第524話 可能性の狐

 

(この調子なら150まで上げちゃっていいな。160は厳しいだろうけど)


 130からはレベルの上がり幅は鈍化してきたものの、元々適正レベルが150台である156階層での不釣り合いなレベリング。それに経験値UPのドロップ装備と刻印装備の掛け合わせによって、努はものの数日で目標数値である140は達成していた。

 あれからギルド職員の間でスキンヘッドの男が裏で情報を合わせてくれたのか、別の受付嬢でも眉一つ動かさずにステータスカードを扱ってくれるようになった。そのおかげで未だに努のレベルの異常さはバレずに済んでいるし、彼も回復スキルなどの精神力を調整して戦闘し隠していた。


(アンチテーゼ、デフォだとやっぱりゴミだな。その辺りの情報は先駆者信頼しておいてよさそう)


 その目的は目をつけられない内に進化ジョブの新たなスキルを自身で検証するためだったが、それはステファニーを筆頭に他の白魔導士たちも試していないわけがない。

 事前情報ではコスパが悪すぎるともっぱら評判であった、一定時間回復スキルが攻撃に反転するアンチテーゼというスキル。それは努もそのスキルを使用した所感は同意見だった。

 それこそ全回復できるエクスヒールを使えば一発KOなんて想像こそ膨らむが、実際はダメージ量に上限があるのかハイヒールより少し多い程度しか火力は出ない。

 それにVITの影響も他の攻撃スキルと同じように反映されるし、その割にはダメージが目に見えにくくモンスターを怯ませることもできない。これなら普通に進化ジョブの攻撃スキルを使った方がDPSは容易に出せる。

 唯一面白さがあるとすればレイズを攻撃スキルとして扱えるようになることだが、アンチテーゼの効果時間は最低でも六分はあり自力で解除できない。そのためもし誰か死んでいる状況でアンチテーゼを使えば多少の火力は出せるようになるが、それは五分間限定な上に蘇生が不可能になる。

 聖騎士などの進化ジョブによりヒーラー2構成でも何とかできる下地こそあれ、そんなデメリットのあるレイズでも多少火力が出る程度だ。それなら普通に各モンスターに合わせて斬撃、打撃や属性有利が取れるアタッカーを入れた方が楽だし強い。


(まぁ、特化型の刻印装備ありきのスキルだろうな。今の刻印可能なスロットで実用性出せるかどうか、微妙なライン。ウルフォディア戦でなら実用性ありそうだけど)


 ただ幾多の白魔導士によって検証されたアンチテーゼの結論は、刻印装備の供給が絞られていた環境で出されたものに過ぎない。武器、防具共に回復特化の刻印をすればアンチテーゼのコスパも大分良くなる見立てはある。


(ウルフォディアへの有効打、白魔導士だと近接しかないからな……。僕にとっては必須スキルかもしれない)


 風系統の攻撃スキルはウルフォディアの黄金鎧にかすり傷を負わせる程度で、光系統スキルは相性が最悪だ。そのため白魔導士や祈祷師は160階層では基本的に近接戦を迫られることになる。

 ただそれこそ自己犠牲ヒーラーをしていた時期もあった古参の白魔導士は、近接戦にあまり抵抗感はなく練度もそこそこある。ロレーナが持っていた杖とは名ばかりの武器も存在するし、今も160階層に挑んでいるステファニーは黄金鎧が存在する前半戦は両手持ちの薙刀みたいな杖で元気に戦っている。

 それを今から訓練でどうこうすることは努に到底不可能なことではあるので、打撃ほどではないにせよ今ある攻撃スキルよりかは有効打になるアンチテーゼを活用しない手はない。


(流石に手が回らないな……。回復特化はユニスにでも任せるか)


 ただ午前午後はゼノたちPTで階層更新をして、夜からレベル上げをして深夜もそれを続けるか刻印に切り替えるかの二択。ただ経験値UP中の刻印をするのに大分手間取ったし、納品期限のある刻印装備もあるので回復特化まで手を出す時間がなかった。

 出来ることなら面倒な経験値UP中もユニスに刻印してもらいたいところだが、現在刻印士63レベルである努でも成功確率がかなり低く、もしロストしたら一日寝込むくらいの刻印油を費やしている。

