第780話 貴族の務め
マウントバグが突如として踏み潰されたことにバーベンベルク家長男のスミスは呆気に取られたものの、父が咄嗟に行った障壁に合わせて予備を展開してはいた。
もう五年は経つスタンピードの衝撃は未だ忘れず、あのような惨劇を繰り返さないためにスミスはより一層研鑽を重ねてきた。民草に被害を出さないためにも最善を尽くすのが貴族の務めだ。
『ノースキルノーステータス』
「何だっ……!?」
だがその障壁展開直後、妙な詠唱と共にスミスの身体からステータスの力が抜けていった。彼は帝都において政務にかかり切りだったため神のダンジョンには潜っていなかったこともあり、その影響は半減に留まった。だがそれでも異変が起こったことはすぐに理解した。
そしてフライを用いて空中を浮いていた探索者たちがふらつき始めたのを見て、その異変が自分だけに起きたわけではないことも理解した。城壁上を飛んでいた者たちや不測の事態にも慌てない者たちは何とか着地していく中、空中制御を失い落下していく者も少なからずいた。
「もう、取りこぼさんぞ……!」
スミスはそんな者たちを目測で次々と捉え、柔らかい障壁を空中に敷いて探索者たちを保護していく。その甲斐もあり城壁周辺にいた者たちが落下死することはなかった。
そんな彼の傍らではバーベンベルク家長女のスオウも、脂汗を滲ませながら自身の構築した障壁の感覚に集中していた。
迷宮都市の上空には障壁魔法が張り巡らされ、そこを公共の道路として今もフライを用いた人が飛び交っていた。それが開通してからは迷宮都市の交通網が改善され、迅速な情報伝達や配送が可能となり更なる発展を見せていた。
だが先ほどの詠唱の影響で空中制御を失った者たちが次々と障壁に着地しているのを、障壁と感覚を共有しているスオウは感じ取っていた。
そのため彼女は迷宮都市内でフライ制御を失った者たちを全員支えるため、そちらに魔力を集中させていた。その重さはまさしく命の重さであり、もし彼女が崩れれば今も空中道路にいる者たちが軒並み落下することとなる。
二人が人命救助に尽力している中、バーベンベルク家当主のスパーダは障壁魔法を足場にして飛びマウントバグを踏み潰した新たな脅威を探していた。
(あれは、人為的だった)
自身の身体感覚にも一定の喪失が見られたことと、手で紙でも破るように障壁を破壊されたことはスパーダとしても気掛かりだった。その直後に連れ去られた蠅の王を追ったミナと努についても目視し、空中でその首が落ちたことは遠目ながらに確認していた。
そのことからあれは明確に蠅の王を狙った攻撃であることは理解した。だがその目的も戦力も未だ不明であるが故に、スパーダはそこから動くことはできなかった。子供たちが今も民草の命を救っている中、ここの守りを司るのは自分しかいない。
そんな未知数の敵を警戒しているが故に、スパーダは障壁内への注意が疎かになっていた。
「パワースラッシュ」
この混乱した状況下の中でも淀みなくフライで飛んでいたカミーユは、背負っていた大剣を振りかざしスパーダの張っていた障壁を大きく切り裂いた。その異変を左腕の切り傷と共に彼は察知したが、その間にカミーユとその後に続くロイドが障壁外へと出ていく。
「何やってんだっ……! ババァ!!」
「すみません! 失礼しまーす!!」
いくら緊急事態とはいえバーベンベルク家の障壁を斬ることは罪に問われかねない。そんな無茶を通して飛んでいくカミーユを前にアーミラは毒づきながらも、切り裂かれた障壁を潜り外に出ていく。それに無限の輪のメンバーも恐る恐る続いた。
「ヒール」
ギルド長と帝都出身のロイドが何やらきな臭い動きをしていることは報告に上がっていた。だがここに来てバーベンベルク家に牙を剥くのも厭わないほどだとは想定してなかったスパーダは、厳しい目付きのまま回復スキルを唱えて自身の傷を癒す。
スパーダはまだ進化ジョブを使えるほどレベルを上げていないとはいえ、レベル80の白魔導士であり回復スキルを用いることが可能となっている。それは自身と感覚を共有するが故に怪我も付き物である障壁魔法との相性は良かった。
「守りは任せるぞ、スミス」
「はい、父上」
それから空中で制御不安に陥っていた探索者の保護を一先ず終えたスミスにそう言い残したスパーダは、謎の足形を残したであろう敵と対峙している努たちを捉えた。
既に大きな雷と共に精霊が飛来し、二対の竜が現れたことは遠目から把握はしていた。その両者がここから見てもわかる規模のブレスを放ち、その内一体が迷宮都市に接近している。
「私たちも出撃できます」
探索者たちの大半は神のダンジョンで鍛え上げたステータスとスキルを失ったことで恐慌状態になっていたが、その中でいち早く戦力を纏めたのはステファニー率いるアルドレットクロウの者たちだった。
「……では、頼む」
妙な力が働いているこの状況では探索者といえども命を落とす可能性は少なくない。だがそれも覚悟の上であることはステファニーたちの目を見れば言うまでもないと判断し、スパーダはアルドレットクロウ数十名の同行を許可した。
そしてスパーダたちは障壁を一部解除し迷宮都市に近づいていた二足歩行の七メートル近い竜と、それを相手取っているガルムたちの援護に入った。アルドレットクロウの後衛が攻撃準備に入る中、コリナが太い叫び声を上げる。
「この竜はギルド長です!! 殺さない程度に痛めつけて障壁魔法で保護してくださぁい!!」
「ギルド長……?」
それはにわかに信じられない言葉ではあったが、コリナがこの状況で嘘を言うとは思えない。神台で彼女の人と成りはある程度把握しているアルドレットクロウの者たちは、詠唱しようとしていた内容を変えて威力を弱めた。
「パワーアロー」
「ブリザードクロス」
「ボルテニックブラスト」
「むぅん!」
『グゥゥゥ……』
遠距離から繰り出されるスキルの応酬に神竜が身を縮めている内に、その余波を受けながらも接近していたコリナが強烈な一撃を叩き込んで怯ませる。
いくらステータスが半減しているとはいえ、アルドレットクロウの探索者たちは既に落ち着きは取り戻していた。それに四季将軍と比べればさしたる相手ではなく、人数制限もない状況下において制圧自体は容易かった。
そして神竜が怯んでいる内にスパーダはひも状の障壁魔法を展開し、彼女の手足を縛って地面に転がした。その上で更に障壁を展開して神竜を捕らえる。
「イーグル……ちっ」
戦闘終了後に放った矢と視界を共有する索敵スキルを用いようとしたディニエルは、それを使えないことに舌打ちを漏らした後に弓矢を下ろす。そしてコリナを首だけで促し残った努たちの援護へと向かおうとしたところを、ステファニーが呼び止める。
「私たちも援護しますわ」
「相手は帝都の神。数で押せる相手ではなさそう」
「帝都の、神……? それはどういう……?」
「問答している暇はない」
神竜の対処は想像がついたが、あの神華と呼ばれている存在が規格外であることはディニエルもわかっていた。その助力は一刻を争うと判断したディニエルは不安定ながらもフライで飛んでその場を離脱した。それにガルムも有無も言わずに続き、コリナはあたふたしながらも手だけ振った。
【悲報】カミーユさん、簡単に制圧されるほどのクソ雑魚でした。
もしかしてカミーユって100階層すら超えてない?