第758話 専用刻印
「久々にのびのび」
ゼノPTが180階層を突破するまでは休暇となったディニエルは、家猫のようにふてぶてしくソファーに寝転がる。そのまま肘掛けに頭を置いてもぞもぞ位置を調整しつつ、お菓子をつまんで惰眠を貪っていた。
そんな彼女を一瞥したリーレイアは、床に広げたマジックバッグに装備やポーションを一つ一つ丁寧に入れている。
「さっさと突破してのびのび出来なくしてやりますよ」
「怖いね」
「一つ貰っていいですかぁ?」
「どうぞ」
「どうもです!」
様々な焼き菓子が乗った皿を指で押しやったディニエルに、コリナは礼を言って全ての種類を一つずつ貰い受けた。
「あ、これ専用刻印あるじゃん」
「へ?」
そんなディニエルのお菓子をエイミーも掠め取っているのを横目に、機械階層の探索準備をしていた努はステータスカードを参照しながら冬将軍:式の持っていた双剣を調べていた。そしてその中に見慣れない刻印があったことに気付いた。
「冬将軍:式……PTに武器防具合わせて二つまで、うわ8スロも取るじゃん。見合うのかなこれ」
「そんなのあるならやってよぉー。今のままじゃちょっと強い双剣止まりだよぉー。これなら帝階層の双剣の方が使いやすいしぃー」
そんな隠し要素の発見に即懇願するエイミーに肩を揺らされながら努は思考を続ける。実際のところ刀にも近いそれは帝階層で初めて出現し大多数の双剣士が不慣れであり、エイミーのDPSだけで見れば以前の装備の方が出ていた。
「いや刻印士70レベあるならギリギリ届くけどさぁ……。成立するまでに刻印油相当溶けるぞこれ。しかもこの感じ、ハンナの装備にも専用刻印あるでしょ」
「いいじゃんいいじゃーん」
「楽しみっすねー? っすねー?」
「180階層で大分資金溶かしたし、ここで貯金しておきたかったんだけどなぁ」
「勿論、その分働きますとも」
既に一番台を数週間は占有していたエイミーはスポンサー企業からの案件を複数こなしており、資金調達には自信を持っていた。その隣にいる春将軍:彩の装備を着ているハンナは途端に縮こまって動かなくなった。
「まぁ、ユニスとの賭けもあったし丁度いいかもね。でも少なくとも一週間はかかりそう」
「えぇー? 遅くなーい?」
「まだ一点物でミスが許されない双剣に刻印施すだけでも、職人からすれば相当なプレッシャーだよ。それに八刻印一気にやるのはコストも馬鹿にならないし、あくまで最短ってだけだよ」
「しかも納品されるまでは帝階層の長めな双剣で練習でしょ? つらぁい……」
例えば計8スロットの刻印を施すにしても、2+2+2+2で施すのなら確率こそ渋いが四個目で失敗した時の損失は2である。だがそれを一気にとなれば8刻印分の刻印油が消失し、成功確率もレベル70台では低い部類なので下手をすれば破産一直線である。
180階層の宝箱からドロップした武器防具に存在した専用刻印。それを知ったクランメンバーたちはやいのやいの言い始めた。
「各将軍の武器が出るのであれば、夏将軍:烈の槍が強すぎませんか? VIT無視でしょうしあれなら機械階層も難なく攻略できそうですが」
「あの弓欲しいと思ってた」
「秋将軍の薙刀もヒーラー用だろうし一本は確保したいね。コリナも薙刀なら振れそう」
「祈祷師だと武器補正乗らないのでどうなんですかねぇ……?」
「夏将軍の鎧は頑丈であったし、あれがタンク向きか?」
「何なら四季将軍:天の鎧とかも出るんですかね?」
「でも、また180階層潜らなきゃいけないのかぁ」
そんな努の言葉にクランメンバーたちは一様に肩を落とした。その中でもエイミーはその双剣を持ちながらぼやく。
「もうしばらくは御免だね……」
「おい。てめーはその装備貰ってるからいいんだろうけどよ、俺も武器欲しいんだが?」
「でもPTに二つまでだってさ?」
「専用の刻印を施せるのが二つまでであって、装備自体の制限はないね。特に防具は普通の刻印でも事足りそうだし」
「どーせ大剣ないんだからいいじゃん」
どの将軍も大剣は用いていなかったことを口にしたエイミーに、アーミラはけったいに鼻を鳴らす。
「わかんねぇだろ? 大剣士の俺が宝箱開けたらなんかしらの大剣出るかもしんねぇし」
「絶対にないとも言えないのが難しいところだね。とはいえアルドレットクロウもその辺り検証はする……けど刻印士レベル70はまだいないのか。じゃあまだ僕らしか無理だ」
「それじゃあ私も居合斬りでズタボロにしちゃおっかなー?」
「全部パリィされるぞ」
これ見よがしに納刀している双剣をシャッシャと振りながらガルムに視線をくれたエイミーに、努はそう突っ込んでステータスカードをしまう。
「一日一回潜っておくのがいいかもね。仮に専用刻印使わなくても性能はピカイチだろうし、まだ何が強いのかは未知数だ」
「そうかもしれんな」
「よかったね、反省会しといて」
「しかもよぉ、四季将軍はあっちの形態じゃなくて馬の方もあるじゃんか? あっちで倒したらドロップ品変わるとか普通にありそーだよな」
「階層主戦はしばらく嫌っす……のんびり探索してお金貯めたいっす……」
努PTはそうこう話しつつも探索準備を終え、早速ギルドに向かい180階層戦に再挑戦してみた。
鼻歌でも歌う気分で各将軍の武器引継ぎを終わらせ、式神:星を凌いで四季将軍:天と対面する。
「久々に雷魔石使ったっす」
「ついでに機械階層の練習にもなるね」
基本的に雷属性が効果的である機械階層の練習も兼ねて、ハンナは雷魔石で魔流の拳を運用していた。
そして四季将軍:天と赤兎馬を徐々に削っていき式神:月が現れたところで、エイミーが神の眼をハンドカメラにしながら設定欄を弄る。それから十分が経過した後、エイミーは努の下に戻ってきた。
「えーツトム君。残念なお知らせです」
「なんでしょう」
「神の眼の設定欄、何度も見直しましたが変化がありません」
「…………」
それから努たちPTは暗雲対策が出来ず嘘のように全滅した。
これは暗黒対策装備が開発されるまでは天兎馬コースやってろってことかな
かつ専用刻印装備の完成を目指せっていう神威の意思っぽい
ディニエルを入れてギミック解除なしでのクリアを目指すのもありだけど
そういやステファニー達は何を手に入れたんだろう