第787話 キョウ↑タ↑ニ↑ツトム

 遥か遥か昔には神というものが本当に実在し、武を極めた者は神に挑める資格を有することができたという。出来ればそんな時代に生まれて自分の全身全霊をぶつけてみたかったとメルチョーは口に零し、ハンナは最期にその役目を担って老体の願いを叶えた。


(あれ、じいちゃんが言ってた神っぽい……?)


 師がぼやいていた対象であろう存在を目の前にしたハンナの青翼がざわつく。その武者震いに近い状態のハンナに対し、神華はふと気付いたように指を鳴らした。するとハンナの失われたステータスが一気に戻り、普段の感覚と変わらなくなった。


「魔拳の使い手と相見えるのは二百年ぶりくらいかの? 前は妾の手足に対抗こそできたが、如何せん半端者が多かった。少しは退屈しのぎになることを期待しておるぞ? 現代の魔拳使い」
「上から目線が凄いっすねぇ……?」


 せっかくステータス半減下の中で調整したことが意味をなさなくなったハンナは苦笑いしつつも、マジックバッグから炎の中魔石を取り出す。その魔力を吸収して砕いた後、神華が攻撃してこないのを見るや否や風の極大魔石を取り出す。


「ハンナ! やめ――」


 複数の属性魔石を割ろうとしている彼女を見た努が止めようとした最中、彼の眼前に双剣が突き出される。続く射撃音が努の目の前に移動していた神華を捉えたものの、神の見えざる手によって防がれた。


「ツトムー? 余計なことは言わずに大人しくしてよっかー? わざわざ痛い目に遭いたくないでしょー?」
「…………」
「回復スキルとかも使わないでよー? また無力化するのも面倒だし。じゃなきゃ本当にコリナ殺しちゃうからねー♪」
「不愉快」


 受肉体の記憶を基にエイミーを模倣する神華を前に、ディニエルは眉間に深いしわを寄せている。それに対して神華はけらけらと笑った。


「妾は受肉体をおもんばかっているだけなのじゃがなぁ? あの犬ころと違って貴様らは随分とお気に入りらしい。お主とてどうせこの受肉体は殺せぬのだし、弓を下ろして大人しくしておれ。受肉体の記憶に反して傷つけるのは気が重いのじゃ」
「……なら、エイミーの意識はあるのか?」
「いんや? 妾が人形を用いてままごとをしているだけで、単に気分の問題じゃよ。あっ、それと妾が支配している間に受肉体の意識が戻ることはあり得ぬから、涙ながらに呼び掛けるのもよしてくれな? そういう類いのやり取りはもう飽き飽きしてるのじゃ」
「それなら一つ、聞いておきたいことがある」


 弓を下ろして問いかけてきたエルフに、神華は面白そうに片眉を上げた。


「ほう、何じゃ?」
「ツトムの、フルネームはなに?」
「器のフルネーム? ……そんなことを聞いてどうするのじゃ?」
「答えられないならいい」


 そう言って視線を切ったディニエルに対して神華は少しむっとして白い尾を揺らめかせた。そして記憶を探るように猫耳をうにゃうにゃさせた後に顔を上げた。


「……キョウタニツトムじゃろ?」
「……そう」


 それはこの世界に住む者たちからすれば聞き馴染みのある発音であり、エイミーも同様だった。だがディニエルだけはその名字本来の発音を知っていた。

 その答えで信じるべきものを明確にしたディニエルは、神華を指差してハンナに呼び掛ける。


「ぶちかませ」
「……何なのじゃこのエルフは? のう、器よ」
「……さぁね」
「もう準備終わったっすよー!!」


 そんな発音チェックなんかで自分が敵認定されかけていた努がホッとしている間に、ハンナの魔力補給が完了した。


「師匠! 手出し無用っすよ! あたしに任せるっす!」
「…………」


 そう言って努に手を振る彼女の翼はその羽根に様々な魔力属性が蓄えられ、色鮮やかな七色に染まっていた。それを行った後の反動がどうなるかは努にも窺い知れない。


「ガルムたちの仇はあたしが取るっす!」
「……いや、勝手に殺すなよ。というかそれ、単にお前がやりたいだけだろ!! 顔からしてもうわくわくしてるのが丸わかりなんだよ!」
「……そっ、そんなことないっす! 失礼しちゃうっすねぇ!? 仲間のためっすよ!!」


 勿論、ガルムたちを傷つけた神華に対しての怒りはある。それにあいつはエイミーの身体を乗っ取った悪い奴だ。だがメルチョーが生まれる時代を間違えたと言わしめる存在に対し、自分の全力が通ずるのか試してみたい――そんな気持ちがないと言えば嘘になる。


「これは仕方なく! 仕方なくっすからぁ!!」


 その建前を理由にマジックバッグをもぬけの殻にしたハンナを前に、後方にいるコリナも何処か呆れた目をしていた。それを傍目に神華は感心したように顎を撫でる。


「魔拳は属性を複数扱えぬ制約があったはずじゃが、あれから進歩したのか。花火としては鮮やかで丁度良いわ」
「行くっすよーー! フレイムキーーック!!」


 そして拳闘士のスキルに合わせて炎の魔力を付与したハンナの飛び蹴りを合図に、二人の戦闘が始まった。


「……僕は神華側じゃないからな?」
「みたいでよかった。もしそうならエイミーの分まで半殺しにするだけじゃ足りなくなる」
「あれだけで判断されるなんてたまったもんじゃないけどね」


