第513話 いいか、絶対に止めるなよ!?

 

「めでぃっく、ずるくないですか……?」
「ずるくなーい。それじゃあまた……二日後くらい?」
「うむ」
「だったら最後までつきあってくださいよぉ」


 あれから努発案のゲームに負けてしこたま飲まされたダリルは、うつらうつらしているガルムと共に席から立てずにいた。そんな中自分だけメディックをかけて抜け駆けした努は別席でお腹がぽっこりしているコリナに支払いを確認した後、手を合わせて店員からお土産をいくつか貰って店を出た。


(浄化対策、刻印だけじゃなくて鍛冶師とかも組み合わせなきゃいけないのかなぁ。装備関連でいうと革細工師もか? ……でもそれなら孤高階層の時みたいに刻印装備を納品させるみたいなフラグ立ててそうなもんだけど)


 努の刻印士レベルは62なので、それより一段階上の70~80で刻印できる効果はステータスカードで確認できる。だがその中にも浄化に効果があるような刻印は見受けられない。

 しかしだからといって一度も死なずに階層主を突破なんて無茶を神運営が押し付けてくるとも思えないので、何かしらの対策はあるのだろう。

 それを今まで自分がプレイしてきたゲームの情報を下にしたメタ的な思考で探りつつ、努はまだ若干の酔いが残っているまま歩き回る。


(ブラック企業かな? ……僕が言えたもんじゃないか)


 既に夕食の時間も過ぎる頃だというのに魔道具の灯りでいっぱいなゼノ工房を前に、努はそんなことを思いながら警備の人に声をかけて施錠されている扉を開けてもらった。

 既に職人以外は帰宅しているのかもぬけの殻となっている受付を素通りして中に入ると、鎧に刻印の紋様を刻んでいる硬質な音が聞こえてきた。


「あ、お疲れさまでーす」
「あれ? お疲れ様です。どうしました?」
「シェルクラブのお土産ついでに装備の納品と、追加の油買っておこうと思って。よければ皆さんで食べてくださーい」
「……シェルクラブって、あのシェルクラブですか?」
「変異シェルクラブですけどね。コリナがわざわざ召喚してくれたみたいで」


 食材を運ぶためだけに加工された印のついたマジックバッグを女性の革細工師に渡し、努は刻印油を管理している奥へと向かう。


「えー? もう溶かしたんですかー?」
「六個目の刻印成功率は大分渋いですからねー。というかユニスの方が絶対溶かしてるでしょ。あんまり甘やかさないで下さいよ」
「ちょっとはみ出るくらいに抑えてますよ」
「ならいいですけど」


 とはいえ毎日ゼノ工房に顔を出しては装備のデザインなどを相談し、鎧に刻印を刻む作業すらしている彼女を贔屓するのも無理はない。自分も初めは信頼関係を築くために入り浸っていたものの、今となっては職人たちに彫られた刻印を成立させるためのbotと化している。

 それから努は普段の業務と並行して最近はダンジョン産の装備を改造し狙ってレベルを上げるようになった鍛冶師や革細工師に、浄化対策の意見を伺いつつ雑談した。


「ちょっと、話があるのです。いいのですか」


 すると今日はまだ風呂に入っていないことが一目でわかるような恰好のユニスが、ひょっこりと顔を出してきた。そんな彼女の言葉に努はえー、と言いたげな顔をする。


「なんなのですか、その顔は」
「話があるって前置きで良い話なんて中々ないからね」
「……まぁ、込み入った話ではあるのですが」
「あ、ごゆっくり~」


 ユニスがそう言うや否や刻印士見習いの女性はすぐに席を外し、部屋の扉を封鎖するように閉めた。それには彼女もギョッとしていたものの、すぐに気を取り直すように振り返る。


「……ディニエルが帰ってくるまで、無限の輪に誰も入れるつもりはないのです?」
「僕の一存で決められるわけではないけど、大半のクランメンバーはそう思ってるんじゃない? そうじゃなかったらシルバービーストからソニアなりマデリンなりが移籍してるだろうし」
「でも、生産職の枠ならどうなのです?」
「あー……」


