第511話 VIP障壁席

 

「こうして見るのも意外と悪くないね。所詮暇な金持ちの道楽だと思ってたけど」
「な、なんて……?」


 神台を一望できる絶好の位置にある魔法障壁で作られたVIP席を初めて体験していた努は、刻印済みの装備をマジックバッグに仕舞い込む。そんな彼の言動にクロアは失礼にも程があると言わんばかりに目を見開いていた。


「事実、道楽であることに変わりはない。お陰で多額の税収が見込める」
「金持ちとの人脈も作れそうですし、割と良いこと尽くめじゃないですか?」
「その分、貴族としての位は下がってしまった。主な責務であった障壁魔法による迷宮都市の安全確保も、今となっては見る影もない」


 クロアが尻尾を足に挟み込んで緊張を露わにしている原因であるバーベンベルク家当主のスパーダは、その厳格そうな顔つきとは裏腹に朗らかな笑みを浮かべながら障壁の調整をしていた。そんな彼が障壁魔法を使う様子をハンナはほげーっと眺めている。

 初めこそ努はいつものようにギルドで神台を視聴しようとしていたが、焦りに焦っている最前線組が帰ってきたことで気ままに刻印作業するのも難しくなってしまった。

 ある程度関係性のあるアルマやロレーナなどは、最前線組の皆さんには是非とも刻印装備なんかに頼らず実力で突破して頂きたい、なんて皮肉で切り捨てることは出来る。だが家族でも人質に取られてるのかと疑うほど必死になって交渉を求めてくる者も多く、その対応には困ってしまった。

 なので金とコネに物を言わせてバーベンベルク家当主であるスパーダに障壁席の作成を頼んでみたところ、ようやく刻印しながら神台を視聴できる環境を手に入れることができた。そんな努にクロアとハンナは付いてきていて、エイミーはゼノ工房で奮闘しているユニスの警護をしつつ装備のデザインを打ち合わせしていた。


「あそこだけは本当に実力で突破してきそうだね」


 現状では157~159階層で刻印油集めしつつレベル上げしているPTがほとんどだが、一番台に映っているアルドレットクロウの一軍だけは160階層に潜っている。

 ステファニー率いるそのPTは階層主である大天使ウルフォディアに完封勝利すべく奮闘していて、それも可能なのではないかと思えてしまうほど練度が高い。

 ウルフォディアの特徴として一番に挙げられるのは、蘇生ができない状態異常が存在することだ。浄化状態、もしくは浄化を付与する攻撃で探索者が死んだ場合は、蘇生時間など関係なく即時に黒門から排出されてしまう。

 そんな階層主の対策として浄化の解除法やPT編成の最適化など試行錯誤されたが、現状ではウルフォディアに一度も殺されないことが最前線組の結論となっていた。そしてその結論を実証できる候補として真っ先に挙がるのがアルドレットクロウの一軍だった。

 中盤での全体攻撃で三人は確実に浄化されてしまう中、身を挺して守られ勝利を託されるのはディニエルとステファニーの二人だ。そんな彼女たちの動きは常軌を逸している。そのペアだけで160階層を突破しようとするなんてあまりにも無謀なはずだが、実際に終盤までは進めている。


「二年前からちょっと怖かったっすけど、追い込み凄くないっすか?」
「まぁ、あの二人だけは別次元というか……」
「ユニークスキルてんこ盛りPTと競り合ってる時点でお察しだよ」


 二番台で刻印油集めに徹している紅魔団は相変わらず努のゲーム知識が役に立たない。ヴァイスはいつの間にか黒炎を身に纏うようになっているし、ミナは黒光りした素手で第九の守護者の光線を受け止めてなお原型を留めている。最近じゃアーミラも神龍化なんて目新しいスキルを使っていたし、ユニークスキルはわからんしズルいというのが正直なところだ。


