第523話 異様なステータスカード

 

 それから努たちは22時過ぎまでオリオンを狩り続けた後、最後に自身の体を千切りすぎて瀕死になったオリオリを倒して探索を終えた。


「お疲れ様でーす」
「お疲れ」
「これ、回収します? 時間はあるっぽいですけど」
「目に付くようなやつはもう回収しといたから、後はいいんじゃない? 日付変わるまでには家帰りたいだろうし」


 比較的レアな魔石は努の方でもう回収してあるし、すっかり汗びしょびしょな四人にこれから更に回収作業を任すのも気が引ける。するとロレーナは汗で少し毛羽立っていた兎耳を安心したようにぺたんとさせた。


「レベル、どうでした? ステータスカード持ち込んでましたよね?」
「お陰様で想定以上の成果は出たね」
「でしょー? ここのマデリンちょー強いからね。あーあ。女子が過半数だったらツトムのPTにも入れたんだけどなー」
「……そういうわけじゃない」


 走るヒーラーであるロレーナと同様に二振りの鉈を持ち暴れ回っていたマデリンは、息を切らして肩を上下させているがそれでもフードすら脱がない。そんな彼女は非礼を詫びるように努へ軽く頭を下げた後、鉈をマジックバッグへと収めた。

 すると汗で濡れた金髪をタオルでわしゃわしゃと拭いていたスミスが顔を上げた。


「確かにマデリンのアタッカーは筆舌に尽くし難いものがあったな。これならレベル2ぐらいは上がったんじゃないか?」
「想定以上ではありましたよ。ありがたいことです。取り敢えず帰りましょうか。時間も遅いですし」
「もう少しお付き合いしてもよかったですけどね。最近は0帰りも珍しくありませんし」


 神台を視聴している観衆は大体0時を過ぎてからは減り始めるため、探索者たちもその時間に切り上げることが多い。ただ23時過ぎまではまだまだ見ている者は多いため、スオウからすれば努の切り上げ時間は少々早く感じた。


「あまりお借りして各々のPTメンバーに迷惑かけるわけにもいきませんしね。それに僕は0時から他のPTとの先約もあるので」
「……えっと、ツトムさんはこの後も潜るんですか?」
「じゃないと今のPTメンバーとのレベル差がキツいんで……」


 目を丸くしてそう尋ねたスオウに彼がしんどそうな声で返すと、スミスは鼻を鳴らした。


「悠長に三年も行方を眩ませていたのだから当然だろう。精進することだな」
「何なんですかね、あの人。ああ言う割には真っ先にレベル上げ手伝ってくれてるんですけど」
「素直じゃないんですよ。打診受けた時なんて鼻息荒げてましたから」
「まぁ、そんな感じだろうとは思いましたけど」
「スオウ……黙れよっ……!」


 あらやだ奥さんといった様子で話している二人に、スミスはタオルを今にも投げつけんばかりに握りしめている。そんな彼の様子をロレーナとマデリンはおっかなびっくりといった様子で見ていた。


「そもそも、以前ならまだしも今のお前は探索者としても俺たちより低いところにいるだろう。それなのによくもそんな態度を取れるものだな!」
「それを基準にするならマデリンさんへの態度を改めたらどうですか? 偉そうに筆舌しがたいとか講釈垂れてましたけど、シルバービーストの一軍より高いところにお住まいで?」
「……論点を逸らすな。俺とお前についての話だ、これは」
「僕は無限の輪の二軍メンバーですけど、そこのアタッカーよりスミスさんは上なんですか? それはまた大きく出ましたね」


 それから黒門でギルドに帰ってからも終わらなかった二人の口論は、ステータスカードによるPT契約解除の列に並ぶまで続いた。そして審判のように間へと入ったスオウを横目に、ロレーナはじろりと努を見つめる。


