第509話 出遅れた最前線

 

「ったく、変に急かしやがって」
「お菓子補充しないと」


 アルドレットクロウの二軍を率いる祈祷師のカムラは、飛行での移動で乱れた金髪を払って整えながらぼやく。隣にいた妹のホムラは発展している迷宮都市の趣向を凝らしたお菓子が恋しいのか、検問の待機列でそわそわしていた。

 その後ろに控えているアルドレットクロウの面々もカムラと同意見ではあるのか、大体は勘弁してくれと言いたげな顔をしている。それこそバカンスの途中でいきなり上司から呼び出しを食らい急遽帰社したようなものなので、昔のディニエルならブチ切れ案件だろう。


「……今日に限って検問が混んでる。邪魔くさい」
「ここまで人の出入りが激しいということは、迷宮都市内で何かが起きたことは確かなのでしょう。多少の無理を通した甲斐はあったと期待したいですわね?」
「そうでないと私、単純に恨みを買っただけになっちゃいますから……」


 一軍のマネージャーであり今回スタンピード組を呼び戻す急務を任されていた女性は、ステファニーからの問いかけにお腹を心配そうに擦りながら答えた。

 ディニエルたちが迷宮都市内の状況を聞かされたの十日ほど前で、その情報を知らせるためにフライで飛んできた彼女もその道程に二泊三日かけている。

 そのため迷宮都市の情報はロイドが約二週間前の環境を見た上で予測したものに過ぎないので、正確な状況までは伝わっていなかった。そんな曖昧な情報でモンスターの間引き納期を一週間近く削って急かしたので、クランリーダーからの指示とはいえそれを伝えた彼女としても胃が痛くて堪らなかった。

 そんなアルドレットクロウが慌ててモンスターの間引きを早めた理由については、それに渋々協力した他の大手クランにも知らされていた。


「ツトムがまた何かやらかしたっぽいですね~。一体どうなっているやら」
「三年いなくなってたんだし、もう少しのんびりやっていくもんだと思ってたが……アルクロが呼び戻すなんてよっぽどじゃねぇか? 深淵階層でも突破してんのかな」
「まぁ、私は初めからこうなるだろうとは思ってましたけどね」
「嘘つけ。落ちぶれて刻印士にでもなったら顎で使ってやるとか言ってやがった癖に」


 その中でアルドレットクロウの次に在籍人数の多いシルバービーストのロレーナは、努がまた三種の役割のようなことでも仕掛けたのかとしたり顔で列に並んでいた。その隣にいるミシルは遠目にうっすらはみ出ている一番台の端っこを心配そうに見つめている。


「バーベンベルク家への報告書、書いて届けるの面倒臭いわね」
「…………」
「……アルマは、嫌味で言っているわけじゃない。気にするな」
「そうやって甘やかしてるからいつまで経っても引っ付き虫なのよ」
「…………」
「……今のは、嫌味だ」


 紅魔団のアタッカーであるアルマは貴重な出会いの機会である遠征を短縮されたこともあってか、不機嫌そうに呟く。そして無言で引っ付いてきたミナの頭に手を置きながら、ヴァイスはそうフォローした。

 今回のスタンピードでは一部の虫系モンスターがミナの命令を聞かないことが何度か確認された。なので彼女のユニークスキルである蟲化での効率的な掃討が今後は難しくなるだろうとのことで、バーベンベルク家にもそれを伝えるよう迷宮制覇隊から指示されていた。


「……本当にツトムが何か起こしたと思いますか?」
「リーレイア。遠征の期間が短縮されるなんてことが、この二、三年であったかね? それに偶然ツトム君が居合わせただけだとはとても思えない」
「まさか、本当に追いつかれちゃってたりしてー? ……なんて、はははっ」


 何だか神妙な顔で真剣に話し込んでいたリーレイアとゼノを和ませようと、コリナは明るく冗談を口にした。しかし二人はそんな彼女に突っ込むこともなく各々考え込んでしまうだけだった。


「……そりゃ、無限の輪の元クランリーダーなんだから凄い人なんだろうけどさ。でも探索者に復帰して数ヶ月でそこまでの成果を挙げられるもんなの?」


 二人にスルーされて若干落ち込み気味のコリナに常識的な突っ込みを入れてくれたのは、シルバービーストから臨時PTメンバーとして入っていたソニアというまだあどけなさの残る女性だった。ゼノよりも艶が控えめな銀灰色の髪を短めのボブで纏めている彼女の頭には、うちわのような可愛らしいネズミ耳が映えている。


「あー……。でも確かツトムさんって、探索者初めてから数ヶ月もしない内に火竜倒してたような気が……」
「火竜……?」
「えーっと、何年前だっけ。確か私がまだ白撃の翼にいた時で……。60階層の突破PTがあんまりいない時期だったんですよ」


