第786話 好き嫌いは同じ
「しゃっ!!」
「う゛う゛ぅ……!」
エイミーの身体を乗っ取った神華に脇腹を抉られてなお追撃を受けて吹き飛ばされていたコリナは、右腕を振るいモーニングスターで頭を狙おうとする。
「うぅ……」
エイミーは自分が看護師をしていた頃から神台に映っていたアイドルで、無限の輪に入ってからは自分なんかに神の眼映りのレクチャーをしてくれた。帝都のダンジョンから帰ってきた後も三年の空白期間を感じさせない持ち前の明るさで、クランハウスを照らしてくれた。
そんな彼女に対して殺すことも辞さない攻撃を与えることは、コリナにはできなかった。その目に涙が滲んだ彼女に対し、神華はにんまりと笑う。
「仲間が相手となればその有様か? 人間じゃのう」
「コンバットクライ」
そしてコリナの顔面を抉ろうと双剣を振るう最中、二人を赤い闘気が包み込む。その不意打ちにより本能的にガルムを見た神華の足を狙った強矢。
だがそれはエイミーの身体を受肉体としている神華のチートじみたVITによって弾かれた。その結果を前に次の矢を番えながら距離を詰めていたディニエルは目を見開く。
「お前……なんだ?」
双剣士にしてはあり得ない身体の頑丈さも相まって、ディニエルは小さい頃から見てきた彼女が異質な存在に変貌していることを嫌でも理解させられた。すると神華はそのエルフの情報を脳から読み取った後に立ち止まり、血の付着した双剣をふりふりした。
「やだなー、ディニちゃん。このわたしを忘れるなんてひっどいなー? ボケるにはまだ早いよー?」
先ほどコリナに止めを刺そうとしていた剣呑な空気が霧散し、その口調や神光が収まり以前のエイミーと一切変わらなくなる。そんな変化に対しディニエルの矢先が震えた。
「寄生虫が、友の真似事をするな。気色が悪い」
「えぇー? ひっどーい」
「エイミーを返せ」
「だから、わたしはエイミーでもあるんだって。ちょーっと頭を打って二重人格になっちゃっただけ!」
「死ね」
「なら本当に頭でも撃ってみるー? そうしたらわたしもちゃんと死ぬよ? さっきもクリティカル判定でしっかり死にかけたし!」
そう言って楽しげにとんとんとおでこを指で叩くエイミーを前に、ディニエルは歯噛みしながら振り絞った矢を放つことはできなかった。その横を努はすり抜け、内臓が飛び出ているコリナに治療を施す。
「メディックルーム、ハイヒール……」
こぼれた腸から感染症を引き起こさないよう除菌してからコリナの腹に押し込み、ハイヒールで傷口を接合する。それで土色になり始めていたコリナの顔色がマシになり、息を吹き返したように吐血し意識が戻る。
一先ず命は繋いだコリナから目を離した彼は状況把握に努める。神華にエイミーの身体が乗っ取られた。あの口ぶりからしてその対象を好きに選ぶことはできないようだが、その条件はユニークスキル持ち以外、もしくは帝都のダンジョンに潜った経験のある者に限定されるだろう。
そしてロイドは治された女性を肩に担いでフライで浮かぼうとしている。それを見逃さなかった努がすかさず声を上げる。
「アーミラ! ロイドを逃がすな! 神華が元々入っていた奴は確保しとけ!」
「不死鳥の! 少しは働いてもらおうか? 狐目を守っておけ。こちらも受肉体の動きに慣れておらぬでな!」
エイミーの身体を奪還するためにも元々入っていた器は確保しておく必要はあると判断した努の声に、神華も対抗して指示を出す。
コリナたちが神華と戦っていた間、アーミラたちは努のバリアとバーベンベルク家の障壁魔法の処置が完了している。そのため神の見えざる手足を不必要に怖がる必要がなくなり、その分アーミラが自由に動けるようになっていた。
