第515話 気まずい忠告

 

「…………」


 臨時PTが解散した翌日の昼頃。ハンナは数年ぶりに出所してきた盟友でも見るような顔で、無限の輪のクランハウスに帰ってきたダリルとアーミラを眺めている。そんな彼女からの熱い視線が気恥ずかしいのか二人とも目は合わせていない。

 すると彼女はやったぜと言わんばかりに拳を握り締めて飛び跳ねながら、努の方に振り返った。


「師匠!! あとはディニエルさえ手に入れれば完成っすね!!」
「そんな人をアイテムみたいに言うなよ」
「ほら、師匠も!」


 二人の手を無理やり取ってるんるん回ろうとするハンナに努はそう突っ込みながら、彼女に促されるまま乗り気ではないダリルとアーミラの間に立って手を繋いだ。


「二人共おかえりっすー!!」
「……んだよこれ」
「おかえりの踊り?」
「あの、結構恥ずかしいん、ですけど……。あと、普通に辛い……もうっ、休ませて……」


 微笑ましそうにしているオーリが見ている中で四人は輪になって踊り親睦を深めた。それにひとしきり満足してソファーに座った彼女の横で、ガルムの訓練終わりでもう立つのがやっとだったダリルは死にそうな顔で倒れている。

 それでも尚ハンナに追い打ちをかけられている彼を、しょうもなさそうな顔で眺めていたアーミラに努は声をかける。


「予定よりギルドの引き継ぎ終わるの早かったね。カミーユが配慮でもしてくれた?」
「そんなとこだ」
「とはいえ今はPT編成がどうにもね。ダリルはガルムに一から鍛え直しされてるし、ゼノは家族と休み取ってるし、エイミーもアイドル市場調査に行ってるし。残された僕たちは踊ることしかできない……」
「それでおめーは刻印漬けか」
「リーレイアも深海階層調査がそろそろ終わるし、探索するとしたらそれに付き合うくらいかな。ただ乗り出来るみたいだし」


 深海階層で時間制限を過ぎた探索者を飲み込む黒のくじらは、闇精霊のレヴァンテが変化した姿なのではないかという迷宮マニアの推測。それを検証するためにリーレイアはユニス作の水着装備で潜り、今も24時間チャレンジ中だ。

 努としては死ぬこと前提の隠し階層に挑戦するなど御免であるが、見たところ一人でも喰われた者がいればそのPTごと飛ばされる仕様のようだった。それに神台で見る限り難易度も深海神殿と同等で全滅の可能性もほぼないため、彼女のお願いに付き合うことにした。


「ババァも来るって張り切ってたぜ」
「別にコリナでもいいんだけどね」
「……てめーが一番レベル低い癖して、よくもぬけぬけと言えるよな」
「精霊の検証も兼ねてるし、そこは仕方ないでしょ。レヴァンテの契約場所見つかって使えるスキル増えたらリーレイアは儲けものだし」


 とはいえ大方はその隠し階層で天空階層を対策できる装備だったり、闇精霊との契約などが出来ると読んでいる。

 そもそも天空階層は一階層ごとに中ボスが黒門を守っている気合いの入れようであるし、本格的に攻撃、回復スキルのようなものも使ってくる。深淵階層に比べると明らかにゲームそのものの難易度が変わった気配がした。

 そして大天使ウルフォディアの強さはたとえ浄化を抜きにしても別格的な強さを誇る。ゲームなら負けイベなのではないかと錯覚するほどだ。それをまともな対策なしで突破しようとする者はマゾゲー好きくらいだろう。


「ただコリナの実力は一度生で見てみたかったけどね。アーミラから見るとどうなの?」
「……まともに戦いたくはねぇな」
「だよね。なんかガルムとも平気で真正面から打ち合ってるし、かといって手数の多いリーレイアにも引けを取らないし。パワーあるならその分鈍重なのが世のことわりだと思うんだけど?」
「近距離特化だからじゃねぇか? 大剣の間合いでなら勝てる。でも詰められたらきちぃだろうな。ここ一年くらいはやってねぇしわからねぇけど」


 どこぞの神官みたいにモーニングスター両手持ちで戦うコリナを相手にするのは彼女でも嫌なのか、その顔は大分渋そうだ。それこそ天空階層でも機械のように硬質なモンスターは多いため、強烈な打撃を叩き込めるコリナの火力はとても頼もしい。