「よくお貴族様にもずけずけと物が言えますね」
「あっちの態度に合わせてるだけだよ。スオウさんには普通でしょ?」
「へぇー。そうですか」


 本当にそうかなと言わんばかりの目をしているロレーナは、もはや探索者として馴染んでいるにもかかわらず何処か違う風格があるスオウに視線を移す。


「同盟のシルバービーストにじゃなくて、バーベンベルク家にPT組むの依頼かぁ」
「これから組むPTメンバーの中には、シルバービースト何人かいるけどね。種族的に夜行性の人多いし」


 それこそマデリンと同じ蝙蝠こうもり人やレオンのような狼人などの探索者は、種族的な特徴なのか0時からでも潜れる割合が多い。シルバービーストで努の深夜帯でのレベル上げに対応可能な者も、そういった種族ばかりだ。


「アルクロの件もあるし普通は心配になるはずなんですけど、なんかツトムさんは病気にならなそうですよね。なんかコツとかあるんですか?」


 努は刻印士のレベル上げをしていた時から数時間の睡眠で活動を続けているが、それは回復スキルやポーションあってのことだ。そしてそれは何も彼だけでなく、大手故にとにかく忙しいアルドレットクロウでも同じようなデスマーチが行われることはあった。

 ただ一週間といった限られた時間ならばまだしも、回復スキルとポーション漬けでそれを一ヶ月ほど続けた探索者たちは軒並み精神的な不調をきたすようになった。それは回復スキルでも治せないため結構な問題となっていたが、今でもそれは解決していないしその落とし穴にハマる者もいる。

 そんな背景もあってか神妙な顔で尋ねたロレーナに、努は少し考えるように視線を上向かせた、そして簡素な結論を出した。


「気合いと、根性かな」
「うっそだぁ? その言葉、全然似合わない!!」
「まぁ、回復スキルに若干違いはあるかもしれないけど、概ねそうだよ。みんなが寝ている数時間の間に僕はレベル上げしてるから、いずれはその差で追いつける。ならやるしかないでしょ」
「そんな感じで無理して潜り続けた結果、突然PTから蒸発するって人もいましたけどね。……あっ。ある意味、その先駆けでした?」
「やかましいわ」


 事情を知っている者たちでもあまり突っ込んでこない努の三年間の失踪についても突っ込んでくる彼女は、まさに地雷原を知らずに駆けずり回る野兔のようだ。

 そうこうロレーナと話している内に受付の列は進み、口で挟んだリトマス紙みたいなものを提出して五人のPT契約解除手続きに入る。


「あ……?」


 その際に努がスキンヘッドの受付男にステータスカードを返却すると、彼はそれを二度見してから目を見開いた。

 ギルド職員の新参ならばステータスカードを用いたPT契約の手続きに手間取ることはあるが、もはやベテランの域である彼がその手を止めていることにスミスやマデリンは首を傾げている。

 努が天空階層に潜る前も彼がPT契約の手続きをしていたので、彼のレベルについては事前に把握していた。だからこそステータスカードに映っているレベル135という数字が自分の見間違いであるかどうか、何度も確認せざるを得なかった。


「随分と、順調みてぇで何よりだ」
「どうも」


 それを受け取った直後は少し動揺してしまったものの、流石はベテランなだけあってか彼はそう声を掛けるだけに留めて努のステータスカードを背後にある図書館の返却口のような場所に入れた。


「おっ。ってことはもしかして3レベとか上がっちゃいました? 経験値の溜まり具合によってはいっててもおかしくないペースでしたもんね!」
「そうだね」
「ふん、次のレベルアップは遠のくがな」


 シルバービーストで下から上がってきたPTメンバーのレベル上げを手伝う機会があるロレーナの予測は、ギルド職員である彼の認識とも合っている。その上がり値は彼女むしろ大分 期待値を込めてのものであるが、実際は11レベルも上がっている。

 探索者のステータスカードを常日頃から見ているギルド職員でなくともわかるその異常なレベル上昇に関しては、彼女との会話や周囲の様子からしてどうやら努のみが知るところのようだ。

