見ているような歯痒さを覚える時間帯になる。
「えぇ……? なんか普通に動けてない?」
「何が起きた? ……何が、起きた?」
「……もしかしなくてもエイミーじゃね? 神の眼弄って、暗雲晴らしたんじゃね?」
「うそーん?」
だが努たち全員の動きは明瞭であり、ハンナは四季将軍:天の攻撃をちゃんと避けている。そこから努、ガルム、エイミーを主軸としてトライアングルで四季将軍:天を削っていく様。観衆たちもそれには息を呑んだ。
「え? これいける? いけるよな?」
「え゛い゛み゛―――――」
「ツトムのヘイトがなくなっていく……」
普段であれば明確に落ちていくはずの流れが、ツトムPTに限ってはむしろ上がっていく。そのことに観衆は今日一の盛り上がりを見せ、どよめきが渦巻いた。思わず立ち上がる者、拳を突きあげる者、涙を流しながら叫ぶ者。
その声と動きが一つの心臓の如く鼓動して共鳴し、広大な神台市場を揺らした。
「うわあぁぁぁ!! 漏れてる!! 光の粒子漏れてるぅ!!!」
「いっけぇぇぇぇ!!!」
「突破しちまえよぉぉぉぉ!!」
そしてエイミーの乱舞を受けて遂に光の粒子を零した四季将軍:天を前に、観衆たちは思わず立ち上がる。そこにハンナの蹴りが突き刺さり勝ちを確信する。
『まだ!!』
そこに冷や水をかけたのもまたツトムだった。歓声が凍り付き、観衆たちは無意識にその意図を探ることに集中した。
そんな彼の言葉の意図を正しく汲み取っていたアーミラが、頭上に大弓を構えていた四季将軍:天の上に回り込みその両手に神龍を宿らせる。
そこから放たれた光で一番台は一瞬真っ白になった後、神の眼が引いて紅矢とブレスの一騎打ちを映し出す。
そしてそのブレスに飲み込まれた四季将軍:天が消滅し、一番台に黒門が映り込む。それを目にした瞬間、神台市場が爆ぜた。
「うおおおおおおおおお!!!」
「やったぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ツトムPT、突破ぁぁぁぁぁ!!!」
幾多もの歓声が重なり合い、地鳴りのような音が響き渡る。興奮と涙と拍手が渦を巻き、神台市場全体が揺れ動いていた。
エイミーの(迷宮マニアによる)回想シーン、ところどころ間違ってるからな
カミーユinでの火竜戦、エイミーさん個室か何かで見てたはずだけど
カミーユに心の中でタゲ散っちゃうとか努が支援しにくいでしょうが!みたいなダメ出ししてたし
自分でもいける!でもこのまま初突破はカミーユに取られちゃうんだろうなガックシ
みたいな心情描写あるし
後どう考えても努サン的な考えにおける最良アタッカーはエイミーなんだよなぁ
上にも下にもぶれない存在の何と貴重な事か…
つかアタッカー枠どっちかっつーとnuker寄りの奴ばっかで
普通に考えるとほんとタンクヒーラー泣かせな面子だよね、無限の輪って…
一番ヤバいのが(一応)タンク枠のハンナってのも笑えるがw