第776話 治す

 ノースキルノーステータス。それはロイドが神華から使徒の力として賜ったスキルであり、対象者を指定し近づいた状態で発動することで神のダンジョンから得た力を一時的に剥奪できるものだ。

 それは本来であれば対象を指定しなければ発動もできないが、その力の源流である神華であれば話は別である。上空から放たれたその詠唱は迷宮都市全土に広がり、そこにいる者たち全てに影響を及ぼした。

 ただいくら神華といえど、広範囲下で全てを剥奪するにはある条件が必要だった。それは神華が作った神のダンジョンに立ち入ったことのある者であるということ。


「……えっ?」


 フライで空を飛んでいたユニスの身体からみるみるうちにステータスが抜け落ちていき、彼女はその異変に慌てて城壁上に戻り着地した。だがその頃には彼女のステータスは全て剥奪され、スキルも使えなくなっていた。

 それは彼女だけなく周囲にいたシルバービーストの者たちにも同様の現象が起きていた。各々動揺の声を漏らしながら何とか着地してはステータス消失による身体感覚の変化に目を剥き、バーベンベルク家の障壁を支援していたシルフとウンディーネたちの大半が一斉に光の粒子へと包まれ消えていく。

 以前に蠅の王での騒動で帝都の遠征に出ていたシルバービーストの主力。そしてウルフォディアを突破できなかった元最前線PTのアルドレットクロウや紅魔団の探索者たちは、帝都のダンジョンに潜った経験があったためステータスとスキルを全て消失していた。


「何だっ……!? 制御がっ……!」


 そんな中ミナを追いかけて飛び出した努を守るために飛んでいたガルムは、何とか空中機動を保ってふらつきながらも彼に追いつこうとしていた。

 帝都のダンジョンに潜ったことのない者たちのステータス減少は半分に留まり、スキルも半分は残されていた。ただ急激なDEX器用さの半減によってフライの制御が難しくなり、ガルム以外もその変化に戸惑いを隠し切れていなかった。

 ダリルは高いVITを前提としたフルアーマーであったため、装備の重さでその場から動くことも叶わなくなり膝をつく。ハンナもステータス半減による身体感覚の変化に驚きの声を漏らし、ゼノは空を仰ぎ選択の時が来たことを悟った。


「あ……? どうした、お前ら?」


 だがそんなのっぴきならない変化に皆が驚いている中、アーミラだけは状況を掴めず困惑の表情で周囲を見回していた。コリナもエイミーが尋常ではない顔でしゃがみ込んだことを心配するばかりであり、自分のことで動揺した様子は見られなかった。

 神威かむいにその力を認定されし者――ユニークスキル持ちはノースキルノーステータスの影響を一切受けていなかった。

 そのため神竜人のカミーユは一つ息を吐いた後にギルド職員たちを置いてその場を離れ、警備団のブルーノはステータス半減によりパニックに陥り始めていた周囲を取り纏めた。


「……何故。今、来たっ!?」


 神華の使徒でありその影響こそ受けなかったロイドだったが、予期せぬ来訪にその細目を見開き状況を把握するため上空に飛び上がっていた。そしてこの惨状を引き起こした元凶を血眼になって探す。


「っ……!」


 蠅の王が突如として何かに連れ去られ首をもがれたことを遠目から目にしていたヴァイスは、フライの速度を落とすことなくその現場へと急行していた。その他の紅魔団メンバーは全てのスキルを剥奪され、アルマは力の喪失に震え上がりながらも彼の行方を目で追っていた。


