第783話 妹みたいに思っとる
「バリア」
コリナが神華と打ち合い始める少し前、努は神の見えざる手足によってユニークスキル以外の者たちが被害を受けないように大規模なバリアを張った。そしてバーベンベルク家当主であるスパーダに対して頭を下げた後に進言する。
「あれは帝都の神のダンジョンを生み出した神華という存在みたいです。マウントバグを神の見えざる手足というスキルで踏み潰したのと、神竜人を変化させたのもあれの仕業です。ユニークスキル持ち以外では対抗できないので、少数精鋭で挑むのがいいかと」
「……神華か。秘跡に描かれていた者には似ても似つかないが、神竜人を変化させたことを見れば本物であろうな」
訳知り顔で髭を撫でたスパーダを前に、努は少し目を見開いた。
「……知っているんですか?」
「バーベンベルク家が代々管理してきた秘跡に神華の存在については刻まれていた。とはいえ、薬屋のエルフでも神華を見聞きしたことはないと聞いた。私自身もあまり信じてはいなかったが」
スパーダはそう言いながら手を振り、弓矢を打つディニエルの身体に障壁魔法を纏わせた。弓を操る手などには付与せず、かといって守りも薄すぎない塩梅。
「神華が振るう手足もまた魔法に過ぎないと記されていた。バーベンベルク家であれば神に抵抗するぐらいの助力は可能だ。力を貸そう」
「……神華が人間を殺す気がないのも、まだ余裕がある今だけかもしれません。マウントバグを踏み潰した時のようなことが起きるかもしれませんし、出来れば退避をお願いしたいのですが……」
「私は貴族として民を守る責務がある。その民の中には当然、貴殿らも含まれている。私に神華へ対抗できる力があれば尚のことだ。……ただ、それは貴族である私に限る話だ。アルドレットクロウの者たちは退避してくれても構わないのだが――」
「私は既に覚悟を決めてここに来ました。問題ありません」
そう言って後ろを振り返ろうとしたスパーダに構わず、ステファニーは瞳孔が開き切った目で食い入るように補足した。そんな覚悟ガンギマリな彼女を前に努は頭を押さえる。
「ステファニー。それに皆もステータスやスキルが半減してるだろ? その症状を起こしたのも神華だけど、ユニークスキル持ちはその影響を受けてない。それに神の見えざる手足で人質に取られる可能性も高い」
「それであれば、ツトム様だってそうでしょう? ユニークスキル持ちのクランメンバーのために残っているのでしょうが、であれば私も同じです。もしこれでのこのこと引き返した後、ツトム様にもしものことがあった時に私は死んでも死に切れません」
「……ちょっとこっち来て」
このままでは埒が明かないと判断した努はステファニーの手を取り、アルドレットクロウの者たちから距離を離してバリアで防音対策を施した。二人っきりの空間に連れ込まれたことに彼女は期待半分、警戒半分といったところだった。
「……力づくで、気絶でもさせるおつもりではないでしょうね?」
「僕がステファニーに力づくで勝てると思う? ……いや、今なら勝てるのか? まぁそれはそれとして、ヒール、ハイヒール、メディック」
努はそうぼやきながら、彼女との間で最小限のスキルを披露し続ける。初めは何をしているか理解できなかったステファニーであったが、その種類が半分を越したところで息を呑んだ。
「僕は迷宮都市の神のダンジョンを作った、神威っていう神の関係者なんだ。だから神華のノースキルノーステータスは効かなかったし、神の見えざる手足も通用しない」
「そう……なのですか」
「だから僕の安全は保障されてるし、むしろステファニーたちが人質に取られる方が厄介なことになる。そういうわけだから、退避してもらえる?」
そんな状態なのであれば自分たちがむしろ足手纏いになってしまうことを、ステファニーならば理解し退いてくれる。それを見越して努は自分の隠してきた出自を開示したが、彼女はふるふると桃色の縦ロールを揺らす。
「いいえ。退避は致しません」
「……いや、何で?」
「私とユニス、一体何処で女としての差がついたのか。それを考えない日はありません」
ステファニーの独白にも似た言葉に今度は努が困惑する中、彼女の心境は渦巻く。
弟子の時代では自分が努からの好印象をリードしていたはずだ。自分は努の言うことを素直に吸収し、弟子として一番の成果を出していた。その点ユニスは我儘ばかりでまともな師事もせず、努から心底見放されていたのは間違いない。
ただ男からすれば何でも言うことを聞くいい子ちゃんよりも、暴れ馬の方に惹かれることもあると後から知った。その点を見ればユニスの方がむしろ加点があったのかもしれないが、努がそれになびいている様子もなかった。
明確な差が生まれたのは、王都で起きたスタンピードでの出来事。王都の大貴族であるブルックリン・カンチェルシアの裏切りにより、努が障壁魔法に囚われてしまった時。自分が仲間に止められている最中、ユニスは単身で飛び出し努を助けに向かった。
それはステファニーからすれば無駄どころか足手纏いになる行為だった。当時の白魔導士が単身で飛び出したところでオルビスには敵わず、障壁魔法すら破れない。意味のない独断特攻。結果としてもただの足手纏いに他ならなかったはず。
しかしそんな愚かな行為が努の心を動かした。あの時、自分が仲間の制止を全力で振り切っていれば。ただの白魔導士が感情に任せて飛び出したところで何になると、余計な頭を働かせなければ。
「もう、同じ過ちは繰り返しませんわ。私も命懸けでツトム様に寄り添います」
「……足手纏いだってことがわからないわけじゃないでしょ?」
「えぇ。むしろツトム様は足手纏いに振り回される方がよろしいのでしょう? でしたら私も存分に振り回してあげます。あの女狐に出来ることが、私に出来ないとお思いで?」
「何を拗らせたらそんな発想になるんだよ……」
努は思わず目頭を揉むが、ステファニーは曇りなき眼を逸らさない。並大抵のことでは退きそうにない彼女を前にため息も漏れる。
「ステファニーは180階層で僕と渡り合った唯一の弟子だろ? 僕がいない間にも最前線で磨きをかけていたステファニーを誇りに思ってるし、白魔導士としての実力に男だ女だは関係ない。それを混ぜた評価なんて、ステファニーだって嫌いなはずだろ?」
「えぇ。女の側面で実力不足を見逃してもらおうとするヒーラーはクソ喰らえですし、それを甘やかす輩共もくたばった方がよろしいかと。その点、ツトム様はあの女狐に惹かれているようですが、それでも白魔導士としての実力を濁すことは致しませんでした。それに関しては、深い感謝を」
そう言って頭を下げたステファニーは、顔を上げると一歩前に出た。
「ツトム様がヒーラーとしての実力を認めて下さっていることは理解しておりますし、それは私にとって望外の喜び。男女の関係でそれに水を差すのはよろしくないという考えもわかります。ですが……」
ステファニーは一歩下がった努を逃がさず抱擁を交わす。その両腕は首に回され、ステータス半減も構わず彼の顔を引き寄せ耳元に口を寄せた。
「両方あるに越したことはありません。私は欲張りですので」
ステフ次の器にされるなよー!?