第528話 ユニスの面会
「またしばらくはこの席なのです?」
以前のようにバーベンベルク家お手製のVIP席を確保していた努と同じく避難してきたユニスの言葉。それに彼は目を合わせないまま疲れたようにため息をつく。
「牢獄にでも閉じ込められてる気分だよ」
「随分と豪華な牢獄なのです」
「というか、何でお前もここにぶち込まれてきてるんだよ」
「……? ツトムが同席を許可したんじゃないのです?」
「してないね」
「え、でも混んでるからツトムと同席でも構わないかって聞かれて、来たのですが……」
「……長男様の嫌がらせかな。席なんて障壁でいくらでも作れるんだし」
今日の障壁席は当主のスパーダではなく長男のスミスが担当していたので、大方そいつの仕業だろうなと努は思いながら刻印を成立し終えたローブを投げやりに横へ置いた。そして突如として床から盛り上がるように構築された障壁席に自然と掛かってしまった刻印装備をマジックバッグに次々とぶちこむ。
「ちょっ……刻印装備の扱い、雑すぎるのです」
「どうせ後でクリーニングに出すし」
「そういうことするから、職人から目の敵にされるんじゃないです?」
「僕はどうせあと数ヶ月もすれば刻印士の最前線からは退くからね。どうでもいいです」
職人から言わせれば一つ一つ丁寧に魂を込めて刻印装備を仕上げるのが常識なのだろうが、それを押し付けていいのは生活の面倒を見ている弟子ぐらいだ。文句があるなら僕よりレベル上げてから言ってください、なんてヘイトフルな態度すら努は滲ませて接しているため、大抵の職人からの評判は今でも最悪だ。
それを努は素でやっている側面もあるものの、目的としては職人たちの刻印士レベルを引き上げさせるためにしている。探索者からすればサブジョブはあくまで片手間の要素なので、これからもずっと神台視聴しながら刻印作業しなければならないほど忙しなく働きたくはない。そのためにも職人たちにはさっさと刻印士のレベルを上げてもらわないと困る。
「アンチテーゼ、そこまで話題になってないね」
「そりゃそうなのです。みんな経験値アップの刻印に夢中なのですから」
難解な漢字みたいな書き数をした経験値UP中の刻印。それを武器防具共に刻印して欠けた王冠と組み合わせて莫大な経験値ボーナスを得ることで、努のレベルは短期間で150を超えた。そんな刻印装備が喉から手が出るほど欲しい探索者に詰められることが多くなったので、再び彼は神台視聴の際にここへ幽閉されることとなった。
そしてそれは同じ高レベルの刻印士であるユニスも同様だったので、最近は特例で障壁席を利用させてもらうことがほとんどだった。そんな彼女は目の前に広がる無限の輪の一軍が映る二番台を眺めて首を傾げた。
「そういえば、今日ツトムは休みなのです?」
「ゼノたちは僕抜きで潜ってるよ。PT編成的に大丈夫だし」
「……あー、刻印、手伝ってやってもいいのですよ?」
「今日中に終わらせて納品できるから大丈夫だよ」
欠伸を噛み殺しながら努が刻印しているのは天空階層用の装備であり、中堅探索者たちから依頼されていた物ばかりだ。紅白対抗戦以前の納品は既に済ませているが、あれからも努は中堅探索者に限って依頼を受け付けては手早く納品を繰り返していた。そのおかげか最近の上位台には見慣れぬPTが上がってくることが増えている。
「それでも、相変わらず強い奴は強いのです」
二番台を見やすいように位置取られているこの障壁席からは、無限の輪のメンバーのウルフォディア戦がよく見える。それに最も巨大な一番台ではアルドレットクロウの一軍が、三番台では紅魔団が浄化対策の呪寄を装備せずに突破を目指していた。
「エイミー、あれによく付いていけてるよね。昔からセンスに優れてるとは思ってたけど」
