第809話 だりぃ~w
それから努はシルバービーストのクランハウスを足早に立ち去ると、自室に戻りユニスから仕入れた~身シリーズ刻印の内訳をあーでもないこーでもないと紙に書いてシミュレーションした。
彼女にしていた脳ヒールを片手間に頭の中で組み上げていた刻印装備の叩き台から、各クランメンバーに合うように調整する。机にかじりつくように背を丸めながら万年筆で紋様を描いては、ステータスカードを参照して書き慣れない刻印も写し取る。
そしてPTメンバー分の装備設計書を作った努は、これから作るのだりぃ~wと首を回しながら部屋を出て明かりもつけずに廊下をそろりそろりと歩く。
翌日の探索に間に合わせるためクランハウスにある倉庫から各人の装備が入ったマジックバッグを引き出し、一旦逆さまにして内容物を全て出す。それから刻印装備として使う物をピックアップして纏めた。
そして新たに刻印する装備だけを入れたマジックバッグを持って努が繰り出したるは、眠らない迷宮都市を作り出している深夜の神台だ。作業用BGMがなければ刻印などやってられない。
昼や夜と違って貴族の作った障壁席もなく、人通り自体は収まっている深夜。だが男連中は各神台に配置されている小屋のような席の前に並び、動画機によって録画映像が流れている神台を見て鼻の下を伸ばしている。
(うわ、めっちゃ小屋建ってる。ノースキルでバリア使える白魔導士減ったからかな?)
元々その席は白魔導士のバリアによって作られていたが、現在は担い手がいないからか代わりに掘っ立て小屋が乱立していた。ただこの土地自体はバーベンベルク家の管理下であるため、朝になる頃にはこの小屋は解体して綺麗にしておかなければならない。
そんな一夜城じみた手間暇をかけてでも解消したいナニカが男にはある。その刹那的な衝動を満たすための建造物を努は遠巻きにしか眺めない。小屋は神台の音を拾わなければならないため前面と天井は開放されており、それ故に栗の花の匂いが漂ってくることもあるからだ。
とはいえその臭いに関しては安い席でもなければ対策されているし、使い捨ての布としても扱える敗者の服が大量にあるため努としても公衆便所に対する認識に近い。ただ今日はそれよりも優先するべきことがあるだけだ。
そんな深夜の神台市場をすり抜けて努が向かったのはギルドである。ここでも中々ディープな映像が流れているものの、動画機による録画はないため純粋に番台に沿っている。
「今日はスライムの挙動悪かったねー」
「ねー。召喚士いれば楽なのになー」
「あいつ今スキル使えないから。新しい人募集してもこんなところには中々、ね?」
それにギルドは神のダンジョンに潜る探索者しか出入りを推奨されないため、ここにいるのは単純に探索で資金を稼ぎたい者か、深夜神台の出役しか存在しない。
そういった者たちを横目に努はベンチに座り、神台をBGMに刻印の紋様を描く。今回は試作品なのでインクで雑に描くだけで、前準備はすぐに終わった。
「刻印、刻印、刻印」
それからは神台に視線を戻しながら小さく刻印と呟き続け、試作品を完成させていく。ただ刻印が一つの物体に集中する武器だけは刻印の成功率が下がっていくため、今回は六刻印で妥協した。
「ツトム、また刻印かよ。ご苦労なこったな」
「そっちも探索お疲れ様。刻印油あるなら買い取るよ?」
「嫌だよ、ギルドの真ん前で」
探索終わりである狼人の顔見知りはそう努に言い捨てた後、PT解散の列へ並びに行く。深夜に潜る者は種族的に夜型の者も多いため、純粋な人間である努は物珍しく映る。それにゴールデンタイムの一番台に映るような探索者である努がこの時間帯に顔を出している時は、普段よりも話しかけるハードルは低い。
「おっ。この番台を見ているとはお目が高いっ」
「たまたまさっき移り変わっただけなの、わかってるでしょ?」
「またまた~」
金狼人のレオンもその例に漏れず話しかけてくる中、努はみるみるうちに刻印油を溶かしていき、試作品を完成させた。そしてこの緊急時のせいか夜通し働きづめである彼に脳ヒールをかけていると、その後ろに小さな少年が並んだ。
「ついでに僕もやってくれない?」
「まだ徹夜続きには見えないから駄目だね」
「いやいや、大変な目にはこれから遭う予定だよ?」
「それもそうか。クランリーダー昇格おめ」
「めでたくはないし、まだ確定はしていないけどね……」
ロイドが失脚したことで再びアルドレットクロウのクランリーダー候補となっていたルークは、たははと乾いた笑いを漏らしていた。そして空瓶が並ぶベンチに目をやる。
「相変わらず精が出るね。ギルド職員もドン引きしてたよ? なんか刻印油溶かしている人いるってさ」
「そっちも大変だね。クランリーダーが貴族への反逆罪で投獄されて、探索者も多い中でこれじゃパニックも収まらなくない? そんな中でクランリーダーなんて僕は死んでもやりたくない」
「男の旅路は死地を見つけるためって言うじゃん? 僕としては悪くない気分だよ」
「格好いいねー」
それに加えて今はアルドレットクロウの象徴とも言えるヒーラーも憔悴している。その原因についてはルークも追究したいところではあったが、彼の刻印具合からして今は話が通じる状態ではないことを理解はしていた。
そしてレオンたちを見送った後も努は刻印漬けで夜も更けた。それからクランハウスへと帰って軽めの脳ヒールをかけてから三時間眠り、早朝に起床して次の刻印装備について考えながら朝食を取って探索の支度をした。
今日の探索組はガルム、ハンナ、コリナである。以前100階層を初攻略した際に神威が仕込んだ用紙を手に入れたことからして、また何かしらの変化が起こるかもと期待しての人選だ。
そんな三人を引き連れて九時すぎにギルドへ入ると、既に待ち合わせのアタッカーが居合わせていた。
「はいこれ」
「えっ? なにこれ?」
「刻印装備試作したから試してみてくれる?」
「えぇ……?」
挨拶も抜きでアタッカー用の杖を手渡してきた努を前に、紅魔団のアルマは出鼻を挫かれた様子を見せた。
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