 だからこそスキンヘッドの男はこの有り得ない数字について聞きたいのは山々であったものの、その口を閉ざしていた。迷宮都市におけるステータスカードは身分証明書でもあるため、ギルド職員もみだりにその情報は流さないしそれは探索者も同様だ。

 しかしまだ新参のギルド職員ならレベルのおかしさをその場で指摘してもおかしくない程度には、努のレベルの上がり幅はおかしなものだった。ただ今となってはそこまで見受けられないにせよ、昔は効率の良いレベル稼ぎの穴場を隠していた探索者もいた。

 情報は時と場合によっては大きな力となる。それを周囲にバラしてしまうような真似は、犯罪クランが闊歩していた時代を知っている彼にはとても出来ない。なので努に対して凶悪な笑みを浮かべるに留め、彼もまたそうした。


「それじゃ、今日はありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします」


 そうしてロレーナたちを帰した後、努は一人目に付かない低階層に潜り新スキルであるアンチテーゼの検証を行った。そして0時には再び同じ受付で新たなPT契約を結び、三、四時間ほど寄生装備でのレベル上げに励んだ。

 コメント
  • 匿名 より: 2022/07/30(土) 10:19 PM

    努てきにはダリル、アーミラは寄生先として階層はもちろんのこと純粋に力不足だったんだなw

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 12:05 AM

    >> 匿名 より: 2022/07/30(土) 6:18 PM
    作者の表現がうまいからねぇ。
    表現の裏に気づいた人は作者に気を使って書き込んでないと思う。
    結果的に気づいてない(というか作者の罠にはまった)人が表からも裏からも離れた方向を探してる書き込みだけが残ってるせいじゃないかな?

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 12:23 AM

    アンチテーゼの効果をFFのゾンビみたいな状態異常と捉えている人は回復阻害の様なイメージになるんだと思うわ
    ダメージ反転と捉えているなら回復力で攻撃ってイメージなのかな

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 1:34 AM

    これ口が固そうな職員がいる時間帯狙ってやってるな。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:03 AM

    頭は滑るが口は滑らねえ

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 3:16 AM

    >匿名 より: 2022/07/31(日) 12:23 AM
    むしろ支援スキルだと思ってたわ

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 5:09 AM

    アンチテーゼがゴミ扱いされてるのって、単純に火力が低いのか、ヘイトを稼ぎすぎるのか?
    あるいはアンチテーゼが自身に掛けるバフスキルで一定時間回復が出来なくなるからとかかな?
    3番目だけならヒーラー2人体制なら活かせそうだけど。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 6:48 AM

    イメージ的に回復反転は殴りが似合うから殺戮ウサギが拳や戦靴に載せて撃ち込むとカッコよさそうなんやけど

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 7:37 AM

    経験値アップ程度は有れば便利くらいだろうけど、対策刻印縛りプレイしたあげく引退者出まくるってのは神からしたら想定外じゃろなー
    次回にはレベル上げ終わってたりするんかなw

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 8:09 AM

    サブジョブ
    裁縫、鍛冶、刻印、薬、調理、鑑定

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 8:14 AM

    アンチテーゼ、この世界の呪文の使い方ってどうやってわかるのかな?
    ステータスウィンドウのフレーバーテキスト?

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 10:47 AM

    神は何を考えてこんな荒れる刻印実装したんだ。混乱見て楽しんでない?混沌の神かよ。
    努も指摘していたけど生地の裏に仕込んで隠して火力落としながら寄生みたいが頻発するぞ。
    というかRPGでさえ経験値装備はボス戦でも可能なら付けっぱで最後までお世話になる枠つぶしだぞ。
    刻印大中小ってアカンわ必須枠やんけ。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 11:00 AM