「そういえばみんなで模擬戦する機会もあんまりなかったっすから、久々にやりたいっすね~。今は誰が一番強いっすかね~?」
「コリナが進化ジョブを手に入れた今となっては、誰一人として勝てる気がしないんだけど」
「師匠と当たったら実質シードみたいなもんっすからね」
「もう自衛できるくらいの実力はついてるし、僕は辞退するよ」
「え~? あたしが直々に可愛がってあげるっすよ~」


 どんなに見た目が可愛かろうとそれは爪を剥き出しにしたライオンにじゃれつかれるのと変わらないため、努は普通に身震いしながら断固拒否した。その被害者であるオルファンの面々はあれから異常なほどハンナを恐れていたことがそれを証明している。


「相変わらず弱ぇのか強ぇのかわからねぇ奴だな、お前」
「人間誰しも弱点の一つや二つはあるものだよ」
「じゃあてめーの弱点は暴力と……実は性欲にも弱かったりしてな?」
「はぁ」


 何処かカミーユを想起させるような流し目。しかしまだどうにも色気に欠けてあどけなさの残るアーミラの挑発的な表情に、努は冷や水を浴びせるような声を返す。


「性欲に弱い典型例のレオンとか見てると、逆に大変そうだなって思うよ」
「男の夢じゃねぇのか? あぁいうハーレムってやつ」
「莫大な子供の養育費に追われ続けるのを想像するだけでしんどそうだけど。まぁ、男としては凄いと思うけどね」
「そりゃそうかもしれねぇけど、ヤリたくならねぇのか? 不能ってわけじゃねぇんだろ?」
「…………」


 火の玉ストレートをぶん投げて股間を指差してくるアーミラに努が白けていると、それを照れだと判断したのか彼女は途端にしたり顔になった。


「なんなら今夜相手してやろうか?」
「クラン内での恋愛沙汰はもう御免なんで」
「割り切りの関係でもいいぜ?」
「いやお前さ……典型的な地雷すぎてびっくりするんだけど」


 いくら割り切りの関係だと事前に言っていてもどちらかが燃え上がってしまい、最終的に周囲を巻き込み自爆する男女はプロゲーマーの不祥事として何度か見てきた。そんな中でまだ20歳前後のアーミラになんて手を出すはずがない。

 そんな努からの面倒臭い女認定が気に喰わなかったのか、アーミラは吹っ切れたように詰め寄る。


「はっ、俺だってお前がいねー間にヤることやってんだぜ?」
「へー。そういうことはリーレイアにでも自慢すれば? きっと喜んで夜這いでも仕掛けにきてくれるよ」
「……俺にそっち側の趣味はねぇ」
「女性は割と同性愛にも目覚める可能性あるって言うし、後でちゃんと報告しておいてあげるよ。今夜はお楽しみそうで何よりだね」


 そんな下世話な話をしている二人の声は当然ハンナにも聞こえていたのか、既にダリルへのちょっかいを止めて正座で聞き耳を立てていた。


「結婚するまでえっちなことは駄目って村では言われてたっす。ダリルも気を付けるっすよ」
「…………」


 そんなハンナからの純粋な忠告に、ダリルは気まずそうに視線を逸らすだけだった。


 ――▽▽――


 その後リーレイアが深海階層から帰ってくる時間を見計らって、努、ハンナ、アーミラの三人はギルドに集まっていた。ダリルは休憩の後ガルムに連行されていった。

 そしてスポーティーな水着姿のリーレイアが黒門から吐き捨てられ、更衣室で着替えている間にギルド長であるカミーユと合流した。


「一緒に探索するの大分久しぶりですね。龍化二枚編成を試した時くらい?」
「そんなところだろうな。もう四年ほど前か」


 隠し階層は巨大鯨の体内という設定だからか、ある意味で地上ではあるのでカミーユは最前線に挑めるような刻印装備を着込んでいる。大剣士用に組まれた刻印が刻まれた白大剣はアーミラと同様の代物であり、それが二振り並んでいるのは圧巻だった。


「お宅のお子さん、教育の方はどうなっていらっしゃるんですかね」
「どうした。やぶから棒に」


 今からこれ見よがしに話しますよと牽制しておいてその内容は母とのひそひそ話で済ませた努に、アーミラは心底面倒臭そうな顔をした。


「まぁ、若いうちはそんなものじゃないか? むしろツトムの方が心配になるくらいではあるが。まだ落ち着くような歳でもないだろう?」
「アルドレット工房の職人が数ヶ月経ってもろくな成果を得られていない姿とか想像すると、結構興奮しますけどね。それを肴に刻印するのがまぁ楽しい」
「それはまた……難儀なものだな」


