第522話 バーベンベルク家兄妹とのレベル上げ

 天空階層でのレベル上げは主に156階層で行われている。第六守護者であるオリオリと名の付くそれは、黒門をぺらぺらの紙みたいな体で包むようにして守っている。

 探索者が近づくと自身の一部を瞬く間に折り畳み、紙飛行機や鶴など様々な見かけをしたオリオンという雑魚モンスターを千切り出して迎撃してくる。そしてそれは本体に止めを刺さなければ無限に生成されるため、定番のレベル上げ場となっていた。


「行きます」
「えぇ」


 流石にバーベンベルク貴族の二人相手にノンデリをかますわけにはいけないと気構えているからか、敬語で話すロレーナと共に聖騎士のスオウも前に出た。努はそっと白いフードを被ってマデリンとお揃いのまま杖を構える。


「コンバットクライ」


 透き通るようなスオウの声と共に赤い波動が広がると、紙飛行機型のオリオンが不可視のエンジンを唸らせて彼女の下へと一斉に飛び立つ。


「せい!」


 その途中で蹴り技に特化した戦靴を履いたロレーナが地に手をつけてオリオンを蹴り上げると、紙のように折り畳んで作られた物とは思えない硬質な音と共にその機体は砕けて墜落した。


(この世界のオートアタック、オートアタックの性能じゃないんだよな)


 タンクのスオウと共に前線で戦う気構えのロレーナを前に、努は内心でぼやく。

『ライブダンジョン!』でもスキルを使わない間にはどのジョブでもオートアタックで殴るものだが、精神力を使うスキルの方が当然強く設計されている。

 ただこの世界ではSTR攻撃力が物理、スキル共に反映されているため、白魔導士でも武器を装備して殴ること自体は可能だ。それに加えてジョブごとに適正な武器を使えば更に補正がかかる仕組みなのは変わらず、白魔導士の場合はそれが杖に当たる。

 しかし『ライブダンジョン!』ではそもそも装備できなかった武器も白魔導士は扱える。流石に戦靴で武器補正がかかる拳闘士と比べれば一歩劣りはするものの、STRがAを超えていればアタッカーとしての火力は事足りる。


「七色の杖!」
(いや、如意棒じゃん。杖術の範疇じゃなくなーい?)


 基本的に白魔導士の持つ杖はステータスやスキルのバフが主な役割であり、七色の杖で発動する効果も大体が支援か遠距離攻撃だ。だが彼女の持つ杖は自身の動きをサポートするために扱われていた。

 上空で旋回し光弾を放とうとしていた鶴型のオリオン。それをスキルの効果によって伸ばした杖にしがみついて急接近したロレーナは、そのオリオンの首を蹴り折った。

 そのままアクロバットでも披露するように金色の杖を振り回しながら降りてくる彼女と共に、的確に伸びてきた棒で叩き落とされたオリオンも降ってくる。白魔導士の杖補正と兎人のAGI補正も乗った雷撃のような打撃。

 どやぁ……と言わんばかりの顔を努に向けてくるロレーナの横っ面すれすれにメディックを打ち、左手をかざして多数のオリオンたちを障壁で閉じ込めているスオウに当てる。


「ゲールスラッシュ」


 真四角の宝箱のようなオリオンは周囲にバフを撒き散らす厄介な相手のため、近距離アタッカーの剣士であるスミスは早急に黒の波動を纏った長剣で切り捨てる。そしてスオウと同様に左手をかざして空中のオリオンを何体か閉じ込めて時間を稼ぎつつ、前線を張っていた。


(なんだかんだ障壁魔法が唯一無二で強い。あの二人がアタッカータンクだとPTメンバーも安心だろうな)


 聖騎士であるスオウは元々この迷宮都市を守るために対モンスター訓練を受けていたからか、タンクとしての筋もそこまで悪いものではなかった。それは神のダンジョンで更に鍛え上げられたのか、ゼノのような安定感がある。

 スミスも同様ではあるが、灰魔導士ほどではないにせよ剣士というジョブもあまり尖りのない性能はしている。基本的には近距離アタッカーのスキルを使っていくことになるが、いくつか魔法系の遠距離スキルを持っている。そして何より武器補正のかかる幅が広い。


「クロスカッティング」


 短剣から長剣、一刀流二刀流共に適性のあるスミスは、スオウの稼いだヘイトが十分だと判断した時には双剣に持ち替えて更に火力を引き出す。それに最悪ヘイトが向いたとしても障壁魔法でかなり自衛できる方なので、死ぬことは滅多にない。