 ようやく進み始めた検問の列を歩きながらコリナが説明するように話すと、ソニアの紐みたいに細長い尻尾がこんがらがるように揺れる。


「とはいえそれはPTの構成すら固まっていない時期でのことでしょ? その走りを作ったこと自体は尊敬するけど、それと同じようなことを今の煮詰まった環境でやるのはいくら何でも難しくない?」
「でもツトムさん、帰ってきてからいつの間にかに刻印士になってたんですよね……」
「……今更生産職に転職したところで、長年それ一筋の職人に勝てるわけなくない?」
「それはそのはずなんですけど、じゃあアルドレットクロウの騒ぎをどう説明するかと言われると、それぐらいしか考えられないんですよねぇ」
「残ってたガルムがツトムのPTに入ってたとか? ……でも義理堅いし、それもないか」
「ですよねぇ。いくらツトムさんのためとはいえ」


 そうこう話している内にようやく探索者たちのステータスカードが出揃ったようで、それからは最前線組の検問はスムーズに進んだ。


 ――▽▽――


「…………」


 迷宮都市に帰ってきてから神台市場をその目で確認した最前線組たちは、その光景に唖然としていた。およそ三十番台辺りまで天空階層一色であり、一番台に映るアルドレットクロウのPTは157階層で第七の守護者を攻略中だった。そしてこの光景を引き起こした渦中の人である努たちPTもそこには映し出されていた。


「……何がどうしてこうなってる?」
「お菓子食ってる場合じゃなくなってきたね」
「本当にな!! さっさと帰って準備するぞ!」


 ちゃっかりお菓子は買っていたホムラの包装を破きながらのぼやきに、カムラは居ても立っても居られない様子でクランハウスの方に駆け脚で進んでいく。

 それこそ金色の調べやアルドレットクロウ、それと古参の探索者から何かと話題な無限の輪が這う這うの体で150階層を突破したくらいだと、迷宮都市に帰還する前の最前線組は予想していた。

 だが150階層を突破しているのは目測だけでも30PTは存在するし、ゴールデンタイムならば更に膨れ上がる可能性すらある。中堅探索者が越えられない壁として認識されていた150階層がもはや見る影もなく、天空階層すらも攻略し始めていた。


「……何ということだ」


 ゼノが目で追う神台の至る所に、自身の工房が作成した証であるブランドロゴが記された装備が見える。というより上位の神台に映っている刻印装備のほとんどがゼノ工房で占められていた。

 深淵階層対策の刻印装備とアタッカー特化PT構成での攻略情報は、中堅のクランや探索者たちに大きな火を点けた。そして数年の間そこまで面々が変わらなかった上位陣たちがいない隙に入れ替わってやろうと躍起になり、もはや誰でもいいから160階層まで辿り着けと言わんばかりの勢いは常軌を逸していた。

 100階層からは白門という例外が発生したにせよ、到達階層の更新には5人PTで階層主を突破していくしかない。そのため共同探索は有効的な練習に成り得ないのであまり行わないのが探索者としては常識だった。

 だが今の神台を見る限りでは共同探索をしていないPTの方が珍しいほどで、その光景は最前線組たちからすれば異様だった。

 しかしそもそも共同探索以前に、探索者たちはこの一ヶ月の間でいくつもの常識を壊されてきた。

 まずは努が作った刻印装備を着た途端に、今までろくに戦えもしなかった深淵階層がするすると攻略できたこと。

 何せそれらの刻印装備は『ライブダンジョン!』を軸に様々なゲームに手を出していた努が、その知識を下に強い刻印の組み合わせをジョブごとに考えて構築したものだ。それはいわばアルマが努の持ち帰った黒杖を手にし、強力すぎるメテオで初めてモンスターを殲滅した時のような高揚感があっただろう。

 その刻印装備が供給されただけでも中堅たちは努から十分な火が点けられていたが、それに油を注いだのは平均レベルもあまり高くない特化PT編成で150階層を突破したことだった。

 そしてその後も努は足を止めることもなく天空階層を攻略しつつ刻印装備の供給と開発は怠らず、迷宮マニアの150階層攻略情報に注釈を入れるほどだった。

 一体いつ休んでいるんだと突っ込まざるを得ない努の異常な活動量と、それに負けじと彼から供給される物と情報を貪欲に貪る探索者たち。その成れの果てがこの現状であり、迷宮マニアの見立てでは最前線組が帰ってくるまでに最高到達点である160階層まで届くのではないかと書かれるほどだった。

 そんな迷宮都市では下剋上を期待して神台を見る者がこれまで以上に多くなり、神台市場は活気に満ち溢れていた。それに今まで供給が限られていた光魔石が一気に放出されたことで、それを買い取って売買しに行く商人たちの出入りも一層激しくなっていた。