 神華が努の元いた世界を知らないなんて保証もないため、努は別の意味で冷や冷やさせられながらもハンナの戦いを見守る他なかった。

 コメント
  • 銀爺 より: 2026/05/21(木) 6:37 PM

    更新ありがとうございます!
    ディニちゃん、怖い子っ!
    仲間敵判定がブレる可能性がある方法はやっちゃダメっすよ。。
    てか、メルチョーって迷宮でハンナとタイマンしたのかと思ってたけど、ハンナがぶっ◯した可能性もワンチャンあるのかー。
    まぁその場合は、メルチョーの望みっぽいけども。
    何にしろ、七色の拳がどんなか、楽しみだぜ!

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 6:46 PM

    なんてこんなのんびりしてるの?何待ち?神威待ち?

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 6:47 PM

    メルチョーは死んだ描写あったしぼやいてたってくらいだからフツーに日常の会話の中での一場面じゃないの?
    アクセントで判別は伏線っぽくて好き。
    なーんかシンカは強敵だけど小物っぽさが消えない…階層更新残ってるし、あくまでも章ボス的な感じなんかね

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 6:57 PM

    この件入れるならたまたま神華が地球のイントネーションで話して努の足がまた撃ち抜かれた方が面白かったかもしれん

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:05 PM

    更新ありがとうございます!
     
    ハンナはこういう精神性だから魔流の拳の継承者足り得るのかも
     
    ガルムの仇ー!→勝手に殺すな!のお約束感w

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:11 PM

    あれ、エイミーも一回正しく発音して努を驚かせてなかったっけ?
    「京谷努君〜?」みたいな。

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:16 PM

    610話の概ね正しい「キョウタニ君」か。まだ完璧には呼べていなかった

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:33 PM

    爆裂鳥娘、メンタルが乗ってるときの上振れ楽しみ

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:34 PM

    更新感謝ー!
    やっぱりバカ鳥…。
    冬将軍と嬉々としてやり合ってた爺さんが2年ほどでいなくなるとは思わんかった

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:37 PM

    やっぱりウザいなくそエルフ

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:44 PM

    メルチョーさんはツトムが帰ってくる前に死んでる
    細かい死因までは描かれてないけど

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 7:50 PM

    メルチョーは結構前に寿命で死んだって記載あるけど、別の話題の中でのさらっとした書かれ方だったからなぁ・・・皆もっとおじいちゃんに興味を持ってあげて!!

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 8:00 PM

    大谷翔平と同じイントネーション?

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 8:04 PM

    うっかりオーバーキルしないでねハンナ

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 9:02 PM

    この戦い、落とし所が難しいな。
    神華に勝てない→神威が出てきて無双
    という展開もなろう臭いしなあ。「最初から神威が出てくれば良かったじゃん」という感想になりそう。一方で、神華に勝てるビジョンも見えない。なんにせよ、ツトムがちゃんと活躍できると良いんだけど。

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 9:07 PM

    メルチョー死んだのはだいぶ前に語られてたでしょ

    ディニエルがツトムに疑惑かけるのは仕方ないわな
    急に戻ってきたと思えば神とのアレコレ、
    帰還の条件の一つが帝都のダンジョン攻略なせいでエイミー乗っ取られてるし

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 9:29 PM

    更新ありがとうございます
    518話の発音に関する会話が活かされて良かった

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 9:31 PM

    更新ありがとうございます!
    わからせ待機

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 10:10 PM

    メルチョーさんは死んだと結構前から認識してた
    どこかに書いてあったと思う
    老体の願いを叶えたのは
    「神と会ったら魔拳伝承者としてワシの代わりに挑んでね」
    くらいのもんでとくに命と引き換えに奥義伝承とかでは
    ないんでなかろうか。サウザーかよ。

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 10:12 PM

    まってた

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 10:15 PM

    「自分の全身全霊をぶつけてみたかったとメルチョーは口に零し、ハンナは最期にその役目を担って老体の願いを叶えた。」
    だからメルチョーに本気で戦ってる

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 10:20 PM

    ディニエルに正しい発音を教えたのは518話

    ハンナは下手すると翼自体欠損しかねないだろ。コリナの指も再生可能とはいえ、この戦闘が終わっても最前線に戻るのはしばらく時間がかかりそう
    勝ててもまた次の依り代に移るだけだしな。神威がツトムに乗り移るのを拒んでるのは元ライダンプレイヤーとして感情的なものなのか、この後のツトムの見方が人間側で変わることを恐れてるのか、まあ何らか事情があるんだろうが、神威の言いざまにはだいぶ頭にきてるみたいだし、そろそろリアクションありそうだよな

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 10:24 PM

    どっかに書いてあったとか朧げな記憶を頼りにするんじゃなくてまずは今話の本文を読もうよ

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 11:04 PM

    発音マウント

  • 匿名 より: 2026/05/21(木) 11:20 PM

    あー、神威は次元を越えて力を振るえるあたり、神華より格上になってんだろうなぁ…

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