「ヒール」


 ただ障壁魔法によるダメージが術者に跳ね返ってくる特性は相変わらずなので、ヒビが入ったり割れた際にはヒールが必要だ。しかもよほどの大ダメージを食らわない限りは目に見えない怪我なので、ヒーラーからすれば初見殺しもいいところである。


(出しゃばりが。こっちはまだ進化条件満たしてないってのに)


 無数のオリオンが発射する光弾がスオウに着弾すると同時にロレーナが背中をタッチして治療し、それを確認した努はスミスに着弾先をぺっと変更した。そんなヒールでの回復を彼は不本意そうな顔で受けながらも、回復スキルを使用してくる花型のオリオンなどを率先して倒していく。


憤怒ふんぬ


 ダンジョン産の装備だからか正面から見ても顔が黒いベールで隠れて素顔が見えないマデリンの声は、低くはあるが女性とわかる程度のものだ。そんな彼女はSTRを二段階上昇させる代わりに受けるダメージが全てクリティカル判定となるスキルを発動し、赤い闘気を纏い両鉈を肩に担ぐ。


「邪牙」


 呪い属性を帯びた二撃を浴びせるシンプルな攻撃スキルであるが、憤怒は次のスキルを強化する効果を持つ。マデリンはそれを空撃ちして赤い闘気とヘドロのような呪いが混じる竜巻を巻き起こし、上空を飛ぶオリオンを一掃した。


(呪術師は良くも悪くもピーキーだな。タンク陣が優秀なら何とかなるけど、今の環境はそこまで余裕ないし)


 呪術師の進化ジョブで定番のスキルが先ほどの憤怒であるが、自然解除できるまでは常時クリティカル攻撃を受けるため狙われたら大体は死ぬ。あとは一定の条件を満たすことで全ステータス上昇を得て呪いを解除する『逢魔が時』や、一定時間無敵になるが自然解除時に死ぬ『禍津』などかなり尖った性能をしている。


(実質瀕死アタッカーなのも中々ね。呪い辛そう)


 呪術師のスキルは大抵が呪いのデバフ付きでメディックなどでも解除できない。その代わり多数の呪いを持った状態なら大技も使えるし条件を満たせば逢魔が時で解除もできるため、上手くスキルを回せれば結構な火力は出る。


「黒火球」


 それにマデリンは呪い状態などで辛い状態には慣れているからか、精神力の追い込み方が他の探索者よりも深い。既に身体を蝕む呪いを二つ掛け持ち黒火球の発動条件を満たした彼女は、僅かな精神力消費にしては破格な威力を誇るスキルを乱打する。

 そしてマデリンが数多の呪いを吐き散らかしてヘイトの臨界値を超えそうになったところで、スオウの背中から神聖な翼が具現化した。進化ジョブの演出である。


「エクスヒール、メディスン」
(ただ、この中だと聖騎士がOPだな。進化条件が段階的に厳しくなるとはいえ、タンクで回復しながらヘイトも受け持てるのは強すぎだろ。タンクしてれば満たせる条件だし、パワーしか感じない)


 全ての者を全回復させるエクスヒールに、全ての状態異常を解除するメディスン。白魔導士からすればヘイトを稼ぎすぎて使い物にならない産廃スキルでも、聖騎士からすればいいヘイト稼ぎとなる。

 そしてすぐに進化ジョブを解除して再びタンクへと回ったスオウに、オリオリから新たに生み出されたオリオンが親の敵かのように殺到する。


(寄生装備の火力ひっく。経験値PT共有で良かったよ本当に)


 今日はバーベンベルク家とPTを組むということから経験値UPにLUK上昇など、思いっきり寄生する気満々の刻印装備を着込んでいた努は、ロレーナと比べるとあまりにも貧弱な火力に笑みを浮かべるしかなかった。

 ただ火山階層のレアモンスターであるゴールデンボムからドロップする欠けた金冠など、努が言うところの寄生装備はあまり堂々と装備できない。特に経験値UPの金冠など被った日にはPTから追放されても文句は言えない。


(これ、絶対後で問題になるだろうな。よっぽど刻印に精通してない限りはバレないし)