「それに比べるとスミススオウは意外と常識的な範囲でいいよね。ちょいズルって感じ。というか何で魔流の拳は普通に使えるわけ? 原理的には障壁魔法と変わらなそうだけど」
「魔石から直接入れてるからじゃないっすか?」
「……基本的に、加工していない中魔石の魔力を入れた者は死ぬ。小魔石でも致命的な後遺症を負う者が大半だ」
「あっ……」


 スパーダの重々しい言葉に色々と察した努は小首を傾げている規格外から目を逸らし、神台に視線を戻した。

 試行錯誤の末にスミスとスオウの二人は魔力の入り乱れる神のダンジョン内でも障壁魔法を扱えるようになったものの、まだ出力が外よりも弱いからか魔流の拳ほどのインパクトはない。精神力とは別に強度と自由度も高いバリアを展開できるのは痒い所に手が届く性能こそあるが、それ単体で無双できるほどではない。

 しかし剣士としてのスミスは筋自体悪くなかったし、聖騎士のスオウはタンクとして障壁魔法を使えるのが単純に強い。

 三年前まではその他PTメンバーの印象が薄かったが、今ではなんやかんや纏まって最前線組に入れるぐらいの実力はついている。元々は王都の貴族と各々の使用人を入れた即席PTだったのだが、よく立て直したものだと努は感心しながらスパーダに四番台が見やすい位置に障壁席を移動してもらう。


「ミシル、もう歳からしてキツいのかな。今何歳だっけ?」
「36くらいじゃないですか? ギルド長と同じくらいの年齢だった気が」


 シルバービーストの一軍はロレーナ率いる獣人PTであるが、その中ではミシルの鈍い動きが悪目立ちしている。それこそカミーユのように種族的な強みがあるならまだしも、普通の人間であるミシルは身体的にそろそろ一軍から退くことを考える時期だろう。

 それに冒険者という近接系のジョブなので、露骨に肉体的な差が出ることも拍車をかけている。進化ジョブで置き換わったSTRで凶悪なホチキスのような外見のレミーラというモンスターを蹴り壊しているロレーナと比べてしまうと、彼が付いていけていない現実が如実に浮かび上がっていた。


「ミシルより若いとはいえ、女性であのパワーはなんなんだマジで……。ジョブの適正加味してもおかしくない?」
「祈禱師の中でも頭一つ抜けてますし、単純に強いんでしょうね。でも近接系のジョブなら女性でもあれぐらいの力はありますよ。腕相撲します?」
「嫌です……」


 無限の輪一軍の中でもやはり努が注目してしまうのは、モーニングスター両手にクリスタル色のレミーラを粉砕しているコリナだ。祈禱師の進化ジョブで近接アタッカーになるとはいえ、ガルムに負けず劣らない凶悪ぶりは末恐ろしいものがある。


「ダークエレメント」


 ただこのPTのエースアタッカーを担っているのは、精霊術士でありながら近接戦闘も特異なリーレイアである。まだ一つしか専用スキルを使えないとはいえ、闇精霊であるレヴァンテと契約できるようになった彼女は属性で有利を取ることが可能になった。


「メディーーーーック!!」
「エクスプロージョン。ストレングス」


 そんな二人の補助に回ることが多いのは、聖騎士の進化ジョブであるヒーラーのスキルを駆使するゼノ。それに様々なジョブのスキルを扱える灰魔導士のソニアだ。


(ゼノ、順当に成長してるな。しっかりしてるわ)


 探索歴の長いガルムより基礎力がなく対応力も低い割に、その弟子であるダリルのような磨かれた才覚や底力もない。残念ながら三年前の受けタンクの中では最下位の印象は拭えなかった。

 だがゼノは神のダンジョンの記者として生きていける下地があったにもかかわらず、タンク不遇の環境でもクランを設立して探索者を続け、アルドレットクロウに目をかけられるまで辿り着いた経歴がある。