 第三の選択肢を期待するような上目遣いで尋ねてくるユニスに、努は考え込むように天井を見上げた。


「いや、それでもないかなー。なんか義理を欠いてるように感じるし」
「……んぅ? 義理なのですか? でもディニエルはお前を撃って、アルドレットクロウに行ってるのですよ。もっとこう……逃れられないしがらみ的ななにかだと思っていたのですが」
「足を撃たれたことについては一生恨みがましく言うと思うけど、それとこれとは話が別でしょ。それにあっちもアルドレットクロウの一軍にいるにもかかわらず、滅茶苦茶こっち意識してくるし。面倒臭い拗らせ婆さんだなとは思うけど、悪い気はしないね」


 確かにあの出来事については今でも根に持っているにせよ、ディニエルが今も一流目指して頑張っていることについてはリーレイアがさぞ嬉しそうに報告してきた。それこそ適当な煽り言葉を今になっても忘れず実力を磨いているところは、ある意味でお互い様なのかもしれない。

 それに元無限の輪の中でも飛び抜けて探索者としての成果を出している彼女の姿には、努としても好感は持てた。わざわざシルバービーストにまで乗り込んできて実力を図ってきた時にさぞ失望しただろうに、よくもまぁ今でも一流になろうと律義に探索者を続けているものである。


「ふーーーん。そうなのですか」
「あと、お前がずっと生産職やるのかっていうのも怪しいしね」
「んー、でも生産職は私に向いてるとは思うのです」
「だろうね」
「じゃあこのまま続けた方がいいんじゃないのです?」
「……何? お前は僕の弟子か何かなわけ?」


 そんな努の問いにユニスはキョトンとした顔になった。


「私がここまでの刻印士になれたのはツトムのおかげだと思ってるのですよ?」
「仮にそうだとしても、そろそろ独立の時期じゃない? 別に無限の輪に入らなくてもゼノ工房とは今後も関わりは持てるし、しばらくは誰も入れる気ないよ」
「……でも独立したら、好き放題できるのです。アルドレットクロウの一軍とかに、刻印装備流しちゃってもいいのです?」
「そりゃあ、出来ればしばらくは最前線組には流してほしくないけど、あくまで僕の勝手な考えだからね。それに異を唱えて平等に流すのもユニスの自由だし、こっちにも打つ手がないわけじゃない。好きにしたらいいんじゃない?」
「…………」


 その答えにユニスは何処か納得がいっていないむくれ顔だったが、それを上手く言語化できないのか腕を組んで悩み始めた。そんな彼女を見て彼は不思議そうに首を傾げた。


「刻印士54レベなんて現状では二人しかいないようなもんだし、しばらくは刻印無双できるでしょ? 他にも色々やろうと思えばやれるだろうし」
「……お前は、惜しくないのですか? 刻印するの、お前はそこまで楽しくはなさそうなのです。私が肩代わりしてやってもいいのですよ」
「確かに初期は大分面倒臭かったけど、今じゃゼノ工房で事前に削ってもらえるからそこまで手間もかからないしね。それにエイミーと帝都で色々してくれた義理も返したいし、わざわざそんなことしてもらわなくていいよ」


 自分が落ち目の時にでも関わってくれた者には義理を通す。それは今のゼノ然り、ユニス然りだ。

 ユニスの場合は余計なお節介で自業自得だったのかもしれないが、帝都に数年いたせいで迷宮都市での居場所がなくなったであろう彼女をそのまま見捨てるのは忍びなかった。

 だからこそユニスが刻印に興味を示した時には、友人が自分のお気に入り漫画に興味を示した時と同じよう丁寧に沼へと沈めた。ただその沼に頭まで沈むかは彼女の資質にかかっているし、そこにまり続けるかは努力次第だ。

 その結果としてユニスは刻印士として二番手の座についた。その座を使えばギスギス感満載だった金色の調べに出戻ることもできるだろうし、それが嫌でも他のクランに高待遇で出迎えられる資格はあるだろう。

 そんな自由を謳歌するためには一定の金と立場は必要だ。とはいえ金だけ渡して解決しようとすればダリルの悲劇を繰り返しかねないし、露骨な立場を与えても金魚の糞扱いされて周囲から認められはしない。

 だからこそそれを自身の手で確立した彼女には好きなように活動してもらいたいということは、努の本心だった。それが三年も消えていた自分に賭けたユニスが受ける当然の対価であり、その資格は彼女自身の手で掴んだものだ。ゼノ工房の内情を見ていれば誰でも理解できるだろう。


