第525話 癖のあるのが好き

 

 アンチテーゼ運用の白魔導士についてはユニスに任せた努は、ここ数日は150までレベル上げをしつつ160階層の浄化対策に着手し始めていた。

 少しずつではあるが出回り始めた150階層の隠し部屋でドロップする装備である、呪寄じゅき。それを胴回りの装備に寄生させればウルフォディアの浄化攻撃を受けても蘇生可能である死を迎えられることが神台で確認された。

 ただ呪寄は一度装備するとダンジョン内で着脱することができず、重ね着しても効果が打ち消されてしまう。それに全ステータスの大幅低下に、体力、精神力を常時消費してしまうデバフ付きだ。

 しかも蘇生の際は呪寄が最も価値が高い物だと認識されるらしく、普段ならば絶対に帰ってくるであろうマジックバッグすらロストしてしまう。

 その代償があまりにも高いため、現状でウルフォディア戦が仕上がっているアルドレットクロウや紅魔団は装備を変えずに160階層に挑み、その他は試行錯誤しているようである。


(そのデバフを刻印で打ち消していくって感じだろうけど、素材がゴミすぎるだろ。素人じゃ刻めないし、刻印7でもデバフが渋い)


 呪寄という装備自体はそもそもスライムのような粘体であり、既存の装備に寄生させ馴染ませることで効力を発揮する。それでも刻印自体は可能なものの、ペンやナイフで刻印しても数分で元の姿に再生し消えてしまう。

 その刻印作業をゼノ工房に投げてから数日で、光魔石を利用したペンで刻むことによって一日は形状を保てることが発見はされた。ただあまり深く刻んでしまうと浄化と相殺する呪いも打ち消してしまうらしく、その塩梅は何個か呪寄を壊して覚えていくしかない。

 そんな呪寄に160階層を突破するまでは毎日刻印しなければならないため、刻印士の手間と刻印油のコストもかかる。


「確かにこれは慣れが必要だね。普段の感覚とはまるで違う」


 150階層を抜けて天空階層へと辿り着いたゼノたちは、呪寄を使用した状態での戦闘に慣れるためにも全員がそれを装備していた。硬質な鎧に張り付き黒く脈動すると共に、普段よりAGI敏捷性DEX器用さが露骨に落ちたことを実感した彼は銀の眉をひそめた。


「とはいえ、ウルフォディア戦に慣れてるゼノとソニアは全体攻撃の時から着ればいいからね。死んでも脱げないのはネックだけど」
「浄化を回避できるのは大きいが、感覚の変わった状態で戦闘するのも厳しい。まったく、困った装備だね!!」


 努の刻印によりタンクはVIT、アタッカーはSTRが下がりにくいように調整され体力、精神力消費のデバフは無効化されているとはいえ、呪寄によるハンディキャップは160階層において痛いことに変わりはない。


「あ、あとアーミラは今日からこの装備で探索してもらえる?」
「あ? ……これ、お前の装備だろ?」


 休日も返上でレベル上げをしていた努を神台でちらりと見ていたアーミラは、彼から手渡された装備を広げて神妙な目で見返した。


「レベル上げするために作った刻印装備だから、今日使ってステータスカード確認してみな。トぶよ」
「なんじゃそりゃ。……あー、王冠仕込みか。いうてもたかが知れてるだろ」
「いいからいいから」


 フードに目立たないよう仕込まれていた欠けた王冠に手触りで気付いたアーミラは、胡散臭そうな顔のまま白いローブに袖を通した。少しサイズが大きいものの着られる範疇ではあることに努は一安心したが、やはりダリルにこれを着せるのはサイズ的に無理だと悟った。

 そうしてアーミラはレベルアップ用の刻印装備を着て、他の四人は呪寄を寄生させた装備で天空階層を探索していった。とはいえ天空階層の攻略に慣れているゼノとソニア、そして努も156階層に飽きた時は別の階層でレベル上げをしていた時もあったので、比較的スムーズに進んだ。


「タワーウェル」


 厳しいガルムの下でタンクの基礎を再度学び直してある程度の下地ができたダリルは、努の提案で盾を自身の身長ほど大きいタワーシールドに変更した。重い装備でも身軽に動ける重騎士でなら装備するに値するその巨大盾、しかし現状の評価としてはあまり高くない。