 それにそのプライドの高さと格好つけな見た目に比例するように、神台に映ることへの執着心だけは他の二人より強かった。だからこそどんなに力の差を見せつけられても神台に映ることを諦めなかったし、そんな彼を理解し支えるパートナーの存在も大きかったのだろう。

 その結果として、ゼノは努が消えていた間も無限の輪の一軍タンクとして活動し続けた。その期間で彼は着実にタンクとしての基礎力をつけ、聖騎士の進化ジョブによるヒーラーでの差別化も図った。

 それに神台でのプロモーションに関してはエイミーと同様に上手かったため、不愛想なガルム、リーレイアに大人しめなコリナの魅力を引き出してスポンサーを引っ張り込んで無限の輪の資金面を助けた。

 その下地もあるからか以前のように最下位の烙印を押されることもなく、ゼノは無限の輪の一軍タンクに相応しい実力を神台で魅せていた。


(ガルムも結局強いわ、単純に)


 元々タンク不遇の中ですら最前線に食らいついていた実力のあったガルムが、進化ジョブによってアタッカーの側面も手に入れれば弱いわけがない。攻守ともに欠点を見つける方が難しいほどの高水準ぶりだ。


(……それに比べると、ダリルの迷走具合ヤバくないか? 何で刻印なんてしてるんだか)


 スパーダに障壁席を動かしてもらい下位の神台にも目を向けてみたが、そこに映るダリルの状況はかんばしくない。

 実は密かに刻印してて既に50レベルぐらい確保していたのならまだしも、遠目に映る刻印装備を見ても深淵階層にすら通用しないものにしか見えない。それでいてPTとしても深淵階層の突破すら怪しそうな雰囲気が漂っている。

 アルドレットクロウのように明確なリーダーの存在もなければ、シルバービーストのような各々の独立性もない。何となく集まったはいいものの共有している目標もなく、及第点で行き詰まる典型的なPT。

 在籍しているのが寄せ集めのなぁなぁPTなら結果が出ないのも仕方がない。だがその中でも実力のある者なら少しは光る場面を見せてくれる。戦闘の火付け役であるタンクならばどれだけモンスターのヘイトを取りつつ、どのように戦況を組み立てていくかである程度実力はわかる。


(そりゃあ、この三年オルファンに手を尽くしてたなら探索者としては大して成長してないよな。一度底を見て、人間的に成長したことにでも期待したいね)


 ただ今のダリルからは光る物を感じない。凡庸な石ころそのものだ。

 刻印装備の制限で到達階層こそ進みが鈍かったが、探索者の実力自体は変化が緩い環境で大分煮詰まっていた。そんな中で私財を投げ出し格下の探索者たちを救済していた彼の行動自体は立派だが、それで最前線に通用するような実力は到底身につかない。


(アーミラは幾分かマシだけど、またソロ専みたいな立ち回りに戻ってきたな。神龍化の発現でプライドむくむくしてそう)


 無限の輪を抜けたとはいえギルド員としてPTを組み深淵階層に潜っていたアーミラは、最前線の大剣士と比べても遜色ない実力は持っている。それでいて新たな派生である神龍化を手にしたことで、今のPTでは力を持て余しているようにも見えた。


(多分二人共帰ってきてはくれるだろうけど、どうしようかな。特にダリル)


 恐らくオルファンの後始末はミルルに任せてダリルは孤児たちを支援するための資金を稼ぐ名目で帰ってきそうだが、果たして今の彼が無限の輪に付いてこられるのか。

 多少の実力不足ならばまだしも、足手纏いを入れてしまえばPTの総力は格段に下がる。雑魚の尻拭いほど徒労感を覚えることはない。


(ガルム主催の食事会で何とか軌道修正しないと厳しい。少し相談しておくか)


 どうしたものかと努は考えつつ、他にもソニアやカムラなどの注目株が映る神台を眺めながら刻印作業に励んだ。

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