 その原因は経験値UP中の刻印範囲がかなり広いからだ。明確な刻印スロットなるものこそないので正確な判断はつかないが、恐らく普通の刻印六個分ぐらいは必要だ。そしてそれを成立させるためには一気に刻印六個の確率を抜ける必要があるため、試行回数が尋常ではないほどかかる。

 それを50レベル付近のユニスに任せると破産する確率になり得るので、経験値UP刻印に関しては自分で制作するしかない。当初はアーミラやダリル用のレベルアップ用装備も作ろうと思っていたのだが、単純に使い回しでいい気はしてきた。


「というわけなんだけど」
「……確かに、アンチテーゼは刻印装備が流行る前の評価だったです。ただ、精神力消費を抑える刻印は前からあったのです。そこまで劇的に変わるとも思えないのですが」


 それから合間を見てシルバービーストのメンバーとダンジョンに潜ろうとしていたユニスにギルドで話を持ち掛けると、彼女は難しそうな顔で大きな尻尾をねじった。


「元々は全体の刻印4とかだったんだし、三倍ともなれば話は別でしょ。取り敢えず指定の武器防具の8刻印で効率良さそうなやつ作っといてくれない?」
「……残りの4は70レベル以降のやつでもつけるのです?」
「そんなところだね。その刻印と交換ってところでどう?」
「いいのですよ。……それはさておき、あの難しいやつ、成功させたのです?」


 うずうずした顔で尋ねてきたユニスに、努もまた笑みが零れるのを我慢するように口元を隠した。

 50レベル台である彼女は一つ上の60~70までの刻印をステータスカードで確認することが出来る。だがその中でそれこそ一二三四鬱六七八といった具合で、明らかにおかしいものが入り込んでいる唯一のものが経験値UP中の刻印だ。

 そしてここに来て努が真新しい装備でレベル上げに励んでいるところからして、ユニスはあの複雑怪奇な刻印を完成させたのだと踏んでいた。


「まぁ、しばらくは秘密ってことでよろしく」
「わかったのです。でも、60超えたら私も作りたいのです」
「今55くらい?」
「そんなもんです」
「じゃあこっちとしても不利益は被らないかな。刻印油の消費量でゼノ工房真っ青になりそうだけど」
「……じゃあ、今のうちに刻印油貯めておくのです。あとアンチテーゼはダンジョンで検証しちゃって大丈夫なのです?」
「そっちはむしろよろしく。得意でしょ、そういうの」


 流石にこれから新たな活用法が生まれるとは思えないが、刻印装備込みでなら結構な悪さができると努は感じている。それを刻印士でもあるユニスに任せれば何かしら生み出してくれるだろうと期待してのぶん投げに、彼女は偉そうに胸を張った。


「お前がレベル上げしている間に、話題になるくらいになっちゃうのですよ?」
「別にアンチテーゼだけでそこまで強くなるとも思えないけどね。現状の白魔導士でも十分通用してるし」
「化け物じゃなくても扱える力というのは、広まりやすいのです。刻印士、結構増えてきたのと同じ感じで」
「今が稼ぎ時だしね。まぁ後入りしてもそこまで実入りは多くないけど」
「でも40レベルもあれば家族養えるぐらいは普通に稼げるし、いいんじゃないのです?」
「そこまで上げれて、満足できる人ならね……」


 40レベルまで上げるには結構な手間と刻印油の費用がいる。しかしそこまで上げれば数年安泰というわけではない。周囲のレベルが上がれば必然的に自分の価値が下がることと同義なので、これから先も50、60とレベルを上げていかなければならない。

 それこそレベルジャンキーな自分や元々スキルを弄ったりするのが向いていたユニスなどならまだしも、一般人がその競争に入り込んでも結局は長く続かず初期投資すら回収できず廃業、なんてパターンも多いだろう。

 そしてなまじ回収できたところで、そのレベル競争は数年終わらない。苛烈な競争の中に身を置くことが苦でない者もいるだろうが、金目当てで手を出した者がそこまでやりたくもない作業を延々と続けることに果たして耐えられるだろうか。


「普通の労働よりよっぽど楽な気するのですけど」
「それじゃ、検証よろしく」


 よくもまぁレベル50まで上げるまでのめり込んで薬師にも手を出せるものだと努は思いつつも、首を傾げている彼女にそう言って立ち去った。そんな彼が人込みに紛れて見えなくなったところで、ユニスは尻尾をふりふりしながら受付の列に戻っていった。

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