第520話 低レベルの弁え方

 

 初めこそロレーナからのオルファン根掘り葉掘りでダリルは萎縮していたものの、彼女に悪気がないと理解してからは話が弾んでいた。そして結果的には異様に仲良くなったようで、ロレーナの帰り際に彼は名残惜しそうにしていた。


「何というか……好かれる人にはとことん好かれそうだね」
「嫌われる人にはとことん嫌われそうって言いたいんですかね。勿論ツトムさんは好き側ですよね?」
「そろそろPTの打ち合わせしたいんで、いい加減帰ってくれる?」
「素直じゃないんだから……」
「いや、本気で」
「…………」


 ソニアの隠れた不満を引き出したり同業者としてダリルの支えになってくれたことには感謝しているものの、このまま何も言わないとロレーナはずるずる付いてきそうな気配があった。

 それに思いのほか早く新PT体制になったということで、さっさと160階層突破に向けてPT合わせを済ませておきたい。なので努がはっきりと物申すと、彼女はとぼとぼといった様子で帰り道を歩んでいった。


「流石に可哀想じゃ……」
「僕たちに野兎構ってる時間はないんだよ。うかうかしてると最前線から余計に置いていかれる」


 アルドレットクロウの一軍は今も攻略中だが、天空階層用の刻印装備を手にした中堅たちも160階層に辿り着き始めた。そして呪い部屋にて浄化対策らしき装備も発見されたので、突破PTが出るのも時間の問題だ。


「少なくとも160階層の箔が薄れない内に、僕たちPTも突破を目指す。だからダリルとアーミラの階層さっさと上げなきゃいけないし、遊んでる時間はないよ」
「箔が薄れる、か。それはどのような状況だと想定しているんだい?」
「僕は3PTが突破するまでだと思うけど、ゼノはどう?」
「……なるほど。それは中々スパイシーな提案だね! 面白い!」


 それは夢物語とまではいかないものの、非常に達成困難な目標であることに変わりはない。現時点では個人能力が高い二人を浄化から守っての攻略が王道とされている160階層においては、アルドレットクロウの一軍と紅魔団が突破の可能性を秘めている。

 ステファニーとディニエルは言わずもがなだが、ユニークスキル持ちのヴァイスとミナも有望視されていた。人数が絞られ必然的に長期戦になるためヒーラーは必須と言われている中、二人はポーションを持ち込んで回復力を確保している。

 特にその2PTは刻印装備を手にした中堅探索者の躍進で尻に火が付いたこともあってか、以前よりも160階層攻略に熱が入っている。なのでまずその2PTは浄化対策が確立するまでに突破する可能性が高い。

 それに祈禱師の中でも圧倒的な武を誇るコリナが在籍している無限の輪も、一年以上かけた修行で魔流の拳を極めてきたハンナが加わることで個人技能の高い二人が出揃った。数ヶ月かけて立ち回りを極めているステファニーたちのようにはいかないだろうが、突破するポテンシャルは秘めている。

 そして浄化対策が済んでしまえば突破できるであろうPTは、最前線組にいくらでもいる。アルドレットクロウ、シルバービーストの上位軍、紅魔団の二軍、バーベンベルク、金色の調べ、その後ろに続くは天空階層用の刻印装備を持つ群れを成した中堅PTたち。


「……その、変なこと言わない方がいいと思いますよ」


 その大多数の中で一つでも160階層を突破してしまえば、努の目標はもう後がなくなる。そんな未来予測を立てたソニアは頭がおかしいのかと言わんばかりの目で努を見た。


「勿論、現状じゃ無理な目標ではあるけどね。だからこそダリルには160階層でも耐えうるタンクに急成長してもらわないと困るし、アーミラも同じだね。それに僕もヒーラーがどれだけ出来るのか、ゼノとソニアさんに見極めてもらわないことにはね。最悪アタッカー転向の可能性もあるし」
「それはPT合わせしてみないことには何とも言えませんが、単純にレベルが追い付かないんじゃ……? あたしとゼノ以外、140ぐらいですよね?」
「僕は124だね」
「…………」


 努の正確なレベルまでは知らなかったソニアはまさに絶句といった表情をしていて、それを目にしたアーミラはけらけらと笑う。


「レベル120の分際でよく物が言えるって、普通は思うわな」
「その代わりに刻印士トップまでレベル上げしてたんだし許してよ。にしても、100からは本当に上がらなすぎて僕もびっくりはしてるけど。一応159階層までいってるのに」
「てめぇがいけるってんならいけんだろ。俺はとにかく火力を出せばいいんだな?」
「多分そうなるだろうけど、まずはお互いの力を見極めないことには始まらないからね。ゼノのヒーラー直接見るの初めてだし、楽しみにしてるよ」
「あくまでタンクが主軸だがね! ヒーラーも好評なようで何よりだが!」


 それこそ致命的なダメージを負った時には進化して自らを治療することができる聖騎士は、単身で回復できるタンクとして有用だ。それに灰魔導士と本格的に組むのは今回が初めてなので、努としては楽しみである。