 ある意味で欲望を解消させてはいる様子の努にカミーユが苦笑いを零したところで、リーレイアが隠し階層を攻略するに相応しい装備を着込んで帰ってきた。


「本日はよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく」


 やはり神竜人に対する畏怖は未だにあるのか、リーレイアは恭しく彼女に礼をしていた。そしてPT契約の列に並ぶ時にハンナを二人にさりげなく寄せ、自分はそそくさと隣に寄ってくる。


「あの親子二人の並びはとんでもない破壊力がありますね。素晴らしい」
「あぁ、そう」
「まだ若いけれどポテンシャルを秘めているワインと、熟成して重厚さの増したワインかのような組み合わせですよね。是非とも味見したいものです」


 神竜人に対する竜人の尊敬は本能レベルのようなので特別なものではないが、リーレイアに限っては何やら別の感情も混じっている気がする。野獣の眼光で親子が話す様子を見定めている彼女に何故か同類として扱われているような気がして、努としては勘弁願いたかった。


「しかしあの隠し階層で本当にレヴァンテと契約できるもんなのかね。呪い部屋と違って多少は検証も進んでるみたいだけど、まだ発見されてないんでしょ」
「そのための貴方ですよ。遺跡階層でも精霊との相性は顕在だったのでしょう?」
「それにしたって闇精霊と相性の良い人も既に潜ってそうだけどね。24時間がネックとはいえ」


 遺跡階層でも元祖の四大精霊との相性抜群でキャリーされていた努ならば、ダンジョンで精霊が関連するイベント事を起こす可能性は高い。だからこそ姿を変えたレヴァンテかもしれない黒鯨には是非丸呑みされてくれと熱望されたくらいだ。


「一回探索終わったら呪い部屋探索も付き合ってくれよ」
「あのウルフォディアの浄化を消せる可能性があるのなら是非とも。ですがもしそれが見つかってしまえば、刻印装備がなくても突破できそうなものですが。浄化さえ何とかなれば戦えなくもないので」
「とはいえいずれはまともな刻印装備なきゃ後進に抜かれるよ。埋められないレベル差ついてるようなもんだし」
「とはいえあの程度の実力しかなかった者があそこまでもてはやされているのは、単純に不愉快ですけどね。男に尻尾振って装備貢いでもらってあそこまで押し上げられただけではありませんか?」


 皮肉めいたことを言いながらリーレイアは冷めた目で九番台を見つめている。

 シルバービーストの二軍PTへと新たに加入し、唸るような大槌を振り回し天空階層でも活躍しているクロア。確かに神台で見ても以前と違い何処か勢いがあるように見えはするが、それでもリーレイアが一ヶ月前に見た彼女の実力は大したことがなかった。

 それでも刻印装備さえあればウルフォディアを突破できるのだとすれば、160階層突破の価値は大いに下がるだろう。中途半端な者たちが最前線面してくるのも腹立たしい。


「僕も上位層が余裕綽々よゆうしゃくしゃくでバカンス行ってるの不愉快だったし、お互い様じゃない? それにいずれはまともな職人たちが刻印装備を供給するだろうから、最前線組にもそう遠くないうちに行き渡る。そうなれば後は実力勝負だしね」
「それなら別に今からツトムが流しても変わらないのでは?」
「えー。だって最前線組の皆さんって実力者揃いじゃないですか~。刻印装備なんかに頼らずとも自力でウルフォディア突破も出来るんじゃないですか~?」
「中途半端な奴らにいくら先走られようとも、私は構いませんが」
「それを言い切れるのは尊敬するよ、本当にね」


 だがこの立場はもはや揺るがないと確信しているからこそ、一ヶ月近く迷宮都市を離れても平気な顔で復帰できるのだ。勿論実力でその立場を維持している者もいるが、中には単なる先行者利益で陣取っている者もいる。

 それを一度引っくり返してみても再び這い上がれるのなら、その者たちは最前線に相応しいと言えるだろう。そんな革命が起こった後でも腐らずに上がってきそうなリーレイアを素直に褒めると、彼女は澄ました顔で前を向いた後にたにたと笑った。

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