 だがこと刻印においてはどの装備にも付与することができるし、尚且つ裏地に仕込めば火力やステUPを積まずに自分だけ経験値やドロップ率UPの刻印をしてもまずバレない。

 流石に手伝ってもらう手前、スミスたちに経験値UPを図る刻印装備については話している。ただそれに四人とも納得したのは欠けた金冠の効果を想像してのことだろう。

 確かに欠けた金冠の効果は経験値UPを図るものだが、そこまで劇的に変わるわけではない。半年単位で見れば効果がわかる程度の倍率であるし、同業者や観衆から王冠ちゃん扱いを受ける弊害の方が大きい。

 だがそんな四人も努が今もステータスカードで確認しているレベルの上がり方を見れば、目の色を変えるだろう。三年かけても現状の限界レベルである170に到達できない粗悪な経験値稼ぎをしている者たちにとって、その上がり幅は120台とはいえ異常なことはすぐにわかる。


(これでもライブダンジョンに比べれば緩い方だけど、この世界の基準じゃ破格の上がり方してるもんな。レベルに見合わない狩り場とはいえ、えげつない。環境壊れちゃう!!)


 努の被ったフードに仕込まれているのは目立たないように見た目を改造され、尚且つ性能が毀損きそんされていない欠けた金冠だ。それにローブの裏地に仕込んでいるのは、刻印士の30、60で覚える経験値UP小と中。

 それらを重複させての経験値効率はもはや『ライブダンジョン!』で課金アイテムでも使っているかのようなものである。


(お、新しいスキル覚えた。……アンチテーゼ。回復を攻撃に変えられるやつか。ゴミって聞いてるけど)


 それから数十分で130を超えた努は新たなスキルについてステータスカードで確認しつつも、せっせとモンスターを倒してくれるスミスマデリンロレーナを支援し続けた。

 コメント
  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 9:35 AM

    回復を攻撃に変えられるかぁ〜
    死にスキルかな?

    そういえばツトムってヒールの回復量が高いっていうユニークスキル(!)持ってたよね

    エリアヒール使わなくても実用できるのっていまだにツトムだけなんだろうか

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 10:12 AM

    ダメージ化した回復魔法で転職条件満たせるなら純アタッカーもできそうだな

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 10:41 AM

    範囲打つ置く回復を攻撃に?
    つとむが使うと強いよね

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 11:55 AM

    前提がゴミスキルである以上普通に使えそうってことはないだろう。

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 12:37 PM

    >匿名 より: 2022/07/25(月) 9:35 AM
    ユニークスキルじゃないだろ。

    飛ばすヒールだと回復量が出ないって初期の話なら、飛ばすヒールで回復させるイメージができないから低いっていうことじゃなかったけ?

    ロレーナは飛ばすとどうしても回復量維持できないから直接触って走る独自路線に振り切ったんじゃなかったか?

    最初からイメージできてるツトムはそういう意味で回復量があるだけ、あれから3年も経ってるならイメージできない方が少数派だろうし、新しく入ってきた白魔なら、最初からそういうものと思えているだろうからイメージ出来てると思うぞ。

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 2:23 PM

    >2022/07/25(月) 12:37 PM
    飛ばすヒールかー
    当時、他者はイメージ力不足で75〜15%位の回復量しか出せない所、努は100%に近い回復量だったって話よね。
    そこから3年近くも努の提唱が守られてる形だし今の飛ばすヒールは軒並み90〜100%で安定してるだろうね(別軸に行ったヒーラー/ロレーナ等は除く)

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 2:39 PM

    アンチテーゼが自分が撃つ回復が対象なのか、かけた相手が反転するのかで使い方がまるで違うよね

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 3:00 PM

    ロレーナが使ってない時点でダメが低いか精神力めっちゃ食うかとかだと思うけどね
    近接ヒールだけど戦闘も近接だから使えるなら使わない理由がないし

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 3:52 PM

    >2022/07/25(月) 2:39 PM
    他にも過去に挙がってたエリアヒールの対象かどうか、変換ダメージは固定ダメージor割合ダメージかどうかも使い勝手に関与してきそうだよね。 
     
    まぁ現状ゴミスキルと吐き捨てられてる実態が分からない状態だから、今後の解説次第で活用出来るか否かが見えてくる感じだろうねー

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 5:09 PM

    ここで研究開発に定評のあるユニスが何か見つけて大喜びでツトムに教えに来る。
    ・・・あると思います。

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 5:28 PM

    努とユニス、お互い素直に成ればこれ程相性の良いペアも居ないのでは・・・?

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 6:48 PM

    ヒールって人体構造や治療過程を意識するとバフが入るんじゃなかったっけか?
      