「メディックルーム」


 そしてその先で頭のもがれた蠅の王の胴体を受け止めていた努は、ノースキルノーステータスの影響を受けずにスキルを行使していた。

 そこに同じくステータスを剥奪されずフライで蠅の王の落とされた頭を拾いおおせたミナが、涙でくしゃくしゃになった顔で合流する。そして蠅の頭を震える手で努に差し出す。


「これ……」
「よく、拾ってきた。貰うよ。ハイヒール」


 それをすぐに彼女から受け取った努は止血していた首の接合面にそれを合わせ、緑の気を糸のように変化させて縫い合わせる。そんな光景を前にミナが震え声で思わず尋ねた。


「生き、返るの……?」
「治す」


 母親の頭を持って治療を願って回った少女を、一度は見ない振りをした。もうそれはしない覚悟を言葉で表した努は瞬きも忘れて首の接合に専念する。

 蠅の王の胴体は羽の振動も止まって疑問を呈することもなくなり、ミナが持ってきた蠅の頭にも損傷が見られた。手遅れ、という言葉が心によぎる。


「ハイヒール」


 だが外のダンジョンで仲間が万が一の時に陥った際にも適切な対処ができるよう、努は元の世界で知識を学び直しそれをここで実践してきた。緑の気を纏わせながら速やかに首の結合を完了し、息をしていない蠅の王の胸部に両手を添えて馬乗りになり蘇生行動を行う。

 まだ成長しきっていない子供ということもあってか、努の体重をかけた心臓マッサージによって肋骨が早々に折れた。


「やっ、やめてぇ!!」


 それにより本来の人体であれば考えられないほどに胸部がべこべことへこみ、その異様な光景にミナは思わず抗議の声を漏らした。だが努はそれを意に介さず心臓マッサージを行う。


「帰ってこい!! 帰ってこいっ!!」


 その惨さの先にしか蘇生の可能性はない。それを信じて心臓マッサージを行い頭に血を巡らせるよう努めつつ、願いにも近い呼びかけを行い蘇生行動していることを言外に告げる。

 一見すると惨いそれが命を救うためであることは心臓マッサージのことを知らないミナにも伝わったのか、彼女は蘇生行動を邪魔せず蠅の王のだらりと伸びた手を掴む。


「お願い……。帰ってきてはーちゃん! また迷宮都市、ぜんぶ案内してないっ! パンケーキだって、まだ食べれてないじゃん! はーちゃん!!」
「ヒールっ……!!」


 心臓マッサージは一分間に100回ほどのペースで行う必要があり、途中で止めることはできない。更に回復スキルも用いて状態を安定させながら心臓を動かし、接合した頭に血液を回させる。


「…………」


 蘇生行動の途中で合流したヴァイスは、ぐったりと横たわっている蠅の王と泣いて縋りつくミナを見下ろすばかりだった。その間も努は必死に心臓マッサージを続けた。


「!! いまっ、息した!」
「ハイヒール」


 そしてガルムも追いついてきた三分過ぎ、蠅の王が微かに息を吹き返したのをミナは確かに聞いた。それを確認した努が更に回復スキルを重ね掛け、心臓が自立的な鼓動を取り戻した。

 それから折れた肋骨も綺麗に繋ぎ直し、蠅の王の胸部が一定の間隔で上下する。そんな彼の様子を前にミナは口をわなつかせて縋りつく。


「よかったぁぁぁ!! はーちゃぁぁぁん!! よかったよぉぉぉ!!」
「……ハイヒール」


 そして蠅の王に刻印の施されたフードを被せてその異形な頭を隠しつつ、努はそこに触れて回復スキルを用いた。だが蠅の王はそれに反応を示さず、意識を取り戻すこともない。


(死んでる)


 蘇生行動は迷宮都市でも前から行われていたが、それは回復スキルの発現で大きな発展をみせた。

 ヒールを用いればたとえ心臓マッサージによる蘇生後であろうとも、意識レベルはすぐに上がって会話もできるようになるのが一般的だ。特に脳ヒールを多用している努はその手応えを理解している。

 確かに蠅の王は息こそ吹き返したが、いわゆる脳死の状態であった。仮にそれが人の頭であれば努も手を施せる余地があったが、蠅の王は異形である。それを治す術を努は持っておらず、今後治る見込みも皆無に等しい。


