第795話 小指ぴょこぴょこ
努たちがクランハウスへ帰ると、その玄関前にダリルが装備を着たまま先んじて門番のように立っていた。ただ努たちの姿を確認すると緊張した表情を和らげ、黒色の尻尾を千切れんばかりに振った。
「おかえりなさい! よかった、心配してましたよっ」
そんなダリルの定型的な言葉にすら身じろぎしたディニエルを努は目で制した後、何も知らなさそうな彼に言葉を返す。
「ただいま。ダリルはクランハウス守ってくれてたの?」
「はい! 初めはあの、ノースキルノーステータス? の影響で皆パニックになってたので、その鎮圧をしてた警備団を手伝ってました。ただこの状況だとオーリさんたちも危険かもしれないと思って、一先ずクランハウスにいておこうかなと」
「妥当な判断だと思うよ。ここに来るまでの道中も結構荒れてたし。オーリさんたちは無事だった?」
「はい! ただまぁ、僕が来るまでもなくしっかり施錠して立て籠もっていたので、いらない心配ではありましたけどね」
ダリルはそんな会話をしつつ何やら翼が禿げ上がっているハンナやら、萌え袖になっているコリナに視線を彷徨わせる。そしてクランメンバーの人数が合わないことに首を傾げた。
「アーミラとエイミーさんはどうしたんですか? あとゼノさんとも合流はできてないんですが」
「えーっとね」
それから努は端的に被害状況を説明した。エイミーとギルド長はノースキルノーステータスを放った元凶である帝都の神によって強制的に連れ去られ、自分たちは撤退を余儀なくされたこと。
「……えっ?」
それにリーレイアは全てのステータスとスキルを奪われ、ハンナは神に挑んだ代償としてその羽根を失ったこと。コリナも指を全て落とされており治療を終えるまで戦線への復帰は怪しいことを話すと、ダリルは呆けた顔のまま固まった。
「み、皆でも勝てなかったん、ですか……?」
「神のダンジョンを作ってるような存在が相手だったからね。ただ僕はこのまま指をくわえて待っているつもりもないから、一旦今いるクランメンバーたちで話し合っておこうかと思って」
「……なるほど。じゃあ、僕はゼノさん探してきますね? 多分家族の下だとは思うんですけど」
神華との戦いを経た努たちは自分よりよっぽど消耗しているだろうとダリルは気を遣い、すぐにそう提案し駆け足で外に出ていった。
そんな彼を見送ったディニエルはそのままクランハウスに歩く最中、込み上げてくる感情を誤魔化すように深いため息をついた。そしてクランメンバーたちに振り返って頭を下げる。
「今の私は普通じゃない。悪いけどしばらく一人にしてほしい」
「了解。夜にリビング集まってくれればいいから」
「よろしく」
そうして足早にクランハウスへと入っていくディニエルと少し間を空け、努たちも玄関から入っていく。扉を開けた先ではディニエルの滅多に見ない表情を垣間見た見習いのマリベルが浮足立っており、オーリも軽く目を見開いていた。
「皆さま、お疲れ様です。こちらでもある程度状況は把握していたつもりですが……」
「あー、僕らはその渦中にいるって感じですかね」
「……なるほど」
「ひっ、ひえ~……ひぇ~」
オーリは以前から手慰みで神のダンジョンに潜りステータス自体は得ていたので、それが喪失したことを実感したことで迅速に安全の確保を最優先としていた。ただステータスを持たないマリベルは彼女に言われるがまま行動していただけだったので、努の不吉な言葉に嘆く他なかった。
「詳しくはディニエルが落ち着いた夜に話すので、それまでは通常業務でお願いします。もし外に出る用事があるならクランメンバーを護衛に付けてお願いします」
「かしこまりました。ではそのように。マリベル、夕飯の支度を」
「はぃ~」
「しゃんとしなさい」
そうしてマリベルを連れて仕事に戻ったオーリから視線を外した努は、守精指輪に精神力を込めて精霊を呼ぶ。するとその呼びかけに応じて指輪から光の粒子が流れ、サラマンダーが顕現した。
『ビッ……』
サラマンダーは先ほど神華に逆らえず顕現できなかったことを申し訳なく思っているのか、かたじけないと頭を下げたまま動かない。
「あれに対抗するための雷鳥だったんだろうし、気にするなよ。それはこれから頼むことで帳消しってことで」
『ビャッ』
「それじゃ、リーレイアの警護よろしく」
『…………』
努はそう言ってサラマンダーを抱きかかえると、心ここにあらずといった様子のリーレイアにそれを手渡した。そんな期待外れの頼みを前にサラマンダーは渋面のまま努に視線を送り続ける。
「…………」
今も名残惜しそうに視線を努に向けているサラマンダーは、リーレイアが契約している個体ではない。ただそのトカゲとしてはあり得ないほど高い体温をその手で感じた彼女は、その温もりを手放しはしなかった。
「コリナは手、治療するからこっち来て」
