第765話 大人の時間だぜ
専用刻印を施した装備の運用を開始してから、早いもので数週間が経過した。その間に努がさも苦労しましたよといった様子を演出して納品した専用刻印の入った装備群は、それぞれのPTで特色を発揮していた。
ダリルが着込む氷鎧には専用刻印である氷葬が宿っている。その専用刻印があることで敵の攻撃をガードするたびに鎧から瞬間的な冷気を発することができるようになり、相手に氷結というデバフを付与する。
それは五回まで重ね掛けも可能であり、それに応じて相手のAGI減少や精神力の自動回復を阻害する効果を持っていた。これによりダリルはモンスターの攻撃を防御し耐久すればするほど、重ね掛けのデバフを振り撒ける氷要塞に化けた。
それに蒸気で駆動するタイプのモンスター相手には過度な冷却によるサーマルショックを引き起こすことも可能となり、鋼鉄の巨体を自重で砕け散らせた凶悪さを神台に見せつけた。
エイミーの双剣は専用刻印のスキルをいくつか使えるようになり、中でも刹那零閃はかなりのDPS効率を誇る強スキルだった。そのおかげで慣れない形の双剣を扱うモチベーションも湧いたのか、彼女はアタッカーとしてぐんぐんと伸びている。
ハンナの戦装束に施された彩花の重奏は攻撃を10ヒットさせるごとに開花スタックが溜まり、STRとAGIに追加補正がかかる。最大スタックの100まで溜まると満開となり、周囲に桜吹雪を巻き起こして周囲を八つ裂きにしながら自身のバフ効果を延長した後、一定のクールダウンに入る仕様だ。
つまるところカウントバスターにも等しい効果のためハンナには扱いやすく、彼女もまた機械階層での突破力を更に増した。
そんな180階層で得た装備群の性能を遺憾なく発揮する無限の輪と違い、アルドレットクロウはまだそれを刻印することは叶わず停滞していた。そもそも刻印士70レベルはなければその専用刻印はステータスカードに記載されないため、ステファニーたちが持っている装備は宝の持ち腐れ状態になっていた。
「まぁさ。のんびりいこうよ」
それから努の下にその専用刻印を付与する代行依頼が莫大な成功報酬と共に送られてきたが、努はにちゃにちゃした笑顔でそれを一蹴した。
それは刻印を制限していたアルドレット工房への意趣返しは勿論だが、まだ知られていない専用刻印の仕様のリスクヘッジでもあった。恐らくアルドレットクロウは失敗で損失する刻印油や作業時間も織り込んでの成功報酬としているが、専用刻印はその仕様から外れるため後でバレると信用を失う。
流石にそこまでするほどGに逼迫しているわけではないので、努はアルドレット工房の刻印士がレベルを上げるまで待つことを遠回しに勧めた。それに最近ではついに迷宮マニアの刻印士が60レベルを突破したとのことなので、努ユニスの寡占状態が崩れる日もそう遠くはない。
そんな状況下で183階層まで足を進めていた努たちは、今日も探索を終えてクランハウスに帰還し各々用事で出かけて行った。
それから夜も更けてきた頃、探索終わりに精霊術士と飲み会に行っていたリーレイアが全速力で帰宅し、努の部屋の扉を乱暴にノックして返事も待たずに開けた。
「骸骨船長が復活してました! これでようやくアスモを祭壇まで導くことができます! 今から行きませんか!?」
「……22時以降に部屋を訪ねるんじゃないよ」
そろそろ大人の時間だぜと刻印を止めて神台市場に繰り出そうと準備していた努は、若干目を血走らせているリーレイアに肩をすくめて返す。そして既にその祭壇とやらで孵化が確認されているアスモについての情報を思い出す。
「あの祭壇まで行くには確か、隠し地図を見つけて骸骨船長に渡す必要があるんだろ? そのための手順も中々面倒だとは聞いてるし、少なくともあと一人は必要でしょ」
「ダリル!」
「あいつは孤児院に泊まってミルルとよろしくやってるよ」
「ゼノ!」
「今から家まで乗り込んで家族との時間を引き裂く気か?」
「……ディニエル」
「エルフは早寝遅起き」
「じゃあ他の暇な人でいいです。シルバービーストで夜行性の獣人でも適当に連れていきましょう」
飲み会で酔いが回っているからか、それでも尚諦めないリーレイアを前に努はため息をつく。
「明日PTで行けばいいでしょ。アスモの成虫も出てるんだし一刻を争うわけじゃない」
「争うことにもう興味はありません。一刻も早くアスモの孵化した姿をこの目で拝みたいだけです」
「それなら明日のために隠し地図を入手する手順を確認しておきなよ。僕も情報は曖昧だから誰かが調べないと無理だし」
「……何なら二人だけでも構いませんよ? 丁度ツトムも出かける準備はしているようではありませんか。大方、深夜の神台にでも足を運ぶのでしょうが」
「失礼な。蠅の王のためにホットケーキ作りに勤しむ僕の涙ぐましい努力がわからんのかね?」
あれから数週間が経過し帝都からの食材も輸入できたため、努はそれらを用いて彼の思い出であるホットケーキを再現するべく試作中である。その食材をマジックバッグから実際に出してみせた努を前に、リーレイアは鼻を鳴らす。
「どうだか。それならクランハウスで作ればいいではありせんか」
「実際に作るのはあの空中庭園なんだし、それに近い環境を再現してる場所で試作してるんだよ。それに今後は僕が作らなくていいようレシピもバーベンベルク家の使用人のために考えなきゃいけないし」
「最近は神台嬢にお熱であることは噂で回ってきていますよ?」
「野暮なこと聞くなよ」
「否定はしないんですね。ああいう場にのこのこ行く男は軽蔑します」
「白の女王様の強さをご存じでない? 見る目がないねぇー君は」 確かに深夜の神台がエロ目的であることは自明の理だが、その世界を主戦場としているだけで優秀な探索者自体は存在する。様々なモンスターに素っ裸のタイマンで挑み続ける男は勿論、白魔導士の女王様は努も舌を巻くヒーラーの一人である。
「それに精霊といちゃいちゃしてる奴は精霊術士もこぞって視聴してるけど、アレをリーレイアは一度も見たことがないと?」
「……見たことありませんが?」
「そうなんだ。なら餓鬼はアスモの情報でもしゃぶってな。ここからは大人の時間だ」
そう言い残した努は颯爽とマジックバッグを引っ提げてクランハウスを出た。それから0時を回るまで努はホットケーキの試作を行って失敗品を消化し、ディープな神台市場を見て回った。
今後のPTきめにも影響する