第768話 言葉は交わさずとも
それからアスモのLUK上昇の幅やスキルについての検証を行った後、努たちは浮島階層から離脱した。
「LUK上昇が別枠なのは嬉しいけど、丸っきり支援型って感じだね」
「存在するだけでも嬉しいです」
「そんなわけはなくて」
「そんなわけはあります」
精霊術士からすればそうなのかもしれないが、努にとっては貴重な契約枠を使うのならアスモがどれだけのバリューを出せるのか考える必要はある。
一応光の糸を吐いて妨害したり光輪を発射する攻撃スキルこそあるものの、他の精霊と比べるとアスモの火力はかなり見劣りする部類である。それに鑑定してみたところ突けば崩れる綿毛みたいな見た目に違わず、VITもかなり低いので前線は張れないだろう。
ただ契約しているとLUKが重複関係なく一段階上昇するため、単純にドロップ品や宝箱の出現率などを上げられるのは悪くない。それに精霊スキルでその他バフも可能であるためバッファーとして運用が想定された性能をしていた。
「刻印する時にも世話になりそう」
『ミュイーーーン』
クランハウスに帰った後に再契約して顕現させてみたアスモは、フライにも似た挙動でリビングの天井でゆったり回っているファンをぐるぐる追っている。LUK上昇は刻印の成功率にも微かに作用するため、今後はゼノ工房でよくお世話になるだろう。
「おー、これがアスモっすか。神台で見るよりふわふわしてるっすね!」
「ほーん。案外虫っぽくねぇな」
「うむ」
「いやぁ……私はちょっと苦手ですぅ」
コリナのPTも間近では初めて見るアスモには興味津々であり、各々感想を言いつつも光精霊ふれあい会に参加している。するとエイミーがわかってないと言いたげに努の横にある椅子に腰を下ろした。
「無限の輪の白いふわふわといったらわたしだってのに」
「そこ、張り合うところ?」
「この尻尾が目に入らない?」
「触ったらセクハラでしょ」
白い猫耳をこれでもかと立てて細長い尾で背中を叩いてくるエイミーにそう返すと、彼女はにししと笑った。
「わたしから触るのはいいけど、ツトムから触ったらそーだろうね」
「世知辛いもんだ」
「世の中にはエイミーから触られるだけでも大枚をはたく人が大勢いるんだぞー? むしろ感謝してほしいくらいだけどねっ」
「それなら模擬戦でエイミーにしばかれるのも実質お得なんだ。是非代わってほしいけど」
「実際代わってほしい人はいそうだけどねー」
「割とその認識で合ってそうなのが恐ろしいよ」
手元を白い尻尾ですりすりと撫でられようともこちらからは手出ししてはならない。この世界に来たばかりの頃は興味本位もあってガルムの尻尾をむんずと掴んでいたものだが、今となってはそれをすることもなくなった。
するとコリナPTで可愛がられていたアスモがふわーっと浮かんで飛び、努の膝元に着地した。そして休憩と言わんばかりに体を丸めると、すすっと努の太ももに身を寄せた。白い体毛のふわふわした感触に、餅みたいにふにょりとしたお腹。
「こいつ……! このわたしに張り合ってきてるっ……!」
「休憩しにきただけじゃない?」
「じゃあわたしもきゅーけい―っと」
太ももに陣取ったアスモに対抗してエイミーは椅子の上で器用に横になり、努の膝元に頭を預けた。彼女の白い後ろ頭の上で猫耳がぴこぴこと動く。
もこもこと白猫に陣取られて身動きが取れなくなった努は、椅子に背を預けながらノームやサラマンダーと戯れているクランメンバーを眺める。
(器……僕が神威の器ね。確かにそのためにこの世界へ呼び出されたってことなら理解はできる。それなら今はさしずめ器の育成期間的な? 200階層まで辿り着いたらクリアかと思いきや、器として消費されるとか)
クリスティアやコリナがもたらしてくれた情報のおかげで、神のダンジョンの管理者である神華や神威の存在は知れた。そして神華の使徒であるロイドと違い、神威の力こそ及んでいるものの使徒ではない自分の立ち位置も朧気ながらに見えてきた。
(コリナから聞いた限りじゃロイドの妹も神華の器として消費されてるっぽいし、探索者が100階層まで辿り着くのが器の条件? 神威のダンジョンは200階層じゃなきゃ駄目ってこともあるのかもしれないけど……そんなことあるか? 帝都のダンジョンの方が新しいから対応してるって線も低い。あっちの運営はエアプ臭がするし)
こんなデタラメなダンジョンを創造できる神華や神威について努は理解できないが、それでも『ライブダンジョン!』出身の探索者という視点から推察できることはある。
(神威が僕を器とするなら100階層でよかったはず。何ならこっちに帰ってくる引き換え条件にも出来たはずだし……僕をデバッガーとしてこの世界に呼んだって線は合ってる気がするんだよな。少なくとも神威が『ライブダンジョン!』に精通していることは間違いない。だったら神威、お前は一体誰で、何が目的なんだ? 少しは神華に倣って報連相はしてほしいもんだね)
自分を切っ掛けにバラバラとなってしまったクランメンバーたちも遂に再集結し、和やかに話している空間の中。努は神についてぼんやりと思考を深めていた。
(確かに僕は神威の器足り得る存在なんだろうけど、これまでの関わり方からして運営に徹している。『ライブダンジョン!』の廃人として色々言いたいことはあるけど、現実によく落とし込んでると評価はできる。もしこれが僕を200階層まで導いて器にするための立ち回りだとしたら、天晴れとしか言いようがない。それよりかは下手に神華と対話しようとして確保される方が危険だし、200階層まで辿り着いて何かが起こるのに期待かな)
確かに神威と違って交渉の余地はあるのだろうし、今からでも神華と接触することも選択肢に入る。だがどちらが信用できるかといえば神威一択だ。
たとえ言葉は交わさなくとも、『ライブダンジョン!』に近しいダンジョンを運営し影に徹するその姿勢は信頼できる。逆に神華は言葉こそ交わせるのかもしれないが、帝都のダンジョンについて聞く限りまともな運営とは言えない。それに神華の使徒であるロイドの待遇も傍から見ても微妙なところだ。
「……辛くないの? その体勢」
「わたしの体幹を舐めないでほしいね!」
隣の椅子越しに膝枕の態勢を取っているエイミーは脇腹が浮いた状態であるが、それでも根を上げずにキープし続けていた。
「そろそろ許してくれよ」
「それじゃ後で耳かきしてねー?」
「わかったよ」
その涙ぐましい努力で耳かきを勝ち取ったエイミーは上機嫌に起き上がると、膝元に座っているアスモに勝ち誇った表情を見せた。だがアスモは知らんぷりで丸まり毛玉になっていた。
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