第516話 祈祷師パワー
ギルドの訓練場に響き渡る金属がぶつかり合う音。ダリルの大盾はべこべこにへこみ、彼の汗や吐血が付着している重鎧もその損傷を主張するような雑音を響かせていた。
「ブートラッシュ」
その元凶であるコリナは二振りのモーニングスター両手にスキル補正の乗った連撃を放ち、最後に突き出した一撃で百キロはゆうに超えている重鎧を着込んだダリルを無理やり吹き飛ばした。
「ぁぐっ……!」
それでも尚倒れず踏ん張ろうとして身体が上向きになった彼の横っ腹に、距離を詰めた彼女は鞭のように右腕をしならせ星球を思い切り叩き込んだ。その強烈な打撃はなまじ重鎧が受け止める分、ダリルへの衝撃は想像を絶する鈍痛と共に響いた。
視界が眩んで思わず膝をつくものの根性で大盾の鋭利な部分を構わず振り回したダリルの攻撃を、コリナは左手の星球で受けながらバックステップでいなす。
一先ず距離を開けたところでダリルが何とか態勢を整えようとしたところを見やった彼女は、右手を振りかざし二の腕を隆起させる。
「モーニングスロー」
コリナの右手から投擲されたモーニングスターは隕石のようにダリルの大盾に直撃し、彼はその衝撃を受け止め切れず地面を転がった。それから彼女は矢でも番えるように背中のマジックバッグから新たな星球を取り出したが、もう必要ないと判断したのかすぐに戻した。
「癒しの光」
「ハイヒール、メディック」
進化ジョブを解除して首から提げた十字架のネックレスを握りながら祈りを捧げる彼女とは対照的に、ダリルは重度の打撲を至る所に負って死に体だった。そんな彼に模擬戦後の回復を依頼されていた白魔導士のギルド職員は回復スキルを放つ。
「今回はあいつの余計な配慮もなかっただろう。どうだ」
それこそ三年前はダリルが稽古をつける側ではあったので、初め彼はコリナ相手に全力で戦えてはいなかった。だからこそガルムから何度か徹底的に潰してくれと頼まれていた彼女は、少し複雑そうな顔で振り返る。
「まず前提としてレベル差がありますから私が勝つのは当然として、筋は悪くないと思いますよ? やっぱりガルムの弟子というか、弟分というか」
自身の身体がどうなろうと知ったことではないという精神性と、もうまともに立ち上がれないだろうという状態でも最後の力を振り絞るところはガルムによく似ている。三年前から下の世代に物を教えていたからか成長自体は鈍化しているものの、実力が錆び付いているわけでもない。
そんな彼女の評価にガルムはうむと一息漏らしてると、白魔導士によって立ち上がれるまでに回復したダリルが歩み寄ってくる。
「神台で見てわかってたつもりではあったんですけど、本当にお強いですね……。以前の認識を引きずったままだったの、お恥ずかしい限りです」
「まぁ、私もこの数年ガルムにしばかれてたから……」
「一年もしないうちに打ち負かすようになっておいて、よくもまぁ言えたものだな」
「また大袈裟な。ここ一年の戦績でも五分五分くらいですよ」
「ここ最近は二連敗を喫しているがな」
コリナは少し遠い目をしながらそう返し、もう使い物にならなそうなダリルの重鎧を剝ぐように脱がせるのを手伝った。そんな彼女の横でガルムは呆れたようにぼやいた。
元々白撃の翼に入っていた頃のコリナは肉弾戦のアタッカーとして活躍することが多かったものの、努からヒーラーとしての素質を買われて無限の輪に入ってからは鳴りを潜めていた。
とはいえ純粋な祈禱師としての立ち回りがある程度完成してきた後も、努からは支援回復をこなすことはあくまでヒーラーの最低条件だと指導されていた。しかし祈禱師の攻撃スキルは破邪の祈りといった遅行性のあるものがほとんどなので、コリナはかつてのモーニングスターを装備し近接戦でその間を埋めていた。
そんな彼女の転機は進化ジョブが導入されて検証が進んできた頃だった。聖騎士のゼノが進化ジョブによるヒーラーの可能性を模索したいといって支援回復をしていた時、その分手持ち無沙汰だったコリナも変化したステータスを利用しての近接戦をする機会があった。