    経験値刻印はたしかに問題になるかもなぁ…。
    複数の刻印を組み合わせて刻む仕様だから、刻める刻印数が増えれば増えるほど刻印が複雑化。よほど精通してない限り見破るのが難しい。
    特に厄介なのが「経験値刻印の有無すら判別できない」せいで、今後は「野良PTの火力・支援貢献度が低いメンバー」=「経験値刻印で抜け駆けを企んでいる」っていう疑心暗鬼よね。トラブルの予感しかしねえわ。

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 8:18 PM

    オーバーヒールだと即死ですかね……。

  • ツトム好きー より: 2022/07/25(月) 9:14 PM

    ガチめのおんぶに抱っこ戦法で笑う、ツトムのずるさ好きだけど…ヒーラーとしてまた陽の目を見れる日がくるのかねぇ、、周りみんなすごすぎて怖い

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 9:38 PM

    努がレベル上がって進化退化コンボするならもうこのPTが理想PTなんじゃねえのってぐらいスミススオウが便利すぎる、デバフ状態のマデリンも障壁で守れるしな

  • 匿名 より: 2022/07/25(月) 9:49 PM

    アンチテーゼ。
    おそらく名の通りツトムのためにあるスキルだと思う。
    今までこの世界でやってきたことを考えると、このスキルでヒーラーの新境地が開拓される可能性があるのでは?

    とかいってますが、ディニエル帰還を早くするためのきっかけを勝手に妄想してるだけです。
    m(_ _)m

  • Cocco より: 2022/07/26(火) 12:10 AM

    面白そうな伏線が出てきて
    回収楽しみ。

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 12:15 AM

    こうしんありがた〜いつもありがとう

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 12:17 AM

    最初のタンク軽視や刻印放置みてると現地人のゴミ認定はあてにならんよなw
    アンチテーゼでヒーラーに革命起こして欲しいわ
     
    ひとつの職が特攻になって攻略は~って意見見たけど、ヒールメディックレイズなんかの祈祷師版があるんだからアンチテーゼも「反転の願い」とかそんな感じで出てもおかしくないよ

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 4:43 AM

    格上狩道とかちょータイプ

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 9:39 AM

    ヒールは回復するものってイメージが邪魔をして火力が下がってるとかが1番無難でかつツトムが解決しやすいパターンかな。
    あと回復スキルを使う側のイメージに依存するなら、誰にでもかけられるけど、敵にかけた場合敵は回復としか思ってないから全く効果が出ないとか。
    逆にイメージ次第ではアンチテーゼ使用中でも攻撃に変えずに使うとかもできたりして。
    アンチテーゼを使ってるって認識のせいで回復量は普段より落ちそうだけど。

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 12:53 PM

    「飛ばすヒールは当てても効力は同じ」
    「撃つヒールは加速体に当てれる(当てる事に集中するから回復量は度外視)」
    みたいな言霊をスキルに仕込む感じかー
    概念的にはそれが光明かもなぁ…
     
    アンチテーゼだと
    「回復が等倍(割増)の威力になる」
    「精神力を絞っても変換ダメージは同じ」
    みたいな概念で唱えればスキル評価が雲泥の差になるって事か···その辺の仕様も裏を付ければデカそうだなww

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 1:04 PM

    ヒールがホイミみたいな回復量だとしたらダメ変換されてもしょぼいんじゃない

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 2:15 PM

    誕生日おめでとうございます

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 4:10 PM

    経験値効率超アップなんてチートに片足突っ込んでるね
    まぁ先行者メリットだとも言えるけど

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 4:51 PM

    冷凍さん誕生日おめでとうございます

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 6:01 PM

    >1:04 PM
    ヒールの変換値が低かったらハイヒール 以上を使うだろうから問題ないんでは? 
     
    ハイヒールの時点で腕切断されても現存さえしてれば完治出来る回復力だしね。

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 6:43 PM

    努がアンチテーゼをどんな風に悪用するのか、めちゃくちゃ楽しみ(悪用する事自体は微塵も疑っていない顔)

  • 匿名 より: 2022/07/26(火) 6:57 PM

    >6:01 PM
    問題があるからゴミ扱いなんじゃなかろうか
    人が回復するから威力あるってのはおかしいし、死にかけを回復出来るからダメ変換したら相手を死にかけにできるのかつったらそれダメ変換じゃなくて、相手を損壊させるスキルだし

  • たま より: 2022/07/26(火) 7:56 PM

    更新お疲れ様です!
    また怪しいスキルを取得しましたねぇ。
    まさかそんな使い方が!
    フラグな予感がしますw

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