第819話 オレンジジュース
「ごめん。迷宮制覇隊と交渉決裂して対立することになっちゃった」
「……えぇ?」
足早に無限の輪のクランハウスに帰って早々に報告してきた努を前に、おやつを食べていたコリナは思わずその手を止めた。ダリルやリーレイアも何でまた大物ばかりと敵対するんだといった顔をしている中、ディニエルは首を傾げた。
「迷宮制覇隊と対立することになって、よく無事に帰ってこれたもの」
「確かに向こうは実力行使も辞さない感じだったけど、ステータスとスキル制限されてるからね。レベルの暴力で何とか。あとフェンリルが頑張ってくれました」
じゃじゃーんと守精指輪を見せびらかした努に対し、犬耳を立てて話を聞いていたガルムの眉間の皺《しわ》が深まる。今こうして無事に帰ってきているからまだいいものの、リーダーが狙われて気分の良い番犬などいない。
剣呑な空気を放ち始めたガルムを横目に、ディニエルは要領を得ない表情のまま努をじっと見つめる。
「……神華と敵対することはするなと警告でもされた?」
「そんな感じだね。エイミー1人救うためにかけるリスクとして、ユニークスキル持ち複数人の損失は大きすぎるって認識」
「枯れ木が考えそうなこと」
身内の一人か、顔見知りの住民である五人のどちらを助けるのか。そんなトロッコ問題に対し人数が多い方を選択し続けてきたであろう彼女の意思を否定はしないが、ディニエルは肯定もしなかった。
「クリスティアには一応、ツトムのことは言い含めていた。それでも交渉が決裂した途端、実力行使に移った?」
「あぁー。確かにどこぞのエルフみたいに、いきなり足を矢で撃ってくるようなことはなかったね? だから関節技キメて確保しようとしてきたのか」
「そう。なら今後は言い含めないことにする。次にエルフと敵対した時には容赦なく四肢を射抜かれるといい」
「ありがとねぇ、ディニエル。いや、本当にね? もうあんな目に遭うのは懲り懲りだし」
実際のところディニエルが言い含めていたおかげで射抜かれることはなかった努は揉み手で礼を言ったが、彼女は無表情のまま視線を返してくるのみだった。そんな会話の切れ目に少し落ち着きを取り戻したガルムが入り込む。
「しかしいくらステータス差があるとはいえ、よく一人で切り抜けられたものだな?」
「関節技キメられた時はフェンリルに助けてもらえたからね。あとはこう、バリア張ってからアンチテーゼでまとめて殲滅って感じ。向こうは僕に死人出させて警備団に拘束させることも視野に入れてたから、面倒臭かったけどね」
そんなツトムらしからぬ行動を本人から聞かされたガルムは、少々胡散臭げな顔になった。
「……だが何故、わざわざ殲滅した? 迷宮制覇隊からエイミーを諦めろと言われたにしても、ツトムがそこまで怒り狂うとは思えん」
「僕がエイミーを切り捨てるなんて……出来るわけないだろ!! ……仲間っ!! 仲間だろうがっ!!」
「ツトムさん、茶番はいいですから」
「早く話を進めて」
迫真の言葉を叫び始めた努に対してコリナとディニエルが白けた目で突っ込みを入れる中、リーレイアは目敏く彼の挙動を見ていた。
「ツトムは大袈裟に言うことで誤魔化していますが、少しはそういった気持ちもありそうなものですね? いつも素っ気なく接している癖に、いざ擦り寄ってくれる猫がいなくなったら寂しいんですか?」
「元々仲間想いの心優しきクランリーダーだよ、僕は」
「結構なことですね。仮に私が神華に身体を乗っ取られていたとしたら、助けに来るか怪しいものです」
「リーレイアでも助けにいくし、ダリルだろうがゼノだろうが助けには行くよ」
そんな努の台詞をリーレイアは鼻で笑っていたが、ダリルには思いのほか刺さったのか目にうっすら涙が浮かび始めていた。
「…………」
「ダリル、チョロすぎない?」
「あまり言ってやるな」
「あっ、ガルムでも助けに行くよ?」
「そうか。それで? 追手は来るのか?」
まるで意に介していないガルムの問いに、努はうーんと腕を組む。