「まぁ、帝都でも一目置かれるぐらい凄かったのですから、当然っちゃ当然なのです」
何故か誇らしげに語るユニスは置いておくにしても、まだウルフォディア戦においては経験が浅いはずのエイミーは160階層でも引けを取っていない。
今まで何ヶ月もウルフォディア戦に挑んでいたガルム、リーレイア、コリナが縁の下を支えているのは間違いない。ただその支えを足場に活躍できるのは彼女の高い資質の証明に他ならない。
160階層戦においてアタッカーは、ウルフォディアが次々と呼び出すミニオンを処理しつつも階層主本体を削っていくのが仕事だ。だが時折天空階層の守護者すらミニオンとして呼び出すそれは、単なる雑魚敵リポップとはわけが違う。
そんなミニオンの排除が遅れたところで、ウルフォディアは次の召喚を待ってくれやしない。そもそもPTの総合火力が足りなければミニオンの処理が追い付かなくなり、いずれは物量で圧し潰されて全滅する。
そしてミニオンばかりにかまけてウルフォディアを無傷の状態で一定時間放置すれば、完全な黄金鎧の解放による強烈な全体攻撃でヒーラーもろとも消し飛ばされる。それをさせないためにも黄金鎧に傷をつけ続けなければならないが、物理魔法共に耐性が高いので並大抵の攻撃では傷付かない。
仮に闇属性の攻撃で傷を付けたとしても、スマイリーの回復効果により傷は適宜修復される。それにウルフォディアは攻撃面でも隙がない。まともに当たれば即死かつ蘇生すらできない浄化を付与する光の剣に、左の掌にある射出口から放たれる光弾はVITがSのタンクすら消し飛ばす。
そんなウルフォディアとミニオンを同時に削って総合的な火力を出さなければならないため、160階層においてはPTに誰一人として足手纏いを入れるわけにはいかない。しかしエイミーは不慣れなPT、不慣れな相手であるにも関わらずその仕事を果たしていた。
「おー、お城突破したのです」
ウルフォディアと少数のミニオンを相手取っても崩れなかったタンクのガルム、そして多数のミニオンを破壊し続けながら火力を維持したエイミーとリーレイアの甲斐もあり、無限の輪のPTメンバーはリスポーン地点の天空城に再び集まった。
そして身を固めるようにして縮こまり始めたウルフォディアを背後に、ガルムたちはコリナとハンナを覆うように肩を組む。その後神台の映像が真っ白になった後、神の眼の視界が戻り映し出された天空城には庇われた二人だけが残った。
三人を浄化したウルフォディアも黄金鎧が内部から完全に弾け飛び、その正体を露わにした。
薄く白い光を放つ身体はまるでホログラムのようで背景が透けているが、背中から生える純白の翼だけは実体があるように見えた。その大きな翼でウルフォディアは身体を隠すように覆うと、白い膜のようなものが広がり実体を構築していく。
そしてウルフォディアが実体を確立すると同時、風と闇の大魔石の両方に手を当てて魔力を吸収し終えたハンナが青い翼をはためかせて接近した。
「食らえっす!」
白い仮面で顔を隠したウルフォディアの眼前に迫ったハンナは、大きく広げた翼に闇の魔力を滾らせ右手で空気を掬うように薙いだ。途端に発生した闇雲は巨人のような大きさをしたウルフォディアの顔面に着弾し、そのまま広がり上半身を包んだ。
「むぅん!!」
その目眩ましと闇属性での攻撃を兼ね備えた魔流の拳が発動している間に、天空城から飛び降りていたコリナはがら空きの頭に星球を叩き込んだ。その神聖さすら感じるようなウルフォディアの白髪を足場に、彼女は乱打を続ける。
「グッドモーニング、モーニングスロー」
その闇雲から突き出たウルフォディアの手印によって出現した魔法陣へとコリナは飛び、召喚されたスマイリーを左手の星球で粉砕する。そして一撃では倒しきれないウニ型のミニオンには鎖に繋がれたモーニングスターをお見舞いした。