「大丈夫かな……。ゼノがいるとはいえ」
「…………」


 彼の無謀な目標にこれから先が不安になってきたソニアと、果たして今の実力が通用するのかわからないダリル。それに比べると随分とポジティブなゼノとアーミラと共に、努はギルドに早足で向かった。


 ――▽▽――


「あちょー!」
「……いや、それは何ですか?」
「えーっと、闇魔石と風魔石を合わせた奥義みたいな……? 何だったっすかね」
「……伝承者からの言伝にも書いてありませんが」
「あれー? じゃあオリジナルっすかね?」
「…………」


 無限の輪の一軍にはハンナとエイミーが加わり、リーレイアはこのPTを纏め上げることを努から言い渡された。しかし彼女の放つ魔流の拳の数々を把握するだけでも相当難儀であった。

 魔流の拳の道場を運営している伝承者から聞く限り、ハンナの放つそれらには滝割拳などといった名称がついてはいるようだった。ただ魔流の拳はスキルと違って名称を口にせずとも発動するので、彼女の放つそれらは目視で確認しなければわからない。

 それに巻物などに記されているものをハンナは一通り習得しているものの、たまにアレンジしては忘れを繰り返していたせいか伝承者から見てもわからないものはあるそうだ。

 ハンナの放つそれらを把握すれば戦闘を有利に進められる場面があると考えての検証だったが、リーレイアは早々に諦めて伝承者に丸投げした。それこそこのPTになった以前から神台を見て魔流の拳の把握には努めていたようなので、専門家に任せた方が早いと判断した。

 ただハンナは160階層におけるエースに成り得る人物であり、上振れを起こせば突破も有り得る唯一の存在だ。159階層での戦闘を見る限りでもその可能性は見えたので、今は彼女のレベル上げに集中していた。


「うんにゃー。デバッファーむずいー」


 そんな中エイミーは帝都で探索者として活動していたこともあり、レベル差はそこまでついていない。だがハンナほど壊れた能力を持っているわけではないので、今回は進化ジョブの研究に専念しているようだ。

 ただ彼女の実力は迷宮都市とは違う環境で鍛えられていたからか、リーレイアからすると斬新さを感じることが多かった。それにハンナと違い対応力はあるので新しいPTにすぐ馴染んだ。


「140になったら挑むっすよね、ウルなんちゃら」
「ウルフォディアです」


 160階層主であるウルフォディアは金色をベースとした二足歩行の巨大機械のような外見の大天使であり、90階層主の元の姿だと鑑定で明らかになっている。

 大きな左手の中心に空いた穴から光を噴き出し全体を浄化する攻撃が最も有名ではあるが、それ以外にも厄介な攻撃や機能が多い。

 全体浄化を放つ際に用いられるその左手は他にも光弾や光線など、直撃すればタンクでも厳しい強烈な遠距離攻撃も可能だ。そして右手には浄化属性を持った剣を具現化し、斬られた者は一定時間蘇生ができなくなる。

 それに加えて探索者の攻撃スキルを受けてもビクともしない頑丈さに、光の鏡を具現化しての反射もこなしたりと防御面にも隙がない。それに時折出現する白い機体のミニオンは回復スキルを扱い、ウルフォディアの損傷した機体を修理する。

 攻防遠近ほとんど隙がなくスキルの反射に回復持ちの機体を一定リポップ、それに加えて強制的な全体浄化による即死持ちと、今までの階層主からしても異様なほどの能力値を誇っている。

 弱点といえば探索者にそこまでデバフを付与しないといったところだが、浄化があまりにも強すぎるのであってないようなものだ。あとは打撃に多少弱くはあるが、それも斬撃よりはマシ程度である。


「神台を見る限り、アルドレットクロウと紅魔団も躍起になっている。何度か様子見で潜ってみるのはどうだ?」
「それも悪くはないですが、160階層を突破したら終わりというわけではありませんからね。この先の攻略でハンナが詰まらないためにも最低限のレベル上げは必要です」
「ヴァイスに感化でもされた? 流石にあの方向はハンナでも無理だと思うけど」


 ガルムの提案にリーレイアが反証し、エイミーが双剣をぶらぶらさせながら言うと彼は神妙な顔で腕を組んだ。


「だがこのまま呪い部屋の検証待ちに徹するのも歯痒い。ハンナが来たことで突破の可能性は見えたからな」
「ま、それはそうだけどね~。それにわたしも初見で対応できるか怪しいし、早めに慣らしてみるのもいいけど」
「……まぁ、数を絞って挑戦するのも悪くはないです。ただそれこそ躍起に挑むばかりでは無為に時間を失うだけですよ」
「あぁ、その判断はリーレイアに任せる」


 この決定にはハンナと共に残るコリナの意思も尊重するべきだと思いリーレイアは見やったが、彼女は努と一緒に作ってもらったおにぎりに夢中だったのでそっと目を逸らした。

 そしてガルムたちも浄化対策待ちをするのでなく、ある程度のリスクを背負って160階層の突破を目指すことに決まった。

 

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