「不愉快」


 十人がかりで第七の守護者を倒してハイタッチを要求するルークを無視している努を、ディニエルは軽蔑するような薄目でねめつけている。そんな彼女にステファニーは小首を傾げた。


「皆さんのスキルから見てレベルはそこまで変わっていないようですし、立ち回りも劇的には変わっているようには見えません。……わたくしとしては、アルドレット工房の方がどうしているのか気になりますわね」


 古参の職人面で刻印油のノルマを押し付けてきていた連中がこれ見よがしに掲げていたアルドレット工房のロゴは、今のところどの刻印装備にも見受けられない。ステファニーのにこやかではあるが目が笑っていない様子に、女性マネージャーは神妙な顔で頷いている。


「…………」
「取り敢えず帰りませんか? 移動ばかりでお腹空きましたし」
「……いや、それよりも優先するべきことがあるんじゃ?」


 そんな中リーレイアは血眼になって新たな精霊が契約されていないか神台を確認していて、ソニアはコリナの場違いな発言に素っ頓狂な声を上げていた。

 コメント
  • 匿名 より: 2022/05/13(金) 10:43 PM

    現クランリーダーの情報って討伐旅行前の刻印して炎上してる時点の情報が最新でそんな情報元に努を評価したら役立たずだろ?
    なら1番輝かしい時代の元クランリーダー時代を引き合いに出す分良心的じゃない?
    っていってんの
    情弱も何もガルムですら信じていても疑問あるぐらいの感じだったろ

  • 匿名 より: 2022/05/14(土) 7:29 AM

    評価についても言及してないし

    あと「元」じゃないと何度言えば(r
    あ~?そうか…05/13(金) 10:43 PM自身がツトムを「元」だと思ってるからソニアの肩持つのか

    はぁーーー。しょうもな

  • 匿名 より: 2022/05/14(土) 11:52 AM

    あのさ~頭悪すぎない?
    「……そりゃ、無限の輪のクランリーダーなんだから凄い人なんだろうけどさ。でも探索者に復帰して数ヶ月でそこまでの成果を挙げられるもんなの?」
    こう言えば満足な訳?
    文法的におかしいだろ
    無限の輪のクランリーダーに復帰したのは数ヶ月前なのにそれが凄い人の理由って
    それともガルムに言った訳でもない元の事言ってるの?
    あと、俺が言ったのは元クランリーダー時代な、時代
    昔の事
    それともそれもガルム基準なの?
    そもそも代理のクランリーダーの前にやってるクランリーダーの事を元クランリーダーって言う人もいるだろ

  • 匿名 より: 2022/05/14(土) 9:57 PM

    ルーク可哀そう

  • 匿名 より: 2022/05/15(日) 1:45 AM

    (ノのヮの)ノ(( 一一)

  • 匿名 より: 2022/05/15(日) 2:18 AM

    カムラの髪色「祈祷師全一」だと少し青がかった黒髪ってなってるのに、この話だと金髪なんだけど。カムラ的には女にもてたそうだから外に出る機会にわざわざ染めたって感じなのかね。

  • 匿名 より: 2022/05/15(日) 5:46 AM

    設定固めて書いてるわけじゃないそうだから細かい部分は割とガバるのがこの作品(直しゃいいだけだけど)年齢とか経過年数とか矛盾してるよ、見直さないと大抵誰も覚えてないけど
    ハンナの山籠もりは1年だし(後に二年って言ってる)5年しか経ってないのに23歳になってたりするし

  • 匿名 より: 2022/05/15(日) 9:53 AM

    文法的にそれおかしい?ほんとうに?
    90,100階層を1位突破した無限の輪のクランリーダーだよ?
    てか現代に置き換えても、社長を何らかの理由でやめて、復帰したけど、営業部長あたりに「元社長おはようございます」とか
    言われたら、どうなる未来見える?陰ででもいいけど。

  • 匿名 より: 2022/05/16(月) 1:51 AM

    作者の時たまあるガバ設定と文の使い方をいじるのやめて差し上げろ。ソニアはガルムがリーダーだと心の中で思ってたまたま表に出てしまった。つまり努をクランリーダーだと思ってないんや。で、無礼者ソニアをクランに入れたくないんやないかガルムは。ソニア無限の輪に入ろうとしてたけどガルム断ってたよね?という考えでわいは納得しております。でもガルムがリーダーの時にクランに他に新入りいなかったから違うかも。だから単に作者の説明不足という説もありw

  • ツトム好きー より: 2022/05/16(月) 10:43 AM

    ディニエル不愉快かーそっかそっか((ニヤニヤ

  • 匿名 より: 2022/05/16(月) 11:03 AM

    ツトムに涼しい顔であっさり抜かされたら、きっともっと不愉快になるよね(ニチャァ)

