第784話 致すなよ
(だっっっる)
この緊急事態を前に何を一人で舞い上がってるんだと努は内心ぼやきながら、首元に顔を埋めてきているステファニーを目で見下ろしていた。今も仲間たちが蘇生もできない環境下で神と戦っている中、男女でもつれている場合ではない。
(それこそユニス相手だったら初めからバリア内にアンチテーゼのスキルを満たして気絶させてただろうけど、ステファニーはなまじ話が通じると思ったのが間違いだったか)
思わず出そうになる舌打ちやら、何度も漏れ出そうになるため息を我慢している努はそちらに思考リソースを取られて終わっている顔をしていた。そんな顔をステファニーに見られるのは不味そうだったので、おずおずと顔を上げようとした彼女の頭を手で軽く押さえる。
「っ!」
するとステファニーは嬉しそうに手を背中に回して更に抱擁を強めた。そんな彼女を傍目に努は神華と戦っているコリナたちを遠目に眺める。
(レベル999のステータスオールS+を正面から相手取ってるのか。流石だな狂戦士ムー。ディニエルも障壁魔法のおかげで神の見えざる手足も多少は防げそう。エイミーも入ればどうにかなるか?)
神華とも一先ずは戦いになっているコリナたちの戦いぶりを見て努は安堵し、急に女を出してきた弟子への失望も少しは落ち着いてきた。汗ばんで熱気を孕んでいる桃色の頭から手を離し、呼ぶように肩を叩くもまだ顔は上がらない。
(足手纏いになられるのも困るし、迷宮都市まで下がってくれるなら一番良いんだけどな。出自バラして損した。まぁユニスたちまでここにいないだけマシなのか? しかしステファニーが来てあれが来てないとなると、ステータス全部剥奪でもされてるのかね)
だがここで素直な気持ちを口にしたところで、ステファニーが引き下がるとも思えない。それこそ探索者としての実力と女の欲望を同時に満たしてほしい欲張り者だ。それで神華に人質に取られた時、見捨てることになるのも忍びない。
「落ち着いた?」
「……いいえ」
「少しは聞き分けろ。この間にクランメンバーが危機に陥ってたらどうするんだよ」
それでもまだぎゅっと抱く力を強めたステファニーを無理やり引き剥がした努は、先ほどよりはよっぽどマシな顔で呆れ笑いを零す。
「そんなに寄り添いたいなら勝手にするといい。ただ、これから僕がかけるバリアが割れたら無理はするな。いくら命を賭けるにしたって、僕の見えもしないところでマウントバグみたいに踏み潰されたくはないだろ? バリア」
障壁魔法のように自由自在とまではいかないが、直接触れて少し時間をかければ人の身体にバリアを這わせることも可能ではある。神威からこの世界に招待されている努のスキルは、ユニークスキル持ちと同様に神の見えざる手足を弾き飛ばせる。
「……でも、もしこれがユニスであれば、ツトム様が自らお守りしそうですが」
少しむくれた顔を見せたステファニーを前に、努はバリアをかけながら目を細めた。
「やたらとユニスに対抗してるね。単に横取りしたいだけなんじゃない?」
「……ツトム様をあの女狐に盗られるくらいなら、私が取ります。そうするべきだったんです」
「そもそもいつ僕がユニスに盗られてたんだよ。僕は探索者の女性と付き合う気はないし」
するとステファニーは視線を下向かせて歯噛みした。
「探索者を引退して嫁に入るとぬかしていて耳障りなんです。ヒーラーとして勝てないとなれば女の幸せに逃げようとするあの浅ましさ……。あんな女狐はツトム様には到底相応しくありません」
「別にユニスと付き合ってるわけではないけど、だからといってステファニーに僕の付き合う人をどうこう言われる筋合いもないけどね」
「でもあの女狐と付き合うくらいなら私でもよくないですか? 私の方がお慕いしておりますし、ツトム様のこともよく理解していると自負しております。確かに探索者を引退するのは少し調整の時間がかかるかもしれませんが、結婚していただけるのなら是非とも」
「何で僕が認めたヒーラーを自分で引退させなきゃいけないんだよ。無理無理」
そんな努の拒絶にステファニーは当然と言わんばかりに頷く。