「この工房の不利益になるようなことは、しないのです。……でも、本当にいいのですか」
「うん」
「……いいのですか。この扉を私が出たら、もう止められないのです。本当にいいのですか」
「別に何してもアルドレット工房みたいに圧力かけないから安心しなよ。そんな暇もないだろうし」


 ファイナルアンサーみたいなプレッシャーかけてくるなと思いながら、努はどうぞどうぞと席を立ったユニスに退室を促した。


「いいのですかっ。これが最後のチャンスなのですよ!!」
「いい加減くどいな。好きにしなよ」
「……わかったのです。これから、クランハウスの荷物を纏めに行くのです」
「そこはエイミー次第だろうし、のんびり纏めるといいよ」


 扉に手をかけて再三の確認を済ませたユニスは最後に顔を覗かせた後、ひらひらと手を振る努に腹を立てたように閉めて勢い良く駆けていった。その足音が遠ざかって少しした後、扉がバンと勢いよく開かれる。


「シェルクラブはちゃめちゃ美味しいんですけど? こんなに美味しかったんですね」
「今となっては滅多に食べれないしね。で、浄化対策に使えそうな装備は見つかった?」
「いやーー、それがあるならアルドレット工房辺りがとっくの昔に見つけてそうですしねぇ。やっぱり刻印しかなさそうですけど」


 そんなユニスの逃避行にも蟹に夢中で一切気付かなった職人たちと共に、努は久しぶりにゼノ工房で刻印しながら浄化対策の手段を探っていった。

 コメント
  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 7:28 AM

    クラン的にほぼ努の下位互換なユニスは不要でしょう。前線に引っ張り上げたし、刻印士としての道も出来たし義理は十分に果たしてるかと。
    恋愛方面は…まぁ努に期待するなよ…

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 7:38 AM

    ユニスが素直に感謝の気持を伝えているだけで隔世の感がある。
    しかし、自分の気持ちには気づいてるんだろうか。実はまだ無自覚だったり?

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 7:40 AM

    ええぇー!!!
    今月こんなに更新してくださいあそばされいらっしゃいますのーーー〜〜ー!!!!!

    ありがとうございますなみだが涙涙涙の川

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 8:03 AM

    更新すごく多くて嬉しいです
    ユニスに関しては予想通りというか明らかな誘い待ち状態をばっさり切る努に笑った
    ディニちゃん戻ってくる未来が読めないけど努が声かけたらぶすくれつつも回収されるのかな

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 8:10 AM

    ユニスは天邪鬼だなぁ

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 8:23 AM

    更新感謝

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 8:26 AM

    努は努なりにユニスのことを大事にしてるんだけどユニスの求める方向性とは違うんだよな
    同じ恋愛脳でもエイミーくらいの理解度がないと側には居られない

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 8:48 AM

    更新多い喜びで咽び泣く
    ありがとう、ありがとう…

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 9:05 AM

    更新が多いと逆に心配になる、でももっと読みたい!たくさん更新して!ありがとう!

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 9:32 AM

    ユニスと努みたいに、論点というか目的がずれててかみ合わないこと意外とありますよね…_(:3 」∠)_

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 9:43 AM

    義理を返すなら相手の要望を受け入れないといけないって考えてる人がツトムに不満持ってるのかね?
    自分のために生活基盤諸々全て捨てたユニスに対する義理という点では、どこででもやっていけるようにした時点で返せてると思いますけどね。

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:10 AM

    努のこの態度はねぇわ

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:22 AM

    めちゃくちゃ早い頻度で更新ありがとうございます!!
    努とユニスお互い大事に思ってるけど、そこに込められてる感情が違うからすれ違いが起きてるのあるあるすぎる
    結局ユニスはどうなるんだろう?エイミー が手を貸して無限の輪に入れてもらうよう直接言うのか、それとも他のクランに行くのか、楽しみだなー

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:30 AM

    ツトムの言い方も悪いけど、無限の輪に入れないってだけでゼノ工房にいるのも問題ないし、クランでていく云々もエイミー次第だから残ってても文句言わない感じだった。
    つまりPT解散以外は現状維持しようとすればできた環境だったのではなかろうか。

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:33 AM

    >9:43 AM
    何かしら叩いてないと気が済まないんだと思います。某Youtuberみたいだァ…
    自分もその考えで納得してるんですけどねー…帰還前にも多々助けられて迷惑かけてる上にユニスには帰還騒動直前にも精神的に助けられてるから、返すもの返したら自由にさせたいっていう気概も感じられますね。