「割と酷い目には遭わせたから突っかかっては来ないと思うんだけど……恥も外聞もないなら警備団にでも通報はしてるかもね。怪我は治したけど、迷宮制覇隊のクランハウスは半壊状態にしたし。あっちの主張次第で器物破損の罪にはなるかも?」
「何をしているんですか?」
「エリアヒール全体に通すためにはしょうがなかったんだよ。だから、警備団が動き始める前には孤高階層に入って神威と接触しておきたい。悪いけどギルドまで念のため警護よろしく。ただガルムたちは罪にならない範囲で頼むよ」
「わかった」
「本当にわかってるんですかぁ……?」
努を守るためなら警備団が相手でも躊躇がなさそうなガルムに対し、コリナは疑いの目を向けながらも急いでおやつを口に放り込んだ。ディニエルも部屋着から着替えるためかリビングを飛び出し、ダリルもマジックバッグから出した鎧を着付け始める。
「ゼノは家族のところだよね?」
「そうですね」
あれから治安の悪化もなくなってきたので、ゼノたち一家はピコの一軒家に帰り普段の日常を噛み締めて過ごしている。
「ハンナは?」
「ハンナはお風呂に入ってるので、私が呼んできます」
「よろしく。じゃあオーリさん、ゼノがクランハウスに来た時に伝言を頼みますね」
「畏まりました」
割と急ぐ必要はあるので今この場にいない者を待つ時間はない。それから努はガルム、ダリル、コリナ、ディニエルに外出準備をさせ、リーレイアには呑気に入浴中のハンナを呼ばせた。
孤高階層の祭壇は明日で光が一周する計算であり、今のところは単なる神威の対応待ち時間を表すもの。もしくは器としての身体アプデの進捗だと予想はしているが、どうなるのかは不明である。
そのため今日を機にしばらくクランハウスには帰ってこられない可能性もあるため、努もマジックバッグに備品を詰め込んでおく。先ほど迷宮制覇隊との戦闘で使ったポーションを補充し、帝都で売って通貨にもできる魔石も入れておいた。
「よければどうぞ」
「どうも」
その間にオーリが手早く用意してくれた生ハム入りサンドイッチにオレンジジュース。それをうまうまと食べている努を前に、彼女は唇を引き結んでいる。
「ご武運を。そしてご無事を願っております」
「ありがとうございます。まぁ、やれることはやったのであとは天運任せですかね」
「もう留守にはしないで頂けると助かります。皆、待っておりますので」
「そうですよ! ちゃんと皆で帰ってきてくださいね! じゃなきゃ私たちの食い扶持もなくなっちゃうんですから!」
追加のたまごサンドを持ってきてそう冗談交じりに補足してきた見習いのマリベルに努が苦笑いを零していると、オーリは片眉を上げた。
「マリベル。貴女もう充分に資金はございますよね?」
「……働く張り合いも欲しいってことですよぉ~」
「そういうことにしておきますね」
「……これはクランリーダーの意地っ張りが移っちゃったかな~?」
そう言って照れ隠しするマリベルからのたまごサンドも口に詰め込んだ努は、最後にオーリと持ち物点検を行った後にリビングへと戻る。すると大半の者は既に準備を完了しており、努はレイピアを腰に差しているリーレイアを思わず見つめる。
「リーレイアも来るの?」
「あの時あいつは来なかったと、後から言われるのも癪ですから」
「別に言わないし、ゼノに対しても思うところはないよ」
「治安が安定してきたとはいえ、クランハウスが絶対に安全というわけでもありませんからね。折角の機会ですしお供しますよ。護衛依頼であれば私が一番受けてますし」
「そいつは頼もしいね」
そう言って努はガルムやコリナを見やると、二人は問題なさげに頷いた。ダリルも今度こそ置いていかれないぞと張り切っており、ディニエルは視線もくれず弓の調整をしている。
「師匠! 迷宮制覇隊の次はギルドに殴り込みっすか!! もう立派な極悪人っすね!」
「おばか」
そして風呂上がりということもあり爆速で準備して何とか間に合ったハンナも連れて、努たちはギルド第二支部へと向かった。
更新ありがとうございます。努の茶番を皆テキトーに流してるのはさすがに草。よっほど棒読みとかだったんだろうなぁ。