第778話 神竜
先んじて飛んできたカミーユが神華の隣に降り立ち、努の表情が更に強張る。神竜人らしい厳かな真顔を貫いている彼女と視線が交差する中、続いてロイドが追いつく形で着地する。
「神華様、何故ここに……?」
「おぉ、狐目。いや、確かに神威から帝都に足を運ぶのが筋だとは思っていたのだがな? あやつのことじゃ。どうせまだ引き籠ると思ったから、妾自らわざわざ来てやったというわけだ。すまんの」
そう謝罪の言葉を口にするが全く悪気がなさそうな神華に、ロイドは内心歯噛みしながらも黙って頭を下げた。その内にカミーユを追っていたアーミラたちも追いついて努に合流した。
「何なんだ、あいつ……!?」
アーミラは暴食龍を相手にした時ともまた違うプレッシャーを神華に対して感じていた。神竜人としての本能が彼女に強烈な畏怖を抱いていた。そしてその存在の隣に立っている母の姿。
「あれが、神華……? 帝都の、神様……?」
「そうみたいだね」
「わぁ。本当に神っているんだ」
エイミーやガルムはその獣耳でロイドの会話を聞いたことで、女の正体を知った。それに先んじて相対していた努も補足し、ディニエルは現実感なさげに呟いた。
「さて、妾の出迎えは済んだか。些か寂しいものだが、仕方があるまい。では彩りを加えるとしようか」
「…………」
そう言って指を鳴らした神華を横目に、カミーユは自身の死期を悟っていた。神竜人とは神華が現世に降臨していた頃に作り出された種族であり、その本能に彼女を守護することが刻み込まれている。
そして神華の意思一つで神竜へと変化する種族でもある。そのことを理解していたが故にカミーユは自身を贄とした。自分が神竜となり神華を守護する責を負うことで、娘は巻き込まないように。
「あ……?」
だが神華の指鳴らしで明確な変化が起きたのはそんなカミーユではなく、娘の方だった。彼女の身体が熱を帯び、ユニークスキルである神龍化を発動した時と同じように発光し始める。
「てめぇら、離れろっ」
「アーミラっ!?」
そんな彼女の内側から噴き出した黒い靄を目にしたコリナが焦った声を漏らして近づくが、アーミラはうずくまりながらよろよろとした足取りで離れる。
「離れろぉぉォォォォォォ!?」
アーミラの肩が急激に盛り上がり、龍の手が突き破る。そして彼女の体積がみるみるうちに膨れ上がり、その姿が神竜へと変貌していく。
「アー、ミラ……?」
「くっ……!?」
その変貌を前にリーレイアはこてんと首を傾け、近くにいたコリナはその衝撃で吹き飛ばされる。エイミーは手の甲に張り付いている赤い鱗をちらりと見たが、龍化結びが解除されることはなかった。
それは以前にアーミラが神龍化を用いて卵から孵化した際の姿に似てはいた。見た目はドラゴンというより、二足歩行のドラゴニュートに近い。赤々とした鱗に白い神気が混じり、火竜ほどの大きさこそないが筋線維の密度でその爬虫類にも似た身体は盛り上がっていた。
そして神竜の顔に変化したアーミラは目をぎょろぎょろとさせた後、神華を捉えて飛び上がった。
「おいっ、どういうことだっ! 話が違うぞ!?」
そんな娘の変貌を前に思わず神華の胸倉を掴んだカミーユを横目に、その神はけらけらと笑った。
「たっはっは!! 何分神竜にするのも何百年ぶりじゃからな! うっかり間違えてしもうたわ! ――で? 何じゃこの手は?」
自身の手違いを笑い飛ばしてから、思わず竦み上がってしまいそうになる神華の圧力。だがそれに屈することなくカミーユは胸倉を掴んだまま言葉を続ける。
「娘を戻せっ」
「はーっ。飼い犬に手を嚙まれるとはまさにこのことじゃな。ま、親子共々仲良くせい」
「貴様ぁぁァァァッァア!?」
そしてカミーユもその一声で神竜へと変貌していき、その途中でアーミラが神華の後ろに着地した。神竜二匹を配下に置いた神華は満足げに頷く。
「一匹だけでは心許ないと思っていたところじゃった。丁度良かったの。さ、蹴散らせ。いずれ妾に祈りを捧げることになろう人間たちじゃ。殺すでないぞ?」
『ガアァァァァァ!!』
その指示にすぐ従った神竜のカミーユが叫び声を上げながら努たちに向けて突っ込んできた。
「バリア、バリア」
「パワーアロー」
神竜は努が展開したバリアを物ともせずに突貫し、ディニエルの放った強矢を竜の手で弾く。その標的は神華の殺すなという指示もあってか、最も丈夫そうな者だった。
「ぐっ」
ガルムが神竜に殴り飛ばされて彼方へと吹き飛ばされる。それをリーレイアは唖然とした顔で見送り、エイミーは神華からも目は離さないよう位置をずらして距離を取る。
「ディニエル、コリナ! ガルムの援護! 後ろも巻き込んで保護を頼む!」
「りょーかい」
「……はい!」
努の鋭い指示に従いディニエルとコリナが援護に向かい、残ったのはエイミーとリーレイアのみ。対するは神華と神竜に化けたアーミラ。その後ろに控えている使徒のロイドに、不死の呪いを解いてもらうため神華に付いているであろうヴァイス。
「リーレイア、精霊契約はできる?」
「…………」
そもそもアーミラが変貌して寝返ったことだけでも、リーレイアからすれば衝撃的だった。それに自身のスキルやステータスも半減しているこの状況下で、あれらを相手にしなければならないのか。
「リーレイアー?」
「はっ、はい……。出来ますが……」
「まずはウンディーネかな」
「契約――ウンディーネ」
その契約は成立し水が立ち巻き水精霊が姿を現した。それに対して神華が片眉を上げる。
「ほう、精霊か、懐かしいな。それも妾が創造した物じゃな」
だがその四大精霊もまた神華が創造した物に過ぎない。故にウンディーネはその声にピクリと反応した後、創造主の姿を確認するや否やスライムに変化し努のフードにすっぽりと隠れてしまった。
そのままぷるぷると震えて使い物にならなそうなウンディーネに、努は残念そうにぼやく。
「あー、ってことは精霊も駄目か」
「どっ、どうすれば……」
それにリーレイアが狼狽えている最中、努の嵌めていた守精指輪が輝いた。そして雷と共に現れたのは、刺々しい羽根と金の鶏冠を有した雷鳥だった。
その雷親父は精霊であるにもかかわらず神華に対して何も臆することはなく、相変わらず鋭い目付きで睨みつけるばかりだった。そんな雷鳥を前に神華は少し目を見開いた。
「……妾の知る雷精霊ではないな。神威め、不死鳥の二番煎じでもしたつもりかの? まぁよい。神竜よ、あれは殺して構わん。消し飛ばせ」
そんな神華の指示に従い、神竜と化したアーミラは大きく息を吸い込み喉の逆鱗を輝かせ、ブレスを吐く準備を始めた。
一気にラスボスバトルに入ったけど多分サクっと終わらせてダンジョン攻略に戻りそう