「……今は、とにかく安静にさせた方がいい。ミナ、はーちゃんを連れて障壁内に避難してくれる?」
「うん……っ!! うんっ……!!」


 それは絶望の先延ばしに他ならず、むしろそれはミナにとってより最悪な結末をもたらすかもしれない。だがそれでも努はそれを顔に出すことはなく、彼女にそう指示する。

 すると蠅の王を蘇生している様を見守ることしかできなかったヴァイスが、ようやく重々しい口を開いた。


「……ありがとう」
「いえ。悪いんですがヴァイスさんが背負って行ってもらっていいですか?」
「あぁ、それくらいは――」
「せっかくわらわ自ら潰してやったというのに、まさか生き返らせてしまうとはのう。それが神威の力か?」


 その会話を遮るように空から現れたのは、純白の髪と神々しい目が特徴的な女性だった。異質な存在が突如として現れ、努から聞いた覚えのある単語を口にした彼女を警戒しガルムが前に出た。

 そんなガルムを、神威の生みの親とも言える神華は愉快気に見つめる。


「ふむ。やはりノースキルノーステータスの適用には個人差が見られるな。犬は半分といったところか。それにあやつが言っていたユニークスキル持ちには一切通じておらぬ。流石に接触せねば剥奪まではできぬか? これも……弾かれるか。面白いの」


 神華はそう言いながら神の見えざる手足を用いてミナを捕まえようとしたが、蟲化のユニークスキルを持つ彼女には触れることが叶わなかった。


「……お前が、神華か?」


 底冷えた努の問いかけに、彼女はころころと笑った。


「いかにも。既に使徒から妾については聞き及んでいたか?」
「何で蠅の王を殺した?」
「ん?」
「何で、蠅の王を殺したんだと聞いている」
「はて、それが妾を前にして初めて口にすることか? 神威の器よ。ひれ伏せとまでは言わぬが、些か礼を欠いておるな」
「礼を欠いているのはどっちだ? クソ運営が」


 そう吐き捨てた努を前に神華はやれやれと首を振る。


「あれらは帝都からこちらに来たのだろう? 妾は関知していないとはいえ、それの始末をそちらに任せるのもどうかと思ってな? だからこうして妾自ら潰してやったのじゃ」
「…………」
「神の手を煩わせた恥辱で声も出ぬか。さて、ようやく出迎えもきたようじゃな」


 そうして神華が視線を向けた先には、フライでこちらに飛んできているロイドとカミーユの姿があった。

 コメント
  • 匿名 より: 2026/03/25(水) 10:57 PM

    ユニークスキルは神華が与えたわけじゃなさそうだな

  • 匿名 より: 2026/03/25(水) 11:38 PM

    オイオイオイオイ
    今回もどうなっちゃうんだよコレ!

  • 匿名 より: 2026/03/26(木) 4:33 PM

    怒涛の展開ですね!更新感謝です♪続きを楽しみにしてます。

  • 匿名 より: 2026/03/26(木) 8:58 PM

    更新ありがとうございます!
    次回からどうなるのか、楽しみで仕方ない!

  • 匿名 より: 2026/03/28(土) 5:31 PM

    いいね、神華へのヘイトバリ上がりやな

    はーちゃん、やっと意思疎通できる様になってこれからって時に一方的に首を摘まれてあんまりにも不憫すぎるし、なんとか奇跡的に回復して欲しいな

  • 匿名 より: 2026/03/29(日) 5:13 PM

    神華から見たら生き返った判定なのか
    レイズが必要なんじゃないか

  • 銀爺 より: 2026/03/29(日) 10:01 PM

    更新ありがとうございます!
    はーちゃん、大丈夫なのかと思ったらダメだったのか。。
    もうね、やったれ努

  • 匿名 より: 2026/04/05(日) 9:26 PM

    努がミナの時の事からずっと努力してた事を知って泣きそうになった…どうか意識が戻りますように。

  • 匿名 より: 2026/04/12(日) 10:14 PM

    いきなりヘイト稼ぎ出したぞこの女神

  • より: 2026/04/15(水) 4:34 PM

     あきかあとひ

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