第770話 間引きの招集
蠅の王の迷宮都市観光も無事に終わって一週間が経過し、着々と機械階層の攻略も進み最前線組が次なる階層主に向けて準備を整えている最中。休日も朝の鍛錬は欠かさないリーレイアが汗を流してリビングに戻ると、テーブル上に置かれていた書類を見て眉を上げた。
「おや? もう間引きの招集ですか」
バーベンベルク家の装飾が入った見慣れた用紙を見た彼女は、既にそれを読んでいるであろうディニエルに視線を向ける。すると彼女は開いた本から目を離さぬまま口を開く。
「帝都の方で間引きが上手くいってないから、二週間後に北まで派遣だって」
「えぇ……? 以前ならまだしも、あちらも探索者の間引き義務化は成立したと聞いていますが」
「まだ制度が安定していないみたい。それに探索者の質も悪い」
そんなディニエルの酷評に帝都で活動していたエイミーはこらこらと白い猫耳を立てた。
「しょーがないじゃーん? 帝都のダンジョンはすぐに帰って来られない仕様なんだし、間引きを見越して帰ってくるなんて想像するだけでも厳しいよ。しかも帰ってきたばかりなんてくたくたで一週間は休まなきゃやってられないし!」
「聞いているだけで嫌になりますね、帝都の神のダンジョンの方は。こんなに差があるのも神華という者が無能だからでは?」
「一理ある」
「だからこそ迷宮都市の神威にいちゃもんつけてる線もありそうだよねー」
神に対して好き放題言っている女性陣を横目に、果汁100%のオレンジジュースを口にしている努はおよそ三年半ぶりの間引き招集で渋い顔をしていた。
「そういえば最前線だとこれがあるのか。面倒臭いね」
「仕方があるまい。探索者たちが神のダンジョンにかかりきりで間引きを放置すれば、また暴食龍並みのモンスターが生まれてもおかしくはない」
まだ乾き切っていないボサついた犬耳を伏せているガルムのマジレスを前に、努はですよねーとオレンジジュースを苦渋の表情で飲み干す。
進化ジョブや刻印も使えるようになった今となっては暴食龍など取るに足らないだろうが、探索者以外からすれば一国が滅んでもおかしくない化け物である。それに死んでも生き返れない環境下で強いモンスターと戦うくらいなら、その前に雑魚狩りしておいた方がリスクも低い。
「しかも帝都方面ってさ、神華の意図を感じざるを得ないよ」
「……確かにな」
神華から神威の器として認識されている努は交渉材料として身柄を拘束される可能性が高く、そんな彼が帝都の近くにまで行くのはリスクが高い。それに同意を示したガルムに対し、エイミーはにゅっと顔を突き出した。
「でもバーベンベルク家の招集を断るわけにもいかないでしょー? それに次期当主に神華のことを話しても信じてもらえるとは思えないしー」
「それなら間引きに参加する必要のない最前線にならなければよかったのに」
「いや、もしそれしてたらディニちゃん帰ってきてないでしょ。そのリスクを引き受けて180階層に挑戦したツトムに感謝しなー?」
「…………」
エイミーからそう言われたディニエルは真顔で努を見やる。それに彼は仲間のためなら応ともと答えてやりたいところだったが、クリスティア経由で伝わっているだろうと思い直した。
「……えーっと、単に僕が神のダンジョン潜りたかっただけだったっていうね」
「そういう男」
「えー? 実は仲間想いなのに照れ隠ししてるだけなんじゃないのー?」
このこの~と太眉を上げるエイミーのカバーに対し、ディニエルは男を見る目がない友にため息をつく。
「ツトムは神華についてクリスティアから先んじて忠告は受けてた。それでもダンジョンに潜るの止められないって言ってたらしい。それには枯れ木もドン引きしてた」
「ドン引きしてたんだ」
「彼女は三百年近く、それも成人前から戦闘に身を捧げてきたダークエルフ。それに迷宮制覇隊のリーダーでもある英雄にも近い彼女をクランに勧誘する奴なんてレオンくらいのもの」
まだ若木ではなく枯れ木を誘ったことを根に持っていそうなディニエルを横目に、瞑想を終えてリビングに入ってきていたハンナもうんうんと頷く。
「確かに、師匠の探索者に対する節操のなさはそんな感じするっす。あたしの時もそんな感じで避けタンクやらせる気満々だったっすからね!」
「最近じゃ全裸仮面に白の女王様にもご執心だとか」
「えーっ? 何それ?」
リーレイアのパワーワードでの補足にエイミーが驚いている中、努は自分を指差した。
「僕、レオンと同列ってマジ?」
「あそこまで節操なしではないだろう」
半ば呆れた顔をしているガルムとは対照的に、努と同じオレンジジュースを飲んでいたダリルは黒い尾を巻いて考え込む。
「……どうですかね? ツトムさんはある種のこう……底なしのエネルギーみたいなものは感じますよね。普通は三年ぶりに帰ってきたのなら多少は様子見するはずですけど、いきなり刻印士になって周囲に叩かれるのも構わず続けてたじゃないですか? しかもそれで一旗揚げたにもかかわらず今も当然のように最前線まで登り詰めたじゃないですか」
「……褒めても何も出ないぞ?」
「いや、僕もドン引きしてる感じです。普通の人じゃないなって」
「そうなんだ」
「ツトムが普通なわけがあるまい」
「そうなんだ?」
犬人二人から異常者として認識されていることを知った努は味方を探すように辺りを見回したが、クランメンバーたちはさっと視線を避けるばかりである。
そんな中で努は朝食を心待ちにしている様子の女性に目をつけた。彼女はその視線に気付くとすぐさま顔を逸らしたが、努はわざわざ回り込んで視線を延々と合わせ続ける。
「や、やめてくださぁい……」
「コリナはそんなこと思ってないよね?」
「思ってないですぅ……」
「ほら、思ってないって」
「そういうの、パワハラって言うんだぜ」
元ギルド職員としてコリナに詰め寄る努のような輩には見覚えがあったのか、アーミラが白けた目で突っ込んだ。
「僕もギルド長からパワハラされて辛いよ」
「娘にクレーム入れてもしょうがねぇだろ」
「間引きの時に鉢合わせたら気まずいだろうね。無限の輪がギルドの指揮下に入らないことを祈るよ」
「どーだろうな。北までの遠征はちょこちょこあったが、半々ってところじゃねぇか? 今回はバーベンベルク家の威信もかかってそうだしよ」
「スオウさんの指揮下になったら嬉しいね」
そうこう話している内に朝食の準備が整い始め、コリナが上機嫌に配膳を手伝う。料理を運ぶついでに今日のラインナップを吟味し何から手をつけようか頭の中で組み立てるのが、彼女にとっての楽しみでもある。
それをリーレイアやガルムも手伝っていく中、食卓に残ったのはまだ本を読んでいるディニエルと刻印の図面を考え始めた努。
「……よくじっとしてられるっすね」
「お前はじっとしてるのが仕事だもんな」
小学校の時に給食のカレーをこぼした戦犯でも見るような視線をもらったハンナは青翼をわきわきさせていたものの、オーリに怒られるのは不味いと思ったのか椅子に座ったまま動かなかった。
「いただきます」
「いただきまーす!」
そして無限の輪のクランハウスでいつもの食事風景が流れ、日常は過ぎていく。だがそれから二週間を待たぬ内に、その日常に変化が訪れた。
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