「今の私ではあの女狐に魅力が及ばないのもまた事実なのでしょうね。ではこの難局を共に乗り切り、ツトム様と初めての共同作業と致します」
「致すなよ。はい、バリア割るなよ。あとでバーベンベルク家の障壁も重ね掛けしてもらってね」
そうこう話している間に神の見えざる手足対策のバリアを張り終えた努は、どっと疲れた顔で防音の壁も解いた。そしてすたすたと残っていたアルドレットクロウの者たちに向かう途中を、ステファニーが追いかけて横に並ぶ。
「マウントバグみたいに潰される可能性もある相手だよ。ここまで来ちゃったからもう引き返せない人もいるでしょ? 帰れるうちに帰った方がいい。障壁魔法も無尽蔵ではないんだし」
すると既にバーベンベルク家の障壁魔法を付与されていた年若い男性は、今も身につけているツトム製の刻印装備を見やってにへらと笑った。
「流石にステファニーさんほどの覚悟はないけど、あんたには世話になった。スパーダ様の障壁魔法があれば蟻ん子みたいに踏み潰されるわけでもなさそうだし、やるだけやってみるさ。無理そうだったら勝手にとんずらさせてもらうけど」
「正気の沙汰とは思えないね」
「探索者は正気じゃ続けられないって先輩が言ってたし」
「あぁ、そう」
その他にも努が手ずから作った刻印装備を授けた命知らずたちを見回す中、迷いが見える者もいた。ステファニーに賛同して付いてきたはいいものの、まさか神と対峙するとは思ってもいなかった者たち。
「……ミケラ、落ち目を狙って刻印装備を渡されただけで、命を賭けるような真似なんてするもんじゃない。夫のところに帰ってあげな」
「わっ、わたしだって、ツトムさんに探索者生命を繋いでもらったといってもいい! その恩は返したいっ!」
「もしこれで仮にミケラが死んだとしたら、僕はどんな顔をして君の家族に報告すればいいんだ? その方がよっぽど嫌だよ。それに帝都の神のダンジョンを作った神華と敵対するなんて、事前に聞かされてたわけじゃないだろ? さっ、帰った帰った」
そう言って努はミケラの背中を押してやり、その他の者たちも決意を翻しやすいよう声をかけていった。その説得によって半数近くは退避させることができ、障壁魔法の魔力を節約させた。
そんな者たちが迷宮都市に帰っていくのと入れ替わるように、青の翼をはためかせた鳥人が降り立った。
「師匠、ういーっす。一体どうなってるっすか?」
「今、コリナがステータス奪った神様と交戦中だね」
「か、神様っすかぁー……。まぁー、実際にみーんなステータスなくなってるっすから、信じるしかないっすけど……信じられないっすねぇ」
「バリア」
半減したステータス下での魔流の拳が使えるよう調整を終えてきたハンナは、そうしみじみと呟きながら遠巻きに神華を見やる。そんな彼女の肩に触れながらバリアを付与し始めた努は、神華の概要を説明した。
「ま、見方を変えれば白門のレイドボスみたいなものだね。それを外の環境でやらされるのは癪だけど、どうにかするしかない。ノースキルノーステータスの効果がいつ消えるのかもわからないんじゃ、探索者たちもパニックになりかねないし」
「っすねー。……でもなんか、コリナたちだけでもう終わりそうじゃないっすか?」
こうして努たちが話している間にもコリナたちは神華と戦っているが、神龍と化したアーミラが細かなブレスで援護しロイドに牽制していた。そのおかげで自由に動けるようになった龍化結び中のエイミーによって、勝負はコリナ側に傾き始めていた。
「用心するに越したことはない。ハンナは一旦神の見えざる手足が動くのを確認してから参加してくれ。空間が揺らぐとはいえ透明なのは厄介だからな」
「ういーっす」
「それじゃ、ステファニーたちも行くよ」
「了解しましたわ」
そしてバーベンベルク家当主スパーダの個人障壁も済んだところで、努たちは援護に向かった。
恋愛なんてする暇あったらダンジョン行くだろの精神だし引退するまでは絶対無理だろ
引退後なら探索者同士のギスギスも無くなるからある程度はいけるんじゃね?
まぁ引退したらクラン運営にのめり込んで恋愛なんて知らねーってなりそうな気もするが