「あっ、了解ですぅ」
「ガルムは一応警戒しておいてくれ。治安終わってるっぽいし」
「あぁ」
努は両者にそう指示を出しつつ、自分への指示を今か今かと待ちわびている様子なハンナを見下ろした。それからうーんと顎に手をやる。
「ハンナは……ステータス自体は元に戻ってるんだっけ?」
「戻ってるっすね! あたしも門番っすかね!?」
「いや、その枯れ木みたいな翼はなんか……見栄えが悪いんだよな。僕が怪我人無理やり働かせてるみたいじゃん?」
「……まー、気にする人は気にしそうっすよね? あたしは別に気にならないっすけど。むしろじいちゃんが挑めなかった神様に挑んだ勲章みたいな感じっす! ってか、これ師匠治せないんっすか?」
「そんな翼になってる鳥人、僕は見たことないね。普通に鳥人がよく通ってる病院とか探して診てもらった方がいいよ」
うちの病院では診られませんねと他の病院の紹介状を渡された形となったハンナは、そんな馬鹿なと目を見開いた。
「なんでっ!? まずは師匠が診てからでも遅くないじゃないっすか! で、自分の羽根をも犠牲にして戦った弟子を労わってほしいっす!」
「いや、なんかいきなり複数属性勝手に使いだして、こっちもびっくりしたっていうか。それもやけに思い切りがよかったし、お前なんか神華について知ってなかった?」
「……確かにじいちゃんからうっすら話は聞いたことあったっすけど、本当に神華なんてのがいるとはじいちゃんも話半分だったっす!」
「あー、バーベンベルク家も知ってはいたから、メルチョーさんはその情報を知るために仕えてたのか? で、お前はそんなじいちゃんから聞き及んではいた神華を相手に、魔流の拳継承者として全力を出したかったとか?」
「そーゆーことっす!」
「だよねー」
そんな高尚な理由で魔流の拳を使っているわけではなさそうだと思っていた努は、彼女の話を聞いて納得を深めた。
「それじゃあガルム、連れて行っていいよ」
「うむ」
「……えっ? あたしへの労わりは?」
「今は急患がいるんで、また今度ねー」
「えええぇぇぇ!? 嘘っすよねぇぇ!? 神もびっくりの一撃入れてやったんすよ? もっと褒めるなりなんなりしてほしいっす!」
「よせ。ディニエルに聞かれたら殺されかねんぞ」
「……!!」
ガルムの声掛けでようやくお気楽気分も抜けたのか、ハンナは口を噤んで固い動きのまま彼に付いていった。
そんな彼女を見送って苦笑いしているコリナの傍ら、努はマジックバッグから回復スキルの効果が上がる装備にサッと着替えた。そしてコリナの袖を捲って再生治療に入る。
「まずは小指動かそうとしてみて」
「はい」
「ハイヒール」
彼女の両手は全ての指が欠損したまま傷口が塞がり、六本足をもがれたカブトムシのようだった。そのうにうにと動く動作に合わせて努が回復スキルを唱え、小指の再生治療を行う。
本来であればその埋まった傷口を開いて骨から再生させるのが一般的だが、努は痛みを伴う治療は好まないため切開は行わない。
その代わり三年間見聞きした現代の医療知識と、この世界で実際に手を動かしての治療を掛け合わせる。その上で現状における最高峰のステータスと刻印装備によるゴリ押しも加えることで、その無理難題を解決していた。
「あっち見ててもらえる? 見ていてあまり気持ちの良いものではないから」
「え? むしろ見たいです」
「……ならご自由にどうぞ? メディック、ヒール」
随分と前のめりなコリナが欠損している小指を動かす動作に合わせ、努が治療を再開するとその箇所の皮膚が盛り上がり形成されていく。
「指の赤ちゃんみたいですね!」
まだ関節も爪もない小指のようなナニかを動かして感心しているコリナを前に、努は苦笑いを零す。
「これを初めて見た人はてっきり失敗したと思うのが大半なんだけどね」
「へー! ってことはこういう処置は既に何度もやられてるんですよね? 実際はどうしてるんですか?」
「基本的に形成途中は見せないようにしてたよ。その点、コリナは気にしなさそうだね」
「いやぁ、祈禱師だとこれは再現できない領域ですからねぇ……。まさに神のダンジョンの神秘というか」
それから骨が通り、関節が曲がり、爪も形成されて完成していく小指をコリナはずっと眺めていた。そしてその動きを確認するようにぴょこぴょこと動かす。
「この調子なら夜ご飯も好きに食べられそうですぅ!」
「そこなんだ、心配するの」
努は思わずそう突っ込みつつ、僅か一時間でコリナの右手再生治療を完了させた。
ダリルはクランハウスの警護に回ってたのか、ちゃんと自分で出来ること考えて動けるようになってて良かった。でも現地で脱いだフルアーマー、無茶苦茶邪魔になってそうw
ゼノはまあ家族のとこだろな、個人的にはみんながいうほどゼノの行動は変とは思わんけどなぁ・・・家族よりクランの仲間を優先しろとかパワハラでしかない。