 そもそも百階層以降からはモンスターのインフレも進み始め、140階層以降からはスキルのような攻撃も増え始めた。そのためいくら迷宮産の装備でも破損してしまうことがかなり増え、それを補填するコストの割には攻撃を防げていないのではという迷宮マニアの指摘も多くなった。

 それに深淵階層でのクリティカル判定と即死環境もあり、避けタンクが評価される時代が長かった。そのため無駄に大きくて制作コストが高いタワーシールドなるものを作るより、コンパクトに収めてコストの安い装備の方が探索者には好まれていた。

 ダリルの装備はそれに逆行するような選択であるが、それはひとえに刻印による装備強化が可能になったからだ。盾ならば裏面に刻印を刻むことでメンテナンス費用も抑えられるし、重騎士の進化ジョブにはタワーシールド専用のスキルもある。

 勿論本来の重騎士の役割も大切な基礎であるが、進化ジョブでもある程度タンクはこなせて火力も出せる。そのためにはタワーシールド運用が最も無難であると努は判断し、ダリルにやらせては戦闘終わりに立ち回りをフィードバックして自分好みのタンクに仕上げ始めていた。


「ドーレンさんにまた怒られそうですね……」
「まぁ、タンクなら装備壊れるの宿命みたいなもんだし、しょうがないでしょ。仲間を守った証とでも言い訳すれば?」
「言い訳ないじゃないですか……」
「……ソニアさん、今の聞きました?」


 その代償としてまだ扱いにそこまで慣れていないタワーシールドを壊してしまうことは多かったが、そのおかげでここ最近は装備の破損率が減ってきた。そしてつまらない冗談を言えるくらいにはダリルも調子が戻ってきた。


「ここまで派手な装備な重騎士は見たことないので、傍目から見る分には面白いですね。装備の値段とか収支は聞きたくないですけど」


 ソニアはそう言いながらもひしゃげたタワーシールドに視線を落としつつ、もはや一人で着脱することが困難であるダリルの重装備を外すのを手伝っていた。


 元々はただでさえ仕事がないヒーラーの自分がダリルの装備替えをせっせと手伝っていたのだが、気付けばソニアがそれを肩代わりするようになっていた。しかもそれは探索始めの装着ではなく、休憩や終わりの時だけやたらとダリルの傍にいる。

 初めは重装備の付け替えが単純に楽しいのかなと思っていた。努としても何だかF1のピットイン時の作業みたいでそこそこ楽しくはあったが、途中からはどうも彼女の目の色が装備そのものではなく使用済みの装備にだけ向かっているように見えた。

 

(……匂いフェチか何かか? 終わりの時だけ絶対に来るもんな。こっちとしてはありがたいけど)

 

 とはいえ露骨に嗅いだりなどはしていないので何とも言えないが、どうもそんな節があるのではないかと努は思ったので休憩時などの着脱はソニアに任せていた。ただダリルとしてはほぼ初対面の女性である彼女に着脱をお願いするのは気が引けるのか、結局は呼び出されるので面倒臭い上この上ない。


「ある意味でこれが重装備の欠点なのかもしれないね。タワーシールド運用止めるか」
「実際、僕としてもわざわざ装備させてもらうのは今でも気が引けますよ……」
「それに見合う価値は出せていると思いますけど」


 丁重にダリルの膝から足首を保護するグリーブを外しているソニアの顔は真剣そのものであり、そこに下心のようなものは感じられない。だがバネのような尻尾をびよんびよんさせている挙動からして、何かがおかしいことは明白だった。


「まぁ、火山階層の時よりは俄然マシだよね。あれはゲロ吐ける臭いだったよ」
「もう耳に汚れ溜まらないよう気を付けてますし、大丈夫ですよね? 獣人の子供たちもあそこ連れて行ってますから、行く機会も多いですし」
「へぇ……」
(アウトです)


 そう呟いてダリルの垂れ耳に期待するような目を向けたソニアの一面を見て、努は心の中でガッツポーズのようなものを取ってそう宣告した。

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