    階層でレベル上限あるから、大丈夫だと思う

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 12:07 PM

    ・10階層ごとにレベル上限がある
    ・レベルは上がるごとに要求経験値量が爆上がりする
    ・現在刻印フィーバーで大勢の中堅が150階層を突破
     
    この勢いのまま最前線に躍り出たい中堅は、160レベルから解放されたレベル上限170に早く行きたいだろうねぇ…

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 1:43 PM

    150で足踏みしてた中堅って160レベルに到達してなさそう
    150クリアできないならレベリングしててもそこそこの頻度で全滅するのでは

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:00 PM

    階層ごとに上限あるから問題なさそう。

    用は突破階層の上限レベルまで上げ切ったのが長く留まってた中堅所でしょ。
    彼らが階層突破したら上限解放されてダンジョンが活気付く。

    この寄生装備の最もやばいところは技術無視で階層突破していけるところ。

    ダンジョン攻略において、ドロップ品や各階層ごとの物資?を回収して装備に反映していかないと突破できない最前線組。
    そこを支える攻略組である程度別れそうだけど。現状はアルドレットクロウ以外はそこまででは無くね?

    白銀獣と紅魔団とかあまり下のメンバーがいないようなところならそこまで。。。

    犯罪系のクランには刺さるよね。アルドレットクロウのお抱え犯罪クランね。もうないけど

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:01 PM

    クロアもアーミラもリキ達も143階層ぐらいが最高到達階層だったんだよな
    中堅達は刻印装備ですごい速度で攻略進めてたし、ほとんどの中堅はそもそも150階層に到達してなかったんだと思う
    適正レベル帯でまともにレベリングできてないんじゃ150レベルに到達するのもキツそう
    117話でアーミラが150レベル以下なのは確定だし

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:42 PM

    龍化すると運以外一段階上がるからレベル20以上上がってるようなもん<アーミラ
    龍化結びも半段階上がるから10上がるようなもん

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:46 PM

    中堅層のレベルについては、144話で

    >ダリルとアーミラも中堅の探索者に多い140帯のため、シルバービーストにそのレベル帯のアタッカーはいくらでもいるだろう。

    なんて形で明言されてる。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:51 PM

    一番台の神の眼と一緒でレベルキャップも都市伝説になってそうだな

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 2:56 PM

    刻印でこれだけいろいろできるなら製薬、縫製(刺繍?)、料理あたりも色々ありそうだけどなあ
     
    ツトムにやる余裕ないからスポットあたるのはまだまだ先だろうな……

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 3:32 PM

    食後一定時間バフがかかるんですね
    オーリさんならすでにレベル高いからいい効果出そう

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 3:47 PM

    経験値もだが、ドロップアップもこれなら量産すれば刻印油大暴落or独占が簡単に出来そう

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 3:53 PM

    裁縫、ゼフの店
    鍛冶、ドーレン工房
    薬、銀狐、老エルフ
    鑑定、猫
    料理、オーリさん
    刻印、努

    アニクロ対抗
    薬、老エルフの弟子、
    銀狐の毒の師匠

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 6:32 PM

    中堅層が140レベルならなおさら寄生装備やばくね?
    今のツトムのレベルと大して変わらんやん

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 6:35 PM

    『140はないと話にならない』って言ってたけど、今回で140行ってそうですね…。こりゃ楽しみだ。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 7:50 PM

    最低で140だから140後半くらいまでもっていきたいね

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 8:23 PM

    今回のサポーター限定SSもすっごいおもしろい
    本筋とは関係ないけど、かゆいところに手が届く小ネタの解説もあったし、コリナさんがかわいかった

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 8:41 PM

    思ったんだけどさ、テレビゲームした事ある人なら場合によってはヒール系が敵にダメージ与える場合もあるって知ってる訳じゃん?
    有名どころはアンデッドに回復スキル。
    で、だ。本題はアンチテーゼ使ってオーバーヒールを敵に撃てば即死と言わんでもところ構わず大ダメージ稼げるようになるんじゃないか?
    そして、現地人はそんな裏技的なヒール系の使い方を知らない。
    そんな認識の違いがある気がする。
    当然、ツトムはその裏技を知っている。

  • 匿名 より: 2022/07/31(日) 8:42 PM

    カクヨムかー--
    サポーター登録するかなー--

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