第789話 不死鳥
神華は太古の人々の魔力を乗せた願いを原料に、イルミアという国が作っていた神の偶像や教義を器として生まれ落ちた。故に彼女は数千年の時を経ても肉体、精神共に壊れることはなかったが、それでも自分を願い生み出した人間の裏切りでメンタルが一時的に落ち込むことはあった。
そんな彼女がある種のメンヘラ期に突入した際、この世に存在し続けてしまう自分と近しい存在が欲しいと思うことはあった。その初めに作られたのが神竜人であり、次にペット感覚で作った不死鳥、最後は自身の半身を分け与えた神威である。
だが不死鳥は確かに神華と同じ時を生きることも可能ではあったが、不老ではなかった。そのため不死鳥は老化が進行した際は自身の身体を薪《たきぎ》と共に燃やして灰になることで生まれ直す必要があり、それは生きたまま火葬されるような苦痛を伴う。
初めは本能に刻み込まれた生まれ直しに対し、不死鳥は疑問を挟む余地もなかった。だが数千年過ごすにつれて不死鳥の脳は徐々に進化し、人にも近い思考能力を手に入れるに至った。そして自身の苦痛を伴う生まれ直しの本能に疑問を抱き、神華の鳥籠を飛び出した。
それから不死鳥は世界を飛び回りしばらくは人々を観察して回った。元々人の願いから生み出された神華の創造物ということもあってか、人に対する関心は一定持ち合わせていた。
そんな旅路の中で不死鳥が止まり木を探していた頃、ダンジョン内で一人戦うヴァイスに生の輝きを垣間見て、試しに彼に憑りついて生き返らせてみた。
それは不死鳥にとって単なる余興に過ぎず、何度か彼を生き返らせてダンジョンを脱出した後は抜ける予定だった。ただ彼が生き返った際に自身の生まれ直しも完了していた現象が起きたことで、人の魂に憑りつけば生まれ直しの苦痛を味わわずに済むことが判明した。
それから不死鳥はヴァイスの魂に憑りついたまま、しばらく時を過ごした。存外と人の視点で物事を見るというのも中々面白いもので、陰気な人間にも多少の愛着は湧いた。
もう数百年は居着いても構わないか、不死鳥がそう思っていた矢先に受肉体を用いた神華が出張ってきたのでげんなりとさせられた。それにヴァイスも何やら死にたいとのたまっているではないか! せっかくこの私が祝福を授けているのに何たる言い草! それに他の人間に引っ越しするのも面倒臭い!
それに憤りを覚えていた最中、更に自分を苛立たせる存在がヴァイスを苦しめた。恐らく神華とも違う創造物であろう、下品な色付きをした雷の鳥。その存在を前にとうとう堪忍袋の緒が切れた不死鳥は、電撃からヴァイスを守るため久々に現世へと顕現した。
『ピィーーーー』
『ギッ』
神華の創造物である不死鳥と、その対抗策として神威に生み出された雷鳥が対峙する。そして不死鳥は甲高い鳴き声と共に赤い翼をはためかせて神火を放ち、雷鳥はその嘴から天雷を放った。
一点集中されたその雷撃が神火を貫いて霧散させ、不死鳥の身体に風穴を開ける。だがそれは炎と共にすぐ塞がり、その余波で周囲を焼き尽くさんばかりの神火が広がっていく。それを障壁から受けたバーベンベルク家当主の顔が歪む。
『ギ』
雷鳥もまた黄金色の翼を広げ、その内側にある禍々しい紫色の内毛を見せつけた。既に紫電を宿らせていた内毛から放たれた幾多もの雷撃が、バーベンベルク家の障壁内で反射して回る。
『!?』
その乱反射によって神火が相殺されると共に、不死鳥とヴァイスの間にあった魂の繋がりも切れた。そのことに不死鳥が驚いている中、彼女の頭に糸のように細い紫電が繋がっていた。するとそれを通して雷鳥から意思が伝わってくる。
『退け。でなければヴァイスを始末するぞ?』
『貴様……妙なものを繋ぎよって! それに私とヴァイスとの繋がりまで断つとは!! 何たる不敬!』
『それはあくまで一時的なものだ。俺との接続を切れば繋ぎ直しはいくらでもできる。だがこれ以上邪魔立てするつもりなら、ヴァイスの魂に俺が繋ぐことになる』
『!? ふざけるな! ヴァイスは私の借り物だ!!』
雷鳥の寝取り発言を前に、不死鳥は思わずヴァイスを守るように翼を広げて睨みつけた。だが彼は微動だにせず視線を返す。
『退くのなら手出しはしない。神華と不死鳥を同時に相手するのは面倒だからな』
『……そも、貴様ら程度の集まりで本当に神華を倒せるとでも思っているのか? だとすれば神威というのも頭がおめでたいな。あんなものは神華にとって単なる余興に過ぎない』
魔流の拳継承者と魔力の競り合いを今も楽しんでいる神華に目を向けた不死鳥はそう告げて、下らなそうに視線を逸らす。
『腐っても私の創造主であり、仮に今の世界の生物を全て纏めたところで神華の魔力には及ばない。あの受肉体を倒したところで本体にはかすり傷程度だろう。さっさと神威とやらを出さなければ、この都市が滅びるぞ?』
『忠告痛み入るが、そろそろあちらの戦いも終わる。その前に退いてもらおうか』
『…………』
そもそもこの雷を操る鳥は、自分と同じように神威という存在に創造されたものだろう。であればそもそも生まれた年数は千年すら超えない。何故そんな若輩者に自分が指示されなければならないのか?
そんな驕りもあった不死鳥は雷鳥の行った魂への干渉を押し返そうとした。だがそれを行った途端に不死鳥の脳に電流が走り、視界が弾けて思わずよろめいた。
『……!? 貴様、貴様は……なんだ?』
『次はないぞ』
神華の次には生きている自分の干渉をも弾き飛ばした雷鳥を前に、不死鳥はすぐにヴァイスを鳥足で掴むと逃げるように去っていった。
『……ギィ』
そんな不死鳥を見送った後に頭をぶるぶると振った雷鳥は、虚空に文句でも言うように一鳴きした。
雷鳥つえー