第813話 パート
アンデッド化の思わぬ弊害でヒヤリとはさせられたものの、それからはコリナとハンナのおかげで特に苦戦することもなく、臓器破壊により弱体化された爛れ古龍の討伐に努たちは成功した。
(……まぁ流石にこんな状況でアルマに伝言渡したりとかはしないか)
100階層を初めて突破した時は日本への帰還書をエイミーだけに渡すという、神威の醜悪さが垣間見えた出来事があった。ただ今回は特にそういうこともなく、誰も特別な何かを得ることはなかった。
「外れか」
アルマに銀の宝箱を開けさせている間にひっそりと告げてきたガルムの尻尾は、いつもより低く垂れ下がっていた。そんな彼に努も静かに頷く。
「そうみたいだね。ま、いけるところまで回ってみよう。資金は取ってあるとはいえ、赤字続きは避けたいし」
「そうだな。最悪外のダンジョンに行けば稼ぎは出来るだろうが、あまり賢明とも言えない」
「神のダンジョンに比べると移動時間やら、素材を傷つけずに戦闘する手間やら……しかも今は尻に火が付いてる人も多いから、割に合わないだろうね」
神のダンジョンで探索さえすれば金は入るからとまともな経理も雇わず自転車操業していたクランは、ノースキルノーステータスの状況で急激に資金繰りが悪化し窮地に陥っていた。PT単位で見れば既に解散しているところも数知れない。
中でも最近名を上げて最前線に食い込み始めていたクランであるノヴァレギオンは、その規模の大きさが災いして阿鼻叫喚の有様となっていた。
元々底に穴が開いたバケツのような経理状況であったものの、今までは探索や神台の放送権譲渡による莫大な収益が上がっていたから釣り合いが取れていた。しかしそれらが一斉になくなったことで水は数日で干上がり、ギルド銀行口座が差し押さえられたことが新聞で報道されていた。
そういった首が回らなくなった者たちの有効活用は、カミーユが不在とはいえギルドの得意とするところだ。
そしてノヴァレギオンの面々はノースキルノーステータス下というリスクがありながらも、外のダンジョンに出てモンスターの素材目当ての危険な依頼を受けざるを得なくなった。そんなクランの転落具合もあり、裏方の重要性を世間へ知らしめることになっていた。
「いいじゃない! このローブは高く売れそう!」
銀の宝箱から骨紋のローブを引き当てて喜んでいるアルマ。そんな彼女が在籍している紅魔団もそうしたクランの仲間入りに片足は突っ込んでいた。ノヴァレギオンほどずさんな運営状態ではないので口座の差し押さえまではされないものの、ヴァイスの不在がクランメンバーたちに大きな影を落としている。
「ウォーミングアップとしては悪くない結果ね! じゃんじゃん行きましょう!」
「おーっす!」
ハンナは元気に返事をしながら、コリナと共にブルーシートでも広げる勢いでマジックバッグを開き闇の極大魔石を回収した。努は100階層突破で何か忘却の古城にも変化がないか確認してみたが、異変は見られなかった。
それから努たちPTは116階層から順当に進めていった。ここからは環境が砂漠へと変化していき、120階層にはファラオをモチーフとした階層主が出現する。
その道中から出現する打ち捨てられた装備を外殻としている、ヤドカリスライムたちと努PTは接敵した。その鎧に空いている個所からにゅっと焼けた餅のような粘体を出し、人型に変化したヤドカリスライムたちが次の寄生先を求めて襲い掛かる。
「コンバットクライ」
「ボルテニックブラスト」
ガルムのヘイト取りと同時にアルマが杖先から雷球を射出する。いくつか生み出されたそれらは互いに電力を発生させ、ヤドカリスライムを感電させて動きを止める。
「グッドモーニング、グッドナイト。グッドモーニング、グッドナイト」
目覚ましの初撃で粉砕し、寝かしつけの終撃でまた朝を迎える。雑魚戦においてグッド系スキルは効率が非常に良く、ヤドカリスライムたちは鎧ごと粉砕されて消えていく。
「フレイムキーーック!!」
「ヘイスト、プロテク」
魔流の拳こそ使えないもののハンナも拳闘士本来のスキルでヤドカリスライムたちを溶かしていく。努は支援スキルを飛ばしながらも、水や地の魔石を拾っていく。
「……魔流の拳に収益吸われないの、アツくない?」
「なんかお得感ありますよねぇ」
ヤドカリスライムの群れを数分で全滅させ小、中魔石を拾う努に、コリナも特売セールにでも来た面持ちで同意する。普段であればこうした魔石はハンナ用に取り置かれるが、今はそれが発生しない。
するとそんな二人の会話を聞きつけたハンナが心外なとばかりにジト目で割り込んできた。
「別にずっと使えないわけじゃないっすから、魔石は貯めておいてもいいんっすよ?」
「でもその分、ハンナ給料上がるよ?」
「……それならまぁ、いいっすけど。ていうか師匠、これいい加減外してもいいっすか? ここじゃ暑いっすよ」
そう言ってハンナは翼帯をしている翼をふりふりさせた。それに努はとんでもないと首を振る。
「駄目だよ。100階層でもランダムに映し出されてたんだぞ? 万が一映ったら僕が悪者扱いされるじゃん」
「もう手遅れだと思うっすけど」
「今から借金の利子戻してやろうか?」
「いやーいい師匠っすねー師匠は」
「魔石ちょろまかすんじゃねぇぞ? どうせ使えないんだから」
「……あたしが自分で言うのと、師匠に言われるんじゃ話が変わってくるっすよ?」
「ディニエルよりは優しい方だろ」
「あーーーー!? それってハゲってことっすよね!? ことっすよねぇぇぇぇ!!」
砂漠に響き渡る弟子の叫びを背に、努は何食わぬ顔で最後の魔石を拾い上げた。ガルムは犬耳をぺたんとさせて声をシャットダウンし、コリナはまぁまぁと彼女を宥めた。
その傍らホクホク顔で魔石を拾っていたアルマもそれらをマジックバッグに仕舞ったところで、方向を確認するように波立っている空を見据える。
アルマの頭上一面を覆っているのは、111階層から続く海そのものである。そこから照り付ける光は砂丘にゆらゆらとした紋様を描き、時折影が横切っていく。それらは頭上を泳ぐ魚群であり、フライの高度を上げすぎると水鉄砲で攻撃してくる。
その中でも特徴的な魚群を見つけたアルマは少しフライの高度を上げ、その先を見据える。そこには117階層へ続く黒門がポツンと立っていた。
それから黒門を見つけたことを努たちに共有したアルマは、ラチェットロッドを慣れた手つきで回しながら上機嫌に提案した。
「これなら天空階層も行けるんじゃない? 光魔石、今アツいわよ」
「行くとしたら午後からかな。ガルムはパリィミスった途端に消し飛ばされるし、ハンナも事故って死んだら撤退できるかも怪しい。昼休憩の時に死ぬ前提の装備にしておかないと」
「午後も稼ぐわよぉー」
紅魔団の稼ぎ頭として働く気満々な彼女を前に、コリナは賞賛も含んだ苦笑いを零した。努もやる気のあるパートのおばちゃんを頭に思い浮かべつつ、声には出さず砂漠をフライで進んでいく。
アルマさんは婚活してるはずやぞ。だから20代後半〜30代辺りやろ