(化け物め)
その後も時折スキルは使うものの七割がたは単純な近接戦闘でミニオンを殲滅していくコリナに、努は空笑いを漏らしながら内心で呟いた。
彼女の攻撃にはほとんど無駄がない。基本的にスキルを使わない殴打でミニオンを削り、倒し切れると判断すれば強力なスキルを使用する。
それを可能にしているのがコリナのユニークスキルである死神の目だ。元来は彼女だけが見える黒い靄によって人の死期を判別できるというものだったが、いつの間にかモンスターの死期までわかるようになった。
それを利用している彼女はどの攻撃でモンスターを倒し切れるかのキルラインを、決して見誤ることがない。そのミニオン殲滅力は近接ジョブとは思えないほど高く、精神力消費も低いことから継戦能力に優れていた。
スマイリーの元々ねじれている首元を脇で抱え、弱点である笑顔の描かれた顔面を星球で押し刺す。光の粒子を漏らし始めたてるてる坊主を離したコリナは、くるりとモーニングスターの持ち手を入れ替えた。
「グッドモーニング」
そのまま後ろへ突き込むようにしてホチキスのような見た目をしたミニオンを迎撃し、彼女を挟み殺さんと迫ったその口を一撃で轢き壊した。
「フレイムキーック!!」
コリナがミニオンを相手取っている間にハンナは燃える右足に闇の魔力を混ぜ、未だに暗雲を払えていないウルフォディアの腹にお見舞いした。
「フレイムキック! フレイムキック!」
「……ヴァイスのパクりなのです?」
「パクれるのがおかしいんだけど」
初めこそただ食い込むだけに終わったその蹴りは、元々吸収していた風の推進力を放ちバーナーを吹かすように勢いを増した。
さながらヴァイスのユニークスキルである闇不死鳥の魂のような闇炎を纏った彼女の蹴りは、時間をかけてウルフォディアの態勢をくの字に曲げて吹き飛ばした。
「行くっすよー!!」
「おっけーでーす!」
そんな彼女の掛け声に反応したコリナは飛び引いてその場から離脱した。
そして再召喚されていくミニオンの群れに向けてハンナは引っ掻くように空間を割くと、その爪から闇の刃が飛び出し雑魚敵を一掃した。
「紅魔団と比べてもめちゃくちゃなのですね。アルドレットクロウが可哀想に見えるのです」
「とはいえあれでも長期戦になると厳しいね。ハンナがもう少しウルフォディア戦に慣れて上振れれば何とかなりそうだけど」
ハンナは序盤こそウルフォディアをこの調子で圧倒できるが、空中城でギリギリまで補給した風と闇魔石が切れてからは守りに回らなくてはならない。これまで行った十回ほどの戦闘である程度慣れてきたとはいえ、ウルフォディアの攻撃を完全に避けることは未だ出来ていないのでこの後が鬼門だ。
確かに中盤戦以降のウルフォディアは黄金鎧が無くなったことで防御力は落ちるが、その代わりに機動性は格段に上昇する。その速さで繰り出される浄化の剣での剣戟を避け切ることは、ウルフォディア戦に一番慣れているステファニーたちでも一苦労するほどだ。
「あれで勝てないの、やべーのです」
(二人PTでも突破できそうなのがヤバいんだけどな)
そもそも刻印装備と呪寄を駆使して五人で死線を潜り何とか勝てるぐらいの難易度な160階層を、何の対策も講じずに突破しようとする方がおかしいのだ。普通はウルフォディア以前にミニオンすら火力不足で狩り切れないだろう。それを何とかして戦闘できている時点でどのPTも何かしらが狂っている。
そして今回は三回目の魔石補給後に浄化されてしまったハンナの映る神台を見学し終えた努は、中盤戦以降も一人でミニオンを殲滅しているディニエルやヴァイスを呆れたような顔で見つめた。
長男様は気遣いができる男だからな3年前のディニエルの時も似たようなことしてたし