『ガアアァァッ!!』
「不死鳥の炎」
ロイドが担いでいる女性が彼の妹であることは知らされていたヴァイスは、大きな翼で守るように炎を展開した。
「っ!」
だがそんな彼に目掛けて雷鳥は嘴から雷撃を飛ばし、その炎を散らした。更にその余波でヴァイスの身体を痺れさせて動きを止める。
殺してしまえば炎と共に巻き上がり死の淵から復活する不死鳥。その不死性に対する対抗手段として、雷鳥は電気による制圧を試みて神威に生み出された。その対抗手段を遺憾なく発揮した雷鳥が放った追撃の雷により、ヴァイスは電撃により制圧され無力化された。
そしてリーレイアやハンナたちが緊張の面持ちで努たちと合流している間に、神華はその受肉体のスペックを確認するようにストレッチしていた。
「ほう? やはり妾のダンジョンで育った探索者とは違うな。進化ジョブに、レベルも……。おぉ! 999を超えるのう! それにステータスもSS+まで存在するのか! いやはや、全く。神威も気が置けぬなぁ? この娘を妾のダンジョンに来させたのも献上するためだったか! 愛い奴よのぅ」
「……?」
そんな神華の独り言に近いぼやきに対し、努が指にはめている守精指輪から微弱の電磁波が流れる。それは本来通じぬはずのものであったが、先ほど努がステファニーに対して似たような感情を持った手前もあってか、より彼へと伝わった。
「神の見えざる手足、ブースト」
その違和感に努が気を取られている内に、神華はスキルを用いて加速する。迷宮都市にある神のダンジョンで最前線を務めているエイミーは、いずれAGIがSS+にも届くスペックを持っている。それを引き出した神華の速さはレオンをも凌ぐ。
「……っ!?」
「ノースキルノーステータス」
気付けばその頭を掴まれていたリーレイアが神華の速さに目を剥いたのも束の間、直接干渉しての詠唱により彼女のスキルとステータスは全て剥奪された。
「なんじゃ? 精霊術士を消せばあの鳥も消えるはずじゃが、消えぬのか」
その喪失感で力が抜けてへたり込んだリーレイアを放った神華は、戦線に復帰していたコリナに迫る。
「貴様の特異はその目じゃな。じゃが、こやつの脳を見る前からその対処はわかっておったぞ?」
「ぐっ……!」
先ほどの戦闘より更に上がったDEXから繰り出される絶技。だがコリナはそれを黒い靄として認識ができない。それはあくまで手の指を落とすだけに留め、彼女の命には別状がないからだ。
そしてその指をも双剣で細切れにして簡単に接合できないよう処理した神華の頭に矢が迫る。だがそれは突如として見えない何かに弾かれた。
「妾から貴様らに触れることは出来ぬが、ユニークスキル持ちでなければその逆も――」
「ミスティックブレイド」
話の途中で乱入してきたガルムの進化ジョブを開放しての、心臓を狙った一突き。それも神華の頭からすっぽり覆うようにされていた神の見えざる手によって阻まれたが、拮抗し貫く気配を見せた。
そんな状況を前に神華は目を丸くしながら巨漢の犬人を見つめる。
「この受肉体、貴様のことが大層嫌いなようじゃな?」
「…………」
「手鳴らしには打って付けじゃの」
それから繰り出される目にも止まらぬ双剣で乱撃。ガルムは初めの数合こそ防いだものの、パリィも叶わずなます斬りにされその鎧の隙間から血を流して倒れ込んだ。
「ゼノとダリルはここにおらぬのか。して、そこの鳥人」
「……あたしのことっすか?」
「お主は魔拳の類いを使えるのだろう? 時代に何人かは見かけるからの」
瞬く間に三人が無力化されたことでハンナは舌で歯をなぞっていたが、そんな問いかけで師の心残りについて思い出していた。
やたらと煽ってきよるな草