元々アタッカー経験があったということもあるだろうが、それにしたって彼女の星球を振るいモンスターを粉砕していく様は何とも言い難い凄みがあった。
それを他のPTメンバー全員から見出されたコリナはそのまま近接アタッカーを兼任する機会が多くなり、模擬戦での負け数もみるみるうちに少なくなっていった。今となってはガルムやリーレイア相手に勝ち越すこともあるほどだ。
「それに対人戦では主にフレイルを使っている。まだこれがコリナの本気ではないからな」
「フレイルって……鎖武器でしたっけ?」
「あ、こういうやつですね」
そう言うとコリナはマジックバッグから、柄の先に囚人が足にでもつけられていそうな鉄球が繋がれた武器を取り出した。
基本的に彼女は柄の先に刺々しい鈍器が付いているモーニングスターや、生物を叩き壊す形状をしたメイスなどでモンスターと戦っている。ただ対人戦では刺々しい鈍器部分を鎖で繋ぎ、遠心力によるパワーと鎖部分のリーチを確保したフレイルという武器を使うことが多い。
コリナのステータス補正が乗った、力仕事の看護師で身についた腕力での振り回し。そんなフレイルが奏でる風切り音を聞くだけで大抵の者は戦意を喪失するだろう。物理法則によって増した力と不規則性の混じる鎖球での攻撃、それにコリナの弱点であるリーチをもカバーしているフレイルにはガルムも手を焼いていた。
「でもこれを出す日もそう遠くはなさそうですね。中堅の人たちって、何度か対面すると引け腰になっちゃう人がほとんどですから」
「いや、結構引け腰になってた自覚あるんですけど……?」
「やっぱりガルムの教えが今でも生きてるんじゃないですか? その気概があればまたいくらでも伸びそうですし、並行してレベル上げしていけば問題なさそうです。また空いてる時あれば模擬戦お付き合いしますよー」
「はい、その時はまたよろしくお願いします」
「いいえー」
今日は昼過ぎからランチを予約していたので三十分ほど模擬戦に付き合っただけだったが、彼女に対するダリルの認識は完全に改まっていた。まるで部活の二個上先輩でも見送るように礼をした彼に見送られ、コリナは足早に訓練場を出てお店へと向かっていった。
――▽▽――
レヴァンテの体内と思わしき隠し階層に努たちPTが魔法陣で向かうと、泡立つ胃液の中で浮かぶ大石の浮島に転移した。それからは神の眼を光の魔道具でデコレーションして一先ずの光源を確保しつつ、五人は胃を抜けて肉々しい地表に降り立っていた。
その先にある通路を努はフェンリルに騎乗して偵察し、肉壁に光源を刺して回って視界を確保し帰ってきた。そして彼を気遣うようにしゃがみこんだ大狼から降りると、さらさらした砂みたいに冷ややかな白毛のある頭を撫でた。
「フェンリル万能だねー」
「……それはそうなんですけど、馬具付けられるのずるすぎる。普通なら道具壊されて串刺しですよ」
五人PTでの本格的な探索でリーレイアと組むのはそれこそ三年ぶりだったので、努は主に新しい精霊たちとの契約を試していた。その中でもやはり神台でその活躍が目立っていたフェンリルの評価は努からしても高かった。
フェンリルは精霊の中でも唯一まともな騎乗ができる見た目と実現性を兼ね備えた巨大狼である、ただ人間が乗りやすい形状の馬ですら鞍、手綱、鐙などの馬具をつけなければ乗馬することは難しい。
それが狼なら尚更のことなので、超人のような身体能力を持つ探索者ですら果てしなく高い騎乗技術を要求される。初めはすぐに振り落とされて痛い目に遭うことは必至だし、かといって手綱のように体毛を掴んで少しでも引っ張ろうものなら氷柱に貫かれて殺される始末だ。
だが努は未だに一人の精霊術士しか達成していないフェンリルへの道具装着をあっさり行うどころか、騎乗技術なんて初心者に毛が生えたようなレベルであるにもかかわらず騎乗することに成功していた。