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:43 AM

    ツトムが素直じゃないとか、思っていることちゃんと言えって意見が散見されるけど、この態度がそのまんまツトムの本音でしょ。
    ユニスへの関心や態度は当初から一貫して変わってないよ。
    ユニスのことを好きになった読者がツトムに押し付けているだけ。
    「僕が好きなユニスのこと、きっとツトムだってが好きなんだ~」妄想乙。

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:51 AM

    ユニスは刻印士始めた時点で無限の輪に入る可能性完全に消えてたでしょ
    サブジョブ被せんのアホすぎ

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 10:55 AM

    カニに夢中で気づかない職人に笑いました。
    ディニエール!の件は、ハンナのくだりを受けたのもありそうですね。
    そうでなかったら一度声がけしたらノルマ果たしたと見做して先に進んでたかも。

    あとガルム時代に追加メンバー入れなかったのは、
    (ただでさえ何人も抜けたのに、新規を受け入れて
     これ以上ツトムが作ったクランの形を変えても良いのか……?)
    って葛藤もありそうだから、
    きちんと相談すれば、案外サクサクとみんな同意してくれそうな気もする。
    ソニアっさんも入れられるし。
    (ハンナは可哀想だけど)

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:12 AM

    不満ない人はなにも言わんからな、気になったとこの感想言うだけ
    自分もツトムの対応に不満ないよ

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:17 AM

    ツトムは

    認めてる相手…その人のために引き留めない
    どうでもいい相手…どうでもいいから引き留めない

    そとから見てるだけじゃわからんのだよなあ…ツトムのその違いがわかるようになってからがスタートラインだから、ユニスはまだちょっと足りない。頑張れ

    わかってるのは
    薬屋のお婆さん(年の功)>>>>カミーユ(お母さん補正)>>ガルム、エイミー>ステファニー(信者補正…わからなくても信じようとしたり必死に考える)

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:27 AM

    進む道を自分で決めるタイプのツトムと誰かに手を引いてほしいタイプのユニスはまあ噛み合わんよなあ…ってなる話
    素直に仲間に入れてって言えば無限の輪は無理でも何らかの形で内輪枠には入ってたと思う

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:32 AM

    努のなかの理論でユニスを自由にさせたい努。求められたいユニス。
    もどかスィー

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:33 AM

    >ついにコニスまで現れてしまったのか
     
    ついにツッコんでしまったか
    絶対わざとだと思ったから、あえてツッコまなかったのにw

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:39 AM

    それぞれだいぶ初期よりマシになったとはいえ
    努はゲーマーで効率厨のダンジョン脳
    ユニスは恋愛脳
    技量を高めダンジョン攻略する事を優先する努と、仲間や思い人と仲良くを優先しがちなユニスじゃこうなる

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 11:39 AM

    ユニスはエイミーが連れてきてるから
    一応は加入ルールの例外ではありそうなんだが

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 12:02 PM

    ユニスが求めればワンチャン答えてくれそうな感じもありそうなんだけどなー
    ツトムの側に居させて欲しい、その一言なのかなー

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 12:07 PM

    それが素直に言えたら、最初から苦労してないだろうよw

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 12:07 PM

    ユニスの道としては、このまま居座るのがひとつ。どこかのクランに所属するのもひとつ。ゼノ工房への義理を果たすとなると、シルバービーストが1番波風はたたなさそうだね。さすがに金色への出戻りは、ユニスの性格上しないような気がするし、、、
    第三の選択肢は、臨時パーティー募集して、無限の輪に入れる頃合いまでそのパーティーでの活動、ってとこかな?これならクロアも誘って一緒に活動できるし、シルバービーストのソニア、マデリンの2人も引き抜けそう。パーティー丸ごと加入って感じでね

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 12:08 PM

    ツトムのスタンス聞いた上でなお相手から誘わせようとしてる時点でそりゃ無理だろってなる。
    まあ戻ってきてほしいと思ってる元メンバーに対してさえ戻って来てってはっきり言わない努も大概だけど。

  • 匿名 より: 2022/05/27(金) 12:18 PM

    努はダンジョン脳で自分本位だから判定基準が自分だったら納得できるかどうかなんだよな
    たぶんクランを勝手に出奔した自分自身を一生許せない奴

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