第796話 あの、家族捨ててもらっていいですか?
「早く慣れるためにもいっぱい食べますぅ!」
「左手は明日でよろしく」
回復スキルによる軽度な欠損部の再生に関していえば、特段食事を摂って栄養を補給する必要もない。ただ再生した右手で嬉しそうにパンをひょいひょい食べているコリナに水を差すのも野暮なので、集中治療で疲れていた努は投げやりに返した。
そうしてコリナの治療をしているうちに、ダリルがゼノとその家族を連れてクランハウスへと帰ってきた。
「…………」
「すみません、お邪魔します」
三歳になった長女のフィロは見事に人見知りを発揮し母の影に隠れ、そんな子の手を取りながらピコが頭を下げる。それにオーリはとんでもないと目礼を返す。
「お気遣いなく。このような状況下ですから、ご家族ご一緒におられることが何よりの安心でございましょう。どうぞこちらへ」
「すまないね」
まだ一歳の長男であるゼインを腕に抱くゼノは、家族と共にクランハウスの客間へと案内された。そして子供たちを妻に任せてリビングに一人戻ってきた彼は、すぐさま頭を下げた。
「ダリル君から状況は聞いた。私がすぐに駆けつけていれば結果も変わったかもしれない。大変、申し訳ない」
そんな彼に対して努は目を丸くしながら、いやいやと手を振った。
「家族を顧みずに駆けつけられる方が怖いって。それにゼノの戦力があっても相手は神だったし、結果も変わらなかった。今は迷宮都市の治安も悪くなってるし、家族を守っておいて正解だよ」
これから聖戦始まるから家族捨ててもらっていいですか? じゃあるまいしと明るく返す努を前に、ゼノは顔を下げたままくしゃりと表情を歪めた。
「いや……私は……知っていたんだ。あの奇妙な詠唱が聞こえた時から、神華がやってきたのだと。王都に帰省した際、ロイドに身の振り方を考えるよう事前に伝えられていたんだ」
そんなゼノの独白にガルムは息を呑み、ダリルも目を見開いた。コリナは気まずそうに視線を彷徨わせ、ハンナはわけもわからず神妙な顔を真似ている。
ノースキルノーステータスにより身体感覚が変わったゼノは、ロイドが言っていた聖戦の始まりを予期した。そして家族を第一優先に動き、混乱状態に陥っている迷宮都市から脱出する手立てを実行しようとしていた。
ただその脱出案については、こんな状況下でも冷静さは保っていたピコに性急すぎると否定された。そしてまずは落ち着くよう諭され、そこまでゼノが焦っている原因は何なのか話すよう促された。
家族を巻き込むことは避けたいゼノは聖戦について話すことはなかったが、それでも夫が何か脱出を裏付ける情報を持っていることをピコは察していた。そしてそれは家族を守るためのことであることも理解していたのか、それ以上の追及はせず冷静さを取り戻したゼノに付いてきていた。
「…………」
ただそんなゼノの懺悔に対して、ガルムは神妙な顔のまま言葉を出せずにいた。もしゼノがロイドから秘密裏に話された情報を無限の輪に共有していれば、エイミーたちが連れ去られることも防げたかもしれない。
「そう、ですか……」
ダリルもまたゼノの優先順位に関しては思うところがあった。彼自身も無限の輪とオルファンどちらを取るか揺れたものの、最終的にはオーリたちを優先し孤児たちはミルルに任せきりの形となった。
自身も孤児であるダリルにとってガルムは兄のような存在であり、そんな彼が在籍しているクランで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたオーリたちにも近しい感情を抱いている。だからこそ無限の輪を優先したわけだが、それよりも家族というものは大事なのか? そんな家族からも捨てられた自分は一体何なのか。
そんな彼らの心情を察してか、コリナは治った右手をおずおずと上げる。
「えっと、実は私も王都に帰省していた時、そこに同席はしていまして……。ツトムさんにこっそり共有はしていたので、ゼノが情報を隠していたせいでどうこうなったわけではないと思いますぅ」
「……そうか」
コリナの補足に対してガルムは視線を伏せ、努はそれに同意を示してゼノの肩を叩き顔を上げさせた。
「うん。だからそこまで気に病む必要はないよ。それにエイミーを取り返すある程度の算段も、僕の中ではついてるから」
「そうなのか?」
そんな努の物言いにガルムが尾を持ち上げて反応した。ただ努もまだ判断しかねているため気まずそうに指で頬をかく。
「まぁ、それが確実ではないから困ってもいるけどね。結局は迷宮都市側の神様の対応待ちみたいなもんだから、それについては皆にも予め共有しておこうと思って。詳しくはディニエルが落ち着いて降りてきた夜にでも話すから、それまでは各自自由にしててね」
そうしてゼノ一家もまとめて受け入れた努は、彼に家族と過ごすよう促した。それからオーリはガルムたちを連れて買い出しついでに迷宮都市の状況を詳しく見聞きしにいき、ダリルもオルファンの孤児たちの様子を見に向かった。
「火事場泥棒とか来ないっすかね? 魔流の拳なしでもやれるか確認したいっす!」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ」
その間クランハウスの留守を任されてしたり顔であるハンナにそう突っ込みつつ、努は彼女の羽根の様子を診て回復スキルもかけてはみた。ただそれは枯れ木にヒールをかけているかのような手応えであり、現状で治す術はなさそうだった。
ピコ有能スギィ!