  • 匿名 より: 2022/05/16(月) 4:56 PM

    読み直しててやっと理解できた、早馬の伝令者って1軍のマネージャーだったのか、そりゃバカンス行ってる1軍のマネージャーって暇してそうで伝令には丁度良さそうだね笑
    バカンス組って最前線組の天空階層組の20PTで、居残り組のトップは150階層主の攻略中だったから、
    居残り組から今は30PTが突破してて、現状では50PT以上が天空階層攻略中なんだね。
    50番台までが天空階層で埋まるとなると、最初の突破がどのPTになってもしばらく1番台争いはカオスな状態になりそうですね

  • 匿名 より: 2022/05/17(火) 2:26 AM

    なんかソニアを責めてる奴らは元クランリーダーをメインに言ってるけどこの話しのメインは『復帰から成果を上げる根拠』で1番それに該当するのが元クランリーダー時代何だよね
    ちなみにガルムは代理じゃなくて正式にクランリーダーな
    90階層100階層1位って言うけど外野から見るとステファニーと接戦で進化職はステファニー以下、
    刻印は討伐前の炎上中だから除外そうなると160近くになってるのはおかしい事になる
    会社がって言うけど他に言いようが無いと言う時もあるし毎回使ってる様な描写は無かったしアルドレならともかく他のクランにそこまで上下関係無いじゃん

  • 匿名 より: 2022/05/17(火) 5:49 PM

    ガルムが代理のつもりでいるなんて読んでたらわかるだろ……
     
    ソニアがどこに話の軸を置いてるかなんてどうでもいいんやで
    この物言いをガルムが聞いたときどう思うか、がコメ欄の人たちの話の軸やで
    ツトムがリーダーだってことにこだわるガルムに配慮するなら「無限の輪を立ち上げた人」くらいの表現だとまるいかな

  • 匿名 より: 2022/05/18(水) 10:46 PM

    ガルムは今回のソニアの物言いくらいで目くじらを立てるような
    人物ではないかと思われる
    というかソニアは常識的な突っ込みを入れてるだけだし
    努が起こした非常識に対してどんな反応するかが見物だね

  • 匿名 より: 2022/05/19(木) 1:23 AM

    ムッとはすると思うよ
    それでどうとはしないとも思うけど
     
    ↑2は自分だけどその前のごちゃごちゃ言ってるのは自分じゃないのであしからず

  • 匿名 より: 2022/05/21(土) 5:02 PM

    面白い!
    それにしても、誤字報告機能が欲しいですね…
    何ヵ所か見つけたけど、作者様は見てるかな…

  • 匿名 より: 2022/06/02(木) 10:09 PM

    はあ……控えめに言って……、wktk!
    なんて次回が楽しみになる引きなのか!

  • 匿名 より: 2022/06/15(水) 9:00 PM

    良く分からんが感想数がエグい事になってるw

  • 匿名 より: 2022/06/20(月) 10:12 PM

    コリナぶれねぇなぁ

  • 匿名 より: 2022/06/24(金) 8:48 PM

    ゼノからすると、工房を乗っ取られた気分なのだろうか

  • 匿名 より: 2022/06/25(土) 9:24 AM

    ちゃっかりお菓子は買っていたホムラの包装を破きながらのぼやきに、カムラは居ても立っても居られない様子でクランハウスの方に【賭け脚】で進んでいく。

    誤字報告っす 賭け足→駆け足

  • 匿名 より: 2022/07/30(土) 7:14 PM

    リーレイアが「あの野郎ほんとにやってないだろうな…」と言わんばかりになってるの草

  • 匿名 より: 2022/08/08(月) 7:43 PM

    主人公だけが活躍するんじゃなくて
    環境全体が盛り上がっていくのが最高

  • 匿名 より: 2022/10/27(木) 1:39 PM

    ゼノは自分の工房が大躍進した事に驚いてるだけでしょ
    迷宮都市一のブランドになったんだから

  • 匿名 より: 2022/11/11(金) 7:40 PM

    ざまぁ展開好き

  • 匿名 より: 2022/11/29(火) 11:33 AM

    コメント129ページってみんなこの話好きすぎでしょwいや自分も大好きですけどね

  • 匿名 より: 2022/12/02(金) 11:35 AM

    ディニエル、お前が不愉快

  • 匿名 より: 2022/12/02(金) 1:29 PM

    ツトムに多額の出資を受けていたのに一切協力せずに若手が街中で暴言吐いてきたドーレン工房と、ゼノの思惑ありきとはいえ苦しい時期にツトムをリスク覚悟で支えたゼノ工房で、くっきり明暗が分かれたね。

  • 匿名 より: 2022/12/21(水) 2:15 PM

    なんでこんなにコメ伸びてるん笑
    お菓子食ってる場合じゃねぇ!

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