普通の精霊術士が乗れば制御不能のじゃじゃ馬になるのが普通なのに、努の契約したフェンリルはまるで素人の乗馬体験に抜擢される人間好きの馬みたいな気遣いすら感じられた。
これが同じ精霊術士ならば嫉妬でぶっ殺してしまいそうなものだが、前例すらない雷鳥、レヴァンテ、アスモすら手懐けている様子の努にはもはやそういった感情すら湧かない。むしろ新たな精霊の側面が見れて楽しい気持ちすら湧いてくる始末だ。
「他は天空階層でちゃんと試したいもんだね」
「まぁ、ここではもう無理でしょうね」
雷鳥と契約した時は天空階層を恋しがっていたハンナと同じように天井を見上げた後、とんでもない出力で電撃を巡らせて風穴を開けようとしたのですぐさま解除して還した。
レヴァンテに関しては前と同様にシャチのような見かけできゅいきゅい甘えてくるだけだったので還し、アスモは契約した直後に地鳴りが起きたので不味いと判断して解除した。
その現象からしてレヴァンテ体内説は大分有力にはなったので、リーレイアとしても何か手掛かりがないか躍起になって探していた。そしてたまにアーミラカミーユに見惚れたりなど、随分と楽しそうである。
「カミーユは使えないんですか? 神龍化」
「今のところはな」
ダリルを一撃で戦闘不能にしたらしい神龍化というユニークスキルは、今のところアーミラしか使えないようだった。とはいえこの隠し階層は探索が主なのかそこまで頻繁にモンスターが出現せず、初見殺しのアメーバ大量発生くらいしかその見せ場はなかった。
「娘もそこまで悪くはないと思っていたが、やはり最前線にいたリーレイアに比べると劣るな。これからの成長が楽しみだよ」
進化ジョブにより新たな精霊契約の他に二属性まで契約可能となったリーレイアは、以前に比べて単純に火力が上がっている。
人間一人を頑張れば丸呑みできるぐらいにまで成長したサラマンダーに、背格好は変わらないものの少し大人びたシルフ。その精霊たちが織り成すスキルコンボによる業火はアメーバを瞬く間に干上がらせた。
その他にもノームの作成した石を竜巻に乗せて礫のように飛ばしたり、ウンディーネと共に泥沼を発生させて足下を封じたりなど汎用性が高い。それに新たな精霊の属性を組み合わせることも将来的に可能であるし、二人合わせて四大精霊を行使してのロマン技もあるようだ。
とはいえロマンと呼ばれるものは大抵がろくに使えないことの証明でもあるため、基本的には自身での二属性運用が安定して強いようだ。付与術士による精神力操作があるならロマン技かましてもいいかな、ぐらいの塩梅らしい。
それに加えてガルムコリナに鍛え上げられた剣技も身体の全盛期も合わさり極まっているため、精霊術士の三本指に入っていることは疑いようがない。弱点としては新精霊との相性がよくないことくらいだ。
「とはいえカミーユも意外と動き悪くないですね。ギルド長の仕事も長いしもう少し鈍ってるものかと」
「流石に最前線とまではいけなさそうだが、まだまだ娘やガルムにおいそれと負けるわけにはいかないからな」
「しぶてぇババァだよ、本当に」
ミシルよりも年上っぽい彼女も身体的に厳しいかと思っていたが、やはり神竜人ということもあってかそこまで遜色見られなかった。刻印装備で底上げされているにせよ、憎まれ口を叩くアーミラとも未だに打ち合えそうな力はありそうだ。
「うーん。このまま噴気孔目指しても意味なさそうですし、何処かぶち破ってみましょうか?」
「取り敢えず一度は正規ルート試した方がいいんじゃない? 変に刺激して黒門から放り出されるのもアレだし」
「どちらにせよ放り出されるのは確定なんですけどね、排泄物として」
「うんこよりは鼻水の方がマシっすよ」
この階層に黒門は存在しないが、ルートとしては下るか上がるかで分岐している。ただどちらにせよ脱出するとスポッシャーに転移させられるのと同じように排出されてしまう仕組みなので、海水まみれになることは確定であった。
あくましんかんw